女性研究者とチョコレート
8月21日誤字。細かな修正を行いました。
2022/04/08 改稿を行いました。
『あの、この子は......』
『すまない。そのことは話せないんだ。さぁ、ここは危ないからあの兵隊さんに避難所まで連れて行ってもらいなさい』
『え、でも』
『これは凄く危険な存在なんだ。早く行きなさい』
子供達は何人もの大人に地面に押し付けられ気を失っている僕を心配する素振りを見せながらも、大人達に促され、部屋から追い出されてしまった。そして、子供達が居なくなったのを確認すると兵士達は豹変した。
『―――怪物がっ!!』
『このクソガキッ!』
怒りや憎しみがこの部屋に充満している。
散らかった玩具、血が飛び散った絵本。 壁紙は明るく、床にはクッションが敷き詰められている。多分、子供が遊ぶ為の部屋なのだろう。
そんな部屋に重武装の兵士達、床に倒れている血塗れの少女という余りにも不一致な者達が狭い空間に居る。
「......あぁ」
泣いている人。怒っている人。怯えている人。みんながみんな、僕に向かって大声で言葉を投げ掛ける。
殴打する拳、腹を蹴り上げる足には確かな殺意が感じられ、本気で殺そうと暴行を加えているのがヒシヒシと伝わって来た。
「―――ごふっ」
身体中が変色し痣だらけになりと所々の骨が折れ、肉を突き破り血液と共に現れる。骨折した骨が内臓に刺さったのか吐血が止まらない。
痛い、イタイ、いたい......。
意識が遠のき、また戻る。痛んだ箇所が温かさと共に痛みが治まり、また他の場所が痛み出す。
その工程が何度か続いた時、僕はふと考えるのだ。
殺した兵士一人一人に守るべき家族が居ただろう、愛すべき恋人が居たのだろう、信頼する仲間が友人が居ただろう。
僕はその人を......人生全てを壊してしまった。
人を殺すのは初めてだった。死ぬまでこんな経験を味わう何て前の僕に言ってもきっと信じないだろう。
罪悪感だったり、後悔だったりあるものだと思っていたが、やってしまえだどうと言うこともなかった。しいて言うのなら、『ざまぁみろ』と思った。
それだけだ。それだけなのだ。
僕を拉致し、こんな目に遭わせた奴らの仲間だ。自業自得だ......。
だが、それが自身に起こったとしたらと考えるとどうしようもなく胸の所が苦しくなる。
家族に会いたい。お母さんに、お父さんに、妹に会いたい。お母さんの料理を食べたい。妹とゲームをしたい。お父さんとくだらない話をしながら笑いあいたい。
友達に会いたい。こんなことが遭ったのだと話をしたい。
何で僕はこんな所で大人達に殴られているのだろう。知らない所に連れて来られて、知らない薬を毎日たくさん打たれて、気に入らなかったら首から痛みを流される。
僕は全てを失った。家族も友人も人間の尊厳すら......。
泣きたいのはこっちだっての。
兵士達は気が済んだのか、まるで荷物を運ぶように雑に襟首を掴むと、引きずるように何処かに連れて行かれる。
糸が切れた人形のようにピクリとも動かない僕に対して周りの兵士達は侮蔑の視線を感じながら、何時ものように身体全体がポカポカと優しい温かさに包まれながら僕はこの悪夢から逃げるように意識を手放すのだった。
連れて来られたのは監禁されていた部屋と似たような白い部屋。
部屋の真ん中には厚いガラスで仕切られており、椅子と机がガラスを隔てて置かれている。
そんな部屋に投げ入れられた僕の身体はここまで来る途中で完治しており、痣や骨折の痕跡は何処にもなく、この部屋のように真っ白な肌に戻っていた。
『おはよう』
「っ!」
うつ伏せで倒れていると青い髪の声が聞こえ、反射的に飛び起き声のする方向に視線を向ける。すると、ガラス一枚隔てた向こう側にあの憎い青い髪の男がこちらに向って椅子に座っているではないか。
頭で考えるより既に身体が動いていた。
拳を作り、助走をつけガラスを殴る。
「っ!」
しかし、ガラスにはヒビ一つ入って折らず、あの男の気色の悪い顔が変わらず写っていた。
僕は何度も何度も殴った。だが、まったく傷がつかず不思議な能力を使っても穴を開けることは出来なかった。
終いには攻撃を諦め、睨みつけることしか出来なかった。
『気が済んだかい?』
「......」
『君とゆっくり話しがしたいと思ってね。急いで作らせたんだ。どうだい? 急いで作ったにしては上手く出来ているだろう?』
何を言っているか分かんねぇよ。
こいつは僕と話しがしたいのか?
困惑している僕を他所に、男は一人で話し続けた。そして、言葉が分からないと分かるとそれを見越して持って来たのか、机の上にある数冊の本をガラスの小さな隙間から僕に向って渡す。
『この字が読めるかい?』
「......」
しばらくの間、言う事を聞くまいと反発し、本には触れずに男を睨み続けた。
だが、直ぐにこのままでは何時までたっても終わらないと気付き、渋々渡された本を一通り捲ってみる。
......予想はしていたが、やっぱり違う。英語とも違うし日本語とも違う。向こうの世界で類似する文字があったのか脳をフル回転させるが、結果は同じだった。
どのページにも僕の知っている文字はなく、さっぱり分からない。
何だこの文字、記号か? なんて書いているか分からない。見たことない文字が僕の目の前に広がっている。
何かを期待している男がイラついたので本をガラス越しに笑っている男に向って投げつける。
それを全く気にせずに、まるで子供を見守る親のようにジッとこちらを見守っていたことにまた腹を立った。
『おやおや......。これでは会話が出来ないね。まぁ、分かっていたことだけれどね。私が教えてもいいが、―――君は私の言葉を聞きそうにないし。......よし、代わりの者に言葉を覚えさせよう』
男は立ち上がり向こう側の扉から外に出て行く。諦めて帰ったのかと思っていると、次に女性の研究員が入ったではないか。
『こんにちは』
「......」
金色の髪。整った顔立ち。翡翠の様な緑の瞳。裏表のないその笑顔はこの場所に拉致されて始めてみた。
毒気を抜かれ、呆然とした表情で女性の顔を見つめている僕。その視線に気付いたのかもう一度僕に向って微笑む。
『これ、貴方が読んでいたって子供達から聞いたわ』
僕に一冊の絵本を渡してくる。
端が血で汚れたその絵本は僕があの部屋で読んでいた本だ。
この本をくれるのか? いや、でもまだ油断は出来ない。この研究所にいるような人だ、警戒はしておこう。
恐る恐るその本を受け取ると血で乾いた手をワンピースの汚れていない部分を探し、ゴシゴシと拭き取り、ゆっくりとページを開く。
これは......。
『その本が気に入ったのね。その本あげるわ。―――こんなことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい』
彼女は何やら言い残すと部屋から出て行ってしまった。それから、夢中で読んでいると部屋の扉から兵士達が入って来るのが分かる。
顔には怯えており、震えるその手には注射器が握られていた。
今日はもう疲れた。薬を撃たれるのは腹が立つし嫌だが、大人しく打たれよう。そうすれば嫌なものを見なくて済む。今は少しでも気を紛らわせることが出来る物があるということを喜ぼう。
両手で大事に絵本を抱きしめ、抵抗の意思が無いことを示す為に目を瞑る。何かを察したのか兵士達は顔を見合わせ、用心しながら僕に近づいてくる。それから、ゆっくりと慎重に、首筋に薬品を打ち込む。
身体に異物が入ってくる感覚に耐えること数秒。
だんだんと平衡感覚が失われ、目の前が暗くなっていく。
手足の力が徐々に抜けていき絵本を落としそうになるが、必死に力を入れ抱き込んだ。
目を覚ますと何時もの部屋。
横向きに倒れており身体に異変が無いことを確認する。血で汚れた身体は洗われたのか、綺麗になっており。服も新しいものに着替えさせられていた。
それから、腕の中にも視線を向け、ちゃんとそこにあるのを確かめるともう一度折り曲げないように優しく抱擁する。
身体に纏わり付くチューブの煩わしさを覚えながら定位置である扉から一番遠い隅に膝を曲げ、三角を作るようにドスンと座り込むと抱きしめた本を開き、偽者の景色を眺めるのだった。
昔、ある村に住んでいる男の子がお姫様に一目惚れをした所から始まる。
両親から畑を引き継ぐよう言われ、村から殆ど出る事が出来ず、結婚相手まで決められていた。
その事に腹を立てた男の子は村を飛び出し、お姫様の住む都会へ向った―――。
扉が開く音が聞こえ。絵本を読むのを中断し扉の方向に視線を移す。
代わり映えのしない、味のしないペースト状の食事が運ばれて来る。
何時もは研究員が運んでくるのだが、僕が暴れたからか、その役目は兵士に変わったようだ。
小銃を肩にかけトレーを運んできた兵士達とは別に二人の小銃を構えた兵士達が僕に照準を合わせている。
『ハンナさんからお前にだとよ。―――まったく、こんな化け物にこんな物をやって何になるってんだ......』
気にせず絵本に視線を戻すと扉のすぐ傍にトレーを地面に置き、僕に向って小さな袋を投げ渡す。
それは、放物線を描きながら足に当たりポトリと落ちた。
カラフルな包装に中身には何やらしっかりとした物体が入っている。
スナックバー?
包装の中身を予想していると、こっちが大人しいのをいいことに口々に何かを吐き捨て出て行った。
言葉は分からないが、罵倒されたのは分かる。
「あいつらいつか殺してやる......」
まただ、まるで一気に火が燃え広がる様に小さな殺意が膨れ上がる感覚が身体を支配する。
『あ? お前今何か言ったか?』
『おいよせ! 所長から言われてんだろうが!』
『チッ! 人間の皮被った怪物が』
兵士達は吐き捨てるように何かを言うとそのまま外に出て行った。
「イライラする」
黒い感情がふつふつと湧いてくるのがはっきり分かった。
折角の娯楽を手に入れたのにイライラするのは嫌なので首を振り、考えを霧散させる。暫く、深呼吸し、落ち着く事を意識すると、次第にイラつきに似た殺意は鳴りを潜めた。
絵本を一旦閉じ、傍に置くと立ち上がりトレーを取りに行く。
何で出来ているのか分からないそれを見ながら元の位置に戻り座った。
そして、プラスチックで出来ているスプーンを手に持ち、掬い上げると口に入れる。
「......」
相変わらず不味い......。と言うか味がしない。
これなんで出来ているんだ? 触感はドロドロしていて薬のような味がする。吐く程不味いわけではないが、口の中に長い間置いていたら気分が悪くなる。
「うえ」
そんな原材料不明の食べ物を微妙な顔で、次々と掬い事務的に口に運ぶ。
ものの数分で食べ終わるとトレーの上にスプーンを置き、扉の近くに滑らせた。
勢いを付けすぎて扉にトレーが辺り、ガタンと音を立てながらスプーンが落ちる。それを、一瞥すると直ぐに興味を失ったかのように視線を兵士が投げつけてきた袋を見つめる。
袋には文字が印字されているが、何とかいているか分からない。見た目は普通のスナックバーの様に見えるが......。
四つん這いで袋の所まで行くと、恐る恐る拾い上げ、色んな方向からそれを観察し訝しげな面持ちで封を開く。
中身を取り出すとそれは黒い棒状の物体。
感触を確かめ、匂いを嗅ぐとそれはまるで―――。
「っ!! ―――」
何かに気付いたかのようにパクリと齧り付いた。ムシャムシャと咀嚼し飲み込むと、間髪入れず、もう一度口に入れる。
―――チョコレートだ。この味。この触感。間違いない。
監禁されてからというものの味のある食べ物を食べたことがなかったからか、チョコレートを食べた瞬間、その甘さで唾液腺が弾けるような口の中に軽い痛みが走り、嬉しいあまり涙が溢れ出た。
無我夢中でチョコレートを食べ続け、あっという間になくなってしまった。
あの兵士がくれたのか? ......いいや、それはないな。あれだけ罵倒した相手にお菓子をあげるのは不自然。
行儀を気気にせず、無く手に付いたチョコのカスを舐めながらこのお菓子をくれた人の事を考える。
そして、ふと今日会った女性の顔を思い浮かんだ。
もしかしてあの女の人が......。うん、ありえる。この施設で僕にお菓子をくれそうな人なんて彼女しか思い浮かばない。
名前を知らない彼女の顔を思い浮かべ、感謝しながらチョコの袋をクシャクシャに潰し、丸めながらトレーに目掛けて放り投げる。
今度は上手くいき、見事にトレーの真上に丸められた袋がポンと載る。
それから時間が経過する。
兵士達がトレーを回収しに来た。
『おい化け物、そこから動くんじゃねぇぞ』
『こんな奴、餓えさせちまえばいいんだ』
『バカ野朗。そんな事しちまったら所長に殺されちまうぞ!』
『そうだったそうだった、こいつは所長のお気に入りだったからな』
そう言うと一人の兵士が僕に近づいてくる。本を開きながら僕もその兵士に視線を合わせた。
『良く見るとこいついい身体してるじゃねぇか......』
ジロジロと僕の身体舐めるように下から上へ見てくる。
―――気持ち悪い。
よく見ればさっき僕に噛み付いてきた兵士だ。
「......少しでも身体に触れたらこいつの両腕をへし折ろう」
『またテメェなんか言ったよな?』
小さく呟いた僕の言葉に反応したのか怒り気味にまた噛み付いてきた。小さく溜め息をつくと、傍に置いてある絵本を血で汚れないように壁と自身の身体の間に挟むように隠し、来るべき災難に備える。
『おい! やめとけ。お前も聞いたろ! こいつを止める為に三十人以上死んだんだぞ!』
『あ!? そんなの誰かが面白半分に盛ってるだけだろ。......それより監視役には話しをつけてカメラを切って貰ってる。なぁ、ヤろうぜ』
『俺は嫌だぞ。どうしてもヤるなら俺が出て行ってからしてくれ!』
『俺だって嫌だ! 死にたくねぇからな』
『チッ! じゃあ早くそれ持って出て行け! 直ぐ終わらせてやるから外で見張ってろ!!』
一人の兵士が他の兵士達に声を荒げている。それから直ぐに他の兵士達がトレーを持ち立ち去るのを確認すると、兵士は下卑た笑みを浮かべ、手に持った小銃を床に落とすと僕の目の前でベルトを緩め、ズボンを下ろしながら僕の頭に手を乗せた。
まただ、上がって来る。胸の底から殺意が込み上がって来る。
「言ったよな。何時かお前達殺すって」
抑えられない。
『あ!? テメェ何言って―――』
僕の頭に乗せた腕を掴むと、曲がらない方向に力を入れ折り曲げる。
『いっでぇぇぇぇぇぇっ!! 何しやがんだこの化け物が!』
バキリと骨の折れる音が耳を刺す。後ろ向きに倒れた兵士は腰から拳銃を取り出しこちらに銃口を向けてきた。だが、撃たれる前に立ち上がり力任せに拳銃を叩き落とす。
『クソがっ!』
すると、今度は落とした小銃の場所に這って後退し始める。想像絶する痛みで身体が思うように動かないらしく僕が歩くのよりも遅かった。
先に小銃に辿り着き、それを踏み砕くと今度はへし折った逆の腕を掴み、同じようにへし折ってやった。
一回目のように上手くいかなかったのか折れた箇所から骨が飛び出し、血が蛇口から出る水の様に飛び出す。
『あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁ! 悪かった! 悪かったよ! クソッ! いでぇよ!』
まるで芋虫の様にのたうちまわり、涙と涎を垂れ流しながら必死で僕に向って何かを言っている。
きっと命乞いをしているのだろう。
喚き散らす兵士を尻目に絵本に血が付かないように兵士が落としたズボンを掴むと血が出ている方の腕に投げ、被せるとこれ以上飛び出さないように踏みつけた。
『やめろ! やめてくれ! おい! 助け、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
耳が痛くなる程大きな声で助けを求める兵士。その声が聞こえたのか扉が開き、兵士達が飛び出してきた。
『言わんこっちゃねぇ!!』
『クソッ! だから言ったろやめとけって! おい化け物! そいつから離れろ!』
部屋の惨状に目を見開き、慌てて銃を構える。
僕は撃たれる前に足元に転がっている下品な兵士をトレーの様に蹴り上げ、銃を構えている兵士達の傍に滑らせる。
驚いた様子で僕と足元の兵士を交互に見る。しばらくして、僕に攻撃の意思がないことが分かると急いで負傷した兵士を引きずりながら部屋から出て行った。
ため息をつき、部屋を見渡す。
ズボンで覆い隠してはいたが、床には血の水溜りが出来ており、壁には血飛沫が付着している。
思いのほか広範囲に血が飛び散っており、真っ白のワンピースは真っ赤のワンピースに変わっていた。
顔や髪も言わずもがな―――。
もう一度深くため息をつき、手を洗うため洗面台に向った。
面白いと思って頂きましたら下に御座います星を押していただけると執筆の励みになります。それから、感想をいただけるともっと励みになります。
執筆状況を知らせる為にtwitter始めました。良かったらフォローして頂けると嬉しいです。基本執筆に関係する事しか呟きませんのでご安心ください。