始まりの“ま”
東京都から少し離れた山村。始まりの丘はそこにあった。
「何でも願いをかなえる。始まりの丘。私たちはその丘をそう呼ぶわ」
スポーツカーを駐車場にとめ、虫よけスプレーをかけてから山に入る。一時間ほど歩くと、その丘が見えてきた。警察関係者と思しき男性が数名、警備している。憩いは、「新規プレイヤーを連れてきた」と一言説明すると、難なくバリケードを突破する。彼女と二人で、休憩やっとこさ始まりの丘に到着した。
「なあ、大晦日。ここで僕にどうさせる気なんだ?」
「日本政府特殊危険指定区域、第一級。それが始まりの丘よ」
憩いは説明する。
東京都を少し離れた山村、その丘はある日突然現れた。
丘の特徴は以下の三つ。
一つ、何でも願いをかなえる。
一つ、願いがかなえられ、プレイヤーになれるのは高校生限定。
一つ、プレイヤーになると別世界にログインできるようになる。
「私は日本政府に任命され、別世界の調査を依頼された高校生だった。私は宝くじで一等がほしいと願った。別段、願い自体はどうでもよかった。私の任務はプレイヤーになること。そして、別世界で一位になること」
始まりの丘で願いをかなえた人物はプレイヤーになる。プレイヤーは、アナザーアースという世界にログインできる。アナザーアースは地球というビッグデータと妄想でできた仮想ゲーム世界に近い、と憩いは口にした。
「アナザーアースは未来人がつくったとも宇宙人がつくったとも評されている。しかし、真実は定かではない。少なくとも政府の見解は、未来のゲーム。それがアナザーアースよ」
「へえ。いきなりSFちっくなことを言うんだな。そんなものを信じられると思っているのか?」
休憩はパニックを起こしていた。当たり前だ。いきなり脅され、車で連れてこられたのは人里離れた山の中。おまけに漫画やゲームのようなことを憩いはほざく。小説でいえば異世界転移だ。憩いは未来のゲームに異世界転移しようと相談したのだ。
休憩は憩いを警戒して二歩、後ろに下がる。
「いいか大晦日。トチ狂って僕を誘うまではまだ許せる。一時間ほどピクニックしたのも同様に。でもな異世界転移までは規格外だ。いくら僕が異世界転生小説が好きだからって現実で起きていいはずがないじゃないか?」
「その通りよ」
憩いの厳しい声が飛んだ。
おもむろに彼女は取り出したナイフを手首でスナップさせ、休憩に向けて投げる。休憩の頬を通り抜けていったナイフは、休憩に数ミリの傷を残して森の中に消えていった。
休憩は戦慄する。大晦日憩いのナイフ投げは手練れのそれだった。体を動かさず、スナップをきかせた投擲は正確無比に休憩の横を通り過ぎていった。一歩間違えれば休憩は死んでいた。仮に、数ミリずれていてもナイフは休憩に当たらなかっただろう。
憩いは舌なめずりする。
「私は今、狙ってあなたに傷を負わせた。なぜならプレイヤーだから。日本全部を探してもナイフ投げで私に勝てる者はいない。これがどれだけやばいか想像できるかしら。願いをかなえてプレイヤーになったものは誰でも殺人スキルを覚えるの」
「僕を殺す気か?」
「正月休憩。あなたが私の言うことを聞かないのであれば消すまでよ」
どうやら休憩に選択肢はないようだ。そう悟った休憩は両の手をあげて降参の意を示す。
「やれやれ、どうやら本気らしい。参った。僕は大晦日憩いの言うとおりに行動します」
「よろしい。では手始めにプレイヤーになってもらいます」
憩いから説明が入る。
大晦日憩いは一言にいってしまえば政府の犬だ。高校生でありながら、国家公務員であるともいえる。そんな憩いが下された命令は、プレイヤーを増やし鍛えること。
始まりの丘は世界各地に出現した。各国に一つずつ。それが決まりのようだ。調査した結果、どの国にも一つだけ願いを叶える場所ができた。願いといっても千差万別であり、世界征服したいだとか人を生き返らせたいだとかの願いは実現できなかった。願いの基準となったのが政府の力があれば可能かどうか。国が本気を出せば実現可能な願いが実現できた。例えば戦争を始めたいとか首脳を交代させたいとか等の願いは通じた。これを危惧した世界政府はかんこうれいをしいた。話せば終身刑もしくは射殺。全世界の高校生はプレイヤーになれる代わりに、願いは政府が多数決で決めた願いだけとなった。
大晦日憩いは日本政府の最古参であり、四年目となる。なぜ、彼女のような人物がなろう高に入学してきたのかずっと疑問に思っていたのだが、それで謎が解けた。憩いはプレイヤーを続けるために高校四年生目を選んだのだ。
「一般進学クラスのサボり魔、大晦日さんをずっとバカにして悪かったよ。そんな裏事情があるとは知らなかった。なろう高に在籍すること。それが君の仕事だったんだね?」
「騙して悪かったわね。かんこうれいがしかれていたのよ。喋ればそれだけで重罪。最悪、一生を刑務所で過ごすことになる。ごめんなさい」
憩いの謝罪を素直に受け入れる。ここで一つ疑問。じゃあ、なぜこんな大事なことを憩いは休憩に話したのだろうか。かんこうれいを破ってまで、休憩に近づき、拉致監禁に近い形で休憩をプレイヤーに仕立て上げる理由が分からなかった。
疑問を口にすると、憩いは丁寧に説明する。
「ある国の願いがかなう場所でこんな願い事がされた。『プレイヤー以外の戦争を禁ずる』要は人も銃も戦闘機も、それらの類すべて禁止になったわ。日本にプレイヤーは私一人しかいなかった。だから日本政府は大慌てよ。米国の保護があるとはいえ、今、他国からプレイヤーに戦争を仕掛けられたら無条件降伏するしかない。説明はこんなところでいいかしら?」
「僕である必要がない。なぜ僕を選んだ?」
「それはね、あなたが上位ランカーだからよ」
「……は?」
アナザーアースは未来のゲーム。地球のビッグデータを参考にもう一つの地球をつくっている。出現する敵は全員、地球の住人。もちろんアナザーアースには現実世界の正月休憩を参考にした正月休憩というキャラが存在する。そして、ゲームの正月休憩は日本の東京都を支配する上位ランカーだと聞く。
「私はCPUと戦い続けてきた。しかし、勝てない敵が一人だけいた。それが正月休憩あなたよ。アナザーアースの正月休憩を倒さない限り、私は世界進出できない」
「いや、でもそれってCPUの話だろう。僕はゲーム知識なんて何一つ持っちゃいない」
「それは違うわ」
アナザーアースは現実のビッグデータを参考につくってある。ゲームに出てくるCPUの強さは、現実世界の本人の潜在能力だと考えて間違いない。アナザーアースの敵が強ければ現実の同じ人物もプレイヤーの素質ありと認められる。
憩いは今後の政治を話した。
「世界政府は今後、外交や貿易をプレイヤーによる代理戦争によって決定すると通達した。私が三年間、日本中を回った結果、なぜかなろう高の敵が一番強かった。そして、ラスボスの正月休憩には一度も勝てなかった。そこで日本政府はなろう高の高校生を随時プレイヤーとして投入することを決めたわ。今後の政治の中心はなろう高によって回るのよ」
「はいはい」
従わなければ殺されるのだ。休憩は大人しく憩いの説明を聞いた。
「私がプレイヤーの監督に任命された。まずは実験としてラスボスの正月休憩君。あなたからプレイヤーになるのよ」
「わかりました。で、僕は何をお願いすればいいのですか?」
「なあに簡単よ」
大晦日憩いなる最古参プレイヤーはクスっと笑った。
「正月休憩。あなたは『現実世界に戻るとゲームプレイ時の記憶が封印される』と願えばいい」