0041 感染 #02
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魔法茸屋ギルドの天幕の方では香を焚いているため、その甘苦い香りが辺りに漂っている。
第十二の領主の騎士団の天幕では、サパーの浄化呪文が絶え間なく詠唱され続けていた。
ギルドの一行は馬車の中に様々な道具も揃えてあったらしく、煮炊きをするにも石で竃を拵える必要がなかった。
馬車の中から若者が二人掛かりで下ろして来た移動式の竃を、ジェラーノは両手で受け取ってひとりで運び、ギルドの連中の眼を丸くさせた。
晴佳がその竃を目にしたら、形状の違いこそ多少あれど、バーベキューコンロを連想しただろう。
食事当番はコトウの予定だったらしく、誰が当番を代わるかで多少揉めた。彼らはあまり炊事が得意ではないのだ。
結局、コトウの次に年若いという青年が、ジェラーノたちと一緒に炊事を受け持つことになった。
しばらくして、見回りに行ったロードが帰って来た。
「おい、どうした。何かあったのか?」
テラーがその顔色を見て眉を寄せる。
「なんでもない、大丈夫だ。少し疲れただけだ」
ロードは蒼ざめた顔を隠すようにそむけ、鬱陶しそうにテラーをあしらいながら手近な岩場に腰を下ろした。
「ねえロード。あなたが根を詰めたところで、事態は解決しないのよ?」
ジェラーノはそう言って熱いハーブ茶を手渡す。
「わかっている。私には私のできることをできる限りするだけだ――今も昔も、それは変わらない」
「そう……なら、いいのだけど。そうね、あなたの思うようにするのが一番いいと思うわ」
ジェラーノは微笑み、また調理に戻った。
支度ができると、ギルドの面々は一人ずつ時間をずらして食事を摂った。
「なんでお前らは一緒に食事をしないんだ?」
「毒味とか、食中毒予防とか、そういう意味もあるんです」
ソノップはロードに理由を訊ねられてそう答える。
「なるほどなぁ……さすが魔法茸屋だな」と、テラーは感心するが、ソノップは苦笑した。
「そんなにいいもんじゃありません。仲間内ので暗殺を予防するため、という説もあるくらいですから。誰かが死ねば、まず調理をした人間が疑われる。だから最初に食事を摂るのは調理した者なんです――見張りもね。あれは、ああやってお互いに見張ってるんです」
食事をしている者の近くに、順番を待つように次の一人が佇んでいた。
「ああ、その説はどうやら本当らしいな。よその領地のギルドだったが、仲間割れを起こして、半数が毒殺されたという事件を知っている」
ロードは干し肉と芋の入ったスープを受け取り、ソノップに相槌を打った。
「多分それ以降に根付いた習慣ですよ。でもよくご存じですね? もう軽く百年くらい昔の話と聞きましたが」
「まぁな」
ロードはそう言ったきり、スープに集中し始めた。
「あぁ……そうでしたね。失礼しました」と、ソノップが何かに気付いたように謝る。
「いや、いい」と、ロードはそれに短くこたえた。
ロードとテラーはスープを一杯、ギルドの保存食であるらしい平たいパンを一枚ずつ食べて食事を終える。
パンは、大人が手に載せても一回り分はみ出すような大きさの円形だった。
ソノップはこんな時でもしっかり食欲があるのか、スープを二回もお代わりして、パンを二枚、それからジェラーノが作った茸のソテーに甘辛いソースを絡めて一皿分を平らげた。
「お前さんは順番を気にしないんだな」と、ロードはその食欲に半ば呆れながら言った。
「順番も毒も気にしませんよ、俺は。そうしてここで生きて来ましたから――もっとも、既にさまざまな毒に耐性ができてますし、万が一不調を起こしたとしても自分で対処できますから」
「強いんだな」と、ロードは感心したような声になった。
「いえ、何も知らないということの弱さを散々思い知らされましたから。そのお陰で、誰よりも知識を蓄えてやろうという原動力になったわけですが。職業柄、知識だけではなく身体でも知らなければなりませんし。だから俺は薬の材料も、自分で採りに回ってるんです」
そして空になった皿を前にして両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「ハルも同じポーズをしているな……食事の前と、後と」
「そうですか――そうでしょうね」
ソノップはにっこり笑い、食器を下げに行った。
食事を終える頃には周囲はすっかり暗くなっていた。レグが動けない代わりに、ウィーテとラフィが篝火を樹の上に放り上げて回る。
「あと一刻ほどですね」と、ソノップが懐から何かを取り出してつぶやく。
「あぁ、今のところ小康状態らしいが――」
「ソノップ! ロード! ちょっと来て! 早く!」
レグの切羽詰まった声が天幕から響く。ソノップたちは弾かれたように駆けた。
「どうしました?」
「ハルの息が……」
レグは涙声で、言葉を詰まらせた。
ソノップは目を見開き、晴佳のそばへ寄る。先ほどまで熱に浮かされ紅潮していた晴佳の顔が、今は血の気が引いて唇まで真っ白になっていた。
サパーは額に汗を光らせ、呪文を詠唱し続けている。
「まずいな……」
脈や体温を確認したソノップの表情は暗かった。
「間に合わないの? もう少しよね?」
「そうなんですが――いや、少し早いけどワクチンを」
ソノップが立ち上がり掛けると、誰かが肩を押さえた。
「駄目だ。どうせなら完璧なものを投与してくれ」
そう言ったのはロードだった。
「でもロード、このままじゃ」
「……少しの間なら、私の手持ちの薬でどうにかできるかも知れない」
ロードの言葉に、レグは目を見開く。
「あなた、そんな物持っていたの?」
「あぁ、滅多に必要にならないので、見せたことはないのだが」
ロードはそう言うと、懐から小さな瓶を取り出した。
「液体なので、効き目も早いと思う。ただ、これは私の一族に伝わる秘薬に類するものだから、他人には見せられないんだ」
「サパーもなの?」
レグはちらりとサパーを見やる。
「天幕の外からでも詠唱は可能か?」
ロードの問いに対し、レグは目を閉じて眉を寄せ、低く唸る。
似たような出来事が過去にあったか、もしくは『紫の魔女』の呪文とそれに関する情報がどこかにないか――『知識』を引き出している時のレグの癖だった。
「可能、ではあるようね。効果は劣るかも知れないけど……」
「じゃあ済まないが、そうしてくれ。服薬させるのはほんの少しの間だが、その後の効果が出て来るまで邪魔しないで欲しいんだ」
「わかったわ。ぐずぐずしている暇もないものね。じゃあお願い」
レグは硬い表情のままうなずき、サパーとソノップを連れ出した。
「――済まない。もう、これしか方法がないんだ」
ロードは片手を晴佳の首の下に差し入れて持ち上げ、もう片方の手で瓶の蓋を弾く。
「ハルの身体にどれだけ効果があるのか、私にもわからない。果たしてこれがハルにとって薬となるのかも……もしかしたら、命を奪うことになるかも知れない」
ロードの顔が一層蒼ざめる。
「だが、もうこれしか可能性は残されていないんだ」
そうつぶやきながら、ロードは晴佳の口に瓶の中の物を注ぎ込んだ。
それは色のない晴佳の唇に対して、ルビーのように鮮やかな深紅の液体だった。




