石神村の姫の“ひ”
東京都で起きた謎の失踪事件。被害者は小学生から老人にまでおよぶ。彼らは突如として学校や職場などから失踪し、一時間の間、夢遊病のように東京都内を走り回っていたという。被害者が正気を取り戻したのが、一時間後。いかにも地下鉄の駅、もしくはその周辺にいたことから新手の地下鉄事件かと思われ、警察関係者は必死の調査をしたにも関わらず手がかりは掴めず。いずれの事件も闇に葬られることとなる。東京都内の各所がマヒした今回の事件に端を発して新しい都市伝説が刻まれる。失踪事件、空中浮遊男、その他もろもろの目撃証言が警察に集まるのはこの日から。さて、失踪事件の首謀者、石神魅空は吠えていた。
「なぜ捕まらないの!?」
時刻は残り一分を切っていた。魅空は一万人の軍勢を利用して徹底的にレストを追跡していた。地図と見比べて発信機は地下鉄の順路を、電車とほぼ同じスピードで走っていた。各所にしいた包囲網は完璧。捕まるのは時間の問題だと思われた。五分、十分、十五分とたつにつれて焦りが生まれる。念のため地上に配置した軍勢にもレストは引っかからない。刻一刻と流れていく時間に魅空は表情を曇らせた。そして今。時計は秒を刻み、敗北は濃厚となる。
「一万人の鬼を用意しても捕まらないなんて、嘘……」
魅空は地面にうなだれる。膝と手をつけて屈服のポーズをとる。発信機を確認すると、まっすぐに魅空の方に向かっていた。しかし、そのスピードが尋常じゃない。まるで空飛ぶ列車を思わせた。
「まさか、ヘリで空を飛んでいた?」
たしかに空を飛べば一万人の軍勢をすり抜けることができる。しかし、ゲームの内容を決めたのは魅空であり、入念な準備は不可能だったはず。当日ヘリを用意するのは無理だ。ならば、どうして、どうしてレストは一万人の鬼(親)から逃げ切ったのか。
その答えは降ってきた。文字通り、空から降ってきた。
「俺の勝ちだ」
レストは空から落ちてくる。すとんっと魅空の前に着地した。
「うぐぐ」
「ゲームの勝利条件としてお前は俺に嘘がつけない。答えろ。誰の差し金だ?」
レストの質問に魅空が口をつぐむ。しかし、思いとは裏腹に言葉が次々と出てくる。
「大晦日憩いに命令されて睦月レストに接触した」
「どうやって何人もの人間に俺を追いかけさせた?」
「アナザーアースの能力。役職『テイマー』の能力『テイム』で一万人の鬼(親)をつくった」
「なぜ能力が封印されていない?」
「私は始まりの丘で『完全記憶能力』を願った。私は能力を思い出すことができる」
「くっくっく。憩いちゃんも小賢しいことを考える」
レストは右手で顔半分を隠し、見上げながら笑う。
憩いの犬である魅空は嘘が付けない。嘘が付けないということは魅空の弱みを握ったも同然。憩いの犬はレストの犬と化した。能力を考えれば一万人の軍勢がレストの手に落ちたも同然だった。
レストはスマホの連絡先を交換する。敗北感に満ちた魅空は簡単に従った。
「よろしい。聞きたいことはあるか?」
魅空は正直に聞いた。
「なぜ、一万人の鬼(親)から逃げ切った?」
「簡単だ。空を飛んでいた」
レストは正直に白状する。ゲームの開始すぐ、魅空の協力者が多数いることを知った彼は空を飛んだ。その際、魅空が地下鉄に乗ったと勘違いするルートをレストは選んだ。延々と空を飛び続けた。魅空は人が空を飛ぶはずがないという常識にとらわれてレストが張った罠にまんまとハマり、地下鉄に乗って移動していると勘違いした。結局、地上、地下両方に人員をしいた魅空だったが、常識外からのアプローチには対応できなかった。少しでも空の可能性を考えれば勝者は違ったかもしれない。
「空を飛んだの? ヘリは見当たらなかったはずだけど」
「当たり前だ。俺は能力を使ったからな」
睦月レストの役職『シーフ』。能力名『スカイウォーク』。文字通り、空を歩く。スキルレベルを上げることによって速度を上げることができる。レストのレベルならば自動車並みに空を走ることができる。
「あなたも完全記憶能力によって能力を思い出したの?」
「いいや、違う。俺はある裏ワザを使ってアナザーアースの能力を使っている」
「そう。最後に質問していいかしら。これは大晦日さんから必ず調べてこいと言われたことなの」
「ああ、いいぜ。お前は俺に嘘は付けない。それに敬意を表して何でも教えてやるさ」
魅空は憩いから授かった最重要事項を確認する。それは先日、護衛クラスを立ち上げるきっかけとなったゲームの話。なぜレースで正月休憩がスポーツカーに乗った大晦日憩いに勝ったのか? だった。
「なぜ、あなたは大晦日さんに勝ったの? 正月休憩」
「『スカイウォーク』を使ったからさ。憩いちゃんは俺が能力者であることを知らなかった」
「では、やはり、あなたは正月休憩なの?」
「そう認識してもらって構わない。睦月レストは正月休憩であり、正月休憩は睦月レストである。性格はまったく違うけどな」
睦月レスト。その正体は正月休憩が中学二年生の時に中二病によって生み出した二重人格だった。正月は1月、1月は睦月と呼ばれ、休憩は英語でレスト。睦月レストは正月休憩の名前から付けた名前だった。




