プロローグ
ハードボイルド。
暴力的なこと、反道徳的なことを第三者視点で客観的に書く手法ですね。
出来ればそのように書きたいのですが上手く出来るかは分かりません。
内容は異世界転生物のその後をダークファンタジー風に書きたいと思ってます。
暗雲が空を覆い。ヒタヒタと汚れを落とすように雨が降るなか、男は舌打ちをしながら胸ポケットから取り出した煙草を恨めしそうに睨んだ。
なんて、厄日なのかと天を仰ぐ。こんな日に雨なんか降らせなくても良いのではないかと文句の一つでも言ってやろうと思いながらも取り敢えず箱から一本だけ取り出して使いなれたジッポの火打ち石から心ともない火花を散らした。
「つかねえか。」
何度も火花を散らそうとしても石が無意味に削れるだけで火は灯らない。
きっと、こういう日は喫煙者に厳しい世界に中指をたてて思いっきり紫煙で空気を汚してやるのだと思っていた分。残念な結果だと溜め息をついた。
男は仕方ないとそれを放り投げてもう一度胸元のポケットへと手を入れる。
取り出したのは黒い箱のような物だった。
それの脇に付いた柔らかい部分に男は親指を強く押し当てると、唐突に誰もいない空間で独り言を始めた。
「よう。相棒。作戦は大失敗だ。ああ、ボロ負けだよ。姫騎士の一人とはケジメをつけたが負けは負けだ。
ん、ああ。そんなに怒鳴るなよ。こちとら大仕事の後で疲れてんだ。眠くて堪らんよ。」
楽しそうに独り言を語る男は雨の音に紛れたコツコツという革靴の乾いた音を聞き分けていた。
もうすぐ、何者かがここに来るのだろうことは理解できる。
「まったく。らしくもないクールなラストだよな。全部、お前に会っちまったからだぜ?ああ、責めてねえよ。感謝してる。
なあ、お前はさ否定するけどやっぱり特別なんだよ。社会が誰かが否定しようが俺にとってはお前は特別で偉大な人間だ」
足音が少しずつ。ハッキリと聞こえるようになってきた。
男は深く息を吸い。今にも閉じそうな意識に無理やり鞭を入れる。
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「よく聞けよ。相棒。手土産だ。礼は、そうだな。煙草の一本でもくれよ。」
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「またか。自分のがあるだろう。自分のが。」
何処にでもある酒場の一席。
質素な料理に大きなジョッキを二つ並べて二人の男が向かい合っていた。
片方は茶色い髪を乱雑に整え。顔を覆うように髭を蓄えていて。逞しく鍛えられた長身の30代後半くらいの男。
片方は長い黒髪を首筋辺りで紐で結わえ。美女とも見違えるような美しい顔とスラッとした細い体つきをした。無邪気な笑みを浮かべる20代前半の男だった。
黒髪の男は茶髪の拒否する言葉に子供が拗ねるように唇を尖らせて胸元のポケットから煙草とジッポを取り出して紫煙を肺一杯に満たした。
「愛想がないねえ。そんなんだから彼女がいないんじゃないか?
せっかく、とびっきりの手土産をお持ちしてお前のその仏頂面を満面の笑みで満たしてやろうという俺の心遣いに」
「それこそ。心にもないことだな。」
茶髪の男はアルフレッド・ボールドウインは黒髪の男、シキ・カミノに鋭い視線を向けていた。
アルフレッドという男はシキという男を好ましくは思っていなかった。
性格が理由ではない。人となりが嫌いな訳でもない。過去に何かされた訳でもない。
ただ、目の前の男が転生者である。
それだけでシキ・カミノを嫌う理由はアルフレッドにとって十分にある。それだけのことなのだ。
それをシキは承知している。承知していながらもそのアルフレッドの態度こそ彼の求めるものだった。
シキ・カミノは転生者だ。
謂わば、この世界は彼の思いのままで。人の心も簡単に誘導できた。
彼がやることは何でも成功した。
失敗しても何かしらの要因が成功へと導いた。
彼が言葉を話せば誰もが耳を傾けた。
彼の話す言葉を否定するものは悉く断罪された。
彼こそが正しく。真理である。
まるで神様のように人と付き合うやり取りはシキを退屈させた。
対等な人間はいなかった。誰もが自分の僕。誰もが自分の愛玩動物。
まるでシミュレーションゲームで全部正解の選択肢を選んで。単純に堕ちる人々。
こんな環境で正常な精神など保てるわけがなく。彼は刺激を求めていたときに出会ったのがアルフレッドだった。
『やあ、キミが噂の反乱者かい?』
出逢ったのは王都に輝く13女神の一角に仇をなした男がいるという伝令を受けた日。
全王、オウマ・K・フュルストに自分より先に唾をつけた男。
それを自分の手駒に出来ないかと思ったからこそ動いた。
『無口だね。もしかして、戦士なら剣で語れとかいう武人っ!?』
だからだろう。その日の出来事はシキは忘れない。
アルフレッドはシキの話などはなっから聞いてはいなかった。
アルフレッドはシキの存在にはなっから興味がなかった。
男はシキという存在をこの世界で初めて、悪役としてではなく。余計な口を開かず。
ただ、ただ否定した。
その瞳にシキの存在すら映さないほどに。
振り下ろされる上段から下段への戦斧にも。腰から抜き放たれ、心臓を狙ったダガーにも。背から取り出されたロングソードにも。
シキに向けられた殺気はなく。ただ、ただ邪魔な虫を踏み殺さんとする鬱陶しさだけが込められていた。
正直に言えば、勝てた戦いだ。
アルフレッドの武は確かにこの世界の人間ならば驚異的と言えたが。それだけ。
努力などでは到底埋められない絶対的な生物としての格差がアルフレッドとシキには存在した。
暴風の如く奮われた戦斧は砕いた。そよ風のように静かなダガーは弾いた。残るロングソードはヒビが入りいつ折れてもおかしくない。
だけども。なれども。その興味がないという視線が。
それこそが。シキがこの世界に来てから失った不透明な分からない操れない人間こそが。
理由や理屈は分からないが転生者に靡くことなきその存在が。
シキには何においてもいとおしい存在となっていた。
『なあ、おい!あんたの名前を教えてくれよ!!』
善人の仮面も物腰柔らかな紳士のアクターも。今の身分も生活も。
全部。ひっくるめて価値のないものへと変わり。シキはただアルフレッドに名を問いかけた。
その時、初めてアルフレッドはシキを見て声を出したのだ。
「何時まで呆けている。さっさと話したらどうだ?」
「おっと。悪い悪い。手土産の話だよな?」
過去に思いを馳せていたシキにアルフレッドは苛立たしそうに声をかける。
それに我にかえったシキは苦笑しながら口を開いた。
「13女神の一角。聖氷の僧侶セシリアが市民への慰労のために街に降りてくるそうだぜ。」
「そうか、セシリーが。」
アルフレッドはシキの言葉に愛おしそうに悲痛な表情を浮かべ。されども、その表情をすぐに消し去り立ち上がった。
「移動しながら話を聞く。出るぞ。」
「了解。そんじゃ。まあ、殺しにいくか!」
アルフレッドとシキ。
二人の目的はただ一つ。
転生者に奪われた世界を取り返すこと。
正義などない。ただの復讐劇。
誰のためでもない。ただそれは己のためだけに。
過去回想から始めるこの話。
主人公はアルフレッドですが、主役はシキです。
シャーロック・ホームズでいうとこのワトソンくん。
指輪物語でいうところのサムみたいな存在にしたいと思ってます。