外の世界へ
「今日は男か......」
シグルドを説得してから平穏な休日を過ごす事が出来た。子供達と遊んだり、ヘズとゆっくり話をしたり食堂で美味しい食べ物を食べたり。戻ってきたシグルドとお話したりした。
一日一度、あのペースト状の食事を摂らされたが、それ以外は実に楽しかった。
だが、それも昨日までの話。今日からまた、あの地獄の実験が始まりのだ。
朝起きてから、身体が気だるくて仕方がない。顔色や体調は悪くないところを見ると、これからの実験に対しての身体の拒否反応だろう。
朝ごはんを食べ、何時も通り子供達の相手をしているとお迎えが現れた。
「おはようみんな」
「おはようございますハンナさん」
「おはよう」
「「「「おはよー!!」」」」
一通り挨拶をし終えると僕のところへ来た。何時ものように白衣は着ておらず、普段着の姿だ。
「今日からまた検査が始まるわ」
「分かってる。ヘズ行って来るね」
「はい」
アメリアの頭を撫でると、ハンナの後をついて行った。
「今日は外に行くからその準備をしないとね」
「外? 僕外に出ていいの?」
「一時的な間だけね。その間拘束具を付けないといけないし、目隠しもするみたいだから外に出たって感覚は恐らく殆どないと思うわ。......ごめんなさいね」
「そう......なんだ」
外に出ると言う言葉が聞こえた時、期待していただけにがっかりだ。
何時もとは違い、エントランスホールに続く廊下を歩き、そのまま通り過ぎると今まで来たことのない部屋に行き着いた。
そこには三人の職員と十数人の兵隊。この姿は何時もの警備する時とは違い装備が変わっている。小銃、に加え機関銃背中に小型のロケットランチャーを担いでいる者までいる。その瞳は何処か冷たく、顔は僕が見た事がある兵士の顔ではなく幾多の戦場を乗り越えて来た戦士のようだった。
僕に視線が集中する。
職員たち流れ作業をこなすように僕に拘束具を取り付けていく隔離室に居た時に付けられていた金属的な物ではなく、機械的な物で前の物のように重く大きくなく手足が動かしやすかった。
足に手。手に関しては手首の他に今まで付けられた事なかった肘当たりにも、もう一つ手足に付けられたのと同じような拘束具を取り付けられる。窮屈そうに身じろぎしていると、最後にハンナがアイマスクに耳栓、口枷まで付けられる始末。流石にやり過ぎではないか? と思い抗議するが、その時には口枷が取り付けられておりハンナには言葉が届かなかった。
『聞こえる? 貴方が付けている耳栓は外部からの音を遮断するのと別に私達の声が聞こえるようになっているわ』
ハンナの言葉に頷く。
それから、しばらく待っていると肩を押されるように移動し段差を乗り越えた。
床から伝わる振動で乗り物に乗ったのが分かる。不快な思いをしながらじっと耐えるのだった。
(これから何処に連れて行かれるんだ)
不安を覚えながら僕は研究所を後にする。
「ポーター1からシェルターへ。荷物は無事受け取った」
『了解ポーター1。事前の作戦会議でも言った通り、丁寧に運ぶように』
「ポーター1からシェルターへ。了解。次回の連絡はポイントアルファで二時間後」
『了解ポーター1。交信終了』
私は五台の大型の軍用車の内、三台目の車に六六六と一緒に乗り込んだ。分厚い装甲、上部には大きな重機関銃が設置されており絶えず兵士があたりを見渡している。ここはエイル王国領内。エイルに知られれば越境行為で重大な国際問題。にも関わらず、これだけの重武装兵士や軍用車で護送するのを見ると、ロプトがどれだけこの子を重要視しているのかが分かる。
「仮にも敵国内って言うのにこう堂々と入国出来るのはおかしなものだな」
「ここの首領と研究所の所長はグル。何しようがエイルには漏れないらしい。だからこそ、子供を使った非合法な研究を出来るのだろ?」
「それに加え、先の大戦でカールスラントもロプトには逆らえない。山脈を迂回するなり越えるなりしないといけないが、こうして東だけじゃなく北からも侵入する事が出来るようになったのは良い傾向だ」
「今のロプトは兵士も祝福者が不足している。だが、遠くない未来また優秀な祝福者が確保出来たなら―――」
「おい! お前達話しすぎだぞ!」
隊長が話している隊員達を諌める。だが、隊員達は余裕綽々といった感じだ。
「大丈夫ですよ隊長。エイルの奴ら俺達がここに居る事すら知らないですって」
「それでもだ。もし俺達がここに居るのが知られたらエイルに戦争を仕掛ける正当な理由を与える事になる。そうなれば、強力な祝福者と兵器を有しているエイルに俺達ロプトは甚大な損害をこうむる事になる。いいかお前達! 絶対に俺達がここに居た証拠を漏らすな。見られたらそれがたとえ犬だろうと射殺しろ。分かったな!」
「「「了解」」」
指定の地点に到着すると連絡を入れる。
現在、エイル王国の国境に接しているカールスラント公国の領内。
木々が生い茂る密林の中。軍用車一台入る程の魔術術式陣が五個あった。
停車すると、森の中から同じ装備をして兵士達が現れ、隊長の乗っている私達の車に近づいてくるのが見えた。
「隊長」
「報告しろ」
「はっ! 指揮所から知らせがあったので先にへミングが術式陣を構築し始めており今さっき終わりました。現在まで敵勢力はいずれも確認できず。平穏そのものであります」
「よし。総員、警戒しつつ陣の中に入れ! ―――博士。今から眩しくなり揺れますので目を閉じていてください」
「「「「了解」」」」
「分かりました」
車を中心に依然として敵勢力の警戒を行う兵士達。
隊長の指示で後ろ足で陣の中に入る。そして、全員が陣に入ったのを確認すると、へミングと呼ばれる比較的軽装の青年が懐中時計裏に描かれた陣を握り締め、魔力を込める。
すると、青白く光り輝き始めた。
十数秒掛けて光を増していく魔術陣、次第に私の目の前は白で塗りつぶされており前後左右の感覚がなくなる。
その時間は五秒。それから、徐々に光が収まり視界が晴れるとそこはもう帝国領内だった。
ロプト帝国側ヘルファスト平原。第四〇一祝福歩兵大隊駐屯地。
「基地に戻り次第銃器の点検を行え。―――博士達はこちらに中佐がお待ちです」
「分かりました。みんな行くわよ」
「「「はい」」」
『進むからね』
私の言葉に頷く六六六。背中を押しながら進む。横切る兵士、遠くに居る兵士達も拘束具だらけの少年か少女か分からない子供を好奇な眼差しで見る。
その瞳には哀れみ、恐怖、侮蔑......。色々な感情が篭った視線。
私は身体がむず痒くなり自然と足を速めてしまう。
しばらく進み。周りとは比較的造りが良い建物へと入って行く。そして、少し廊下を進むと扉の前に立ちノックする。
「入りなさい」
すると部屋の中から少女の声が聞こえてきた。落ち着くような鈴のような声。
「はっ! セルフィスト・べートル軍曹。入室します!」
建物全体に聞こえるのではないかと言うほど大きな声。中から聞こえたそれとはまるで違う。私の後ろに居る職員は飛び跳ねるほど驚く。そして、男は驚いた職員には気付かず、丁寧にドアノブを捻り部屋の中に入った。
「来たか」
「失礼します! ―――要人四名に荷物をお届けに上がりました!」
ビシッ! とした敬礼。
「ご苦労軍曹。ここは構わないから身体を休めなさい」
「了解です! それでは失礼致します!」
軍曹は敬礼をするときびきびとした足運びで退室していった。
大きく立派な机に実用的な椅子。足を組み背もたれにもたれながら書類を眺める少女の姿。淡い紫の色の長い髪、まるで芸術のような整った顔立ち黒と赤の軍服に身を包み、灰色の瞳は荷物に向いていた。
「君が少佐が言っていた兵器かな?」
「いえ中佐。この子はあくまで研究対象者。被験者なのでその呼び方は」
「分かっている。それより、顔を見たいのだが?」
「すみません。状態を安定させる為にこの拘束具は外せないのです」
「そうなのか? それは残念だ。―――申し遅れた。私はウィステリア・ハーノック中佐だ。若輩ながらこの大隊を指揮している」
机に置いた軍帽を被り、立ち上がるとハンナの前で片手を出し握手を交わす。
「ハンナ・アークラです」
それから、六六六の周りを歩きながら再び話し始める。
「我々ロプト帝国は先の大戦で祝福者も含め多くの兵士を失った。戦争に勝利したというのに私みたいな子供が中佐なんて不相応な階級に居るのもそれが原因だ。失礼話を戻そう。今言ったように現在ロプトは慢性的な戦力不足に陥っている。これは由々しき事態だ。そこで、私達は君達に支援を行い強力な祝福者を誕生させる為に研究所を貸し与えた。その成果は少佐から話を聞いてはいるが、改めて君達の口から話しを聞いてみたい」
「了解しました。それでは―――」
中佐に対して今まで行ってきた実験。今から予定している研究を出来るだけ分かりやすく事前に所長から聞かされていた話せる範囲で話した。
その間、中佐は六六六の髪の毛を触ったり匂いを嗅いだり不可解な行動をしていたが、話は聞いているようで時折帰ってくる質問に私は答えると、話を続けるようにと言うとまた六六六の周りを回りながらまた同じように触り嗅ぐ。
「―――素晴らしい。ではこの子の力であの忌々しい壁を砕く事が出来ると言う事だね?」
「はい。理論上は可能かと。しかし、何分能力の都合上、研究所内の施設で発動させるには無理がございまして」
「なるほどぶっつけ本番と言う訳だな。......致し方ないか―――。よろしい開始時間までは身体を休めてくれ。事前に聞かされたようにこの子の過ごす為の部屋も用意させている。必要な物や用事があれば近くの兵士に言ってくれれば私が何とかしよう。以上、退室してくれて構わない」
ゆっくりとした足取りで椅子に座ると背中を預け、机に整理された書類に視線を向けながら話すと自分の世界へと入って行ってしまった。
それから、扉の外で見計らったかのように兵士達が扉を開き、私達が今日泊まる場所へと案内してくれた。
指揮官宿舎の隣、同じ位の造りの建物。一人一人部屋が用意され、中には上等なベッド、机に椅子、泊まるには十分。共有空間には一緒に持って来た機材が既に運ばれており丁寧に包装まで解いて綺麗に並べられている。そして、共有スペースの奥重厚な扉、そこから伸びた数本のコードは端末に繋がっており部屋の装置を操作をする事が出来る。
両脇に立っている兵士達に頼み扉を開けてもらう。そこは小さな部屋。中にはベッドとトイレだけがあり壁からは突起物が見えていた。
『部屋に入ったら一旦拘束を解くわね。ずっとそのままじゃ辛いでしょ?』
そう言うと六六六は小さく頷く。それを見た私は部屋の中に導いた。一旦、部屋の扉を閉めると足から順に首に下げているカードキーを拘束具に翳し、解除していく。それから、耳栓、アイマスク、口枷を取った。
すると、何時ものような無表情な顔が見えた。
「ここはどこ?」
「野外実験場よ」
「行き成りどうしてこんな所に......」
「今回の実験はちょっと屋内では出来ないの。だからこうして外に出てきたって訳」
納得してなさそうな顔。手首を摩りながらベッドに腰掛けた。
「何時もの兵士とは違った」
「外に出るからね。屋内の警備兵と違って実戦を積んだ人達でないともしもの時に私達を守れないでしょ?」
「そんなに治安悪いの?」
「都市部には警邏隊が居るから平和なんだけど、輸送車を狙った盗賊が居るからね。それに、今回動く物が物だから所長は何時も以上に護衛を増やしたみたい―――はい、これ夕食」
私はそう言いながら部屋に入る時に持ってきておいたプラスチックで包装されたトレーを六六六に渡した。
「......これ食べないとダメ?」
「ごめんなさい。所長命令なの。―――あとこれは私から」
上着からスナックバーを三本取り出すとトレーの上にそっと置いた。
「三本も良いの?」
「いいわよ。大人しくしてくれたお礼だと思って」
スナックバーをベッドに置くと、包装を破り食べ始める。そして、これからの予定をざっくりと話し、私は部屋を後にした。
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