石神村の姫の“い”
帰り道。男三人に絡まれる女の子を見つけた。
女の子の年齢は高校生ほど。もしかすると中学生かもしれない。長い黒髪に野球帽をかぶっている。ラフな格好。長髪でなければ遠目から見ると男の子に見えるかもしれない。それほどボーイッシュな感じだった。
絡んでいる男たちは一風変わった格好をしていた。服装はそこらへんにいる青年とそれほど変わらないのだけれど、持っている得物が歪だった。手前からバット、ゴルフクラブ、つるはし。今からスポーツをしようという感じは一切ない。これから野兎を八つ裂きにしようという感じだ。三人の男それぞれがサングラスなどで顔を隠し、その道のプロっぽいオーラを放っている。銃刀法を警戒してか警官に咎められても言い訳できる武器を所有していた。
「めんどくさい」
男三人と女一人。その現場に居合わせた睦月レストは嫌々ながら近づく。年齢を偽って競馬場に侵入した帰り道だった。結果は大勝。気分がよいので助けてやることにする。男たちは明らかに一般市民ではない。レストと同じケンカ屋の匂いを嗅ぎ取った。
「おいそこの野郎ども。寄ってたかって女の子をいじめるのはフェミニストの怒りを買うぞ?」
レストが近づくと、ちょっと年上の大学生くらいの男が一瞥し、すぐさま行動を起こす。バット片手にレストの頭をかち割ろうと近づいてくる。音もたてずにターゲットに接近する動きは暗殺者を思わせる。
「おいおい、男にも厳しいね。マスキュリストですらないのか」
レストの独り言。マスキュリストとは簡単に言うと男性主義者のこと。
「逃げて!」
野球帽をかぶった女の子が叫ぶ。
「ん? 自分の心配より俺の心配か。お生憎様。不必要ですよ、っと」
振り下ろされるバット。スウェーイングして避ける。前後左右に上半身を動かしたため、標的を見失ったバットが空を切り、地面に衝突する。バットの男は阿呆面を見せる。なぜ避けられたのか理解できていない。その阿呆面にレストは右こぶしを叩きこむ。気絶した男の一丁上がり。
「嘘。石神の男をあんなに簡単に?」
野球帽をかぶった女の子が驚愕する。バットを持った男はプロの格闘家よりも強いとされる傭兵の一人であり、ケンカ屋であり、戦争代理人でもあった。海外の紛争地帯で生き延びた屈強なバット男が簡単に倒された事実に、残りの男二人も動揺を見せる。
レストは猶予を与えてやった。
「警察に見つかると面倒だ。この気絶した男を運ぶのもかったるい。どうだ? 今からバット野郎を持って立ち去れば見逃してやる」
「くそっ、ずらかるぞ!」
リーダー格のゴルフクラブ男が退散を命令して走り去る。つるはし男が気絶したバット男を背中に担ぎ、後を追うように逃げ出す。いなくなった男たちを見て野球帽の女の子が安堵を漏らす。
「ほっ。あの、ありがとうございました」
野球帽の女の子はレストの方を見て深々とお礼を言う。
「お強いんですね。村の男を瞬殺とは恐れ入りました」
「村? どうしたんだい嬢ちゃん。警察に連絡しようか?」
「いえいいんです。さっきの男たちは知り合いです。警察沙汰はやめてください」
「へえ、知り合いに囲まれるとは訳アリか?」
レストの問いかけに、野球帽をかぶった女の子は弁明する。
彼女の名前は石神魅空。石神村という傭兵国家出身。石神村の男たちは代々戦争稼業で金を稼ぐ。プロの格闘家が表であるならば石神村の男たちは裏。高い戦闘力を持ちながら表舞台に姿をあらわすことなく海外の紛争地帯で人殺しの仕事をしている。
石神村の主要な産業は戦争代理人。しかし、何でも願いを叶える始まりの丘が出現し、プレイヤーが生まれ、プレイヤー以外の戦争を禁じたため戦争代理人は斜陽産業の仲間入りをした。というか絶滅した。
村始まって以来の危機に石神村で姫様をしている魅空が立ち上がり、今のような状況になっている。
魅空は身分を隠しながら石神村のことをレストに話した。
「私はなろう高校に編入する手続きをしていました。ですが、反対派に襲われまして、本当にありがとうございました」
戦争が禁じられた石神村では二つの派閥ができた。魅空率いるプレイヤー賛成派。穏健派とも呼ぶ。彼らは始まりの丘を肯定し、日本政府との話し合いによる村の存続とプレイヤーへの加担を表明した。逆にできたのがプレイヤー反対派。過激派とも呼ぶ。彼らはあくまで戦争代理人としての村の存続を断固主張し、プレイヤーの排除を求めている。
賛成派の魅空を懐柔させようと反対派の男たちが彼女を囲んでいたのだった。
説明を聞き終えたレストが軽く口笛を吹く。
「ヒュー。なるなる。なろう高に編入ってことはプレイヤーになるのかい?」
「はい。プレイヤーの秘密を暴いた石神村は日本政府から見放されました。今回の編入で私は和平を希望しております。石神村を復興するためにも必ずやプレイヤーにならなければならないのです」
石神村のことを熱弁する魅空。レストは運命のようなものを感じた。
「俺はそこの高校で護衛クラスにいるんだ」
「護衛クラス、ですか?」
「ちょうどいい。石神さん」
「はい?」
にやり。レストは言い放つ。
「あんたを護衛させてくれ」