灰被りの少年 後編
文字数が多くなってしまって申し訳ありません......。次回はグングニルの話を投稿いたします。
少年の連れて行かれる後ろ姿を一瞥すると、アンナの所へと向かった。
「アンナ。大丈夫だった?」
「......え、ええ。私は何ともないわ。それより貴方―――」
そう言いかけ、言葉を噤む。
色々な感情が交ざったような面持ちで片手で僕の頭を撫でた。
何を言いたかったのかは分からない。アンナが言いたくないのを僕は態々突き止めるような行為はしようとはしない。今は、この達成感に浸っていたいのだ。
そう思い、僕も何も言わずに唯撫でられてる立場を甘んじて受け入れた。
今まで実験の時は首から電気のような痛みをを流されないと超能力を出すことが出来なかった。初めて、だれからも干渉を受けずに自分自身の意思だけで能力を出すことが出来たのだ。
この能力。鍛えるとこの場所から逃げる大きな武器になる。この能力を人の居る場所で使ってしまったから青髪にばれたと思って行動した方が良いだろう。
自分に眠る能力。把握しなければ。
「ヘズの所へ戻ろ」
「そうね。このまま外でのんびりって感じでもないものね」
そう言うと、ハンナは兵士達に後の事を任せ、僕はもと来た道へと戻って行った。
「ふふ.......」
「? どうしたの? 何か良いことでもあった?」
「何でもない。休みだから嬉しいだけ」
「そう」
待っていろよ青髪。この力を操ることが出来れば、直ぐにでも首を引き千切ってやるからな。
自分が笑っている事に気付かず、何時もより軽快な足取りで、ヘズ達の所へ戻っていた。
居住区に戻ると真っ先にヘズの元へと駆け寄った。
もっと動揺しているかと思ったが、特に変化はなく。アメリアと他の子供達と一緒に会話に華を咲かしていた。
ハンナはというと、僕が離れたと同時に遊んでいる子供達の所へと向かい、何やら会話をしている。何故か僕に向かって指差しているがそれは後で良いだろう。
「ヘズは大丈夫だった?」
「はい、職員の人達が助けてくれましたので」
「子供達は?」
「そちらも皆無事です」
「それは良かった」
「すきありー!」
「いっだぁ!」
「ちょっとアイリス!」
ヘズが話している途中、僕の後ろから小さな物体が近づいてくるのを気付けなかった。
今まで大人しかったから完全に気を抜いていた。一人が取り付いたのを皮切りに、二人、三人と無邪気な子供達が僕の身体に抱きつくようにしてしがみ付いた。
「おねぇちゃんおっぱいおっきーね」
「ほ、ほんとうだおっきい......」
「おかあさんみたい」
「ちょっ! コラ!」
六つの指が僕の胸をもみしだくように動き回る。今まで感じたことがない感覚が全身を駆け巡り、身体の力が抜けて前に倒れ込んでしまう。
うつ伏せに倒れ込み、胸が触られなくなると、今度は臀部を胸と同じように触られた。
「このエロガキッ!」
「おねぇちゃんおこったー」
「にげろー」
「ごめんなさーい!」
流石にヤバイと思い。力強く立ち上がると、纏わり付いた子供達を振り払う。それを予想していたのか振り落とされる前に飛び降り、逃げて行った。
今は機嫌が良いし付きあってやるか。
良しと、心の中で気合を入れると、逃げて行った子供達の後を追う。足の短い子供に追いつくのは容易だが、直ぐに捕まえてしまうのも面白くない。だから、力をセーブし徐々に近づく形で追い付こうと足を速める。
「追いついちゃうぞー」
「「「きゃー!」」」
「捕まえた」
黒い長い髪を靡かせながら早歩きで追いつくと後ろから抱き上げる。何回から振り回すと、優しく床に仰向けに置くと脇の下や胸の辺りを擽った。
「あはははっ! おねぇちゃんやめて!」
「参ったか。参ったなら参ったって言え」
「まいりましたー」
同じ要領で他の二人を捕まえ擽ると、汗を手で吹き払いヘズの所へ戻った。ヘズはヘズで子供達と話がひと段落付いたのか、アメリア以外は他の遊びを始めていた。
「ヘズ」
「あの子達の遊び相手をしてくれてたんですか」
「うん。偶にはね」
「ここまで笑い声が聞こえてきました。―――では、そろそろ始めましょうか」
「始める? ......あぁ、うん、分かった」
ヘズの手にはさっき僕に見せてきた紫色の石の付いたヘアゴムがある。流石にこのままじゃ鬱陶しいし、仕方がない。そう思いながら覚悟を決めると、ヘズに背を向け座る。髪の毛を結ぶ、それだけのことなのにヘズにしてもらうからか、変に緊張し身体が強張ってしまう。
「どんな髪型にしましょうか」
「......なんでも良い。髪型はよく分かんないし」
「......そうですね―――」
左右顔周りの毛束を後ろにもっていき、手馴れた手つきで毛束を結っていく。そして、最後にヘアゴムで止めると、アメリアが正面に手鏡を持ってくる。
ふわりとしたハーフアップの完成だ。
「どうですか?」
「うーん」
自分自身の顔が映っている。元から線が細かったからか自分でも女性にしか見えない。ショックと言うより、今になって自覚した感じだ。身体付きもそうだが、顔を見た瞬間、男性から女性に身体が完全に変化したのを再確認した。
「この髪型は気に入りませんか?」
「?」
顔を傾げるヘズとアメリア。僕の返事を待たずに髪を解く、そして直ぐに別の髪を結い始めた。
「え? あ......」
「次は―――」
それから、三回髪型を変え、四回目にこれと言う髪型に行き着いた。
「これかな」
右肩から流されたふわりと膨らみを持たせ結われた三つ編み。その先にはヘズから貰った紫色の石が光っている。二度三度触ると、身体を振りながら皮膚にあたる髪の毛の当たり具合を確かめた。
「きれい」
「ありがとう」
「では、結い方をお教えしますね。先ずは―――」
髪を解こうとした時、小走りでハンナが近づいてくるのが分かった。その顔は何処か申し訳なく感じたのは直ぐその後に分かった。
「ごめんなさい」
「どうしたのハンナ。......呼び出し?」
「ごめんなさいね。折角、楽しんでいるのに」
「ううん。いいよ。直ぐ戻ってくるからね」
ヘズにそう言うとアメリアの頭を優しく撫で、ハンナと一緒に向かった。
「休暇じゃなかったの?」
「その筈よ、所長の話を聞く限りだと実験の類ではないのは確かだからそこは安心してね」
「実験じゃないのなら何の用で」
不安になりながら、肩から垂らしている髪を撫でながら窓の方を見た。
「......その髪。綺麗に纏まってるわね。ヘズにやって貰ったの?」
そんな僕に気を紛らわせる為なのか、僕の髪を見ながらそう言う。
「うん。僕が髪が邪魔って言ったらやってくれたんだ」
「そう。確かに髪長かったものね」
「本当は髪を切るのがいちば「それはダメよ」......はい」
微笑んだ顔のまま、話を断ち切るハンナ。その顔を見た僕は謎の圧力に思わず一歩引いてしまい、ハンナの顔が見れなくなってしまった。
自分の髪を撫でながら、視線を前に移すとあの男が見えた。他の研究員と端末を眺めながら何やら話している。僕とハンナが目に入ったのか、話を切り上げ僕達の方に向かってくる。
「所長」
「来たね」
「まだ休日の筈ですが」
「そう突っかからないでくれ。別に実験をしようって訳じゃないよ。今日呼んだのは他でもない」
そう言いながら端末を僕に渡してくる。それを恐る恐る掴むと、そこにはついさっき連れて行かれた灰色の少年が見えた。
前僕が居た隔離室に手は後ろ手に繋がれ、足も拘束されており、首には僕と同じ首枷が付けられている。
その目は此方を向いており、憎しみが篭っているのがここまでも伝わってきた。
「―――こいつをどうしろって言うんですか?」
「本来なら、祝福者は受け入れることはしないのだがね。彼は、少し面白い能力を持っている」
「面白い能力?」
頷くと青髪は話を続ける。
「中庭で彼の能力は見ただろ?」
「火の玉を出してた。貴方がやっていたみたいに」
「そう。しかし、一つ違う所がある。私が君にやって見せたのは魔術。しかし、彼が行って見せたのは魔法だ」
「魔法? でも魔法って」
「普通なら絶対に扱えない。しかし、彼は魔法を行使するのではなく、無意識的に魔法を使っているのだ。余りに特異な能力。だからこそ、私は彼を迎え入れることにした」
「そんな勝手な」
「確かに普段なら絶対にしない。しかし、彼を解析することによって人にも魔法を行使する事が出来るかもしれない。そうなれば、人類にとって大きな戦力になるだろう。だが、彼は見ての通り精神的に不安定でね。極度に大人を嫌っている節がある。―――そこで、君の出番と言う訳だよ」
「所長。もしこの子に何かあったら」
不安げな声音でハンナが青髪の話に割り込む。しかし、青髪は彼女の話を一蹴する。
「大丈夫だよ。もし、また不安定になったとしてもこの子なら、あの少年を傷つけずに無力化する事が出来るだろう」
「それは......そうですが」
「ハンナ。僕は大丈夫だから。早く済ませてヘズの所へ戻ろう」
「......貴方は良いの?」
「どうでもいいよ。僕は早く子供達の所へ戻りたいから早く片付けたい」
こんな所でウジウジしながら時間を無駄にするより、早い所用事を済まして帰った方がずっと良い。
「そう言ってくれると助かるよ」
「どうすれば良いんですか?」
「私達に従順に......とは言わない。最低限、居住区の子供達が普段通り過ごせるように精神的に安定させて欲しい」
「そうやって。懐柔させてから僕みたいに実験を行うんですか?」
「いいや。確かに君と同様祝福者ではあるが、君に実験を行っているのは祝福者だからだけじゃない。検査や解析は行うが、実験はしないよ。そんな余裕はないからね」
余裕があったらやるのかよ。
そう言いかけるが、寸での所で押し留めた。
「......分かりました」
「いい子だ。―――ところで髪型を変えたんだね。似合っているよ」
青髪が僕の毛束を手の上に乗せると優しくはらりと落とした。そして、壁に埋め込まれた液晶パネルを操作し、扉を開け、僕に入るように促した。
「それはどうも......」
嬉しくも何ともない。
「あぁ、拘束は解いても構わないから。―――それとこれ」
白衣のポケットから小さな白い箱を僕の前に差し出してきた。それを受け取り、箱を開けるとそこには小さな針の付いた注射器が三本入っている。
「これは」
「もし、失敗して暴れるような事があれば。中庭の時同様これで眠らせてくれ」
「......了解です」
「やってみます。けど、こんな事やったことがないので無事出来るかどうか分かりませんよ」
「ダメで元々。これで失敗しても隔離してデータを収集すればいい」
青髪の言葉を無視し、そのまま僕は部屋の中へと入っていった。
窓もない外も見えない閉塞的な空間。部屋には最低限の物しかなく。拘束され、床に転がっている少年にはその最低限の物すら使う事が出来ない状態だった。
「おい」
「......んだよ」
「お前、何でこんな所に連れてこられたか分かってるか?」
「知るかよ」
「お前が暴れるからだ。もし、態度を改めなければお前はこれからずっとこの部屋から出られないぞ」
「大人なんてどいつもこいつも......」
独り言を呟きながら、呪詛を込めた声が静謐が支配した部屋の中に木霊する。ベッドに座ると灰色の少年を見下ろし、どう切り崩していこうか考える。
このまま、この少年が改めなければ二度と日の目を見ることはないだろう。
(僕には関係ない)
そう思いながらも、どうやったらこいつを救えるかを考えてしまう。自身の甘さに苛立ちを覚えながら少年を拘束する枷に意識を集中させる。
ついさっきも出来た、なら今も。そう思いながら力を使った。
「......はぁ。取りあえず拘束を解く。もし、暴れたりしたらまた注射を射すからな」
「近づくんじゃ―――」
手と足に付いている枷が力を失いぽとりと床に落ちた。
「何だ?」
「お前も祝福者なのか?」
「そうだ」
「じゃあお前も売られてきたのか?」
「売られて?」
「違うのかよ」
少し態度が軟化した感じがする。手足を摩りながら地面に座り込む。視線は下に細々と話す声はさっきまで吠えていた奴とは大違いで、少し肩透かしを食らった感じで少年の言葉を返した。
「お前、売られてここに来たのか」
「そうだよ―――」
そう言うと少年は言おうか言わないか迷った素振りを見せ、しばらくすると話始めた。
少年はエイル王国の端にある小さな村に生まれ、弟と父と母四人で慎ましく暮らしていた。そこの領主は世に言う悪徳貴族で度重なる重税で苦しい中、村人同士で助け合い、苦労しながらも笑って日々を生きていたと言う。ある日、ふとしたことで少年に人並み以上の魔力と特異な祝福を受けていることが分かった。それに、少年の家族は喜び、子供には自分達のような苦労を味わって欲しくないと、録に学べない辺境の村ではなく力があれば幾らでも出世する事が出来ると言われる王都へと移り住む事を目標に希望を持って、より一層日々を頑張る事を決心したのだった。
しかし、力を知った領主はその家族の息子に無実の罪を着せ家族から引き剥がすと、秘密裏に奴隷として売られた。そして、その奴隷を買ったのがこの研究者と言う。
「じゃあ。ここが何処か分かるのか?」
「分からない。捕まってから直ぐに眠らされた。それで起きた時にはもうここに居た」
「そうか」
「あんたはどうしてここに?」
「......お前と似たようなものだ。気付いたらここに居た」
「ならなんでそんなに冷静でいられるだ。どうせ、いつかは―――」
「だからってお前みたいに誰彼構わず当たり散らしていても現状が改善する訳ないだろ」
「仕方ないだろ!」
「仕方ない?」
まるで何かが破裂したかのように少年は話し始めた。
「普通に生きてただけなのに......普通に生きたかっただけなのに! 今まで悪い事なんて一つもしたこともないなのに何で俺ばっかりこんな事になるんだ! 行き成り家に兵士が来て、知らない間に金で買われて、所に押し込められて......。俺だって誰かを傷つけたかった訳じゃない。でも仕方ないじゃないか! 誰かを恨まないと怒りでどうにかなりそうだったんだから」
「だから子供達を巻き添えにしようとしたのか?」
「そんな事しようと「結果的に子供達に被害が出なかっただけだ」......」
カメラの方に意識を移し、デタラメな方向に向きを向けると装置自体が千切れ落ちる。それから、ベッドから立ち上がり、少年の近くに座る。そして、少年にしか届かないぐらいの声で呟くように話し始めた。
「僕もここに来て直ぐ、兵士達を大勢殺した」
「っ!」
「何も感じなかった。唯、ざまぁみろって思ったよ。それくらいの事をあいつらはやったんだ。だから、僕はお前が仮に兵士達を殺した所で責める気なんてない。でも、ここの子供達は関係ないだろ」
「それは......」
「お前のように買われたり、孤児だったのを引き取られたり。ただ、ここに連れてこられただけだ。だから子供達には絶対に手を出すな、分かったな?」
「......あぁ、分かったよ」
「それから、僕はいざと言う時には幾らでも人を殺せる。ここに来て倫理観なんてゴミ箱にでも捨てた。でも、今はその時じゃない」
「いざと言う時って何時だよ」
「今じゃないのは確かだ。お前には僕と違って時間がある。だから、その時まで自分の力を磨け」
「おいそれってどう言う」
僕は少年の言葉を聞く前に立ち上がり、扉を開く。そして、思い出したように立ち止まった。
「―――そう言えば。お前名前なんて言うんだ?」
「......シグルド」
「幾ら大人が信じられなくても。表面だけでも大人しくしてろ。分かったなシグルド」
「え? あぁ......うん」
シグルドの間の抜けた顔を見て思わず笑ってしまう。それから、外に出て青髪の前に立ち、ポケットから箱を取り出し渡した。
「途中でカメラの不具合があってね。口頭で説明してくれたまえ」
「彼はもう力に任せた行動に移らないと思います」
「素晴らしい! そこまでやってのけるとは思わなかった」
受け取った箱をポケットに戻すと、代わりにスナックバーを取り出し僕に持たせた。
「ありがとうございます......もう下がっても宜しいでしょうか?」
「いいよ。今回は助かった。ハンナ、彼を送ってくれ」
「はい。―――帰りましょう」
僕はシグルドとの会話を思い出した。いつか、もしその時が来たら。
ハンナの顔を見る。僕の視線に気付いたのか、何時ものように柔らかい微笑むでどうしたのか聞いてくる。
「うん」
―――僕はハンナを殺す事が出来るだろうか?
面白いと思って頂きましたら下に御座います星を押していただけると執筆の励みになります。それから、感想をいただけるともっと励みになります。