実験体
グングニルの話と言いましたがすみません。28話はロプト、29話にグングニルを投稿したいと思います。振り回してしまい申し訳ございません。
「何だ......お前ら」
「もう気付いているんじゃないかな?」
「......」
ハンナやゲルセメが言っていた。僕の前にも僕と同じように研究所に連れてこられた子供達がいると。もしかして、目の前に居る子供達が―――。
「僕と同じ実験体な「実験体何て呼ばないで」っ! ごめん......」
一瞬、少女が不機嫌な顔になる。しかし、僕が謝ると直ぐに何時もの様な笑顔に戻った。
「私の名前は桜子って言うの。ここに居るみーんな君と同じ被害者なんだよ。言わば被害者の会だよー!」
十、二十、百......何人いるか分からない。目の前に僕と同じ服装をしており下は小学生ぐらい、上は高校生程の少年少女たち。
「俺が話をする。お前では終わる頃には陽が暮れてしまう」
「え? そんな......」
集団の中から一人の少年が前に出て来た。それに付いてくるように少年の手を両手で握るように繋ぐ少女。そんな少年達が桜子と僕の間に入って来た。
「俺の名は篝。この子は桔梗と言う。お前と同じ実験体だった者だ」
「僕に何の用......」
「単刀直入に言う。あの青い髪の男を殺して欲しい」
「......そんな事。今更......」
「私が言いたかったのにー!!」
「黙ってろ―――こいつがこうなる前に提案する筈だったのにお前がノロノロやっているせいで危うく死にかけている。分かっているのか? こいつが死ねば次いつ来るか分からない者を待たないといけないのだぞ。もっと、真剣にやれ」
「......ごめんなさい」
しょげる桜子を横目に再び視線を僕に向ける。
「もう、何もしたくない。このまま楽になりたいんだ」
「......本当にそう思っているのか?」
「?」
表情を変えずに淡々と話を続ける。
「俺たちを見ろ。永遠の時をこの何もない白い空間に閉じ込められている。旨い食事も楽しい思い出も、ここには何もない......無だ。お前の言う通り死ねば楽になれるだろう。だが、それはほんの一瞬、光の瞬きの間の時間だけだ。俺も桜子も桔梗もここに居る皆誰もが最初は死んで楽になりたいと思った。だが、無と言うのは地獄の苦しみよりも更に苦しい」
「篝......」
篝は手を優しく解き、桔梗の頭を優しく撫でた。
「死にたいと思っている思い。それすらも思う事が出来ない程の地獄をお前はまだ知らない。ここは俺達の終着点。この先は何もない。それを聞いた上でまだお前は楽になりたいと思うか?」
「......」
このまま、流れに乗っていれば間違いなく僕は実験体として使いつぶされるだろう。そして、死ねばここの一人となる。
「息を吸い、痛みを感じ、絶望を味わっているお前が羨ましくて仕方がない」
桔梗を離し、膝を付き僕に目線を合わせる。
「どうせ手放す命なら私達の力になってってそういう話」
「口を挟むな。―――だからどうか「でも、僕なんか何をしたって......」......仕方ない。桔梗」
「うん。―――ごめんね......」
「な、何を? っ!!!」
言葉を詰まらせている僕の反応を見た篝は視線を飛ばし、それに桔梗は頷くと此方に近づき小さく謝りながら僕に向かって手を翳した。
瞬間、目の前が暗くなる。直接脳に叩きこまれているようだ。激痛と共に誰かの記憶を強制的に見せられている。
それは小さな少女。......髪の長さが違うが顔を見る限り桔梗だ。熊のぬいぐるみを両手に抱き、白衣の人達に怯えている。
場面が変わった。
僕と同じ服装に変わっており、手足を繋がれ薬物を打ち込まれている。苦痛に身悶えながら四つん這いに蹲ると床を涙で濡らす。
場面が変わった。
髪が伸びていた。目には光はなく、膝を抱き部屋の端で座り込んでいた。桔梗の前にはハンナが何かを話している。表情は暗く、罪悪感に塗れたその顔で俯いている。
場面が変わった。
広い空間、実験場の様な所で倒れている桔梗。もう身体は動いておらず。頭上のガラスに守られた監視室から見下ろしている青髪は、失望の色を隠す事なく顔を横に振りながらまるで玩具に興味を失くした子供のように監視室から姿を消した。目から血涙を口からは血液を流しながら力尽きた。
場面が変わった。
真っ白な無の場所に立っていた。篝に抱き着き、涙を流す。死んだ無念、日本に帰れない辛さで泣いているのではない。もう、あの地獄の苦しみを味わなくても良いと言う安堵から来た涙である。
それから、長い......長い時が流れた。
ここに居るなれ果ては感情が乏しい。地平線すらない狭いのか広大なのか分からないこの空間で幼い身ながらも遊ぼうと言う気になれず、かと言って元々内向的な性格が災いし他の子供達と話しをする気になれない。唯一の話し相手は篝と一方的に話続けてくる桜子の二人だけ。
更に時間が経った。
他の子供達と徐々に打ち解けていった。日本でも家族を入れても話せる者が右手だけでも釣りがくるほど自分がここに居る子供達と他愛のない話を出来る程打ち解ける事が出来た。
それ程の時間が流れたのだろう。太陽もないこの場所で時間の感覚がなくなりどれだけの時が立ったのか分からない。一年? 五年? 十年? 自分が他人と打ち解ける事が出来たのだから途方もない時間が流れたのだろう。
更に時代が流れた。
話す以外する事がないこの空間。どうしようもなく退屈な無な時間が流れる中、暇で暇でしょうがない。心なしか気だるけで感情の起伏が薄れていっているような感じがした。なれ果てが皆穏やかな性格なのかが良く分かった。
更に久遠の世代が経過した。
何もない......無......。痛みのない苦痛。どうしようもない苦悩を抱えたままここで生きなければならない。いいや、食事もしない、眠る事もしないこの世界で居る自分達は生きていると言えるのだろうか? そんな考えすら吹き飛ぶ程の長い、ひたすら長い時間を生き続ける。
それから、は唯々何もない苦痛のみが流れ込んでくる。
「っ!! あぁぁぁああああぁぁああっっ!!!!」
引き戻された。夢から覚める様に自身の身体で意識を覚醒する事が出来た。記憶を見せられていた。違う、記憶だけじゃない。桔梗の感じた感情、痛み、想い。その全てが身体の中に流れ込んでくる。
吐き気が押し寄せ、その場で吐き出してしまう。
何てことだ。こんな......こんな苦しみ。絶対に、絶対に嫌だ。
身体中が恐怖で震えあがり、胃の中の物を吐き出しても尚、えずきが止まらない。
「ごめんなさい......ごめんなさい」
「気にする事はない。お前は俺の言う事を聞いてくれただけなのだから」
「うん......」
桔梗は篝の腕を掴み、身を寄せる。
「―――さて、お前は今の記憶を見ても尚、『このまま死んで楽になりたい』と言うのか?」
「い、嫌だ嫌だ! 死にたくない!」
「しかし、このままいけばお前は死ぬ。確実にな.....」
「っ!!」
「しかし、俺達のいう事を聞いてくれるのなら。お前が生き残る事が出来る力をくれてやる」
あんな地獄に落ちるのはごめんだ。僕に選択しは無かった。顔を顰めながら重々しく首を縦に振った。
「良かった。ね!? ね!?」
何時にもましてテンションの高い桜子。僕の後ろから両手を回してもたれかかって来る。
「っ! 選択肢何てないじゃないか! ......」
絞り出すように出した声。
「ここに居る皆がお前に期待している。―――頼んだぞ」
篝がそう言うと右手に持った光の球を僕に差し出してきた。その球体は篝の目と同じ赤、それは鮮血の色、フワフワと浮いた光は僕の方に近づいてくるとそのまま身体の中に入って来た。
痛みは無い。ぽかぽかとした温かい光が身体中を包み込む。
篝に続くように周りの子供は手に光球を出し次々に僕に差し出した。
「お願い」
桔梗も紫色の光球を出した。
入って来る。身体の中に、絶え間なく。そして、引き戻される感覚。何故だか分からないが、現実世界に戻って行くのが感覚で分かった。
気分が高揚し、先ほどの感情が嘘のようになんでも出来るようなそんな感じがした。
「やってやる。僕だってやれるんだ。ヘズ......ヘズ? ―――そうだ! ヘズが!」
何て馬鹿なんだ。自身の絶望で思考が霞んでいた。ヘズの事をアメリアの事を忘れていた。ハンナが言っていた。最終被験者はヘズだと。なら、ヘズも僕と同じ目にあってしまう。それはダメだ。それだけは嫌だ。ヘズがあんな目にあっていると考えているだけでどうしようもない怒りが湧いてくる。
「皆応援してるからねー!!」
桜子の声を最後に意識が現実に戻って行った。
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