0036 再会 #03
だがソノップは感心したようにうなずいた。
「へぇ、そんなことがあるんだ。なんでだろ――あぁ、そうか。ハル、お前茸体なんだな」
膝を打ち、合点がいったという様子のソノップ。
「『本体』はどうしたんだ?」
「本体は……俺の身体の行方は誰にもわからなくて……ひょっとしたらそのまま自分家に転がってるのかも知れないって。茸体だとこの自動通訳ができるのか?」
晴佳は、最初からレグたちの言葉が理解できていたことを思い返す。だが、迷森から門までの道中では言葉自体は通じなかった、ということも同時に思い出し、よくわからなくなってしまう。
「ふぅん……そんなこともあり得るのか」と、ソノップは晴佳の言葉を聞いて思案げな表情になる。
「あ、じゃあ園田は、身体ごとこっちに来たってことなんだよな」
「どっちかっつーと、小説でも丸ごとってのが定番じゃね? むしろ精神つーか、魂つーか、それだけが飛ばされるのってオカルトとかそっちっぽい」
ソノップは晴佳を指差して笑う。
「え、やめてくれよ。俺ユーレイになりたくねえな」
晴佳は苦笑するが、ふと、ソノップを見つめて首を傾げた。
「園田、そういやお前その声、どうなってんだ?」
ロードに指摘されるまでは気にならなかった晴佳だったが、喋っている途中でソノップの声のぶれが消えていたように思った。
火事のことを訊かれた時から、ロードが「通訳してくれ」と言った時まで、確かに園田の声はぶれていなかった。
だが今はまた、二重にぶれたような響きになっている。
「あぁ……これな。これが俺の翻訳装置なんだ」
ソノップはニヤリとしながらローブのポケットを探る。そこから出て来たのは少し大きめのトローチのような形状のものだった。晴佳はそれを受け取り、手のひらに乗せてみる。
「これを口ん中に入れてな……それで喋ると、わざわざこっちの言葉を覚えなくてもこいつが翻訳してくれるってわけ。最初はちょっと練習がいるけど、コツを掴めばそのまま飲み食いもできるようになる」
そう言ってからソノップは右手で口の端を引っ張りながら大きく口を開ける。右頬の内側には既にトローチが貼り付いていた。
「へぇ……なんかすげえな」
晴佳は改めて手の上の翻訳機を見つめた。機械のようにはまったく見えず、重さも軽い。新しいトローチだと言われたら信じるだろう。
これが万能翻訳機だというなら、実はここの文明は地球よりも進んでいるかも知れない。
「これを手に入れる前は大変だったぜ。聞き取ることは割とすんなりできるようになったんだけど、なんか発音が難しいんだよな、こっちの言葉。だからなかなか通じなかったり訊き返されたりしてよ」
「あぁ、そうみたいだな」
晴佳は翻訳機をソノップに返す。ソノップはまた大切そうにそれをポケットにしまった。
「時には余所者だということで捕まりそうになったりさ……で、これにも魔法茸が使われてんだよな。だから魔法茸の能力のひとつなんだろうなってのは予想してたんだけど、茸体だと翻訳装置いらずなんだなぁ」
ソノップは感心したようにうなずく。
晴佳はソノップに対し、罪悪感めいたものを抱いていた。ソノップがどれだけ苦労したのか、本人がはっきり言わないのでわからないが、火傷のことなども含めれば少なくとも半年や一年ではなさそうだった。そして言葉を覚え、職業を得て……また改めて、自分は随分恵まれていたのだと、晴佳は考える。
「ところでお前ら、これから領都に向かうつもりなのか?」
お茶を飲み干し、ソノップが問う。晴佳はうなずいた。
「そうらしいよ。どんなとこか知ってる?」
「当たり前だろ……俺んとこ、領主付きのギルドだぜ? でもなぁ……今はちょっと、オススメできないかな」
声をひそめ気味にしてそう言うと、ソノップはロードを見た。
ロードは一瞬驚いたように眼を少しだけ見開くが、無言でうなずく。
「どういった理由で?」と、晴佳は首を傾げた。
ソノップは器をジェラーノに渡し、腕組みをする。
「ん~……うちの領主って、俺がこっち来てからしばらくして代替わりしたんだけどさ、現領主は、正直なとこあんま評判よくなくって……先代はすげー慕われてたんだけどさ……」
「それは、聞いたことがある」と、ロードが口を挟む。
「だろ? んで、なんか先代には現領主の他に外腹が何人かいるんだけど、そん中でも特に先代が目を掛けていた子を領主に据えようって一派がいるらしくてさ――」
「――つまり、近々クーデターが起こるかも知れない、ということか?」
ロードの眼つきが鋭くなった。だが、ソノップは肩をすくめる。
「……そこまでは、ちょっとな。ギルドの内部でも誰を支持してるかってのは、ホラ、色々あるし……だが、今の情勢は非常に不安定なんだ。そんな時にそこそこ権力を持ってる第十二の領主サマの使者が滞在する、なんて話が出たらよ――あとは、わかるよな?」
「……どこの出身か話したことはなかったと思うんだが」
ロードはソノップの言葉を聞いて渋い表情になった。
ソノップはその表情が面白かったようで、くすくす笑う。
「そりゃぁ、魔法茸屋の情報網だって緑の魔女ほどじゃぁないけどそれなりなんだぜ。魔女が三人もいて、おまけに騎士が――それも、空飛ぶコンビの赤と黒がいたとなりゃぁ、ちょっと詳しい奴なら想像くらいはつく」
晴佳は初耳の言葉が出て来たので、目をしばたたかせた。
だがロードはチッと舌打ちをする。
「――よく見えたな?」
「俺は色々特殊なんですよ。他の連中には気付かれていないと思いますけど、相方さんにもう少し『気』を抑えていただくようにお伝えくださいな」
ソノップはとても楽しそうに言うと、余裕の表情で微笑んだ。
「『気』か……伝承にはあったが、本当にそれを知る人間がいるとは思わなかった」と、ロードはため息をつく。
「そう言いつつ、あなたはよくコントロールなさっていたじゃないですか。あなた一人なら俺も、蝙蝠か何かを見間違えたのだと思いましたよ」
いかにも愉快そうな声でソノップは笑う。晴佳はそれを見て、友人の秘密を見事言い当てた時の園田の様子を思い出していた。
「……さて、随分お邪魔しちゃったな。そろそろギルドの連中と合流しないと」
ひとしきり笑ったソノップはひとつ大きく息をついて、立ち上がった。
「え、もう行っちゃうのか?」
名残惜しく思い、つい晴佳は引き留めるが、ソノップは寂しげに笑った。
「まぁ、個人的になら旧知の仲ってアリかも知んねーけど、俺、トルキノリアン配下の組織にいるんだよな。しかも俺って結構優秀だったから、異例の出世で上から三番目っつー立場だろ? だから、第十二騎士団とは公には仲良くできねえんだ」
「それは――」
晴佳は言葉に詰まり、ロードを振り返る。だがロードも無言のまま首を振る。
「でも……折角会えたのに」
駄々を捏ねているように感じたが、晴佳はそう言わずにはいられなかった。




