表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/69

Sideロプト 鬼との取引

明日、エイル王国編一話を投稿致します。



 『第401祝福歩兵大隊駐屯地』






「早く担架持ってこいっ!」


「ああ......いてぇ......」


「こいつはもうダメだ。このまま死体安置所に持っていけ」


 叫び声、泣き声、仲間を呼ぶ声。

 木と何かが焦げた匂いが辺りに漂い、地面には血溜まりが出来ている。

 火が傾き、兵士達が勤務から解放され、食事を取ろうと密集している所に突如、食堂を含めた多数の建物が爆発炎上した。


 突然の災い。

 地獄の様相を呈している駐屯地内。

 あらゆる方向から悲鳴が聞こえ、精神に異常をきたした兵士がしゃがみ込み、虚ろな目が空を見上げている。

 軍医はそんな兵士を一瞥し、何か治療を施す事もなく、そのまま病床並ぶ急造病棟へ姿を消した。

 理由は明白で、爆発により、医療棟も半分吹き飛んだ為、大きく医療能力が低下しているからだ。

 ただでさえ少ない医者で多くの兵士達を治療している、凄まじい速度で消費していく医療品も全員に足りるか分からない。そんな状況で腕が取れた訳でもなく、足が千切れた訳でもない唯の精神疾患者に構う余裕はない。

 残酷なようだが、これが戦場の真実なのだ。

 

 そんな、喧々囂々の様に一人冷静に歩く少女がいた。

 倒壊した建物の横を通り、右へ左へと走り回り兵士達を横目に気にも留めていないと言った感じでコトコトと靴を鳴らしながら進む。

 

「中佐! ウィステリア中佐殿!」


「何だ」


「連絡が、その......フリック要塞から」


 歯切れの悪い報告に僅かに苛立ちを抱きながら、『分かった』と返事をし、指揮所に進路を向ける。





 今か遅しと待ちわびたその知らせ。

 服に付着した埃を払い落し、薄紫色の髪を払いながら警備の兵士が開いた扉へと入っていく。

 そこは、外と同じような騒がしさがあった。

 

「中佐! 此方に」


「ああ」


 指揮所の指令室。

 その隅にある、個室へと入り、受話器を取る。


『長い事待たせるわね』


 受話器の向こうから聞こえる声はウィステリアと同じぐらいの少女の声。


「奈鬼羅様が直々に連絡を取って来るとは一体どのような御用でしょうか」


 落ち着きのある美麗な声に直ぐに気づいたようでウィステリアは余裕ある声音で返す。


「白々しい子ね。貴方、要塞に何か(・・)撃ち込んだでしょ?」


「自分の知っている範囲でその様な作戦を指揮した覚えはありません。野盗の連中の仕業ではありませんか? ―――それより、これは公式の連絡なのでしょうか。もし、そうでないなら然るべきに所に約束(アポ)を取ってからに致しましょう」


「公式かどうかなんて知った事ではないわ。そんな事より今回の件。どう、言い訳するのかしら? 貴方の返答によっては直接貴方の所に足を運ばせて貰うから覚悟していないさい」


 語調は変わらず穏やか。

 しかし、受話器の向こう側から漂って来る殺気は、確かに奈鬼羅が発しているものだ。


「それは脅しですか?」


「いいえ、事実よ」


「こちらも先ほど、謎の爆発事故が起こりましてね。少なくない被害が出ました。これらはそちらの差し金によるものですか?」


「知らないはそんなこと。それより、もう少し言葉を選んでから声に出しなさい。今、貴方は自分と残りの部下の命が掛かっているのよ」


「―――では、こうしましょう。私共は今回の爆発は事故として処理致します」


「その代わりにこちらも事故として終わらろって? 話にならないわね」


「それは困りましたね、どうしましょうか」


 こうなる事は始める前から気付いていた。

 奈鬼羅がフリック要塞居る事も、どんな策を弄しようとこちらに非がありと来ることも、作戦が失敗することも全てウィステリアには分かっていた。

 これら全ては奈鬼羅の戦闘能力を収集する為。

 兵士の命も駐屯地もその一つの為に払った対価に過ぎない。

 それ程の贄を用意しても価値があるのだ。

 この世の絶対強者たる十二神王(デュオスデキム)の一角を担う者の奈鬼羅の弱点を知る事が出来ればエイル侵略、までもいかないまでもことを有利に運ぶことが出来るからだ。


 その為に用意した。

 相手に剣を収めさせる口実を、私を見逃しても良いと思える取引材料を。


 少々、予想外のことはあったが、私の盤面に狂いはない。 


「それでは取引と致しましょうか」


「貴方、私の怒りを収めて、この件を不問にし、その上で私がエイルに黙っているぐらいのモノを提示できるのかしら?」


 声には出さないが、沸々としたマグマのような怒りが奈鬼羅から感じられた。

 あと少しで噴火するようなそんな危なげだ状況。

 そんな絶対絶命な状況になっても尚、ウィステリアにはそれを切り抜けるだけの手札(カード)を持っている。

 何せ、全て分かった上での一連の行動なのだから。


「パラディソス」


「......」


 ―――当たりだ。


 怒りが引いていくのが分かり、僅かに口角を上げ、微笑む。


「それの行方をずっと探していると聞きましてね」


「貴方がそれを知っていると?」


「現在の所在に関する情報は持っています」


「......いいわ。それが本当なら今回の件は謎の第三勢力の攻撃ってことにしてあげる」


「約束を守る確証は?」


「奈鬼羅の名に賭けて約束しましょう」


 言質を取った。

 これで今回の作戦は露見しない。

 後は―――


「それともう一つ。そちらで保護している少年を引き渡して下さい」


「それは無理ね。あれはもう私の物になってしまったわ」


 バリッ!

 ウィステリアが予想した未来に(ひび)が入る。


「それは困ります。あの子はわた......ロプト帝国の所有物なのです。あれが帰ってこないとまた、新たな戦いの火種が生まれかねません」


「どうでもいいわそんなこと。剣を向けると言うのなら私は殺すことを躊躇しない。そう、貴方の飼い主に言ってやりなさい。話は終わり。ごきげんよう」


 そう言ってブツリと一方的に切られる。


 それと同時に乱暴に扉を開き入って来る人影。


「大尉! 許可なく入る事は「やかましい!」っ!」


 右腕は無く、顔の半分が爛れているさまから部屋の中に居た兵士の視線を集め、恐怖で声を漏らす者がいた。


「中佐!」


「いけません大尉!」


「どけ!」


 ライネの部下と警備の兵士達の制しを振り切りウィステリアの居る部屋へと入って来る。


「いい。通せ」


「は、はあ。分かりました......」


「お前達も下がって治療を受けなさい」


「「「了解」」」


 ライネ以外の者達を下げると、喰いかかって来る勢いでウィステリアの元へ近づく。


何故戻した(・・・・・)!!」


「あのままでは大尉が死んでいたでしょう」


「あれしきの攻撃。私なら躱すことが出来た!」


「躱してその後どうするつもりだった?」


「っ!」


 ウィステリアの言葉に顔を歪ませる。


「―――私は兵士と言う人間を人として見ていない」


「何を言ってっ」


「兵士は駒であり、私が戦いに勝つ為の道具に過ぎない。半分の兵士を犠牲に勝てる戦いなら迷う事なく半分の命を差し出す。基地を犠牲に危機を回避出来るのなら喜んで破壊しよう。そうした駆け引きを以て盤上の駒を一手一手この手で進め、最後には私が勝利する。それが、私の戦い方だ」


 椅子をライネの正面へ向き直し、見上げながら淡々と冷たい声音で続けた。


「何で今これらの話を貴方に言い聞かせていると言うとね。ライネ・ストレーム。私の戦いの中に第三者の意志が入り込む事はこの上なく邪魔だと言うことだと言いたかったんだ。―――あの時、私は保護しろと言った。なのに貴方は私の命令を無視し、脅迫を以て連行しようとし、結果、後一歩と言う所で私は優秀な駒を失いかけた。命令を聞いていれば、私の実験体も奈鬼羅に連れて行かれずに済んだ。貴方が許可なく私のライネ・ストレームと言う駒を勝手に動かしたせいで私の未来は変わってしまった」


 ―――これは貴方の失態だ。


「くっ!」


 ライネはウィステリアの言葉に言い返さない。

 いいや、言えない。

 それは、心の底ではウィステリアの言葉が間違っていないと思っているからだ。


「腕が吹き飛ぼうが顔が抉れようが構わない。私が保護しろと言ったら死んでも保護しなさい。今後命令違反をした場合私は貴方を処分する。以上、治療をしてきなさい」


「クソが!!」


 毒を吐き、乱暴に扉を開けると外へ出て行く。

 それを見送った後、ウィステリアは背もたれに背中を預け、顔を上に向け身体の力を抜いた。


「ノーリア大尉を伝言を頼む、今回の謎の第三勢力による駐屯地攻撃の報告書を作成するようにと」


「かしこまりました」


 目頭のやや上を手で揉みながら扉前に立っていた兵士にそう言うと、ライネが開けっ放した扉を丁寧に閉め、退室していった。



 

 奈鬼羅があの子供を欲しがるとは思わなかった。

 あれは見た目は子供でもロプトが造り出した研究成果であり、エイル王国の軍事力に追い付くことが出来る程の力が内包されている。

 それは多大な価値があり、もし、それがエイル王国の手に渡ったと知ったら皇帝陛下は黙ってはいないだろう。

 双方の争いの火種を消し、奈鬼羅の欲するものを用意したあのタイミングであの子を渡さないのは、正しい選択ではない。普通ならこれ以上、小競り合いが起きぬよう引き渡す。やったとしても、時間を稼いでデータを収集するぐらいが最低ラインだ。

 

 一体何を考えている。



「胸が......痛いな......」


 

 先ほどの奈鬼羅の言葉。『あれはもう私の物』と言う言葉に自分の知識では言い表せない感情が湧いてきた。 


 胸にぽっかりと穴が開いたような感じ。

 右手を胸に充て、自身を落ち着かせるように深く息を吸う。


 分からない。

 今まで感じたことがなかったから何も知らない。

 

 ズキズキと僅かに痛む胸。

 彼の頬を舐め上げた感触を思い出しながら口元に手を充てる。


 耐えず聞こえる姦しい喧騒の音色を耳に、目を閉じ、今自身が陥っているこの感情について(おもいみ)るのだった。


 


 

 






 


 面白いと思って頂きましたら下に御座います★★★★★といいね!をいただけると執筆の励みになります。感想をいただけるともっと励みになります。

 執筆状況を知らせる為にtwitter始めました。良かったらフォローして頂けると嬉しいです。

 基本執筆に関係する事しか呟きませんのでご安心ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ