0037 黒黴 #01
ソノップは骨ばった右手を晴佳の肩に掛ける。
「あー……っと、そうそう。今までのあれやこれやは、あくまでも友人の穂垂晴佳に喋ったオフレコな。だからもう忘れてくれ――じゃあ、次はギルドの魔法茸屋と、その客として会おうな。ホラ、お前んとこの魔女さんにワクチンを売るって約束したじゃんか。ギルドの連中と合流したらすぐ戻って来っからさ」
晴佳はソノップの手に自分の手を重ねる。しっかりとした温かみが、その手にはあった。
「園田は生きてるんだよな……また会えるんだよな?」
言葉にすると、自然と涙がこみあげて来る。安堵から来るものとわかっていても友人にはそんな表情を見せたくなくて、晴佳は顔を伏せた。
「なんだよお前、あんなに能天気莫迦だったのに、急にセンチメンタルな奴になっちまったなぁ。だからすぐ戻って来るって言ってんじゃん」
ソノップは笑いながら晴佳の手をそっと外す。
戻って来たとしても、それはもう晴佳の友人の『園田』ではなく、魔法茸屋のソノップとしてとなることは、本人たちがよくわかっていた。
親し気な様子はギルドの者たちに見せてはならないのだろう。ロードたちの最初の警戒振りからも、それは明らかだった。
だが晴佳には納得できない。そして、自分が納得できないことを、友人である園田は既に受け入れているのだということも、晴佳には寂しく感じられた。
「園田お前……元気でいてくれよな?」
「お前こそ、不慣れな世界でうっかり死んだりするなよな? ちゃんと茸採師になれりゃぁ、どこの領地にだって堂々と行けるんだから、修業頑張れよ」
ソノップはそう言って、改めて手を差し出した。晴佳は一瞬戸惑い、それから握手を求められていることに気付く。
「ん……」
うなずきながら力を込めると、骨ばった手の感触が伝わる。だが握り返すその手は意外なほど力強かった。
「じゃあ。食事までいただいちゃって、どーもごちそうさんでした」
そう言ってソノップはロードたちにも頭を下げた。テントからようやく顔を出したウィーテとラフィにも笑顔で手を振ってみせる。
ゴロゴロと大きなトランクを引きずりながら陣を離れ、集落のある方へと向かうソノップは、そのまま振り返らずに去って行った。
ソノップの姿が見えなくなると、ようやくロードが口を開いた。
「ソノップも頭を下げてたな……あれじゃぁ目立つのも無理はない。あいつの周りにいた人間は、誰も教えてやらなかったのか」
そう言ってため息をつく。
「――それから今の、手を握るってのはどういう意味なんだ?」
「えっ? 握手もないのか、こっち」と、晴佳は驚いた。
「握手は……あれも挨拶だよ。頭を下げるのと同じく。なんていうんだろう、よろしくとかありがとうとか……あとは、その、さようなら、とか――」
あれが『さようなら』という意味だったとしたら、握り返すべきじゃなかったかも知れない――そんな風に考えて、言葉が詰まる。
「ねえ、甘いジャムのせたケーキがあるの」
突然ジェラーノが割り込んで来た。
晴佳が驚いて振り返ると、ジェラーノとウィーテがニコニコしながらマフィンのようなものを手にしている。
「準備の前にこれでお茶にしましょ?」
「え、う、うん」
ジェラーノの有無を言わせない迫力に、晴佳はついうなずく。
「これね、ウィーテとラフィが作ったのよ」
「おいしーよ?」
「ありがとう。いただきます」
ウィーテとジェラーノが差し出したマフィンを、晴佳はひとつずつ受け取り、ジェラーノたちと一緒にマフィンが入った籠を囲んで腰を下ろした。
かぶりつくと、アンズのジャムのような甘酸っぱい味が口の中に広がる。
ふと竃の方へ目をやると、マフィンが山盛りに入れられている籠がもうひとつ置いてある。ジェラーノとウィーテは一体どれだけ食べるつもりなのか……と、ものすごい勢いで消えていく籠の中身を眺めながら、晴佳は小さく笑う。
二つ目を食べ終わる頃、木の実の乗ったマフィンが、ずい、と目の前に差し出された。
「あまいもの、たべたら……げんき、でるから」
ラフィはぼそりとそうつぶやくと、早く受け取るように、と仕草だけで晴佳に催促する。
「え……あ、うん――ありがとう」
珍しくラフィから優しい言葉を掛けられたことに感動しながら、晴佳はマフィンを受け取り笑顔を向ける。するとラフィは一瞬、驚いたように目を見開いて、そっぽを向いた。
「べつに……ウィーテもあまいものたべたらげんきになるし……それだけ」
――俺、気ぃ遣われてんのかなぁ……
晴佳は三つ目のマフィンを食べながら苦笑した。
晴佳たちが食べている間、ロードは一足先に火の始末を始めていた。
「サパーは衣類をまとめておいてくれ。ハルはテントを頼む」
ジェラーノたちが囲んでいる籠へマフィンをいくつか足していたサパーが、上品にうなずく。
「あたしたちは、これ食べ終わったらお皿のお片付けをしましょうね」と、ジェラーノは――もういくつ目なのかわからない――マフィンをまた手に取りながらニコニコしている。
「あたしできるー」と、ウィーテも口の周りにマフィンの欠片やジャムをつけて元気に応える。
「うん、ウィーテ、いいこ、いいこ」とラフィがウィーテの顔を拭き、頭をなでくり回している。いつものようにほとんど無表情だったが、ほんの少しだけ口元が微笑んでいるのが晴佳にもわかった。
お茶を飲み干し、膝に落ちたマフィンの屑を払いながら、晴佳は立ち上がった。
「ところで集落の方って、俺が向かっても大丈夫なの?」と、晴佳が訊ねるとロードは「あぁ」とうなずいた。
「大丈夫じゃなかった場合は、レグから連絡が来るはずだ」
――それって、万が一レグたちが連絡できない状況だったりしたらどうするんだろう……
そんなことがないように、とテラーが付き添っているのだとは思うが、そこまでの絶対的な信頼を置いているのだということが晴佳には経験がないことだった。
* * *
サパーが歌いながら先頭で進み、ょぅι゛ょ二人とジェラーノがその次に続く。
晴佳は荷物を背負い、彼女たちの後ろ姿と山側の景色を眺めながら、ロードと並んで歩いた。
山の反対側には黒く焼け焦げた跡がいくつも並び、進むごとに数を増して行く。
それが集落の者たちの――茸体が黒黴病に罹った成れの果ての姿だと知っているため、晴佳は恐ろしくて視線を向けられなかった。
サパーが歌っているメロディはどこか物悲しく、晴佳に哀愁を感じさせる。だが『通訳機能』がある状態でも、なんと歌っているのかが聞き取れず、歌詞がわからない。
「サパーの歌って、民謡とかそういうの?」
『民謡』が通じるかどうか不安だったが、ロードにそっと訊ねてみる。
「いや、あれは歌じゃない。『浄化』と『鎮魂』の呪文を唱えているんだ」
ロードは囁くように答えた。
晴佳ははっとする。
呪文の対象は明白だった。自分はただ怖がっていただけだったが、同い年だというサパーは、死者たちに向けて弔いの言葉を向けているのだ――そう考えると、晴佳は自分がまるで子どもじみているような気がする。




