0031 素顔 #01
* * *
ジェラーノがロードたちにハーブ茶を淹れた。
テラーも受け取り口をつける。彼女の髪色と瞳は、帰って来た時には黒に戻っていた。
「さっきのあの炎だが――」と、ひと息ついたロードが切り出した。
「火薬と呪文を練り込んで球にしてあるものを一定の間隔で仕掛け、そこに時限式の術を掛けたものらしい、ということまでしかわからなかった」
「ふぅん……」
レグの緑色の瞳が翳る。その表情は思案気で、未知の兵器に対する興味としてはあまり乗り気な様子ではない。
くいっと器を呷ってお茶を飲み干したテラーが深い息をついた。
「まぁ、アレに関しちゃわからないことが多いが、その他の首尾は上々だったぜ? あとあの集落な、結果的に生身の人間はいなかったんだ――ただのひとりも」
「え、まったくいなかったの? 赤ん坊とかも?」レグは一転、弾かれたように顔を上げる。
「ああ、充分大人と呼べるような男ばかりだったなぁ。それから傷持ちが大半だろう。元々領主に認められた集落じゃなかったわけだし、後ろ暗い連中が山賊より効率がいいってんで始めたものかも知れねえな」
「随分偏った構成だったのね……道理で。でもその割には被害などは聞いていなかったような気がするけど」レグの眉間に皺が寄る。
ジェラーノは各自の器にお代わりのお茶を注いで回っていた。その様子を見て我に返ったように、レグが器に口をつける。
「あら、これ美味しいじゃない」と、その表情が少し明るくなった。
「被害者があの集落から出て行かなきゃあ、噂にはなんねえよな」
テラーはお茶をゆっくり吹きながら話を続ける。
「そんな物騒なこと……だって、還って来ない人がいたらわかりそうなもんじゃない?」
「そこがそれ、あんな中途半端な場所で夜を明かさなきゃいけない間抜けなやつらってのはよ。充分な準備ができなかったか、まともな宿に一泊できるほどの金もないような、夜逃げ同然で慌てて逃げて来たやつらが大半だろう?」
「これは我々の憶測でしかないが……仮にそういった連中がいたとしてだ。彼らがどこで追い剥ぎに襲われようがどこで野犬に喰われようが、わざわざ彼らを探しに来るような知り合いはあまりいないのではないか、と。どうだろう?」
ロードは両手で持った器のハーブ茶を見つめ、浮かない表情だった。
「そうかも知れないけど……集落のどこかに死骸が?」
レグはどうにも納得できていない表情だ。
「いや、それはなかったが、衣類や道具類は人数分以上にあったような気がした。だが彼らに『道具屋も営んでおります』と言われれば、それ以上何も言えない」
もっとも、それもほぼすべて一瞬で燃え尽きてしまったが……とロードは苦いため息をつく。
「ふぅん……まぁ、万が一そんな連中だったとしても、せめて死に際の情けは掛けてやりたいわよね――ロード、テラー、ありがとう。お疲れさま」
まだその顔に複雑な感情をにじませてはいたが、レグは彼らを笑顔でねぎらう。
「よせよ、俺たちが勝手に出張って行っただけの話だ――あぁ、ついでに収穫もあったしな」
一瞬だけ照れたような表情を見せたテラーだが、すぐまたにやりといつものように笑った。
「例の魔法茸屋、まだその辺に逗留してるぜ。しっかり陣を張って周囲からは隠れていたようだが……残念ながら上空からじゃ丸見えだ」
ハハッと愉快そうにテラーは笑う。
「見られていないわよね?」
「万が一見られたとしても、この辺りじゃ飛行術は魔法によるものしか存在しない。大型騏竜なら羽音でわかる。俺らがいたなんて気づくのは、臆病者のウサギくらいなもんじゃねえの?」
「退避する時も飛んだ? の?」と晴佳が問う。
「おう――あの火柱はすごかったな。さすがに追い付かれそうになったぜ。ちっとばかし髪が焦げたかも知れないや」とテラーは笑う。
「だって、あの炎ってかなりの高さまで上がったじゃないか」
「そうだなあ……上空二、三百メイタくらいまでは燃えたかもな。逃げ遅れた蝙蝠や寝ぼけた鴉がいたら、いい具合にローストされたかもな。範囲も相当広くて、集落を中心に半径五十メイタ以上はあったと思う」
テラーの話をそのまま信じるとすると、一瞬のうちに三百メートルほど飛び上がったことになるのだが、晴佳には冗談にしか聞こえなかった。
「なんにせよ、あの集落を焼き払ったのは領主直属のギルドらしいから、それは領主の決定だったと取ってもいいということよね」
「そうなんだろうなぁ……」
レグとテラーが深刻そうな表情でうなずき合う。晴佳はその様子を見て安堵していた。普段は憎まれ口を叩き合う彼らだが、やはりいざという時には信頼し合っているのだろう、と。
「明日の朝、調査に行こう」とロードが唐突に切り出した。
「じゃああたしとロードで――」
「いや、それは駄目だ。レグとテラーで行って来てくれ」
ロードはレグの言葉を遮った。その指示は既に決定したことのように聞こえる。
「はぁ?」
「どうしてよ!」
だが指示された二人はどうも納得していないらしい。
素っ頓狂な声をあげたテラーとレグは同時に、「なんでこの人と一緒に行かなきゃならないのよ」とお互いを鋭く指差し、抗議する。
その剣幕を意に介さず、ロードは再び口を開いた。
「この不安定な状況で団長と副団長の二人ともがこの場を離れるのは望ましくない。だが私が行ってレグが残るなら、情報調査に漏れが出るかも知れないだろう? それに、例の耳茸の件もある」
「中継が途切れたかも知れない、アレね?」とレグの表情が引き締まった。
「そう――途切れたのか、断ち切ったのか。その痕跡を確認できるのはレグしかいない。それにレグの魔法なら、諜報の範囲も広げられるだろう?」
「つまり、ギルドの連中の様子も探れってことね……確かに、何か情報が掴めれば、今後役に立ちそうだわ」
ロードがうなずく。
「テラーは万が一荒事になった時のための用心棒だ。どうやらギルドのメンバーはそのほとんどが男性らしいからな。サパーを行かせるわけにもいかないんだ」
「わかったわ。じゃあそろそろ休んだ方がいいわね……もう十七刻になるもの」
ここの『一日』は、時間を十八に分けるという。
仮に晴佳の感覚と同じ二十四時間で一日だとすると、正午は『九刻』となるが、午前十二時を正午と呼ぶように、『中刻』ともいうらしい。同じように午前零時は『新刻』などというらしい。
――えっと、十七刻は真夜中の一歩手前だから、二十四時間の感覚で計算すると……午後十一時の少し前くらいかな?
晴佳が元いた世界で生活していた頃には、まだゲームなどをして過ごしていた時間だった。だがその頃は朝起きたら学校に行けばいいだけだったのだ。
今は違う。晴佳はここの下っ端で――仮にそうじゃなくても、新入りとして一行の重荷にならないよう色々と立ち働かなければいけない立場である。




