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まじましゅ! ~ さながら見果てぬ夢の夢 ~  作者: 楪羽 聡
第二章 師匠 - 役立たず晴佳と魔法茸屋ソノップ
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0040 感染 #01

 (はる)()は自分の身に何が起こったのか理解できなかった。


 コトウに掴まれた手首の辺りから全身に向かって、関節がミシミシ音を立ててるような激痛が走る。痛む部位は燃えるように熱く感じるのに、同時に寒さで歯の根が合わない。



 ――えぇぇ……なんだこれ。身体(からだ)がめちゃくちゃ痛ぇし熱い――いや寒い? インフルだってこんな急になんねぇよ……


「なんか俺、すげえヤバくないか……園田――ソノップ、どうしよう」

「喋るなハル。今ワクチンを投与してやるから」


「従来品じゃ効果がないんだろう? どうするんだ」

 テラーのいらついた声が響く。


「俺が作っているのは、あと六時間……いや、(よん)(とき)半経たないと完成しないんだ。それまではどうにか」

「そんなに待てないわよ! 茸体(マシュ)を菌床にした()()()菌は、三刻で全身に廻るのよ?」


 レグは責めるような口調になる。

 ソノップも大声で言い返した。


「これでも従来より大幅に短縮してんだぞ? これ以上俺にどうしろって言うんだ!」


「……進行を止めることは無理でしょうけど、毒消しと浄化の呪文で時間稼ぎができません?」と、サパーが思案顔で提案する。


「そ、そうね、やれるだけやってみましょう……毒消しの効果を高める呪文なら、あたしができるわ」

 レグの声は震えていたが気丈だった。ソノップはサパーとレグを順に見回し、息をついた。


「済まない、大声を出して。俺も使える薬がないか、もう一度在庫を調べてみる――おい、馬車をこっちへ寄せろ! そこ、穴掘りはひとりで充分だろ!」


 ソノップはギルドの若者たちに指示を出しながら、今度は馬車へ向かって駆け出した。




「テラー、急いで天幕(テント)を用意してくれ。ハルを中に運ぶ」

「あぁわかった――おいラフィ(チビ)!」

「もう、出してある。さっさとはれ、デカブツ」


 フン、と不敵な表情をするラフィの頭を、テラーはぐりぐりと撫でた。


「よし手伝えチビ、ジェル。俺特製の浄化陣を張るぞ。周囲に穴を掘らなきゃならん」


「天幕やテラーの浄化とあたくしの浄化は、それぞれ種類が違います。打ち消し合いませんし、できる限りのことはしましょう。きっと助かります」

 香油を含ませた布をロードに手渡しながら、サパーも強い意志を持った声で言い切る。



 喧噪と混乱の中で、タラだけがまだ茫然自失として動けずにいた。



 * * *



 苦痛に襲われ意識が混濁し朦朧としながら、晴佳はそれぞれの声を聞いていた。


 自分のせいで大騒ぎになってしまった、ということはなんとなく感じる。でも咄嗟に身体が動いてしまったのだからしょうがない――そう考える反面、このままここで自分が『死んで』しまった場合は一体どうなるのだろう、という不安と興味も湧く。



 ――あぁ……園田を困らせちゃったなぁ……レグにもロードにも、散々注意されてたのに。俺ってどうしてこう……



 耳元で、少し遠くで、そして遥か向こうの方で。幾人もの声が重なる。それはうわんうわんと頭の中に響くが理解できる言葉にはならず、台風の夜に聞いた風の唸り声にも似ている――と、晴佳は熱と息苦しさに悶えながら、うっすらと考えた。



 * * *



 天幕の中は、()()()菌の侵入も遮断されるはずだった。だが、既に体内に入ってしまった菌に関しては手の施しようがない。


 彼らに今できることといえば、晴佳の全身を香油で清めること、身に着けていた衣類も同様に清めること――衣類に関しては、生命の心配をする必要がないためもう少し乱暴な方法で『浄化』が完了したが――、そして、毒消しや体力を回復させる効果のある薬を混ぜ、その効果を高めるように呪文を練り合わせで晴佳に処方し、絶え間なく浄化の呪文を掛け続けること。

 それくらいしかなかった。



「万能薬ってのは、いつの世も、どこの世界にも存在しないもんだ……」


 ソノップが苦くつぶやく。


 ギルドの者たちはコトウの看病のため、彼らの治療用天幕を張っていた。

 コトウには解熱や体力回復の薬を与え、あとはすることがない。()()()の発症直後には流動食を与えてもすべて嘔吐してしまうので、薬の効果を待つしかなかった。



「ところでソノップ。嘔吐しまくる患者に、どうやって薬を飲ませたんだ?」と、テラーが首を傾げる。


「……今はそんなことどうでもいいだろう」

 ロードは不機嫌な声でたしなめる。


「今はっつーても、今は何もできないじゃねーか……お前こそ落ち着けよ。もうこうなったらハルの運命に任せるしかない」


「薬はですね、小さい丸薬にするんです」と、ソノップが穏やかにこたえる。

「表面に即効性の吐き気止めをまぶすんですよ。液体状の薬なら、その中に軽く浸すのもありです。もちろん、丸薬より先に吐き気止めを少量飲ませてもいます。ただその薬は即効性もありますが、効き目が切れるのも早くて」


 ソノップは身振り手振りをつけて説明する。


「あぁ、なるほどね。だから飲み食いするまではもたないのか」

「そういうことです」


 ソノップが話し終えると、三人の間にはまた沈黙が訪れる。




「そろそろ暗くなる頃だろう」


 ふいにロードが立ち上がった。

 天上の太陽(デゾン)は少しずつ橙から赤味を帯びて来ていた。


「今夜は魔法茸屋がいるから騎士団(うち)が陣を張る必要はないだろうが、一応周囲の見回りに行って来ようと思う」


「あぁ、それならギルド(うち)の若い者をつけましょうか?」と、ソノップが顔を上げる。


 ソノップは騒動が一段落してからはローブを脱いでいた。

 会話をギルドに聞かせないようにする配慮だ。彼ら(ギルド)の耳茸を使用不可にする手っ取り早い方法は、ローブを身から離すことだった。


 ローブの下には質素で簡易的な衣服を身に着けていたが、細いなりに筋肉はついているらしいことが推し量れる。それは実用的な肉体だった。

 同じ魔法茸屋の中でも、素材を茸採師や栽培師から仕入れる者もいれば、ソノップのように自分で採集に奔走する者もいる。ギルドに籠って日夜薬の研究と精製ばかりに耽っている者は、ソノップのような体つきにはならない。



「いや、いらない。正直なところ、お前のとこの若いのってまだ役にも立たないひよっこだろう?」

 カシャリ、とロードの鎧が軽い音を立てた。


「そう言われますと……実際、そうですけどね。どうしたことか、今回に限っては随分、その……経験の少ないメンバーばかりを駆り出したようで」


「なるほど、自分のための一派を作りたかった、と。そういうわけか」

 テラーは鼻で笑う。


「わかりません。そうかも知れないし、そうじゃなく、単に彼らに見聞を広めさせたかったのかも知れませんし……」

 ソノップはため息をついた。

「でもそれならそれで、緊急時にも平常心を失わないようにしていただきたかったですね――まぁ、私も()()のことは言えませんが……」


 しかしロードはそんなソノップに対して笑顔を作り、首を横に振った。


「あなたはよくやってくれてる――ハルに代わって感謝する」


 ソノップが取り乱したのは、()()のことであったからだ。ロードにも過去に(おぼ)えがあった。


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