聖女と亡霊②
今回、アルフレッドの視点でオウマというキャラを叩きますが。
あくまでアルフレッドでの視点です。
聖女様。セシリア様。
そんな言葉をオウムのように繰り返す人々の人垣を利用して二人の人間が街に紛れ込んでいた。
騎士に声をかけられもしたが、彼等も暇ではなく忙しいために歳の離れたカップルに対して興味も持たなかったのだろう。
一言か二言話せば「良い旅を」の一言で話を終えた。
「不快だ。」
そんな、有り様にアルフレッドは眉を潜める。
騎士のずさんな警備についてもだが、その女の変装をしている者と夫婦ないし恋人だと認識されること自体が不快なのだと表情が物語っている。
「あら、そんなことを言わないでよ。あなた。こんな美人と歩ける人生なんてそうそうないわよ。」
「吐き気を催す。黙れ。」
心底、気持ち悪そうに視線を向けるアルフレッドにシキはいつもの無邪気な笑みを浮かべて歩く。
今にもその旅人用の茶色いマントの下に隠した二本のナイフを片方取り出して殺しにかかってくるだろう殺気を心地好いと受け入れながら二人は教会近くの宿屋の戸を開けて、慣れた手付きで手続きを済ませる。
「はい。潜入完了。な、言っただろう?警備がずさんになるってさ。」
「お前が関わったから。ずさんになったんだろう。俺ひとりの時はこうはならなかった。」
部屋につくや。ヒラヒラした女物の服を脱ぎ捨てながら。シキはアルフレッドにそう言うや。すぐに否定の言葉を入れられる。
「気に食わないのはこれだ。お前が関わると。アイツが関わってたときのような。予定調和を感じる。上手くいきすぎる。」
「それに関しちゃ俺に言われても困るぜ。正直、望んだもんじゃない。とは言え、相棒に関わってからはこれでも準備はそれなりにしてるんだけどな。相棒、そうとう先輩どのに嫌われてんだろ。」
「それはいい。嫌ってくれているなら殺すことに躊躇いはない。」
シキはベッドに横になりながらアルフレッドが机に置いたナイフを見た。
それは、あの日。アルフレッドと出逢った日に奮われた戦斧を加工し直して作った物だった。
同じ転生者の作った武器を改造した武器。
しかも、どうやら目敏く俺たちを殺せない程度の威力のセーフティを施されていたそれを改変までした、だ。
「なんだよ。出掛けるのに置いてくのか。それ。自信作なんだぜ?」
「切り札を晒すバカが何処にいる?ヤツを殺しきれる武具を持っていることは悟られたくはない。十三女神ならば武具は特別だが生身は人と同じことは既にアデリーの件で承知している。」
アデリー。炎斧の戦士アデライト。
アルフレッド・ボールドウインと深い仲だろうひとりと予測はついていた。
が、それだけだ。アルフレッドが愛称で名を呼ぶ十三女神はアデライトとセシリアの二人だけだったから、そうだろうと思っただけ。
ならばこそ、不思議なことがある。
「なあ、相棒。なんであんたはアデライトを最初に殺ったんだ?」
ピタリと装備を確認していたアルフレッドの手の動きが止まった。
珍しく。なんと答えれば良いのか分からないという顔をしながらも口を開いては閉じる作業を空気を求める金魚のように繰り返し。
何度目かになるか分からない回数を繰り返して漸く言葉を絞り出した。
「綺麗事ならいくらでも言える。その姿が忍びなかった。最初に解放してやりたかった。何とでも言える。」
「綺麗事なら?」
「そうだ。綺麗事だ。だが、本音を言えば嫉妬心だ。気に入らなかった。俺の大切な誰かが気に入らない方法で奪われた。取り戻すことも出来ない。幸せそうなその表情が気に食わない。だから。」
シキはその言葉を受けて頷く。
自分達、転生者は人を魅了する力がある。
特に意識しなくてもそれは自動的に人へと向けられる。
何をしても好意的に受け取られて。ちょっとしたことで恋までされる。
意識的に使えば洗脳に近いことも容易であり。そこまでいった人間は最早、元には戻せない。
何処まで通用するのかと試しに仲睦まじい若夫婦の妻を堕とし、まさか夫にまで貴方なら任せられると言われたときの気味の悪さ。今でも思い出せば背筋に氷を入れられるような寒気を感じ震えた。
「まあ、いい。俺はもとより狂っている。お前に何度も言ってはいるが俺はオウマという男の敵という役割なのだろう。世界に救いをもたらした男に討たれ。逆恨みをし。蘇り立ちはだかる。まさにストーリーの悪役に相応しい在り方だ。」
「それは違うね。間違ってるぜ。あんたは特別だ。俺の思い通りにならない人間だ。それこそが証明だろう?」
シキはアルフレッドの言葉を否定する。
このやり取りは旅をしてから何度も繰り返したことだ。
この度に文句を言いたそうに睨まれるが、そもそもだ。
シキという男の経験上。転生者に何かしら影響を受けた人間は転生者へむける感情に疑問を持たない。
それを為す自分を自嘲はしない。過去の誉められない実験と経験からシキはそう結論つけていた。
「くだらんやりとりだったな。お前とこの話をすると平行線だ。セシリーに挨拶をしてこよう。」
「ん?すぐに殺らないのか?」
「ある程度。派手にしないとあの男を王座から引き摺りおろせないだろうからな。彼女とは派手に戦うつもりだ。」
「市民を巻き込まないのか?」
「被害は最小限だ。邪魔するやつは排除する。邪魔しないなら放置する。協力するなら放置する。それだけだ。」
丁度、お前のようになと言葉を残して出掛けた男に手を振りながらシキは笑みを浮かべた。
そういうところだと。手段を選んで巨悪にはなれない男に視線で告げる。
自分達の悪役はそんな風には動けない。
勧善懲悪。それが転生者と悪役のお決まりなのだから。
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アルフレッドは茂みに身を隠しながらセシリアの後を追っていた。
その聖女を護衛する騎士の視線に入らないように。慎重に。
シキと別行動をとる今。アルフレッドの行動ひとつひとつに気を張らなければならない。
本来ならば当たり前であるその緊張感を胸にゆっくりと距離を詰めていく。
「なんで、あんなことをしたんだろうね。アルは。」
そんな、セシリアの声を彼が耳に響かせたのは彼女へと飛びかかっても騎士たちに邪魔されないだろう距離まで近づいた時だった。
瞬間、声が口元に詰まるように押し寄せる。
ならば、君達はヤツと俺のやり取りで何をしていたのだと。
なにも最初からアルフレッドとオウマは仲が悪かった訳ではない。
同じように誰かを救いたいと願っていたと思っていたし、同じように夢を語り合ったこともある。
だが、オウマという男の過激さはアルフレッドには見逃せなかった。
首領を殺し。頭を失った盗賊団。
命乞いをする彼等をオウマは切り捨てた。止めに入れば仲間たちは彼が正しいと共に盗賊団を虐殺した。
王都からの独立を目指した過激派がいた。
何とか争いを避けられないかと交渉を続けていればオウマの侵攻により殲滅された。やはり、それも彼が正しいのだと仲間たちは戦いに参加しなかった者を臆病者と責めた。
自らの住みかを守ろうと人と争う獣人たちがいた。
この時は獣人たちとの交渉こそできたが帰った時には前線で戦っていた獣人は野蛮な獣として殺され、木材を売り物としていた商人や木こりを欲に目を眩ませたものと処分されていた。
家族を守るために罪を犯した男がいた。子を守ろうとした魔物がいた。和解の道を探した魔族がいた。戦う覚悟が出来なかった兵士がいた。立場が違うだけの人や魔がいた。
助けたかった。救いたかった。守りたかった。手を差し伸べたかった。
疑問に思わなかったのか?
なぜ、どうして、なんで?
オウマが救った人間とオウマが切り捨てた彼等にどんな違いがあったのか?
「未だに。未だにそれにすら気づけないのか。君も。」
「え?」
怒りのままにナイフを抜き放ち聖女へと向ける。
自分の知るセシリーはそういった者にも優しさを向けられる人間だった筈なのだと目の前の聖女を否定するために。
「セシリア様!!」
飛び出した勢いを殺す。
目の前を通過した一本の矢を目で追い。すぐに失策だと思い知らされた。
目映い光がアルフレッドの瞳を焼いた。
舌打ちをしながら、その瞳の痛みに堪え身体を反転させてながら茂みへと飛び込む。
確かに目を潰されはしたが、ここはアルフレッドにとって子供の頃に走り回った幼き日の場所だ。
何処をどの様に逃げれば良いかなど充分に熟知していた。
頬を。肩を。腹部を掠める矢を無視しながら木を盾に走り抜ける。
「厄介な弓兵だな。我を守り育む大地よ。我が踏みしめる偉大なる母よ。我が身をその偉大なる身で守りたまえ。フェルゼン!!」
手のひらに作り出した魔方陣を地面へと叩きつけるとそれを中心に岩が盾のように突きだされた。
アルフレッドが使える数少ない単純な魔法の使い方。
視界を完全に遮り。一気に駆け抜ける。
「感情的になりすぎた。」
悔やむように呟きながら宿へと足を向ける。
今着ている服を適当に投げ捨てながら我が家があっただろう跡地へと視線を向けた。
「お前は最早、セシリーではないんだな。」
別の何かに変貌したのだと。
アルフレッドは何時かの誰かを殺した時のように胸に刻む。
確認したかったそれは終えた。
ほんの少しの期待も微塵と砕けた。シキに問われたことの答え。
何故、よりにもよって大切な人から標的にしたのか。
「彼女たちが彼女たちならば。俺は復讐を止められると思ったんだ。」
人任せの女々しい理由。
自分では止まれないからと他人任せにしたそれ。
だからこそ。
「安心したよ聖女。俺はお前も殺せる。」
あまりにも自分勝手な言い分のその決意。
それでも、アルフレッドは確かにそれを出来るのだと。
最早、止まることはないのだと自覚した。
アルフレッドは善人キャラにしたくない。
いい感じに善人っぽいところもちょくちょく書きながらイカれたキャラにしたい。
というか、主要人物は基本的にイカれたキャラにしたい。