大好きです
空。何者にも縛られない場所。
雲が広がり、果てのない大空を巨大な物体が動いている。
それは、雲より更に上を途方もない程の大きな翼を羽ばたかせ悠然と飛ぶ。
神代の時代。
幾度も神に挑み、英雄をもって討伐された天上の生物。
神々に最も近い存在にして神の力をもってしても殺しきれない強者の中の強者。
龍である。
島程の大きな龍。
ゴツゴツとした黒鱗が全身を覆い。爬虫類に似た顔。額には一本の長い角が生えているのが分かる。
存在感放つ巨龍。
その龍の最も目を引くのはやはり背中だろう。
それを見た者は我が目を疑うに違いない。
そこには漆黒の巨城。見ているだけで足が竦む程巨大で威圧感のある城があるのだから。
その最奥に存在する謁見の間。
龍と剣が混じり合う紋章が刻印された玉座に座る一人の王がいる。
漆黒のマント、金でも銀でもない青白く光り輝く大きな宝石をはめ込んだ指輪をする一人の武人。
玉座に座し、頬を付きながら一目で生物を殺す事が出来るであろう眼光で空を見上げる。
「ほう、面白い。アマナンティスの他に耐えうる器が居たとはな......」
小さく、しかし豪快に笑う男。その前に膝を付き敬服の意を示す六人の影の内の一人が声を出した。
「如何なさいますか?」
「どうもせん。放って置け」
「宜しいのですか?」
別の従者が確認する。
「構わぬ。あれは赤子。態々赤子の所に出向いて手を出す程落ちぶれてはおらん―――それに、真の強者足り得るならばあの程度の障害造作もなく乗り越えよう。皆で見守ってやろうではないか」
「お心のままに」
そう言うと六人の陰は形もなく消失した。魔術も魔動機も使った痕跡もない。
ただ、自然現象のように姿形を消したのだ。
玉座に座る男は従者達を見送る事無くただ空を見上げ、事の行き先を見守った。
右手を突き出すヘズの顔は憎悪で歪んでおり、明確な殺意を持って僕を睨んでいる。
「何でヘズ......」
「......」
何も答えない。唯、七色の瞳を僕に向けている。その目には怒り、憎しみが見て取れる。
「ヘズのお父さんを憎んでいたのは本当だ。でも僕が殺したわけじゃ―――っ!!」
迫りくる閃光。
まるで、スローモーションのようにゆっくりと飛んでくる。
変わりゆく自身の身体に驚きを覚えながら、避けろと全身に信号を送った。
横に飛び、回避する。
間違いない。
僕が使った光線だ。
どうしてヘズが? ......そうだ。
ハンナが言っていた。最終被験者はヘズだと。
そして、オティックスが言っていた事を思い出す。
祝福を取り出し、他者に埋め込む。
つまりヘズは僕と同じ力を持っているのか?
『殺せ!』
再び、響く憎悪の声。
どす黒い波が身体に押し寄せ、新たに生まれたヘズに対する怒りの感情に戸惑う。
「何で! お前達の復讐はさっき済んだはずだろ! 何でヘズまで!」
『コロセ!』
僕の抵抗も空しく、繰り返す怒りの声。
憎い、憎い、憎い。
ヘズの顔を見ると、青髪の時に抱いた感情が芽生えて来る。
それは殺意にもにた怒り。
「そんなの、そんなの思ってない!」
自分に言い聞かせる、声を出す。
ヘズを殺す気などない。
絶対に殺さない。
ヘズだけは絶対に守る。
考えろ。
今、僕が取れる行動はなんだ?
ヘズを殺す?
論外だ。ヘズは助ける。その為に僕はここに居る。
助ける為にどうしたらいい。
立て続けに飛んでくる光線を避けながら額に汗を垂らし必死になって考える。
まずは無力化しなければいけない。
じゃあ、その方法はどうすればいい?
『コロセェェ!!』
「うるさい!」
考えろ。
オティックスは何て言っていた。
思い出せ。
「クソ!」
祝福を取り出せば頭の声も聞こえなくなる筈.....いや、ダメだ。
祝福を取り出したら死んでしまう。それに、取り出す方法はオティックス言ってなかった。
考えれば考える程の自分の力ではヘズの暴走を止められないを思い知らされる。
一旦、転移で逃げるか......ダメだ。
逃げた所で解決する訳じゃない、それに今の状態のヘズを一人にしておきたくない。
「ヘズ! ヘズ! お願いだから正気に戻ってくれ!」
避けられて当たらない事が分かったのか手を止め、此方に向かって駆けて来る。
右手を握り、作った拳には淡い赤色の光が纏っており、拳に当たればどうなるかは想像に難くないだろう。
二度、三度と攻撃を繰り返す。
身体能力にモノを言わせ大きく身体を揺らしながら躱す。
距離を取り離れていても聞こえるブンッ!っという音。
恐らく何かの祝福を使っているのだろう。
互いに慣れない能力を使い戦う戦闘。
六感が研ぎ澄まされ、身体能力が上がっている。
だが、素人だ。
雑でも横に避ければまず攻撃が当たらない。
拮抗状態が続く。
だが、戦闘に於いて素人でも力が本物で、避けた攻撃が壁に当たりると轟くように建物が揺れ、天井からは砂粒が落ち限界が近づいているのを知らせて来る。
ここでこのまま躱し続けていても何れ建物が限界を迎え崩れ落ちてしまうだろう。
そうなれば僕達も無事では済まないかもしれない。
未だ、自身の内に秘める力を把握できていない。
何となくは分かる。
唯、殆どの能力の詳細が分からないのだ。
光線、念力、治癒能力、それと身体能力......分かっているのはこれらの祝福だけだ。
余裕があれば、目を瞑り内に意識を移せばまた違った新たな能力を使う事は出来るだろう。
しかし、今はそんな事をしている時間はない。
意識を移すと言うのは大きな隙が生まれる。自己治癒能力がどれだけの物か分からない以上は極力攻撃を食らう訳にはいかない。
不確定な要素があるなら、より可能性の高い道を選ぶべきだろう。
「っ!!」
もう一度、ヘズの攻撃を横に飛び躱し、その勢いのまま扉の方に向かって駆け、体当たりするように扉を開いた。
ドアノブを捻り開けようとしたが、体当たりした瞬間扉が吹っ飛んだ。
驚いている時間はない。今は外に逃げないと......。
来た道を引き返す。
後ろを振り向くと、追って来るヘズが見えた。
ヘズは此方に向けて横に手を振るう。
すると、そこから大きな音を鳴らしながら廊下一杯の炎が此方に向かってきた。
「あつ!」
背中に感じるのは業火が発する熱。
火の先が背中に触れた。
直ぐ後ろには火の手が、だが、目の前に見えるのは走っている先にはさっき通った屈まないと通れない狭い通路。
屈んでノロノロ進んでいる時間はない。
かと言って今すぐ方向転換し他の道に行こうとすると黒焦げだ。
考える時間はない。
やるしかない。
「っ!!」
僕は隣の壁に向かって、体当たりをした。
普通の人間なら打撲や骨折をして壁を破壊するなんて無理だろう。だが、今の僕は違う。壁を破壊するだけの力はある筈だ。
考えが的中し、分厚い壁を破壊することが出来た。
移動した先は小さな研究室の様で紙が床に散乱している。
勢い余って倒れそうになるが、グッと力を入れて姿勢を戻す。
後ろを振り向かず、更に壁に体当たりをし、次の部屋へ......それを繰り返し、崩れた通路を抜けた辺りで再度廊下に接している壁に当たり、戻る。
「いっ!」
力はあるが、身体の方は頑丈ではないらしく、壁に入っていた鉄骨の破片が身体に突き刺さっており、尖った何かで斬れたのか身体中が切れ、裂けた皮膚、酷い箇所は肉まで切れており血が噴き出した。
無茶をした。
他に道がなかったとは言えやり過ぎたと若干後悔しながら自身の傷を一瞥する。
治癒能力の効果範囲のようで生き物のように切れた箇所がグネグネと動き出し、血は止まり肉と肉同士が繋がり、物の数秒で完治した。
ヘズは......追って来てる。
僕の通って来た所から身体を出し、左手を此方に向けているのが分かる。
―――来る!
走りながら廊下の端により、撃って来た瞬間に即座に横に飛びのく。
命中した壁には一メートル程の穴が空き、支えがなくなった天井が大きな音を立てながら崩落し、無数の大小様々な瓦礫が頭に降り注いだ。
走る速度を限界まで上げ、頭に直撃する前に何とか抜けられた。
ヘズはと言うと、何かに守られているのか自身に当たる前に塵にしていた。
ここで僕はある事に気付く。
それは、ヘズの放った光線の威力。
研究場で見たそれとは明らかに威力が弱かった。それに、光線の太さも細い気がする。
加減したのかと思ったが、あの自身の周囲に張っている塵にする能力がある。
敵味方が判別出来ないヘズが加減なんてすることはないだろう。
力が弱くなっている?
......そうだ。祝福を使うには魔力が必要。
恐らく、魔力が枯渇し始めているんだ。
魔力がなくなる程力を使った事がないから失念していた。
祝福を使えないぐらい魔力を減らせばヘズを傷つけずに無力化出来る筈。そうすれば後の事を考える時間が出来るだろう。
そうと決まればやる事は一つだ。
外に出て広い場所を陣取る。
ここなら広く空間を使える。
今までの攻撃の能力は四つ、最初に使ってきた念力、それに光線と炎、そして拳に纏わせた光の様なもの。
幸い、どれも避けるのは容易。
「......」
未だ怒りの色を示しながら僕を睨みつけるヘズ。
「ヘズ」
「......」
『コロセ!殺せ!』
うるさい。
集中できないだろうが。
こうして見るとおかしな点がある。
何故ヘズは喋れないのか? 身体を操られた事はあるが、声を出せない程ではなかった。
共通点は多々あるが、全く同じと言う訳ではない。
考えれば考える程分からない。
右に、左に交わしながら順調にヘズを消耗させていく。
どうやら、祝福には魔力の他に体力も使うようで、ヘズの顔は傍から見ても分かる程、疲れの色が見え始めた。
いける!
光線の威力は減衰し続け、しまいには攻撃をしてこず、ただ睨みつけるのみとなった。
「何でそんなに怒っている? 」
止まった所を見計らって投げかける。最早、怒りの表情を作る事さえ出来ず、肩で息をしながら睨みつけているヘズ。
無言が続く中。
僕はヘズの変化に気付いた。
「......ヘズ?」
涙を流しながら泣いていたのだ。
「あ......わ.......」
「ヘズ?」
「わ、からな......い。あなた......ころした......くない!」
言葉を詰まらせながら、絞り出すような声でそう言った。
殺したくないと確かにそう聞こえた。
次の瞬間ヘズはその場に倒れこんでしまう。
それとほぼ同時に瓦礫の中から生き残りと思わしき兵士の一人が這い出てきたのが見えた。
悪寒が走り、背中がぞくりと震える。
頭から血を流し、虚ろな目。
多分、もう長くはないだろう。
兵士は僕達を交互に見ながら、震える手で腰から拳銃を取り出し、ヘズに向ける。
「このばげものが!」
―――ヤバい......。
「ヘズ!!!!」
目一杯の力を足に込め、ヘズに向かって跳躍した。
今の自分なら一瞬の内に届くだろう。
そう、自分い言い聞かせながら、手を伸ばす。
まるでコマ送りのように静かにゆっくりと進む。そんな、永遠に感じるような時の中でヘズを見た。
顔を上げ此方を見ているヘズ。
―――大丈夫、まだ兵士は引き金を引いてはいない。まだ、十分に間に合う。
最早聞きなれた音が聞こえた。
銃弾が発射された。
それでも、僕の方が追いつくのは早い。
早い筈だ......。
そこには、何時ものように微笑みを浮かべるヘズの姿。
「ヘズぅぅぅぅ!!!!!」
そして―――。
「............え?」
顔を顰めながら起き上がったヘズは僕を抱きしめ、そのまま僕に覆いかぶさった。
放たれた弾丸はヘズの身体を直撃。
「っ!」
仰向けになっている僕の目に映ったのは苦悶の表情で痛みに耐えるヘズ。
傷から血が溢れ、僕に掛かる。銃声が止んだのを待つと、ヘズは右手を兵士に向け光線を放った。
「グァっ!」
細く、威力も低い。最後の魔力を振り絞った最後の一撃と言った感じだ。
僕は混乱で頭が壊れそうだった。
「魔力があったのに何で?」
銃弾を防がなかった。そう、言おうとしたが、力を失くしたヘズはそのまま僕の上に倒れ込んだ為最後まで声が出なかった。
「あ......の、能力を使うと、あ、なたまで塵にしてしまいますから」
力のない声でそう言った。
僕が飛び込んだから、ヘズは銃弾を防げなかった。
僕が庇おうとしなければヘズは一人で如何にか出来たのだ。
僕のせいだ。
血の気が引き、ヘズの身体を抱きながら優しく起き上がる。
「そんな! 僕のせいで......僕、撃たれても平気なのに」
「......あ......そう、何ですか? すみません。今まで自分が自分じゃないようで。―――もしかして、私、貴方を傷つけるようなこと、しましたか?」
ちぐはぐな言動に生気の乏しい声。
まるで、先ほどまでの記憶がないともとれる言動に違和感を覚えながら、眠らぬようにヘズに声をかけ続けた。
「大丈夫、大丈夫だよヘズ」
「―――それより、あ、なたに言いたかったことがあります......」
「もう喋らないで! お願いだから身体を治して!」
「そんな能力は......持っていません、よ。仮にあったとしてももう、魔力、残ってないです......」
「っ!? 何で......」
自分が使えていたからヘズも使えるものだと思っていた。
何故だ、自分は知らず知らずの内に出来ていた。
なのに、何でヘズが使えないんだ。
瞬間、頭を過ぎったのは桜子達の姿......。
能力を使えるようにすることが出来るのなら能力を使えなくすることも当然出来る筈。
あいつらが、ヘズに自己治癒の能力を使えないようにしたんだ。
「あ、ああ、あああ! そんな、何でヘズを! 何か、何か他に方法が―――」
言葉はそこで止まる。否、止められた。
「んっ......」
「っ―――大好きです」
ヘズの唇が、僕の口元へと当たったのだ。
瑞々しい弾力を感じる。
「......っ」
「あなたの事を愛しています......」
目の端から涙を流しながら、僕の目を見てハッキリとそう言った。
「僕もだ! 僕も愛してる大好きだ! だから、だから死なないでくれ!!」
「アメリア達をお願いします。あの子達はまだ......」
最後まで言うことなく、ヘズは眠りに付いた。
響き渡るのは少年の叫びにも似た泣き声。
無力を恨む泣き声が何処までも、何処までも響き渡る。
『ヘズと一緒に居たい?』
頭の中に聞こえる声。虹の目になった時に聞こえた知らない少女の声だ。
「居たいよ。ずっと一緒にいたい......」
泣きながら半ば投げやりにそう言い返した。
『どんな形でも?』
「ああ。一緒に居れるなら何でもいいよ......」
どんなでも構わない。ヘズと一緒に居られるなら。
『じゃあ。ヘズを取り込みなさい』
「え?」
『貴方なら祝福を取り込む事が出来る。祝福とは魂。命の記憶そのもの。今は無理でも何れ肉体を作る事が出来たら。そこに、また、祝福を入れればヘズは生き返る事が出来る』
「......取り込んだヘズは何処に行く?」
『私達の所』
あの、白い地獄。
無限の時間を閉じ込める牢獄。
あそこの苦しさを知っている僕は天秤にかけた。
苦しみの場所にヘズの魂を入れるか、そのまま、安らかに眠りに付かせて上げるか......。
深く考え、試案し、袖で涙を拭くと僕は決意した。
周囲は以前暗く、瓦礫内には依然火がくすぶっている。
ヘズの身体を抱き上げ、形を確かめるように抱きしめると、そのまま地面に優しく置い―――
パァン!!
何の音だ?
目が見えない。音も聞こえなくなった。
真っ暗だ......何も見えない......何も聞こえない......。
遠くから聞こえた銃声とほぼ同時に六六六の頭に弾丸が直撃した。破裂した頭はスイカのように辺りに血と内臓を飛び散らせ、噴水の如く血を巻き上げながら力なくヘズの上に倒れ込む。
『目標命中』
研究所前方に広がる等間隔に植えられた木々の間、鋼鉄で覆われた猟犬が自身の大きさ程の狙撃銃を背中に背負い、姿勢を低く立っていた。
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