表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

知らずに逢うのが早すぎて


少年を下ろした後、近くの駐車場に車をとめて、校門に向かって歩く。

帽子を被り、サングラスをかけて、変装をバッチリとして。

いくら10年以上前の女優とはいえ、京子を知っている者がいれば、騒動は免れない。

ゆえに、京子は今もこうして変装を続けている。


「ふう、さてと……ここが校門かい?」


校門の前には教師が立って、列を捌いていた。

どうやら、かなりの人数が並んでいるらしい。


「これが、一子役の人気かい……?」


とても、子役の人気とは思えない。

まるで、アイドルの握手会のような、雰囲気だった。

その列に並んでいる間に、今回の目的を考える。


「さて、別の事務所の子役がどれほどのモノか、見せてもらいましょうか」


そうしていると、京子の順番がやってきた。

そして、教師がその後ろの人たちに言葉を投げかける。


「はい、これでお終いです! すみませんが、もう人数制限でして……」


その言葉を聞いて、落胆の声が聞こえてくる。

危なかった、まさか制限人数まで超えてくるとは……。

ほっとして、京子は足を進める。


「ふうんこの子かい、主役は……?」


校舎に貼られているポスターには、大きく描かれていた。


《2ーA、ロミオとジュリエット》

《あの天才子役、広川 透(ヒロカワ トオル)主演!?》

《感動する物語が、ココにある!!》


どのポスターのどれにも、男の子が真ん中に乗っている。

人気子役の、広川 透のことだ。


「この子が広川君かい、ウチの子はまだ共演したことないからねえ」


なるほど、整った顔立ちをしている。

いかにも、二枚目俳優に育つであろう顔つきだ。

このルックスで、女の人たちに人気なのだろう。


「まあ、それだけじゃあトップにはなれないけど、ね」


先ほどの少年が一瞬頭によぎったが、すぐに考えを改める。

さっきの少年には、何も感じられなかったはずだ。

なのに、何かが引っかかる。


「オカシイねえ、何か変なところでもあったかな……?」


そのことを考えるのをやめ、私は演劇を見るために足を進める。

どうやらそれは、体育館で行う予定らしかった。


「さて、お手並みを拝見……っと」



やはり少し肌寒い、9月のある日だった。


---


      ー『ロミオとジュリエット』ー


舞台は麗しの都、ヴェローナ。

古くからの格式高き、争い続ける名門の二つの家があった。

モンタギュー家と、キャピュレット家。

昔からの怨念は新たなる争いを生み、流された友の血でその手を汚す。


宿敵である両家より悲運の星の元、一組の男女がその国に生を受ける。

その両家にあるまじき、火種を作り出して。


そんな二人の運命は憐れにも打ちのめされ、その死をもってして、親の諍いを葬ることになる。


「って言うのが、ロミオとジュリエットのあらすじなワケだが……?」


この演劇は、子どもには少々難しい。

二人の主人公と言っても過言ではない、ロミオとジュリエットの心情をうまく表現できるかがカギとなる。

かくいう京子でさえ、ジュリエットを演じたときはスムーズには行かなかった。


「さて、そろそろ始まるみたいだね……」


おそらくはわかりやすく、シンプルにまとめてくるだろう。

結末が少し変わろうとも、中学生にも考えることができるように。


やがて舞台は暗転し、幕が開いていく。

その場に、足音が鳴り響いていく。


ー--


「早くしないと置いてくぞ、マキューシオ!」


ナレーションであらすじが終わり、舞台の中央に少年がかけ足で入ってくる。

端正な顔つきに、利発そうな雰囲気を醸しだしている。

なるほど、彼がロミオ役、広川 透だろう。

周りから、少女たちの黄色い声がきこえてくる。


「チャチャっとしないと、パーティが終わってしまうよ!」


なるほど確かに、上手い。

子役として、演技慣れをしているのはもちろんのこと、自分を魅せるということが。

簡単に言ってしまえば、自らを一番カッコよくみせることが、彼にはできている。


「これが天才子役、広川 透……いずれは大物俳優になるかもね」


事務所次第では、トップに立つこともできる才能だろう。


「マキューシオ、パーティで僕はどうしたらいい?」


困り顔のロミオに対し、彼の親友マキューシオ役の男の子が答える。


「君は、僕がパーティで踊っている間、そこら辺で時間を潰していてくれよ」

「そんなことか、お安いごようさ!」


なるほど、ここから話が始まるのか。

流れとしては、ロミオとジュリエットが出会うところから。

子どもが入りやすいように、まずはインパクトから。

これも、広川の提案だろうか。

自分なら、観客を楽しませることができると。


「じゃあな、ロミオ!」

「あっ、まったく……マキューシオはいつも勝手なんだから」


そう言って、ロミオは周りを見回す。

その瞬間、舞台が暗転して真っ暗に変わる。

そして、その瞬間はやってきた。


「どなたか、そこにいらっしゃるの?」

「ん、君は?」


まだ舞台は暗いまま、だがおそらく、そこにいる。

ロミオとジュリエット、二人の姿が。

声を張り上げ、ロミオは存在感を発揮している。

舞台は暗いままだが、まるでそこにいるのがわかるかのように。


「僕は怪しい者じゃない、ただパーティが羨ましかったんだ!」

「くすくす、そうですの?」


ロミオと比べて、ジュリエットにはそこまでの存在感はない。

だが、よく練習しているのだろうか、詰まるようなところはなく、流れるようにセリフを発している。

二人がやり取りを続けていると、舞台の中央にスポットが当たる。

月の光に照らされ、二人の姿が現れる。


「むっ!?」


ソコには、先ほどの少年、一ノ瀬 秋人がいた。

ジュリエット役の衣装に身を包み、髪はウイッグだろうか。

姿は変われど、あどけない笑顔は隠しきれていない。


「へえ、あの子がジュリエット役かい……」


確かに、幼さの残る可愛らしさはあった。

背丈も、ギリギリ女の子に見えなくもない。

見とれてしまう、そんな場面もあった。


「僕は、どんどん君に惹かれてしまう!!」

「わ、私もです……」


ロミオが引っ張り、ジュリエットが繋ぐ。

そこには、練習を重ねた二人の努力の跡が見えている。

二人が惹かれていくのが、観客にもわかるのだろう。

間違いなく、つかみは上々。

そこに、転換を入れる。


「僕の名前はロミオ。 ロミオ・モンタギュー」

「ロミオ……モンタギュー?」


ロミオの名前を聞いたジュリエットの表情は、急変する。

それは、話を知っている者ならすぐにわかるほどに。


「お帰り下さい、ロミオ様」

「なぜだ、君はなぜ僕を突き放す!」


それは、彼女の口から伝えられる。

古くからの因縁がそれだけ重いのだと、話を知らない観客にも、わかるように。


「私は、ジュリエット。 ジュリエット・キャピュレットなのです」

「君が、あのキャピュレット!?」


その言葉を聞き、呆然と立ち尽くすロミオ。

そして、追い討ちをかけるジュリエットの言葉。


「たった一つの私の恋が、憎い人から生まれるなんて」

「ああ、僕は……」


駆けだすロミオ、それを見てからジュリエットは呟く。

心から、恋をする女の子の如く。


「知らずに逢うのが早すぎて、知ったときには遅すぎる……」


再びスポットは消え、最後にジュリエットはもう一度、消え入りそうな声を振り絞る。

まるで、世界の終わりのように。


「憎らしい敵がなぜに、慕わしい……恋の芽生えが、こんなにも恨めしいなんて」



やがて舞台からは人気が消え、そして静寂が訪れる。

その様子はさながら、ジュリエットの心情を表しているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ