始まりの“り”
ゲームプレイ時の記憶が封印される。現実世界に戻るとアナザーアースの記憶がなくなる。それは想像以上に大きな効果をもたらす。まず、戦争がなくなる。なぜならプレイヤー以外の戦争を禁じたため、プレイヤー同士で戦わなければならないのだけれど、プレイ時の記憶が封印されるため、スキルが使えなくなる。自分がどういった役職でどのようなスキルが使えるのか、そもそもプレイヤーであることすら忘れてしまうので、世界中の戦争という戦争がなくなる。
プレイヤーが現実世界で戦うことを“ゲーム”すると表現される。それは各国の優劣を高校生の頭脳戦で決めることを意味する。大晦日は言う。これで世界中から戦争が消える、つかの間の平和ね、と。
そうして休憩は願った。現実世界に戻るとゲームプレイ時の記憶が封印される、と。これですべてのプレイヤーは現実世界に戻ると一切合切の記憶が封印される。
数時間後。だから休憩の脳裏にはアナザーアースでプレイした記憶がない。自分が始まりの丘に来て、願いを言い、プレイヤーになったことは覚えている。けれどもその後どうやってアナザーアースに行き、どんなゲームをプレイしたのかをまったく覚えていなかった。まるでお酒を飲んで酔いつぶれ、ぐっすり寝て起きた次の日みたいだ。自分がお酒を飲んで何をしたかを完全に忘れていた。それは憩いも同じだったようで、最古参である大晦日憩いですら初心者まるだしの反応をしていた。試しに予備のナイフを取り出し木の幹に向かって投げてみたのだが、命中はせず。ナイフはどこかへ消えてしまう。あれだけのナイフの腕前を披露していた彼女ですら、現実世界に戻るとただの女子高生へと変貌した。
「情けないものね。監督になったことは覚えているのだけれども、私がどんなプレイヤーでどんなゲームをしていたのかまったく思い出せない。今ごろ世界中のプレイヤー政府機関が大混乱を起こしているはずよ」
「おいおい、世界政府が決めた願い事なんじゃないのか?」
大晦日憩いの命令は上の、つまりは日本政府、さらにはその上、世界政府からの命令だったはず。世界中で大混乱が起きるわけがない。
憩いは予備のナイフを取り出し、もう一度投げた。今度は木の幹に命中するも憩いが舌打ちする。狙った木の隣に当たったらしい。
「チッ、ええ、まあ、その通り。命令を出したのは世界政府。ただ想像以上に封印の幅が大きかったの。体術も技能もなくしてしまった」
「封印の幅はどれくらいだったんだ。僕には想像もつかない」
「現実世界でナイフを投げたり、空中を走ったりしたことは覚えている。けれでも思い出せるだけ。どうやってナイフを正確に投げたのか、どうやって空中を自在に走ったのか、まるで覚えていない」
「ナイフは百歩譲って許容しよう。でも空中を走るのはダメだ。人間のすることじゃない」
「そうね。プレイヤーになるということは超能力者になることを意味している。私はナイフの達人であり、空中疾行の第一人者であった」
超能力。甘美な響きだ。中二病を発症した男子中学生ならば誰もが一度は憧れたはず。休憩も超能力に憧れた中学生の一人だった。帰宅部だった彼は放課後、自室にこもりながら暗黒の邪眼竜を召喚しては、もう一人の彼と遊んでいた。本を読むか空気友達と会話するか、暗黒の邪眼竜を召喚するか、そんな暗黒時代を送っていた。結構楽しかったけどね♪ と休憩はのちに語る。
そんな折、悪魔が休憩に囁く。とても魅力的な未来予想図を。
「なあ、大晦日。ちょっとかなえてほしい願いがあるんだけど」
「残念ごめん。かなえられる願いは一つだけ。プレイヤーなった正月はもう終わり」
「いや、始まりの丘じゃない。簡単な願いなんだ。なろう高にあるクラスを創設してほしい」
「詳しく」
休憩は未来予想図を説明した。
今後、なろう高ではプレイヤーが増える。しかし、自衛できない。なぜならプレイヤーはみんな記憶を封印されているから超能力が使えない。そこでプレイヤーを守るための機関が必要になってくる。警察とは無縁の生徒独自の自衛組織。そんなクラスをつくりたいと思った。
「プレイヤーはいうなれば戦争代理人だ。そんな重要人物に護衛をつけないのはおかしい。そこで僕は、護衛クラスの設立を要求する」
「はあ、おかしな話を言う人ね。そんなものは必要ない。なぜなら戦争はプレイヤーにしかできず、かつプレイヤーは記憶を封印されている、そんな状況で他国に戦争をふっかける阿呆なプレイヤーはどこにも存在しない。今は偽りの平和を楽しんでいれば、」
「――僕が戦争をふっかけるよ」憩いのセリフに休憩が割り込む。
休憩は正々堂々と憩いを指さした。
「僕が大晦日憩いにゲームを仕掛ける。プレイヤー同士の戦争だ」
「……いれば、いいのよ。はい? あなた頭おかしい。阿呆なの?」
憩いは頭を抱える。休憩はクスっと微笑む。超能力者になれて高揚しているのかもしれない。普段の休憩ならば絶対に言わないようなセリフを吐いた。
「俺と勝負しろ。勝ったら護衛クラスの設立だ。負けたら一生あんたの奴隷で構わない」
「いいでしょう。奴隷は別にいらないから、負けたらグラウンド百周ってところでどうかしら? 生意気言った罰よ。ざっと五時間もあればできるわ」
「おっけい。憩いちゃん」
「ゲームのルールは?」
「そうだな。レースはどうだ? ここから、なろう高まで先に帰ったほうが勝ち。車も自転車も新幹線も何でも使っていい」
レース、何でも使っていい、と聞いて憩いが考え込む。休憩の足はない。一方、憩いはスポーツカーがある。仮に休憩がヒッチハイクなり、タクシーなりを使って帰ったとしても憩いに分がある。今現在周辺に憩いのスポーツカーにまさる乗り物はない。
「いいでしょう。受けて立つわ」
ゲームスタート。プレイヤー同士の戦いの火ぶたが切って落とされる。
「それじゃ憩いちゃん。俺は先に行かせてもらうぜ」
男はダッシュで坂道を駆けていく。
憩いは呆れかえっていた。プレイヤー同士のゲームは絶対。負けたら本当にグラウンドを百周しなければならない。乗り物を持たない休憩が憩いに勝つ可能性は一%もない。仮に、休憩が警察車両を盗んだとしても絶対に勝てない。そもそも彼は運転免許証すらないのだ。憩いはひどく腹が立った。
「あまりの無能に開いた口が塞がらない。ラスボスを買い被っていたのかもしれない」
大晦日憩いは優雅に下山する。彼女はスポーツカーを所持している。油断する気はさらさらない。勝利は絶対。ウサギとカメではないけれども。油断のないウサギがカメに負ける可能性は万が一にもありえなかった。
スポーツカーを走らせ、高速をぶっ飛ばし、最短でなろう高に到着する。
駐車場に車をとめて軽い足取りで正面玄関へ。
途中、憩いはゴールを決めていなかったことに気が付く。
「ま、そんな些細な問題、実にどうでもいい。私の勝利は絶対なのだから」
鼻歌を歌いながら憩いは靴箱に手をかける。
「大晦日。遅かったな」
「――!?」
憩いは手に持った靴を落とす。なぜなら校内玄関から顔を出したのは……。
――徒歩で帰ったはずの正月休憩だったのだから。
休憩はにんまりと勝利を宣言する。
「ゲームは僕の勝ちです。護衛クラスの設立を要請します」
始まりの“はじまり”終わり。
ゲームに勝ってから数時間後。休憩はスマホである人物と会話した。
「君のおかげで勝つことができた。ありがとう」
「ははは、なあに気にすんな。俺とお前の仲じゃないか。憩いちゃんにはバレなかったか?」
「ああ、全然バレなかった。僕がある裏ワザを使ったことはね」
「かっかっか、当然だな。俺様のおかげだ。感謝しろ」
「ああ、ありがとう。今後ともよろしくお願いします。睦月レスト」
「護衛クラスは任せとけ。正月休憩」
休憩は睦月レストなる人物との話しを終えた。