間話 奇襲
作戦の始まる時は何時もこうだ。皆、大なり小なり緊張からくる挙動の狂いが現れる。
例えば、眩暈や身体の震えなど。幾ら、戦いを掻い潜ったとしてもそういった身体の不調は現れるものだ。
だが、私は違う。戦いが始まる前は城に居る時と同じ、それ以上に落ち着くのだ。
まるで、家に居る様な安心感が、私の心に訪れる。
これも、私に流れる、血のせいだろうか。
『ハウンド01からハウンド02へ。作戦開始はまだ先よ。今の内に寝ておきなさい。時間になったら妖精が起こしてくれるわ』
『もう交代の時間?』
『そう。今は03が担当その次は04』
『そうそう。寝とけ寝とけ。任務中は寝られんぞー』
「分かってる」
アランの反応がない所を見ると寝ているのだろう。
睡眠を意識した瞬間、猛烈に眠気が襲ってきた。定期的に聞こえる電子音がまるで子守唄に聞こえるようになったあたりで機体を操作しながら眠気を抑え、声を出す。
「ルイン。何かあったら起こして」
『うん~』
ハウンドを待機状態に移行する。それから、身体の力を抜き、前に倒れるように眠った。
―――あぁ。早く戦いたい。
まるで、遊園地に向かう子供のようにハンナは安心感とは別に小さな高揚感を抱きながら目を閉じ、まどろみの中へと意識を落としていくのだった。
「―――」
何処までも続く青い空。踝程の高さに生えそろっている草が風で左右に揺れるのが足を伝って感じるのが分かる。
また、ここか。
私の能力が発現した時から、眠るとよくここに来るようになった。
「我が血族の末席に連なる者よ」
振り返り、声のする方向に身体を向けるとそのには私と似ている女性が立っている。右手には剣を、左手には盾を持ち、無骨な鎧に身を包み、兜を被った少女。
その顔には表情はなく、冷たい瞳は私を見ていた。
「......何。今作戦中だから休みたい。後にして」
目の前の彼女は、時折こうして私の夢に現れ、色々な事を教えてくる。最初は能力の使い方、次に戦い方。偶に、戦に関係ない生活の助けになるような雑学のような知識。
今回はそんな彼女は何時もより、どこか真剣な感じがした。
「戦場に向かう途中。我と話していても身体は休まる。心配無用だ」
「なら端的に」
「......相分かった。今回、我が血族の向かう戦場に不穏な気配を感じ、それを伝える為に此度は顕現した」
「......具体的にはどういうこと?」
「―――......暫し待て」
そう言うと、両手に持っていた武具から手を放し、何やら長考するそぶりを見せる。手放した武具は地面に届く前に光の粒となって消えた。
「ふぁ......」
寝ぼけていると、結論を出したのか口を開く。
「今までに感じた事のない大きな力を感じる。幾つかの力が混じり合ったような歪な力。それは冷たく、時に熱く。しかしてそれが、どう言うモノなのかは我には考え及ばず。だが、我が血族に警告を発しない訳にもいかぬ。故に、此度の戦場、いつも以上に気を引き締めて事に当たれ」
「何時も気を引き締めてる。話はそれだけ? 終わりなら寝る」
「いや、話は―――」
「おやすみ」
ライラはそう言い残すと地面に倒れ、そのまま寝てしまった。そして、そのまま先ほどの武具と同じように光の粒となって消えていく。
最後には少女だけが残り、風とその風に揺られる草の音だけが聞こえる。
「......困った血族だ」
『てききた~』
ルインの声で目を覚ました時。聞こえてきたのは警告音だった。
『っ!? この区域一体に強力な妨害魔力が散布されてる。魔術迷彩が切れた。01からハウンド各機。地上で多数の地対空兵器を確認。衝撃に注意して』
『何でこんなピンポイントに......。情報が漏れる何てあり得ないのに』
『03。嘆くのは後よ。今はこの状況を何とかしましょう』
「フレアを発射して回避行動」
『もうやってるわ。04にスレイプニールの操縦権を一時移譲。回避行動を任せるわ。他はもしもの為に緊急射出の準備。その間に私は司令部に確認を取る』
『『「了解」』』
激しい振動。横に縦に揺れるモニターには警告の文字が赤く点滅している。
『ハウンド01からゲイルドリブル。ミグラとヘスアニアの領境付近で地対空兵器による攻撃を受けています。攻撃の規模、装備からみて盗賊の可能性は低いと思われます』
『ゲイルドリブルからハウンド01。了解した。早急に此方で確認する』
「指令。どうなさいますか?」
無数のモニターを睨むように見ながら隣に立っているイングリットに指示を飛ばした。
「ヘスアニアの領主。ミカエシリアス・オーズバン辺境伯に緊急連絡。王権の特権を使用し、直ぐに回線を繋がせろ」
「了解です。カタリーナ」
「はい。只今。特権を使用し、強制的に回線を繋ぎます。......―――ダメです。何らかの原因で遮断されています」
キーボードを叩きながら、冷静に報告。それを聞いた指令は唸る。貴族には爵位と言うものがある。騎士爵、男爵、伯爵、侯爵、公爵......。その中で辺境伯と言うのは危険性の高い、他国との国境に接している領地を治め、敵の侵攻を防ぐ事が責務。つまり、王の信頼がないと拝命される事のない爵位だ。
次に王権特権。これは有事の際に事前に権限を与えれた特定の人物が一時的に王と同等の権利を有する事が出来る。
つまり、どういう事かと言うと、ミカエシリアス辺境伯は王からの緊急の連絡を拒否した。
王から連絡が入ると領主が出れない時。例えば、領主が寝ている時や大事な会談を行っている時は使用人の誰かが、どんな手を使っても領主と連絡を繋げるようになっている。
それぐらい重く、緊急性の高い連絡なのだ。
それが、拒否されたと言うことは―――。
「ゲイルドリブルからハウンド各機。今、この時よりオーズバン辺境伯は重大な反逆行為として王の権限において爵位を剥奪。ヘスアニア領を敵地として設定する。お前達に攻撃を行っているのはミカエシリアスの私兵の可能性が高い。幾らスレイプニールといえど、このままだと高確率で撃墜されるだろう。これより、新たな作戦内容を送信する。それに従って研究所に侵攻。任務に当たれ。尚、攻撃行為が確認された瞬間から研究所とミカエシリアスが裏で繋がっている可能性が非常に高く、こちらの行動はすでに研究所に伝わっていると思われる。仮に伝わっていなくてもこれだけ目立つ行動をしている以上時間の問題だ。―――現時点をもって極秘任務を破棄する。可及的速やかにそちらに救援部隊を送る手筈を付ける。それまで、持ちこたえてくれ」
『ハウンド01よりゲイルドリブル。了解です。しかし、抵抗激しくどれだけ持ちこたえられるか』
「指令。現在、出撃可能な部隊を算出しました」
「メインモニターに出せ」
無数の文字列が現れる。指令はその中から一瞬にして目的の文字列を探しあてた。
「オフィーリア。エイル軍第七機械化歩兵大隊に任務援護の要請。同時にグングニル第二班アーサー・ナイトレイにも出動の命令を出せ。ディートヘルムは大規模転移術式を使用申請手続きを進めろ。第二班は三十分。大隊は二時間で準備を完了させろ。準備を整い次第、順次向かわせる。急げ。―――ゲイルドリブルからハウンド各機へ。新たな任務内容と同時に送信した座標に転移マーカーを設置しろ。そちらに転移術式を用いて救援部隊を向かわせる準備をしている。第二班を約三十分後。エイル軍第七機械化歩兵大隊は約二時間後に出発予定」
『......了解ゲイルドリブル。新たな任務内容を確認しました。これより、当該の脅威を排除。合流地点に向かいマーカーを設置します』
指令の言葉に連動するように第七班は各方面に指示を出す。イングリットは大隊長と連絡をとり作戦の詳細と現在の状況を共有していた。
「指令。アーサー班準備開始しました。完了までおよそ二十分。」
「指令。スレイプニールのフレアの残存五十%。攪乱用デコイ七十五%。このままでは三十六分後本体の防衛手段がなくなってしまいます」
七班の一人。オフィーリア・リリーホワイトが報告。もう一人の隊員であるディートヘルム・アルトマンが続けて報告する。
予想外の事が起こり、苛立ちを覚えながらも、感情を表に出すことなく、思考を巡らせ最適解を目指す。
「一体どうなってるんだ」
『一体どうなってんだ』
アランが困惑気味に愚痴を零しながら機体を操作していた。
『みんな聞いたわね。まずは目の前の脅威を排除して着陸するわよ。04』
『了解。空対地魔導レーザーを使用する。安全装置解除。標的は地対空ミサイル発射装置。数は四。標的補足―――発射』
スレイプニールの翼、その先から放たれた赤い光が地上の目標をなぞるように放たれた。瞬間。地上で四つもの爆発が確認され、ミサイルによる攻撃が止まる。
しかし、まだ対空砲による砲弾の嵐が鳴りやまない状態。
『01、ミサイル発射装置破壊。だが、対空砲を破壊する程の余裕はなかった』
スレイプニールは元々は隠密運搬用の機体。出来るだけ機体軽量を行った結果。迅速かつ隠密的な運搬能力を獲得した代償に極端に防衛能力、防弾性能が落ちてしまったのだ。だがしかし、機体の運用コンセプト上、それでも問題ないと言うことで実戦投入された。
実際、この機体の魔術迷彩は凄まじく、今まで見つかった事はなかった。
ドンッ!!
「被弾した」
『分かってる。右二番翼に被弾。飛行能力十五%低下。このままじゃ合流地点に到着するまでにはハチの巣だ。どうする01』
『01からハウンド各機。領境のミセリア山に緊急降下します。04操作権を私に。各機は魔導外骨格の待機状態を解除。何時でも降りれるようにしていなさい』
『『「了解」』』
ルインをハウンドに配置し、何時でも動ける状態にしる。振動が次第に強くなり高度が落ちていくのが分かった。飛行能力が低下したから回避能力が落ち、被弾しているのだろう。
『01このままじゃ着陸する前に墜落するぞ!』
『ポットが降下出来るギリギリの高さまで持ってくれればいいわ。その後、この子は爆破処分する』
『......穏やかな着地とはいかないな』
もう少し......もう少し......そろそろだ。
『衝撃に備えて! 落ちるわよ!』
瞬間、今までに無いほどの内臓に響く程の衝撃が身体を襲う。それから、身構えていると上から急にロープで引っ張られたような力が感じた。
そして、数秒。
私達を収容しているポットが地面に到着する。それから勢い良くハッチが開いた。
ちょうど、目の前には敵兵達がが此方を見て驚愕の表情を露にする。銃を此方に向ける者、尻もちを付き立てないでいる者、逃げようと背を向ける者。数は数十人。行動は違えどその全員からは恐怖の心がモニター越しに伝わってきた。
「攻撃を開始する」
ポットから飛び出し兵士の一人に飛び掛かった、大きな金属の鉤爪が兵士の顔を捕らえる。顔面の前半分の肉が削ぎ飛び、隣に居た兵士に当たった。
『えっぐいな......』
アレクが言う。
『ボヤっとするな02に続け。此処を片付けて早くマーカーポイントに向かうぞ』
ライラと同じように飛び出し、兵士の集団、その中心に飛び込んだ。一人を踏みつぶし、周りの三人の胸部に尾のアームを突き刺す。
『ハウンド各機。火器の使用は出来るだけ控えて。これからの作戦に必要になるから』
『『「了解」』』
それから、ライラ達はまるで慣れた流れ作業の様に物の数分であれだけいた兵士達を殺し尽くした。現場は悲惨で、当たりの木々に飛び散った臓物が引っかかっており、地面は夥しい程の血肉で赤く染まった。
猟犬達は兵士達が生きていないのを確認すると姿を魔術迷彩で消しながら闇夜の森林の中へと走り消えて行った。
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