Sideロプト 油断
次回はグングニルのお話。もう直ぐ一章終了です。これだけ長い期間執筆した作品は初めてであり、これもひとえに読者に皆さまのお陰であります。どうか、これからも私の作品を楽しんで頂ければ嬉しいです。
「っ!! しつこい!」
「お互い様です」
周りに浮遊する球体で銃弾を防御しながら迫る常盤。逃げるライネ達。ライネと兵士達は走る速度を殆ど速度を落とすことなく、銃弾を数十メートル離れた常盤の小さな身体に命中させる。
しかし、その全ての攻撃は不可視の壁に阻まれた。
「中隊長! 攻撃が―――銃弾が効きません」
「分かっている。―――総員散開した後斉射!」
「「「「了解」」」」
左右にばらけると一斉に攻撃を開始した。だが、結果は変わらず常盤には傷一つ付ける事は叶わず、顔色一つ変える事すら出来ない。
距離は縮まって行く。二十メートル、十メートル、常盤が近づいてくる。腰の刀を抜き出し、構えを取り跳躍。
「はぁ!」
「祝福を警戒せずに真っ直ぐ来るとはな!」
「っ!」
ライネが常盤に手の平を向ける。その瞳は血のように真っ赤に光り輝き、手の周りに淡い光を纏っていた。
常盤の瞳には焦りが見え、ライネの瞳には喜びが見える。
そして―――
「ぐっ!!」
常盤の、......いいや常盤を中心にした空間ごと何かに引き寄せられるように後ろに大きく飛んで行った。勢い良く大木に身体を打ちつけ痛みで顔が歪む。それを好機とばかりにライネ達は攻撃の手を強めた。
「怯んだぞ! 息の根を止めろ!」
「くっ! 衝撃で意識が......魔力が安定しない......!」
球体を呼び戻し、急いで防御の態勢に入る。だが、不可視の壁は徐々に削り取られ、しまいには球体は撃ち落された。
防御を失った常盤はその場を離れようと立ち上がろうとするが、足をくじいたのか倒れてしまう。
「ただ逃げていたと思っているのか?」
「しゅ、祝福を隠していたとは。油断しました」
「七氏族が油断とはな。一つの切っ掛けで有利不利は一瞬でひっくり返る。それを常に頭に入れ、一つ一つを慎重に迅速に行動する、それが良い戦士、兵士......あぁ、お前さては戦場に出て日が浅いな?」
「っ!! それが何だと言うのです!」
「世界最強の一族がこれ程のモノとは余程不作と見える」
「無礼者め!」
隠し持っていた短剣をライネに投擲する。だが、その不意打ちもライネの前では無力。短刀は常盤の方に吹き飛ばされ、顔の直ぐ横の木に突き刺さる。
「いいやすまない。これでも私は兵士。捕虜は丁重に扱おう。っと言いたい所だが今は極秘作戦中でな、捕虜は取れないのだ。―――せめて、苦しまないように殺してやろう」
再び銃を構え。照準を倒れた常盤に合わせた。そして引き金を―――
「―――アビー!!」
一瞬だった。兵士達の後方から異様な空気を感じ始めた。長い時間戦場にこの身を置き芯の芯まで兵士になったつもりでいた。実際、どんな逆境に於いても己の力を信じ、冷静に事に当たり覆してきた。
それなのにどうだ。筋肉だけではない、芯までも恐怖で震えている。
空気を感じた瞬間、脳がどうこの危機から逃げおおせるかを考え、あらゆるルートを瞬時に考えだしては捨て、また導き出す。
これしかない。
そう考えたライネは一度だけ、副官の名前を呼ぶと自身の周りに居た兵士達を吹き飛ばした。そして、自身も実験体とは真逆の方向に足を蹴り出したその瞬間それは起こった。
「AAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
獰猛な野獣にも似た咆哮と共に起こった爆発。地面が抉れ、木々が弾け飛び、あらゆる物が破壊の波動と共に無へと化した。
摩訶不思議な爆音が辺りに木霊し、その次には静謐な空気が訪れた。
「がはっごほごほ! ちゅ、中隊長! 中隊長!!」
「中隊長!」
「総員! 今は全神経を使って中隊長を探し出せ!!」
「「「「了解!!」」」」
土煙立ち込める荒れた大地。吹き飛ばされた兵士達は自身の傷を気にするようすは無く。血眼で地面に見やり、自分達を助けてくれた上官の姿を探した。
「クソ!」
部下に注意しておきながらも思わず毒を吐いてしまう。アビーは自身の無力さを恨んだ。反応出来なかった。気づいた時には遠くに吹き飛ばされていた。何かが私達の身に降り注ぎ、その何かから私達を助ける為に咄嗟に吹き飛ばしたのだろう。
爆発の範囲から見て戦車を破壊する為に用いる爆弾より一回り大きいと言った所。だからこそ、木に激突し止まった私も生き残る事が出来た。
それよりも中隊長だ。
私達を吹き飛ばし、それからほんの数秒の間だが爆発まで時間があった。中隊長ならその間に自身を吹き飛ばし逃れる事が出来た筈だ。それが出来る程の冷静さは中隊長にはある。
その筈なのだ。
「これは......」
「中隊長」
「......」
そこには血にまみれた中隊長が倒れていた。
「ひどい......」
ジェレマイアが思わず顔を逸らしてしまう。それ程酷い状態だった。
身体中には火傷や裂傷、右足の太ももから骨が飛び出しており、右腕は肘から先が存在せず、顔の右側も焼けただれていた。
朦朧とする意識の中。ライネは何が起こったのかを考える。
何かが爆発した。地雷? 爆弾? いいや、そんな物なかった。じゃあなんだ......そうだ、確かあの方向には実験体の子供が居た筈だ。
まさかあいつが......。
作戦開始前にあの子供に関する資料には目を通した。多数の祝福を保有している、それもそのどれもが実用的で強力なものばかり。しかし、爆発させる祝福は持っていなかった筈だ。まさか、あの短時間で新たな祝福を発現させたのか?
いいや。今は何を考えても憶測の域を出ない。それよりもだ、部下達を退避させた後、俺が逃げようとした瞬間の事だ。
爆発までの数秒の時間があった。俺の祝福は『引力と斥力を発生させる能力』。自身に斥力を働かせあの場を離れることが出来た。それぐらいの朦朧とした意識の中でも造作もない事だ。
だが、それが出来なかった。
原因は分かっている。爆風に巻き込まれる前、逃げようと能力を発動しようとした時だった。
あの女。異界の英雄の末裔だ。
一瞬の内に自身の後方一直線に木々が無い所を導き出し、身体をずらし頭を打ちつけ意識を失いかけたあの身体で何らかの能力で俺の身体を奪い、己の身体に俺の能力を使った......。
何て女だ。
敵に油断を説きながら己が油断を付かれるとは......何て様だ!
「中隊長動かないで下さい。おい!」
「はい」
アビーは興奮するライネを抑え込むと、ライネ達を中心に円形にして周囲を警戒している兵士の一人がライネに近づくと膝を付き、ナイフを抜くと手首に当てスッと引く様に切る。そして、垂れ出した赤い血をライネに振りかける。
血液が掛かった箇所から蒸気が上がり、瞬く間に傷が塞がっていった。
「私の力はそれ程強いわけではありません。失った腕や目は―――」
「分かっている。出血が止められればそれでいい」
「中尉。任務は」
「......実験体は見失った。これだけ隊を分散していては探す事もままならない。撤退す「ふざけるな!」っ! 中隊長......」
「まだだ! まだやれる! モーリス足を治せ!」
「荒療治になりますが」
「構わんやれ!」
「中尉殿。今から飛び出した骨を体内に戻し、私の血液を塗り込み繋げます中尉殿は―――」
モーリスと呼ばれる丸眼鏡を掛けた衛生兵がアビー達に指示を出す。
「......分かった」
興奮したライネとは裏腹に冷静なアビーと隊員達。モーリスの指示に迅速に各々行動を開始する。
水筒を傾け汚れを落とし応急キットを広げ、布を取り出しライネに噛ませると―――。
「ぐぐァァァァァァぁぁぁァァァぁっ!!!!!」
屈強な兵士四人で抑えてやっと動きを止める事が出来る程の怪力。辺りに血をまき散らしながら骨を肉を掻き分けながら押し戻し、手探りで途切れた骨を探し出し繋げた。
「中隊長、もう終わります」
「ふぅぅ......ふぅぅ......」
食いしばった布の間から荒々しい息が漏れ出す。モーリスがまるで日課をこなすかのように丁寧にそれでいて迅速に処置を完了させ、搔き開いた患部に血を垂らし傷口を閉じた。
「痛み止めを」
「いらん! 打てば副作用で動きが鈍くなる」
キットから取り出した注射をライネに打とうとするが、ライネに拒まれる。
「中隊長」
「あぁ......。―――転送機は?」
「こちらに」
腰部のポケットから取り出した拳大の魔動機。中心に結晶が埋め込まれた転送機と呼ばれるそれは、極秘研究所で開発された技術を用いて作られた物であり、登録した者を離れた場所から場所へ転送する事が出来るのだ。
しかし、問題もある。一つは転送できる人数は限られており、使えるのは行と帰りの二回だけ。
そして、試験的に作られた物で数に限られている事。
技術は確立されていたが、魔動機として作り出すにはまだ困難な為ライネの部隊に配備するのが精一杯なのだ。
「良し。他の隊に撤退の指示を出す。俺達は実験体をギリギリまで追跡、確保、出来ない場合は殺す」
直ぐに一人の兵士が発煙弾を空に上げる。すると、淡い青い光が何度も光ったのが見えた。それは撤退の開始を告げる合図。今までライネの部隊が行うことがなかった行為。
傍に転がっていった壊れた小銃を一瞥すると腰のホルスターから抜いた拳銃を片手で足を使いスライドし初弾を装填。立ち上がり足の状態を確認すると目的の実験体を見つける為に部隊を引き連れ再び走り出した。
「あれは......」
「虹......」
アビーが呟き、ライネがそれに続く様に思わず声に出す。
晴天の空に地上から伸びては消える青い光とは別により大きく、より長く光り輝く七色の光柱。戦乱の森林、血と鉄の匂い、ピリピリとした緊張が支配するこの場で神秘的なまでに魅了するそれは集中していないと視線が光柱に釘付けになってしまう。
あちらに何かがある。
ライネの直感がそう告げている。
一つの選択肢のミスが即死につながる戦場の中で訪れる天啓に似た直感。それは、何時来るかも分からないし来ないかもしれない。しかし、必ず重要な局面に訪れるそれはどんな時にも俺達の部隊を勝利へと導いてきた。
それが、今身体が震えるような感覚と共に自身の行くべき道を誘う。
「こっちだ」
「「「「了解」」」」
足を光柱の方向に向ける。そして、隊員の視線を背に感じながらただひたすら、心が指し示した方向に進んでいった。
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