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まじましゅ! ~ さながら見果てぬ夢の夢 ~  作者: 楪羽 聡
第二章 師匠 - 役立たず晴佳と魔法茸屋ソノップ
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0038 黒黴 #02

 * * *



「そろそろ集落が見えて来ると思うわ」

 緩い上り坂の終わりに差し掛かる頃、ジェラーノが(はる)()たちの方を振り返る。


「この先、進めそうなら緑色の炎が、進んじゃ駄目って場合はオレンジ色の炎がどこかにあるはずだから――あぁ、あったわ。あの梢」


 上り切った辺りに松に似た樹が数本並んでおり、その一番手前の天辺に緑色の炎が燃えていた。

 その炎が建物やテントを『燃やさない』ものだということまでは晴佳も理解したが、あれをそのまま放置しておいていいのかはわからない。



「あんな高いとこにあるの、どうやって取るんだ? そのままにしといてもいいもんなの?」


 晴佳が炎を指さしてジェラーノに訊ねたのと同時に、「おいでー」とウィーテが炎に向かって両手を広げた。


「えっ……」と晴佳が目を丸くしている間に、梢の炎はゆらゆらと揺れ、ふっと消えた。


「今のは?」

「あれを呼び戻したのよ」

 晴佳の疑問に対し、こともなげにジェラーノは言う。


「じゃあひょっとして、あの炎、意志とかあるの?」


 炎はウィーテの声に合わせて動いたように、晴佳には見えた。

 だがジェラーノは「え? なんで?」と首を傾げる。


「え、だって、ウィーテが『おいで』って……」と晴佳が言い掛けると、ジェラーノはくすくす笑った。


「あぁ、あれは、そうね。ウィーテの『呪文』かしら」


 ウィーテを見ると、手の上に緑色の炎を乗せている。二言三言、ウィーテが炎に向かって言葉を掛けると、炎は小さく揺れてまた消えた。


「こっちの人たちはみんな呪文を使えるのかぁ……」と晴佳が感心すると、ジェラーノが首を横に振った。


「そんなことないわよ。魔道士の資質がある人しか使えないわ。だからあたしは使えないし」

 ジェラーノは寂しそうな笑顔を向ける。

「もっとも、あたしの場合はこの()を授かったのだけど」

「え、そうなんだ……じゃあウィーテって魔道士の資質が――」


「ウィーテは『白の魔女(ウィテクス)』だ――やがてすべての女王になる」

 そうつぶやいたのはラフィだった。



 晴佳が問い返すより先に、「遅いわよ、何してたの?」という声が突然耳元に響いた。


「わ、レグ? ……どこ?」と、晴佳はきょろきょろ見回す。


「そこからじゃ見えないかもね。あたしたちは集落の焼け跡からもうちょっと進んだとこにいるから……で、今ヘルフスにいた魔法茸屋(マシュヴェンタ)と会ったんだけど。あなたたち、彼が通って行ったのを見た?」


 レグが言ってるのはソノップのことだろう。どうやら無事集落の場所を抜けたようで、晴佳はほっとする。


「あぁ、急いでいるようだったが、夜通し歩いていたらしいのをハルが気にしたので、彼に朝食を摂らせた」と、ロードが答えた。

「あぁ、そうなの――」


 レグの耳茸(レシーバー)ではキャンプでの会話が聞き取れなかったのだろうか――そう思っていると、ジェラーノが人差し指を立てて口元に当てた。

 晴佳はその仕草を真似てから「あ……」と気付く。


 レグたちの近くに、ソノップだけではなくギルドの他の人間もいるのだ。

 晴佳は納得してうなずきながら、『静かに』という仕草が晴佳()たち()のものと共通だったことに対しても面白さを感じた。



 このまま進むと、いずれソノップの仲間と会うことになる。

 約束していたワクチンは、レグが既に手に入れているかも知れない。

 サパーの()()()()()が二巡して、晴佳がそのメロディとも表現しきれない不思議な抑揚に慣れて来た頃、集落の跡地に着いた。


 いたる所に煤が積もっていたが、焦げ臭さもほとんどなく、人がいた形跡も見当たらなかった。


「――これは随分と思い切ったことをしたものだな」

 そうつぶやくロードの表情は苦々しい。


 ここに何人もの男たちがいて、一瞬にして焼かれた。そう言われればそのように見えなくもない。

 だが晴佳が想像していたもの――日本人がよく知る『戦争の記録』のような――とはまったく違っていた。遺品はすべて焼けてしまった、と言われればそれなりに納得できる。だが遺体もないのだ。これが大きな違いだった。


「集落には生身の人間がいなかった」とテラーは言っていた。茸体(マシュ)は何も(のこ)らないのだ。


「寂しいものだね」と、晴佳はつぶやいていた。「何も遺らないなんて」

 サパーの呪文は絶え間なく流れている。


「何か残っている方が寂しいこともあるのではないか?」とロードは言う。

「そういう場合もあるかも知れないけど……ここにいたのは悪い人たちだったのかも知れないけど、でもこんなに何も残らないなんて」


「そうですわね。()()には何もありませんわ」


 ふいに、詠唱をやめてサパーがこたえた。

「ここには鎮魂すべき魂も、焼かれた無念も怨念も、何もありません。どういうことなんでしょう……?」

 フードを外して首を傾げる。


「魂まで焼き尽くすんですって。本当かしら」

「レグ!」

 耳茸を介してではなく、直接自分の耳に聞こえたレグの声で、晴佳の表情は明るくなった。


「何よ、そんな久し振りみたいな顔して」と、レグはフードを持ち上げて、晴佳を怪訝な表情で見つめる。

「あなたほんとは五歳くらいなんじゃないのかしら?」

「えぇ? そんなぁ……」

 途端に晴佳の表情はしぼむ。レグは晴佳など歯牙にもかけない様子で言葉を続けた。


()()()()の方々も、結果を確認したいそうよ。なんでも、領主さまのための新しい()()だったんですって」


「これはこれは……騎士団とお伺いしておりましたが、まさか騎士さまがお二人もいらっしゃるとは」


 レグの後ろから出て来たのは、年若い様子の背の低い男だった。ソノップと同じ黒薔薇色のローブを羽織っており、フードは脱いでいる。


 晴佳が見たところ、一六〇センチもなさそうだ。もっとも、背が低いのはそのひとりだけで、他の男性は――ソノップも含め――晴佳と同じくらいか、それよりも高い。


 背の低い男はタラと名乗った。

 他の物よりも顔色が悪かったこともあり、ソノップとの会話を聞いた時の様子と照らし合わせて、多分そうなのだろうな、と晴佳も予想はしていたが、見た目の若さに驚いた。


「お若いのにギルドの第五位(ヴェィド)とは、素晴らしい技量をお持ちなんですね?」と、サパーがおっとりした笑顔をタラに向けた。

「いえ、私の種族は青年期に差し掛かる頃成長が緩慢になりましてね。お恥ずかしながらもう四十近いんです。この年齢で第五位ですから、この先はなかなか――」


 そう言って穏やかな笑顔を晴佳たちに向けたタラは、だが一瞬その視線に険を込めた。それはソノップを視界に入れたタイミングだった。


「聞くところによると、あなたのギルドには優秀な人材が大勢いらっしゃるそうで」と、ロードはうなずく。


「そうそう。ワクチンの質もいいんですってね? それであたしたち、取り寄せていただけるってお話を――」

 すかさずレグが話を繋ぐ。


「あ、でも俺が準備してる時に、新しいのじゃなくて隊長のワクチンを持って行けって言われて――」と、馬を引いた若者が口を挟んだ。

 顔色にあまり変化がないので、まだヴェンタ見習いといったところだろう。


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