0034 再会 #01
「なっ……」
晴佳背中から、脇から、どっと汗が噴き出した。ソノップの問い掛けに対し、肯定するにも誤魔化すにしても言葉が続かない。
「何者だ、貴様……」
いつの間にかソノップの背後にロードが立っていた。低くうなるようにソノップに問い掛けるその手には、既に短剣が構えられている。
首元にひやりとした感触を受けたソノップは一瞬固まる。
が、すぐにまたへらへらとした表情に戻った。
「嫌だな、剣士さん。俺はただ、この世界での奇跡に近い再会を確かめたかっただけですよ。それにしても、これって大きな声で話すことじゃないでしょう?」
のんきなのか肝が据わっているのか、首元に添えられた短剣もロードの殺気をも物ともせず、ソノップはハルの方へ向き直った。
「ハルはもう覚えてないかなぁ……俺が引っ越したの、小学校卒業と同時だったから。お前、今何歳? 俺、五年時、図書委員一緒にやってた――園田だよ」
『奇跡に近い再会』と言われ、必死に記憶の引き出しを開けまくっていた晴佳は名前を聞いてはっとする。
「え、まじで? 園田? 眼鏡掛けてて、女子より背が低くて、高いとこの本を戻せなかった園田? ってか、割とでかくなってるし、見た目全然別人じゃね?」
だがそう言いつつも、晴佳はまだ半信半疑だった。
数年振りの再会で、相手はまるっきり別人のようにしか見えなかったのだ。
しかも晴佳が覚えている園田は、小学校を卒業する頃の声変わり前だった。背が低く子どもっぽい声の友人と、目の前にいる不思議な声色の顔色が悪い青年とのギャップは、名を名乗られた程度では簡単には埋まらない。
晴佳にまくし立てられてソノップは苦笑する。
「お前、そゆとこ全然変わってない。誘導尋問に簡単に乗っちゃ駄目だって話、したことなかったっけ? オレオレ詐欺だったら今の完璧アウトだわ」
ぎゅっと笑うと、眉間と鼻筋にくしゃっと縦皺が寄る。左目の端に小さな泣きボクロがあり、その表情になるとホクロがより目立つ。
年齢も容貌も変わってはいたが、その表情と特徴だけはまさしく、晴佳が見慣れていた記憶の中の園田のものだった。
読書傾向のせいなのか誘導尋問にも長けていて、人から情報を引き出すのが上手く、晴佳自身もよく引っ掛けられていたのまで思い出した。
「まじだー、園田、まんまじゃん。秘密基地で遊んだ時にその表情よく見てたっけなぁ。えー、俺隠し事とか向かないかも――ってかお前、なんかでかくなってるし、俺より年食って見えるから全然わからんって。それも魔法茸か薬の効果なのか?」
「若く見せる物はあるけど、年を取って見せる効果のある魔法茸はないと思うよ……それよりお前」
ソノップは急に真顔になり、声を潜めた。
「……こいつら、なんなん? てかお前、こっちに来てどれくらい経つ? 魔法茸なんて、その辺の奴らが普通に持っているようなシロモノじゃぁないんだけど。お前のツレ、持ってんだよな?」
「それは……なんて言えばいいんだろ? 実は俺、今この人たちを一緒に旅をしてて――」
「こいつは茸採師見習いだ。そして……」剣を収めながらロードが続けた。
「わたしの弟子でもある」
「なっ……?」
今度はソノップが絶句した。
目を見開いて、ロードと晴佳を交互に何度も見比べる。
「剣士さんの弟子ぃ? それこそ冗談きついぜ……その鎧、『生きてる鎧』だろ? 本物は初めて見るけど、鎧の気配でわかる。それを着ているやつの職業なら俺だって知ってるぜ」
片頬を歪め、首を横に振る。
「そんなのが二人もいる騎士団となりゃぁ、日本のガキが混ざってていいわけない。咄嗟の言い訳にしても随分お粗末だぜ」
「ニホンとは?」ロードが首を傾げる。
「こいつが元いた場所だよ――そして俺が元いた場所でもある。ってかハル、その辺の話ってこいつらにしてないのか」
「あ、あぁ……だって、こっちの世界に慣れることに精いっぱいで。わからないことだらけだったし」
もっとも、晴佳はまだ二泊三日の異世界滞在なのだから、そのような打ち解け話をする段階でもなかった。おまけに晴佳を――『第十二の領主の騎士団』を――取り巻く事情が目まぐるしい中で、個人的な話などをする余裕も持てなかった。
* * *
「――まぁとりあえず、ハルが大事にされてるってのは、よくわかったわ」
ソノップは周囲を改めて見回し、苦笑する。
ソノップの左右足元には、マグカップ大の鉢植えがひとつずつ置いてある。
ガラス細工でできているかのような繊細で小さい植物が植わっていたが、これが先ほどソノップの侵入を知らせたスズナリだというのだ。
スズナリにも何種類かあり、肉食種――虫や小動物を捕食するらしい――のスズナリに術式を施して番犬にしたものだとソノップに説明された。
「……ってか、なんで俺が説明してんの」とソノップはため息をつく。
「私はこういった物に関しては明るくないからな。それに、お前さんの方が物知りのようだから」
ロードはしれっとしているが、ソノップの右後ろに立ったままだ。
そしてその手はいつでも剣を引き抜けるように構えられている。
ちなみに反対側の左後ろには、ジェラーノが麺棒を持ってにこにこしながら立っている。
――ジェラーノがそんなもん振り回したら、園田の頭は一瞬にして場外ホームランだろ……
「なんか、すまん」
晴佳はどちらに対しても申し訳なくなって来る。
「いや、ここまでわかりやすく警戒してくれると、逆に安心するよ。俺だって、仲の良かった幼馴染が、右も左もわからないような異世界でいいように扱われているのを知ったら、我慢ならないだろうしな」
ソノップはにこやかに晴佳に向かい、そのままの表情でロードの方を振り返る。その瞬間、足元のススナリがチリチリと耳障りな音を立てた。
「――ほぉ、面白い。どうやら我々と利害が一致しているようでよかったよ。できれば敵には回したくない相手のようだな」
ロードが片眉を上げた。
その表情には一瞬だけ、殺気のようなものが満ちる。
――あぁ、胃が痛い……
「ハルに何もしなければ、あたしたちもあなたには何もしないわ。でもここはあなたたちの領地で、あたしたちの立場はうんと弱いんだもの。自衛するのは当たり前でしょ?」と、ジェラーノは無邪気な表情で微笑んだ。
「理屈にはかなってますよ、理屈はね……」
ソノップは肩をすくめた。
「――で、ハルはいつこっちに来たんだ?」
お代わりのお茶をジェラーノから受け取り、ソノップは話を再開した。
「実は、一昨日なんだ。今日まだ三日目で、この人たちも旅の途中で俺なんか拾っちゃったから、余計な世話が増えちゃって」
晴佳は苦笑する。
あまりにも色んな事が一度に起こったせいで長いようにも感じたが、目まぐるしくあっという間の、しかもまだたったの三日なのだ。
「なんだ、まだ三日? 随分打ち解けているから少なくとも半年くらい経ってんのかと思ったよ。お前、運がよかったんだなぁ」
ソノップは目を丸くする。
運がいい。
そう言われて晴佳は改めて思い返していた。




