0033 素顔 #03
野営に近付いて来た人物は、晴佳が妙に気になっている、あの不思議な声の持ち主。ソノップと名乗っていた青年だった。
「あ。あなたたち、本当に野営してたんですね……てっきり先の集落に行ってしまったのかと――よかった」
心底安堵したような声色で、ソノップが話し掛ける。
「……ゆうべのあれはなんだったんだろうな」と、ロードが世間話でもするような口ぶりで返す。
「そうですねぇ……」
戸惑うように揺れ傾ぐ黒薔薇色のフード。
晴佳はソノップが近寄らないのを気にして、「あの、どうして……こちらで一休みしても構わないですよ?」と声を掛けてから「――ね、ロード」と、慌ててロードの方を向いた。
「あぁ……大丈夫だ。ソレは敵意のあるやつにしか攻撃しないからな」
ロードはにやりとしながらこたえる。
――え、っと……?
「そうですか、助かります。あれだけの範囲に陣を張れる魔道士さまですから、この先に何が仕掛けられているのか、私のような小心者にはとてもとても――ええ。ではお言葉に甘えてお邪魔します」
ソノップが更に一歩近付くと、鈴が鳴るような音が響いた。
「これって、スズナリ?」
聞き憶えのある音にはっとして、晴佳はジェラーノに囁く。
「そうよ。あの辺り一帯に這わせてあるの。見た目は変えてあるけどね――でもそれに気づいたあの人、魔道師としても結構な腕なんじゃないかしら」
ジェラーノの視線はにこやかだが、晴佳にはその表情の中にある種の緊張も感じられる。
「ソノップさん、朝ごはんまだなんじゃない? 簡単なものでよければどうぞ。お店をたたんで、村からここまで徒歩で来たのだとしたら、ほとんど夜通し歩いていたんでしょう?」
ジェラーノがソノップに微笑み掛ける。ソノップは戸惑うようにフードを揺らしていたが、
「いいのでしょうか……では、お言葉に甘えさせていただきます」と言ってフードを下ろした。
フードの下から現れたソノップの素顔を見て、晴佳はぎょっとした。
ヘルフス村で見たソノップの手指は、声の若々しさとは裏腹に老人のように骨ばって、枯れ枝のようにも見えた。
今フードから現れた顔もまた、不健康そうな顔色と共に頬がこけ、痩せ細っている。目ばかりがぎょろりとしていたが、その視線は病人のものではなく生き生きと輝いており、それがまた見る者を妙に不安にさせる風貌なのだ。
「あの、大丈夫ですか?」と思わず晴佳は声を掛ける。
こんな病人のような人が一晩中重い荷物を引いて歩き通して来たのだとしたら、少し休ませた方がいいのではないか、とまで考える。
「ふむ、そういえばハルは魔法茸屋に会うのは初めてだったな」
ロードが口を挟む。
「あ……そうなんです。だから慌てちゃって」
晴佳は自身の失言に気づき、誤魔化し笑いをした。
「そうですね、初めてお会いした方々は大抵驚かれますね――私はもう自分の顔に慣れましたが、やはり変化の当初は鏡を見るたびにぎょっとしてましたよ」
あはは、と快活に笑うソノップ。
「魔法茸屋になるには、自身の身でその効力を試すことも多いのです。実際、毒になるか薬になるか、仕入れたものがどれだけの等級なのか――修業も兼ねて、ね。そんなことをくり返しているうちに、このようになるのですよ。ある意味職業病ですね」
ソノップはそう言ってジェラーノからスープの入ったボウルを受け取り、晴佳に笑顔を向ける。だがその笑顔は絵本などに出て来る悪い魔法使いのようにも見えて、晴佳は引きつった笑みを返すのが精一杯だった。
ソノップは商売人らしい滑らかな口調で、ジェラーノや晴佳を相手に世間話をする。その間、ロードはずっと無口を貫き、既に起きているらしいウィーテたちの食事などはサパーがテントに運び入れていた。
スープを二杯と、大人が手を広げたくらいの大きさの丸いパンを丸ごとひとつ平らげ、ソノップは満足気な息をついた。
「いやぁ、ごちそうさまでした。ここ二日間くらいまともな食事をしていなかったもので、すっかり生き返りましたよ」
ソノップの言葉を聞いたロードの表情が、一瞬動いた。ジェラーノは無邪気な様子で首を傾げる。
「あら、だってソノップさんはギルドの偉い方なんでしょ? どうしてお食事をなさらなかったの?」
「あぁ……それなんですが」
よくぞ訊いてくれました、という表情を浮かべて――晴佳にはそれは悪い魔法使いの悪だくみの表情にしか見えなかったが――ソノップはゆったりとうなずく。
「黒黴病が出たじゃないですか。でも、ワクチンには限りがあり、そのワクチンを作るのには、今までは非常に手間と時間が掛かっていたんです」
もっともなことだろう、と晴佳は考える。
晴佳がいた世界でなら、薬やワクチンは工場で大量生産されるのだろうが、ここはそうじゃない世界だ。話によるとキノコの工場とやらはあるらしいが、その規模も晴佳は知らない。
だがこの世界に近代的な工場が存在するとは、到底考えられない話だった。
「――で、私が改良したワクチンなら、手間も時間も大幅に短縮できるわけですが、今度はやはりそのための設備が必要になって来るわけでして――」
ソノップの話では、薬やワクチンを作るのに大掛かりな設備が必要となり、ギルドの工房には所狭しといった状態で、様々な装置が混在しているらしい。
無計画に増改築を進めた建物のように各装置が複雑に絡まり合い、どれか一つでも故障するとあちこちで不具合が起こることもしばしばあるのだとか。
「――だもんで、私は新ワクチン専用の生成装置を設計しましてね、構想から実際構築するまで、実に三年も掛かったんですが。それで数日前からようやくテスト稼働させていたんですよ」
得意げに説明するが、ひょっとしてギルドの重要な情報なんじゃないだろうか……と晴佳は心配になって来る。
「あの、そんな話ペラッと言っちゃっていいんですか? その、薬とかってやっぱ産業スパイとか――」
「さんぎょすぱい?」
隣でジェラーノがつぶやき、晴佳はしまった、と息を飲む。
「ああ、平気ですよそんなの。どうせ私はギルドメンバーから疎まれていますしね。これも私以外の人間には扱えないようなカラクリを施してありますんで。まぁいわば普段から諜報員に囲まれているような状態で」
ソノップはカラカラと笑う。
「そいつは大変だな……でもなんでまたそんな状況に? ありがちなのはメンバーの位格争いか――それとも、あなたが偉いさんに気に入られてでもいるのでしょうかね?」
ロードも興味深げに微笑む。
「まぁどっちもありますけど、うちの領主は男ですしね。そういう意味では、お気に入りは別のギルメンなんですが――ところで、先日お会いした時からずっと気になっていたんですけど」
身振り手振りを交えてソノップはにこやかに話し続け、ふと晴佳の方を振り向いて微笑む。
「人違いだったら申し訳ないんだけども……ハルって、ひょっとして、穂垂晴佳?」
ソノップはそのまま、反応を観察するかのように見つめていた。




