0004 関所 #01
* * *
一行は黙々と歩き続ける。
晴佳の感覚で小一時間ほどして、ようやく森を抜けた。
そこは薄暗い緑色の風景から一転、赤みがかった土と灰色の石や岩が混ざった土地だった。
学校行事の登山のように、ひたすら上り坂を進む。まるで行軍だ。
足元にはちょぼちょぼと草花も生えているが、時折数本の木立が見える他は、森林や川なども見当たらない。乾燥した土地なのか、それとも乾季なのだろうか。
今のところ、視界には街のようなものも見えて来ない。
先頭を軽やかな足取りで歩くのは紫のローブの女性。ユカリさんにそっくりな人だ。不思議なことに、この人は足音をまったく立てないで歩いていた。
次に白いローブの幼女とオレンジ色のジェラーノが手を繋いで進み、灰色モップのラフィが続く。
それから赤いローブの女騎士、深緑の老人、晴佳。そしてしんがりは黒いローブの女騎士だ。
黒の騎士はマイペースなのかなんなのか、時々ふらふらと横道にそれて列から遅れる。いつものことなのだろうか、誰も彼女に対して注意をしない。
幼女とジェラーノは時々歌を歌いながら、たまにぴょこぴょことスキップなどもして、まるでピクニックの最中のように楽し気だった。
だが他の――特に赤い騎士は周囲隙なくを警戒するなど、欠片も楽しんでいる様子ではなかった。
晴佳はといえば、この行程に飽きて来た。
子どもひとりぐらいの重量で、布団一式をまとめたくらいの嵩がある荷物を背負って歩かされているのだ。当然疲れも出て来る。
――夢なら、次の場面にひとっ飛びで済ませりゃいいのに。気が利かねえのな。
どう見てもここは、いわゆる異世界的な夢で、晴佳の周りにはそれぞれタイプの違う女性ばかりがいるのである。更に男性は晴佳ひとり。
それならよくあるパターンとして、「よろしい。ならばハーレムだ」という流れに入ってもいいはずではないのか。なのに、誰一人として晴佳に好意を寄せるような気配もなく、その上まさかの展開で先ほどの電撃ショックだったわけだ。
これはゆゆしき問題である。
明晰夢のくせに随分リアル志向らしい。こんなリアリティなんか求めていないにもかかわらず、だ。
――つまんねえなぁ……せめて夢の中でくらい、好き勝手させろよな。
だがそうは思っても傲慢無礼に振舞えないのもまた、晴佳自身の性格なのだ。
元より友人たちの中でも気弱な方で、家に帰れば強過ぎる性格の妹に手を焼いているくらいなのだから。
――あ、そうだ。先の展開がわかれば、ひょっとしたら場面切り替えが可能かも知れない。
我ながらグッドアイディアが閃いたと晴佳はほくそ笑んだ。
早速「あの、質問、いいでしょうか」と、誰ともなしに問い掛けてみる。
「みなさん、どこまで行くんですか?」
数人が振り返った。晴佳は手応えを感じて言葉を続ける。
「俺はこれからどうしたら──」
「どこに行くか、と」晴佳の二つ前を歩いていた赤い騎士が、振り返らずぶっきらぼうに応える。
彼女は出立前にロードだと名乗っていた。
「どこの街に向かうのか、どの山を越えるのか、それをお前に言ったところで理解できるのか? 先ほどお前は、ここの地理がまったくわからないと言っていた気がするが?」
――そういえば、挨拶代わりにそんな会話をしていたっけな。しくじった。
「で、でも、あとどれくらい歩くのかとか……その、時間や距離を」
――せめてそれだけでも! そしたらきっと、場面が変わると思うから!
心の中で嘆願の声をあげるが、そんな晴佳の心中など一切知らないロードの声は冷静そのものだ。
「お前の知っている単位ならば通じるだろうが、聞いた限り、お前が使用している言語ですら、どこの言葉でもなさそうだが? 果たしてそんな状態で、単位だけが共通という可能性がどれくらいある?」
――どこの言葉でもない?
晴佳はきょとんとした。
「そんなはずない。現にこうやって、普通に会話ができてるじゃないか……あ、できているじゃないですか」
ロードはちらりと振り返り、晴佳の表情を見て呆れたような声を出した。
「なんだお前、まさかと思うが、自分がどういう立場なのか理解していないのか」
「え? えぇ、まぁ……」
――自分の立場とか考えながら夢を見るやつなんて、普通いないと思うし。
「ちなみに俺が知ってる単位って、メートルとかキログラムなんですが」
諦め悪く、晴佳は話を振る。
「ほぉ……?」と、興味を示したのはロードではなく、すぐ前を歩く深緑のローブの老人だった。
「こちらで使う単位と音が似ておるの。長さはメイタという単位を使用する。いちメイタは、そうじゃの、これくらいになる」
そう言って両手を広げた長さは、大体一メートルくらいだった。
「あぁ、じゃあひょっとしたら単位が似通っているかも――」
晴佳は老人の両手を見ながらつぶやいた。
――ん? ちょっと待て、今なんか違和感が。
晴佳はもう一度まじまじと見ようとしたが、老人は両手をローブの中に引っ込め、咳払いをひとつすると、少し重々しい様子で語った。
「ところでお前さん、余所者と知れると色々面倒なことになるでな、これから門を通るがしばらく喋るでないぞ」
「え……あ、はい?」
「余所者、まして男となると、よほどの地位のお方が連れているのでもなければ、かどわかされる危険性もありますしねぇ」
先頭にいた紫の女性がくすくすと笑う。
「え、ちょ、脅かすなよ……よくわからんけど、わかった」
どうやらこの辺りでは『余所者』が珍しいらしい。
しかし何故、男である自分が誘拐される危険があるのだろう、と晴佳は悩む。
むしろそういう場合は力の弱い少女や幼女、身体目当てなら、他人事のようにくすくすと笑っている女性が真っ先に狙われるものではないか。
――まぁ、からかわれているんだろうけどな。
なんにせよ、この夢の中では晴佳は余所者らしい。
ロードがまた振り返らずに問い掛ける。
「レグ、手形は八枚あるが、ハルの職をどうする?」
「そうさの……荷役にしては貧弱、騎士見習いにしてもオーラがない。食料――としても、やはりこれだけ貧相ならば通らなさそうだの」
「第一、食料ならばソレに入れてしまえばいいのだからな」
急に後ろから声がして、晴佳は振り返る。
最後尾を歩いている黒いローブの女騎士は、女性の声にしては随分迫力がある、というか、声そのものにどこかSっ気を感じさせた。
彼女が指し示したのは、晴佳が背負っている、米俵のような形状の荷物だ。
「しょ、食料って……まさか、ここ、ここにさっき捕まった人が?」
現場は見てはいなかったが、音声だけの情報では先に捕獲された人がいるはずだった。だが晴佳が目覚めた時から今まで、その姿を目にしていない。
「入っているが?」それが何か、という軽い口調で黒い女騎士が答える。
「ひぃ……」
晴佳は思わず情けない声を漏らしてしまった。