魔王の“う”
翌日。勝負が再開される前に大晦日憩いは老婆を呼び出し、高校の客間でコーヒーをお出しした。銘柄はブルーマウンテン。普通の喫茶店で頼めば一杯1000円はする高級豆だ。ゲームは一時休戦し、おもてなしの対応で老婆と話をした。会談は一時間におよび、その間、正月休憩は違う部屋で待機していた。彼が読んでいたのは伊坂幸太郎の魔王。ストーリーはウィキからだが、会社員の安藤は、自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気が付き、その能力を携えて、一人の男に近づいていく。というものだ。
自分の思ったことを相手が口に出す。なんて魅力的だろう。さながら、しりとり、なら無敗だ。
休憩は、魔王に登場する安藤の、自分が思った事を相手に喋らせることができる『腹話術』に、あたりをつけていた。なぜ休憩が、ごはん、と言って負けてしまったのか。それは『腹話術』みたいな能力で負けてしまったのだと感づいた。
会談が終わり、休憩のもとへ憩いがやってくる。老婆は帰った後だった。
「正月。私たちの負けだ。だから降伏宣言を出してきた」
「降伏ですか?」
憩いはあっさりしていた。死んでも勝て、と言ったわりには。だから休憩は疑問に感じた。
「降伏という名の交渉だよ」
憩いが老婆に持ちかけた話はこうだ。老婆は複数の企業の株を所持している。なろう高にはラノベ警察という情報機密特殊部隊がいる。だから憩いは今後、老婆に儲かる銘柄を教えた。ラノベ警察が週刊誌や警察から得た確かな情報で、どこどこの企業のワンマン社長が覚醒剤を所持しており、近頃捕まるというものだった。そのため老婆に売りをおすすめした。
「なろう高のラノベ警察が老婆の資産がさらに増えるように協力することを署名してきた。老婆は喜んで飛びついたよ」
「マクガフィンはどうなるんです? それ目当てでゲームに挑んだんじゃありませんか?」
「ああ、それなら」
憩いは、「老婆にとってのマクガフィンは金よりも価値が劣るものだったんだ」と付け加えた。
老婆は高利貸しの悪女で資産をさらに増やそうとしていた。たまたま子飼いしていた高校生が能力者になり、たまたまマジックアイテムのマクガフィンを手に入れた。日本政府がマクガフィンの所有権を主張したが、老婆がこれを拒否。老婆はマクガフィンを使ってさらなる金儲けを企んだ。そこを憩いがうまく取り入り、老婆からマクガフィンを取り返した。
「老婆はマクガフィンよりも金が大事だった。私は、相手が何を望んでいるのかを研究し、それに見合う対価を与えた。だから交渉は無事成立した」
「つまりゲームに負ける前にお金を支払って解決したということですね?」
「まあ、その通りだ。虫食いしりとりの妨害工作を知った時、私は愕然としたよ」
「なぜです?」
「魔王汽笛。老婆の子飼いだ。彼女の役職は『マジシャン』能力名は『憑依』。なんとなく想像つくよ」
憑依。相手に乗り移ること。しりとりにおいてこれほど厄介な能力は存在しない。
休憩はため息をついた。
「僕の苦労は無駄だったんですね。惜しかったなー」
休憩は老婆にゲームを挑む前、大晦日憩いに、勝てば何でも好きな本を買ってやる、と言われていた。
「君も覚えておくといい。戦う前に解決できるのであればそれに越したことはない。余計なケンカは無用だ。老婆にとってマクガフィンはただの石ころだったけれども、日本政府にとっては宝石だったのさ」
憩いは、相手を釣る場合相手の好きなものを事前に調べておくことの重要性を説いた。憩いはイチゴが好きだ。魚はミミズが好きだ。憩いがイチゴが好きだからといって釣り針にイチゴを垂らしても魚は釣れない。魚を釣るときは憩いの嫌いなミミズを垂らさなくてはならない。
「隠居して株式売買が生きがいの老婆には、ぴったりの交渉材料だったわけさ。と、そうだそうだ」
憩いは部屋にある布に包まれた山に近づく。布を取ると、休憩の欲しかった『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』全30巻が置かれていた。
「すごい! それは僕が前から欲しかった本じゃありませんか!?」
「今回の成功報酬だ。好きに持ち帰りたまえ」
憩いはイチゴ。魚はミミズ。老婆は株式取引。ならば休憩は、本だった。
「ところで大晦日。どうして僕がこの本を欲しがっているって分かったんだ?」
「ああ、ラノベ警察に調べてもらった。正月がネット通販でこの本を何度もポチってるのを」
「ラノベ警察、怖っ!?」
なろう高の暗部を見た気がした。休憩は冷や汗をかいた。むろん、世界文学全集は全部持ち帰った。




