間話 黒い髪の少女
「......」
森に絶えず響く爆発音。
揺れる機内で操縦桿を操り、冷徹に、さも何時も行っている作業の如く眼前に広がる敵に鉛玉を食らわせる。
『くっ! ここにも敵!』
『幾ら何でも敵兵の配置が正確過ぎる。こんなの、偵察機でリアルタイムで見張っていたとしても無理だぞ』
『それに! ―――敵の中に保有者がちらほら出始めた』
ライラ達の後方に陣取り、援護射撃を行っているアレクが索敵しながらそう言った。
確かに不自然。
例え、敵の動向が判明していても、裏をかいてくる恐れがある為、少なからず、防衛ポイントをばらけさせ、満遍なく配置するものだ。
なのに、今戦っている敵は明らかに一定の場所に集中して配置している。
まるで私達の行くルートが分かっていたかのような兵士の配置。
誰かの銃弾が命中し、高所に陣取った兵士が転がり落ち、地面に落ちた所で突然爆発する。
「01」
『分かってる! 03、反射盾を使って、今から送るポイントに向かって拡散モードで弾幕掃射!』
「了解。反射盾射出。一から六まで稼働を確認。モード変更、反射から拡散へ。準備いい!?」
アレクのハウンド上部側面に取り付けられた煙幕発射機から打ち出された六つの筒状の魔動機。
それは空中でプロペラが展開し、各方面に散って行く。
飛んでいく反射盾をモニターで正常に稼働しているのを確認すると、ハウンドから間延びした舌足らずの声が聞こえてくる。
『じゅんびおーけー。超魔圧縮狙撃銃にまりょくながした』
「安全装置解除。反射盾と姿勢制御お願いね」
「まかされたー」
モニター下部のボタンを操作し、折り畳まれた狙撃銃が展開したが分かると、メインモニターに照準が現れた。
目標は敵頭上に移動した反射盾の一つ。筒状の青く光る反射面。
「発射」
撃つ瞬間、僅かに反動でハウンドが後ろに引っ張られる。
超魔圧縮狙撃銃のマズルに等間隔に開けられた放魔穴からは黄色い光が噴き出していた。
飛んで行った銃弾は一寸の狂いもなく反射板に吸い込まれ、吸い込まれた反射板からは駒かな光線が地面に向かって降り注いだ。
続いて、二発目、三発目と合計六発をそれぞれの反射盾に撃ち込んだ。
暗闇の中に光る極細の黄色い光線はまるで流星群のように敵集団に向けて広範囲に撃ち降ろし、敵共々埋設していた地雷を吹き飛ばした。
連なる爆音で鼓膜が震える。
舞い上がった土煙の中からは銃撃は起こらず、無効化に成功した事をアレク達に知らせた。
『―――敵勢力無力化。埋まってる地雷もあらかた破壊した』
『いい腕ね03。内通者の情報によればこの森を抜けて暫く行けば建物が見えて来る筈よ。皆、他の地雷に掛からないよう着弾点を踏んで進むように』
「了解」
前に進むアランに続く様に、一列縦隊で行軍を再開する。
何かが引っかかる。
スレイプニールの航行ルートにピンポイントに配置された防衛隊。これだってそうだ。侵入ルートが分かったかのような配置で事前に通ろうとしていた道に地雷が設置されていた。
例え、隊の中に裏切り者が混じっていたとしてもこれ程正確に兵士達を動かす事は不可能だ。
今までに感じた事がない形状しがたい違和感を覚えていると、無線が入った。
『ヒーロー02からハウンド各機。オーズバン城に到着。対抗勢力もあらかた片付けた。それで、先ほどオーズバンに尋問を行った結果、謎の敵勢力はオーズバン領軍だったことが分かった。既に、城内の指令室から停戦の命令を出してある』
ヒーロー02? ......アーサーか。
「じゃあ、もう敵はいないの?」
『いいやそうとも限らない。領軍の他に我々の任務の少し前にオーズバン個人が雇い入れた傭兵が居た事が分かっている。傭兵団の名前は『ガーガルド』三十人程度と小規模だが、一人一人が祝福保有者だ。指令室から手に入れた配置図を見るとお前達の向かっている研究所周辺に配置されている事が判明した。その配置場所も妙でな......今、配置図を送る。確認してくれ―――......おい! シャルロッテ! 何してる速くおく―――』
そこで、無線が切れる。
『皆聞いたわね? 配置図が届き次第これからの作戦を決めます。場合によってはルート変更するかもしれないからそのつもりでね』
「了解―――っ! この配置図」
地図に細かく表示された兵士の配置図には、予想通り、かなり偏った歪な形になっていた。
いいや、問題はそこではない。
傭兵団だ。
送られたこれによると、傭兵団三十人が配置されている場所は今私達が進んでいる道だったのだ。
『ハウンド各機! こうたーーー』
オリヴィエが声を出したのと同時に私達の側面が突如爆発した。
爆風により、横に吹き飛ばされた私達は機内がグルグルと回転し、地面や木々、岩に強く打ちつけられたのか強い衝撃が走った。
キーンと響く頭。
目の前が歪み揺れ動く。
意識が......。
操縦席脇にある救急キットが入っている収納箇所を手探りで探し出し、乱雑に開くとジッパーを開き、色で区分された注射器の内の一つを取り出した。
口でキャップを開き、躊躇する事なく膝に突き刺し、中身を体内に注入する。
すると、見る見るうちに意識が確かになり、耳鳴りは収まり、頭痛は消え、気分が良くなった。
意識安定剤とラベルされた注射器を投げ捨て、他の仲間と連絡を取る。
「02からハウンド各機」
『クソ! 右腕の感覚がおかしい! 折れたかもしれん』
『さっきの爆風で反射盾との接触が途切れた。敵に包囲されている気がする』
当たりを見ると、段差の出来た所に吹き飛んだらしく、追撃を受けずに済んだ。
直ぐに此方に合流したアランとアレクはそう言いながら、左右から飛んでくる銃弾を抑えようと、大雑把にアタリを付け、射撃を行っている
『う、うう......』
呻き声が聞こえて来る。
オリヴィアのハウンドは吹き飛ばされた場所が三メートル程の崖になっており、そのまま下へ落ちて行ってしまった。
意識がないのか?
このまま包囲されたらオリヴィアが危ない。
ライラはふうっと息を吐き、次の行動に移った。
「02からハウンド各機。01は行動不能。恐らく気絶してる。今から私が指揮を執る。―――まずは、この状況を打開する。全員で四時方向に集中制圧射撃。編隊が崩れた瞬間私が突っ込んで殺すからその間出来るだけ敵を釘付けにして」
『......しょうがないな』
『02の力は分かってるけど無茶しないでね』
「分かってる。―――三、二、一、今」
一斉に身体を出し、一方向に向けて一斉に攻撃を開始した。
暗がりから見えて敵は土を操り、自身を覆う程の土壁を作り出し、攻撃を防ぐが、猛攻に耐えられなかったようで、一瞬で壁が崩れ、後ろに居た兵士も血を吹き出しながら倒れた。
―――今だ。
「ルイン、後は任せたから」
「はーい」
魔剣を掴み、ハッチを開くとそのまま外へ飛び出した。
驚く様子で目標が自分に変わるのを肌で感じながら鞘から剣を抜き、両手で構えると、倒れた敵の近くに居た人影に迫った。
「クソっ!」
周囲の石を操作し、此方に投げつけて来る。
首を逸らし、軸を少しずらし、最小限の動きで避ける。
相手も効き目は薄いとそうそうに諦め、手に持った銃を此方に向け売って来た。
距離は十メートル程。
相手は腰で構え、連射する。
「っ!」
「こいつ天剣かよ!?」
飛んでくる銃弾を見極め、身体に当たる銃弾だけを魔剣で斬り防ぎ、あっという間に間合いへと入れる。
上から下へ、スッと剣閃が光る。
それに送れるとうに相手の身体はからは血が噴き出し、呻きながら倒れた。
一つ。
斬った相手が倒れる前に隣に立っていた敵に向かって駆ける。
後方で構えている気配を感じ、その気配と目の前の敵を直線を結べるように身体を動かし銃撃を未然に防ぐ。
目の前の敵は構えた銃を話、両手を前に突き出し私に向けて来た。
「は!? 何で効かないんだ!?」
野太い声を出す男の後ろに回り込み、足を払いバランスを崩すと同時に背中のリグの掴み、そのまま男を持って走る。
まさか少女が男を片手で抱え上げるとは思っていなかったようで、一瞬当たりの攻撃が止み、全ての傭兵の視線は此方に注がれた。
隙が生まれた。
茫然とする兵士に手に持った男を勢い良く当てると倒れたのと同時に二人の身体を同時に貫き息の根を止める。
三人。
ここで初めて私が危険だと気付いたようで、半数の敵が此方に牽制射撃をしながら包囲を解き、固まり再び編成を組み直し交代しようとする。
「立て直す気?」
ガタガタの足場を諸共せずに走る私。
無数の襲い掛かって来る弾丸のその全てを弾き、斬り、避け速度を一瞬も落とすことなく敵に向かってひたすら駆ける。
時には跳躍し、木伝いに近づき首を切り落とし。
時には死体からむしり取った手榴弾を放り投げ、狼狽えている間に近づき斬り捨て。
私と同じように剣を以て挑んできたが、その剣毎斬り壊した。
四、五、六、七......。
身体が紙のように軽く、足の指先から手の爪先まで自分の思う通りに正確に動く。
敵が次に行う行動を先読みし、潰し、追い詰める。
「今だ! 一斉にかかれぇ!!」
往生際の悪い兵士達は目を光らせながら右手や左手、或いは両手を突き出し、私に向かって異能を行使した。
物凄い速度で撃ちだされる水弾、三人合わせて人一人のみ込める程の火の球を飛ばし、地面に手を置いている男は泥沼を私と兵士達の間に作り出した。
「な、んだと......」
私はその全てを避けた。いいや、避ける必要もなかった。
火も水も沼も、私に当たる直前に霧散したのだ。
光の粒となって散って行った能力の残骸を見ながら、頬けている敵。
私は好機とばかりに地面が抉れる程蹴り上げ、一瞬の内に近づくと、一人一人、少しの傷で殺す事が出来る場所を的確に、それでいて手早く五人の敵を斬り殺した。
余りの速さに傍から見れば、剣が残像を残し、斬らずして敵が血の泡を上げ死んでいったと思うだろう。
「こんなと戦うなんて聞いてないぞ! 総員撤退」
実際、そう思っている敵兵は口を諤々と震わせながら声を張り上げる様に言った。
「でも隊長! 契約違反になってしまいます。そうなればあの人の顔に泥を塗る事に「そんな事は分かっている!」」
「さっきから指令所と連絡が掴ん。恐らく拠点は落ちたのだろう。依頼主は死んだか捕まったか分からんが報酬が見込めない以上我々は撤退を許されている! 分かったらアザルー班を殿に順次撤退! あんな獣を戦うだけの金は貰ってない!」
「「「了解!!」」」
敵は撤退を決めたらしく。銃弾をばら撒きながら森の暗闇の中へと消えて行った。
「終わった」
『あんたほんと人間やめてるわね』
「これぐらい家では当たり前。―――それより01は?」
『大丈夫。頭打って脳震盪起こしただけみたい』
『02無理させてごめんなさい』
「構わない」
髪を払い、血を振り払うと、鞘を拾い剣を収めた。
『おつかれー』
おっとりとした声と共にハウンドが近づいてきてハッチを開いた。
「うん」
ピョンと飛び乗ると剣所定の位置に収め、操縦桿を握る。
『01よりゲイルドリブル。ヒーロー02から手に入れた情報にある傭兵団と接敵、撃退しました。我々はこのまま研究所に向かいます』
『了解ハウンド01。大隊及びヒーロー01から研究所方面で振動と光の柱の様なモノを確認された。留意せよ』
『了解。01アウト。―――皆聞いてたわね? 予想以上に移動に時間をかけ過ぎたわ。仕掛け罠に注意しつつ。最短を行きます。敵がいないからって油断しないでね』
「了解」
『りょーかい』
『......了解。さっきも言ったが俺は右腕を負傷している、何時も通りの動きが出来る保証はない』
『―――編成を変えます。04は中衛に代わりに私が前衛で索敵します』
「ああ、悪い」
それから、アーサーが言う通り、途中敵と遭遇する事はなく、何の邪魔も入らずに目的地手前まで到着することが出来た。
『おい。これが研究所か?』
『......廃墟じゃん』
アランの言葉にアレクが乗っかる。
それを他所にライラは『一体何が』と呟いた。
『? 全員止まって。―――あれ、見えてる?』
望遠モードでオリヴィアの言う方向にズームする。
『......子供か?』
『私達と同じぐらいの年。髪は長い黒髪。女性。―――ん? これって、作戦会議で見た子じゃない?』
「ほんとだ」
確かに資料で見た女の子だ。
見た限りでは他に人影はない。
あの子がやったのか?
『01からゲイルドリブル。研究所手前まで来ました。建物は崩れ、辺りに死体が散乱しています。それから......建物前に黒髪の少女。作戦会議の時に資料で見た子供です』
「どう思われます?」
「聞くまでもない、保護し「指令、奈鬼羅様から連絡が入りました」―――つなげ」
イングリットの言葉、モニターを見ながら答える。しかし、話の途中で途切れさせるようにカタリーナから報告が入る。
こんな時に。
そう心の隅で小さく愚痴を零すと無線を繋いだ。
『こんばんは司令官。今アレク達面白い子を見つけたでしょう?』
何故それを知っている。
まさに今さっき入った情報にも関わらず、示し合わせたかのように奈鬼羅が言った。
「それがどうかしましたか?」
『撃ち殺しなさい』
「理由を教えてくれますかな?」
「ただの確認よ、一発頭に入れて死ななかったらそれでよし。死んだなら私の検討違いだったって事」
「そんな漠然としない理由で貴重な情報をみすみす殺させる訳にはいきません」
「この奈鬼羅が殺せと言ってるの。黙って従いなさい」
若干苛立ちが見える声にイングリットは顔を顰める。
緻密な計画と根回しで動く兵士が私情を挟んではいけない。
これは、絶対であり、それは誰であっても私情を以て行動するのは許されない。
しかし―――
「分かりました。イングリット」
「はい」
この国で唯一勝手が許される者がいる。
それは、途方もない力を持ち、未だ能力の全貌を出さない強者。
場合によっては王の命令よりも優先させることが出来る程の力を持つ奈鬼羅と言う歪な存在。
奥歯を噛みしめ苛立ちを抑えながら、オリヴィア達に無線を繋ぐのだった。
『ゲイルドリブルよりハウンド01。射殺せよ』
『え? しゃ、さつですか?』
『そうだ。即刻射殺せよ』
『―――03』
少し間を開けると、オリヴィアがアレクに指示を出した。
『了解』
超魔圧縮狙撃銃を展開し、姿勢を低く、照準を少女に合わせる。
倒れる別の少女を抱きしめ、地面に下ろそうとしているのが見えた。
―――ここだ。
「発射」
ジジジと電気音が出しながら、目にもとまらぬ速さで飛んでいく銃弾。
一瞬にしてモニターに映る少女の頭を吹き飛ばした。
『胸糞悪い......』
アレクが漏らす。
『目標命中』
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