0045 龍血 #03
「……その、お伺いしたいんですが」
やがて、恐る恐るという様子でソノップが口火を切った。
「なんだ?」
「ロードがハルに飲ませた薬って、なんなんですか?」
「――それには答える義務がないな。秘薬だと言っただろう」
ロードは懐から赤い小袋を取り出した。
「そうですが……さっきトイレに――あ、向こうの天幕にハルを連れて行った時に気付いたんですけどね。あいつの体型が変わってたんですよ」
「熱で体力を消耗したからだろう?」
肩をすくめてみせると、ロードは袋の中から黄色い小さな実を数個取り出し、口に含む。
その仕草を見つめていたソノップは、ため息をついた。
「そういう意味じゃないんです……わかっているんでしょう? あいつは、どこにでもいるような普通の高校生ですよ。俺らの世界の高校生なんて、適当に体育をしたり、あとはせいぜい部活だったり習い事をしている程度で、あの年齢で本格的な身体作りをしているやつは極少数なんです」
「わからない言葉がいくつか混ざっているが――」
カリッと、噛み砕く音がする。
「それはこの際スルーしといてください。俺が言いたいのは……あなた、ハルに何をしたんです?」
ソノップはロードに鋭い視線を向ける。
対して、ロードは静かな微笑みを返した。
「……薬を飲ませただけだ。さっきからそう言っているだろう」
「いえ、あれは薬なんかじゃないでしょう……いや、ある者には薬になるが、そうじゃない者には猛毒になるはずの――」
「おい……まさか」
テラーがソノップの言葉を遮り、身を起こす。
「――俺、自慢じゃないけど、その辺の魔法茸屋よりも知識が豊富だって自信はあります。こっちに飛ばされて、何も知識がなくて苦労しましたから、元気になって最初に言葉を覚えました。発音は下手なままですが、読み書きは元々得意でしたからね。文字が読めるようになってからは辞書も手に入れて、ギルドにある本を片っ端から読んで、すべての知識を頭に叩き込んでいったんです」
「それは……なかなか大変だったんだな」と、ロードは同情の言葉を述べた。
「そんなことは今となってはどうでもいいんです。そりゃギルドの蔵書にも限界がありますし、領主さまの許へ行けるようになってからでも、十二のうちのひとつの領地ですからね、やはりこの世界のすべてを知り得たわけじゃない。だから『緑の魔女』には劣るかも知れないけど、でもこの世界の薬草や毒草、薬になる鉱物や生物については誰にも、うちのギルドマスターにも負けないくらいの――それに、龍や龍騎士について調べたことだってあるんですよ」
ソノップは言葉を切る。だが今度はロードは何もこたえなかった。
テラーはロードとソノップの顔を見比べて、首を振った。
「おいおい――冗談だよな? んなわきゃぁない。ソノップもよ、憶測で物を言い過ぎるとトラブルの種になるぜ?」
ソノップはロードをじっと見つめたまま、また口を開く。
「文献によると、この世界には龍と呼ばれる生き物がいるらしいですね。多くの種の姿は硬い鱗で覆われて、皮膜のような翼を持ち、空を飛べるとか。また、角の生えているものや生えていないもの、翼が鳥の羽に似ている形状のもの、鱗の他に羽毛や毛皮に覆われているもの――」
「そんな話、うちのチビどもだって知ってるおとぎ話だぜ?」
テラーが横槍を入れる。ソノップはにっこり笑って先を続けた。
「その中でも、ある種の大型龍は他の種族――主に人間を使役、または同等の立場として契約し、彼らに超人的な能力を与え『龍騎士』にすることができる、と」
「ふむ……」
ロードの表情は静かなままだった。
「もっとも、誰でもなれるような話ならば、時の権力者や悪人がこぞって契約したがるでしょう。でも無理なんです。何故なら龍が、自らの血を分ける相手を選ぶんですから、彼らの意にそぐわない者には契約する資格がない。その龍の血は、龍騎士にとっては万能薬となるが、そうでない者には毒にも等しい――そう、文献には書いてあります」
「そりゃぁ、あくまでも人間の世界での伝承でしかないんだろ」
テラーは酒の瓶を脇に置いた。
ソノップは身を乗り出す。
「そう、伝承です。それによると、龍騎士には『龍の血』と特殊な鎧が、龍から与えられるんだそうです。万が一命を落とすようなとこがあれば、主人たる龍を守ることができなくなりますから。そのためにです。また、『龍の血は龍騎士以外には毒である』という伝承は、他の者に奪われないために作られた贋の伝承である、という説もありました」
「ソノップ、お前なぁこれ以上――」
テラーが片膝を立て、剣に手を伸ばした。
「――ハルに飲ませたのは『龍の血』ですね?」
「おいっ!」
一瞬で、ソノップの首元にテラーの剣先が迫る。
「……大丈夫です。俺のローブの耳茸には無効の呪符を貼ってますし、俺らの周辺には気配を消す陣を張ってあります。そうでなきゃこんな話、持ち出せませんよ」
ソノップはテラーを見上げ片頬を歪める。
「――人間は、図星を刺されると憤慨するものです。そういう意味では、テラーは非常に人間らしいとも言えますね」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味ですよ――ところで、さっきの話の続きですが、龍の中でも希少種と呼ばれている蒼、黯、紅の大型龍は、他種族の姿に変化することが可能だそうです」
「――ほう?」とロードは興味を惹かれたように片眉を上げた。
「この世界にいる数少ない龍騎士には、実は龍自身が人間に姿を変えている者もいるのではないかという説もありまして――というか、この説については、既にご存知ですよね? ローデュウル・エルンスティ。今の世代最後の『紅の龍王』」
ソノップが言い切ると、チリチリと焼けつくような空気が三人の間に満ちた。
しばらくの沈黙の後、ロードはため息をついた。
「よく調べたな……だがひとつ間違っている。私は王ではない」
「龍には王という制度はないのですよね。いえ、この世界で『王』と呼べる存在は、北と南に住んでいる巫女たちだけだと聞いています。だけどあなたは一部の者から龍王と呼ばれている――この言い方なら間違いではないでしょう」
テラーが舌打ちする。
「そしてその相方、テラヴルカン・アウドゥヴェル。『黯の破壊王』と呼ばれる呪いの――」
「てめえ、命が惜しくないようだな?」
テラーはドスを効かせた声で凄み、大剣の切っ先でソノップの顎を掬う。
「そりゃ惜しいですよ。当たり前じゃないですか」とソノップは上向きにされたまま笑った。
「俺はあくまでも『そう言われている』という知識を得ただけです。緑の魔女ならもっと詳しいこともご存知かも知れませんが、俺が知っているのは、あくまでも人間の世界での伝承でしかないんです。事実と違うことだってあるかも知れませんが、違うからって俺に文句を言われても困りますよ」
「……ほとほと、敵には回したくないやつだな」
ロードはふっと笑った。
「もういい。納めてくれ、テラー」
テラーはまた舌打ちをし、ようやく剣を納めた。




