0006 関所 #03
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「ここからは第九の領主の地、トルキノール。通行証を見せろ」
皮革製の簡易的な胸当てと剣道の垂れのような防具を身に着けた、門番らしき男性が二人、門の前で立っていた。
順番が来て一歩前に出た晴佳たちをそこで押し留めるように、男たちは手にしていた大槍を互いに交差させる。見るからに腕っぷしに自信がありそうな、いかつい身体つきだった。なんなら殺気のようなものまでにじませている。
だが凛と声を張り上げたのは、その後ろにいる、金属製らしい赤い鎧を身に着けた女性だった。
トサカがついているような形状の兜から、茶髪の三つ編みお下げが二本垂れている。晴佳にはちょっとしたミスマッチに思えた。
――しっかし随分横柄な態度だな、あのコスプレ女……
晴佳はそう思ったが、レグは平然と対応する。
「お勤めご苦労なことじゃの。我らは第十二の領主付きの騎士団。手形を確認しとくれ」
レグの言葉と共に、ロードが手形をまとめて男のひとりに渡す。
すると男が小走りで鎧の女にそれを渡しに行った。
鎧の形状は実用的なものである証拠のように、腹部の露出がなかった。
晴佳は決してそういう方面に詳しいわけではないが、コスプレの場合は女戦士といえども露出が多いのが決め手である、という程度の認識は持っていた。
この鎧の頑なさは残念であるが、腕は肘当てと籠手以外は剥き出しだった。筋肉質ではあるがまだ若い女性らしきしなやかな二の腕が眩しい。
「団長は魔道師であり学者のレグノ・フローエン――騎士が二名にその他五名? 『その他』ってのはなんだ」
横柄な態度で女が問う。
「それはおぬしらの知るところではない。魔道師や侍女、修業中の者もいるで、職業として書くほどのこともないだけじゃ。人数を確認すればよい」
レグの態度は堂々として、威圧感のようなものさえあった。門番の女は気圧されたらしく、息を飲む。
「――承知した。通れ」
門番の女が悔しそうな声で命じると、男がまた通行証を手に戻って来る。
門を通り抜けておしまいかと思ったら、入ってすぐの所にチケット売り場のような小さな小屋があり、そこで何やら書類を書かされる規則らしい。
レグが代表して手続きをして来ると言い、小屋へ向かった。
残りの者たちは門の側で待つ。他の者も荷物のチェックなど受けるのかと晴佳は考えていたが、特に何もなかった。
門を出る者に対しても、挨拶を交わす程度らしい。つまり不審者を門の中に入れないための門番、ということになるのだろう。
晴佳たちは突然、手持無沙汰になってしまった。
門の内側は唐突なまでに人で溢れかえり、にぎやかだった。
出入りする旅人に土産物を売りつける商人や、果物や飲み物、軽食などを売り歩く行商などもいるようだ。屋台を引く者もいて、どこからか美味しそうな匂いもしている。
ジェラーノは白いローブの幼女と連れ立って飛んで行き、早速屋台などを見て回り始めた。荷物を積まれたままのラフィがぶぅぶぅと鼻を鳴らすような鳴き声をあげる。置いて行かれたことに対して文句を言っているのだろう。
その他には、やたら着飾った若い男が所在なげにうろうろしているのが、妙に目についた。昼間っから仕事もせずふらふらしている様子は、晴佳の目にはだらしなく映った。
――失業者……にしては身なりが小ざっぱりしているよな。そういや、RPGの世界では、遊び人という職業があった気がする。
しかし、遊び人とは実際どのような職業なのか、想像できない。
彼らの顔立ちは濃い者からあっさり系まで様々だったが、晴佳から見てもそれぞれに整った容姿をしていた。
時々通りすがる旅人らしき女性たちに声を掛けたり、用心棒か役人の下っ端であろうという格好の、筋骨隆々とした男性たちと並んで会話をしている。
門を通り抜けて来た女性たちに、二人の男が近寄って行った。
身振り手振り付きで会話を交わしているようだが、喧騒にまぎれて内容は聞こえない。笑顔を振り撒き、女性たちを時々笑わせているような様子もあった。
やがて意気投合したのか、彼女たちと同じ人数の男がそれぞれの女性の荷物を受け取り、楽しげに談笑しつつ去って行った。
――何やってんだ、あれ。ナンパか?
晴佳はポカンと口を開けたまま見送る。
ナンパ男の他にも、何かの看板らしき物を掲げて呼び込みをしている者や、質素な衣服の男性が人力車に似た乗り物を引いていたりする。
その多くは東洋人風の顔立ちには見えない。また、黒髪に黒い目という者も、ざっと見たところでは見当たらない。濃い薄いの差はあるがほとんどが茶髪、あとはたまに金髪や白髪混じりがいるくらいだ。
物珍しさと落ち着かなさでついきょろきょろしてしまい、とうとうロードにたしなめられた。
「ハル、行儀が悪いぞ。確かにお前は初めての旅ではあるが……どの領地の門もそれほど違いはないものだ。これから嫌というほど見られるのだから、そんなに慌てるものではない」
その声が意外に大きかったため、門の内側にいる門番や下働きらしき女たちが、晴佳の方をちらりと見て口元をほころばせた。
どうやら、図体がでかいだけの子どもとでも思われたらしい。
「――そんな大声で言わなくたって……」
晴佳はばつが悪くなり、小声で愚痴る。と、それまで下女となにやら話をしていたジェラーノが走り寄って来た。
「ハル。ここいら特産の果物、シダレットよ。あなた初めて食べるでしょ?」
にこやかに言いながら、葡萄のような房の果実を晴佳に手渡し、一粒取って自分の口にぽいっと入れた。
そしてかたわらでジェラーノを見上げている白い幼女の口にも一粒与える。
晴佳はその果物をまじまじと見つめる。一粒一粒は色も大きさも黄色いプチトマトのようで、それぞれがハート型をしていた。
ジェラーノにならい、一粒口の中に放り込んで噛み潰す。途端に口腔内がラムネのような清涼感で満たされた。
「……っ!」
うまい、と言い掛けたが、口の中いっぱい果汁で満たされており、口を開けられない。油断すると口の端から溢れそうになるのだ。
というか、実際少し垂れた。晴佳は慌てて手で拭う。
どう考えてもプチトマトの大きさには見合わない果汁の量だった。しかも次から次へと湧き出ている感じさえする。不思議な果物だ。
「うんうん、ハルならきっと気に入ると思ったのよねぇ」
晴佳が目だけで美味しさと驚きを訴えていると、ジェラーノは満足げにうなずき、それから耳元に口を寄せた。
「あのね、そんなに何もかも物珍しそうにしてては駄目よ。さっきだってロードがフォローしてくれなきゃ、あなた、そこの──」
そう言って、チケット売り場の隣にある、小屋よりはもう少し頑丈そうな建物を視線で示す。
「検問所に連れて行かれちゃうところだったんだから」
ジェラーノの言葉にどきりとしながら、フード越しに周囲を見回す。内側の門番がひとり、いつの間にか門から離れ、晴佳たちの方へ近付いていた。