石神村の姫の“の”
正月休憩という高校生がいる。睦月レストという高校生がいる。彼らの共通点は読書にあった。
休憩は大の読書好きで365日のうち300日は本屋に通う文学青年だった。漠然とした靄のかかった将来に、文学という可能性を求めて芸術クラスに入学した。休憩の部屋は本で山積みになっていた。彼自身、本に埋もれて死にたいと言明するほどの変人で、月のお小遣いが1万円あればそのうちの90%が本代になってしまうような男だった。毎月9000円も本を買うので、一冊読んでは三冊購入するという習慣に陥っていた。そのためか読んでいない本は五十冊以上にのぼり、部屋が本でいっぱいになった。あまりにも多くなってしまったため、個人用のトランクルームを借りて古書から読破本から白いカバーのかかった新刊まで、何から何まですべてをそこに投げ入れた。将来の夢は自分の古書店を開くこと。そのため高校生の大切なお小遣いは毎月のように本代に消えてトランクルームを日夜圧迫している。
レスト曰く「休憩と話すと本のことが一通りわかる」と断言する。そのためレストはあまり本を読まず、休憩から本の情報を入手している。
性格の全く異なる二人が、互いが互いを認めるようになったのは読書からなのだが、本好きの変人休憩曰く「レストは僕の上をいく」と話す。休憩が不特定多数の本をがむしゃらに読む、乱読ならば、レストの読書はまったく逆の精読になる。精読とは、内容を細かく吟味しつつ、丁寧に読むことであり、熟読とも呼ばれている。レストは加えて同じ本を何度も繰り返し読んでいる。たった一人の作家の作品を、何年もかけてずっと読んでいるのだ。
睦月レストの昔話をしたい。
生まれつきレストは両親と呼べるものがなかった。育ての親はいたのだけれど両親とはいいがたく血も繋がっていなかった。レストの家庭内における立ち位置は影。誰からも愛情をもらえず、休憩以外の他者を排除して生活してきた。本のことはすべて休憩から与えられる。そんなレストが唯一興味を引いたのは『芥川龍之介』だった。
レストは十四の頃、忽然と姿を見せた。部屋にはひとりっきり、両親はいない。外出することもできずレストは室内で筋力トレーニングをする日々を送った。ある日、引きこもり同然のレストが偶然出会ったのが『或阿呆の一生』だった。それは地震だったかもしれない、ある日休憩の書棚からぽつねんと転げ落ちてきたのは、芥川龍之介の『河童・或阿呆の一生』だった。本当に運命的な出会いをした。腹を床につけ、背筋のトレーニングしていると地震が起きた。本の山に埋もれて死ぬかと危惧するも何事にも動じないレストは、そのまま背筋のトレーニングを続けた。震度は微弱で本棚が崩れることはなかった。ただ、一冊の本がレストの前に落ちてきた。読書に興味のなかったレストは魔が差したように一、時代を読む。『それは或本屋の二階だった。』こう始まる芥川の文章のセンスに惹かれた。そして、「人生は一行のボオドレエルにも若かない」と言い放った20歳の彼(或阿呆の一生の主人公)に身も心も焼かれた。
この瞬間、睦月レストは芸術至上主義に傾倒する。芥川龍之介にドハマりし、芸術とは何なのかをずっと考えるようになる。それからレストはキチガイのように本を読んだ。まず蜘蛛の糸を読む。次に杜子春を読む。その次に羅生門、鼻、芋粥と続けざまに読む。休憩から本を奪い取り、貪るように何度も何度も読んだ。芥川龍之介の短編をそらんじるようになり、夢の中でも氏と対話を繰り返した。本はボロボロになった。休憩の持っている本の中で特に使い古されているのは芥川シリーズだ。それほどレストは芥川の持つ芸術至上主義に惹かれた。
芸術は長く人生は短し。ことわざ的には医療を習得するのは長い年月を必要とするが、人の一生はあまりにも短い、だから怠らずに勉学に励め、という意味なのだが。レストは芸術を完成させるには、人生はあまりにも短い、と捉え「人の一生は短いが、生み出された芸術作品は(死後も)長く世に残る」とポジティブな意味で考えた。
両親から認知されていない睦月レストが生まれた意味を考え、芸術に傾倒していくのは必然と思えた。そんな彼が二度目の衝撃を受けたのは芥川龍之介の『地獄変』を読んだ時だった。詳細は伏せるが簡単な内容は、天才的な絵師が地獄絵を描くために人を一人焼き殺すというものだ。そして、焼き殺した人物は最愛の娘であり、天才絵師は地獄絵を描いた翌日に自殺してしまう。
絵師は屏風を描くために人一人を焼き殺せと言う。そして、殿様はそれを叶え、絵師の娘を焼き殺してしまう。絵師はびっくりするも、あまりの美しさに一人娘の断末魔を嬉しそうに眺めたというから驚きだ。すべては芸術のため。こんな狂気の沙汰としか思えないような芥川の世界にレストは心底泥酔した。
芥川龍之介の作品は酒と女に似ている。酒を飲み、女を抱く快楽をレストは『地獄変』から得た。休憩から正真正銘の変態だと言われたけれど、それはしょうがない。レストは芸術至上主義の世界にハマり、自身も絵師になろうかと心揺り動かされたのだから。芥川のせいで心臓がバクバク唸り、ショック死するくらいの衝撃を受けた。
地獄変を読み、藪の中を読み、舞踏会を読んだ。戯作三昧を読み、奉教人の死を読み、河童・歯車を読んだ。そして最後に、また、或阿呆の一生を読んだ。
話を元に戻す。
現在、レストは魅空のつくり出すゾンビ軍団から逃げている。東京都23区を俯瞰できる場所にて、河童を読みながら情報屋と会話していた。
「河童はユーモラスに富んだ作品だ。人間界では精神病と扱われる男でも河童の世界では特権階級として生きていける。実に素晴らしい。果たして男は河童の世界にいたほうが幸せだったんじゃないか?」
情報屋は呆れる。何を呑気に読書しているんだ、このバカは、と。レストは苦笑するしかなかった。
「石神魅空が能力者であることは分かった。だからこちらも能力を使わせてもらう。前の世界では中二病と馬鹿にされた俺でも、今なら特権階級として生きていける。最高だね」
ゲームは残り20分を切っていた。




