0026 野営 #02
レグが陣を張りに出た少し後、サパーとウィーテも連れ立って出掛けていた。
テラーの報告にもあったが、先にジェラーノとラフィのコンビからも『周辺の危険は今のところ皆無』というような連絡があり、退屈しきっていたウィーテを連れて散歩に出たのだ。
そのためテラーが戻るまでの少しの間ロードと晴佳は二人きりだったが、やはりロードは口数が少なく、晴佳から話し掛けたり訊ねたりするでもない限りほとんど話さなかった。
テラーは普段から何かとロードやレグにちょっかいを掛ける。
その多くは冷たくあしらわれ、テラーが肩をすくめて終わるが、時々先ほどのように――多少意地の悪い言い回しはするが――助言などもしているらしい。
どうやらテラーも相手を見て軽口を叩いているようだ、と晴佳は気付く。
思い返せば、サパーやジェラーノにはレグに対するような憎まれ口を発しない。ウィーテに対しては、むしろ敬遠している様子さえあるのだ。
その中で晴佳がからかわれるのは、テラーには一応、話しやすい相手と思われているのだろうか……と、晴佳は複雑な心境になる。
「ただいまですぅ」
「ですぅ」
語尾に音符が踊っていそうな調子で、ジェラーノとウィーテが戻って来る。サパーとラフィも一緒だ。やはり四人で行動していたらしい。
オレンジ色のフードを下ろし、ジェラーノが目をキラキラさせ身振り付きで喋り始める。
「あのね、沢にお魚がいたんです。こんなに大きいのが何匹も。あれってこの時期に遡上してくるのは珍しいから、きっと誰も気付いてないと思うの」
「おさかな、おいしそうだったねぇ」とウィーテも大きくうなずく。
「でもこの先の集落があの状態でしょう? だから状況がわかるまでは手を出しちゃいけないって、サパーが。でも他の人に獲られるのは悔しいので、タグを付けといたんだけど……駄目だった?」
ロードはジェラーノの話を聞いて少し考え込む。
「タグくらいなら大丈夫だと思うが……ジェルの付けるタグは確か『ごちそう』などだろう?」
「うん、ごちそうタグつけて来たの」
ジェラーノは頭を前後にぶんぶん振る。
「それなら誰かが見つけたとしても笑って見逃してくれるだろう。まぁ、捕獲する前にもう一度確認した方がいいだろうが」と、ロードは笑いながらこたえる。
タグと言っても物理的なものではなさそうだ。そもそも目に見えるのかどうかも話だけでは想像できない。
魚を捕獲する時について行き、どんなものか教えてもらおう……と晴佳は考える。
「水は清浄だと思いますが、沢の上流から汲んだ方がより安全だと思いますわ。この辺りは自生する茸が少ないようで、その代わり可食の野草や果物、木の実が――あら、テラーも採って来てくださったのね。ありがとうございます」
サパーもテラーと同じような網にいくつかの果物を入れていた。荷物をまとめて置いてある場所にテラーが置いた網を認め、サパーが微笑む。テラーはフンと小さく鼻を鳴らすが、どうやらそれが彼女の返事らしかった。
ジェラーノは他にも、タレミミウサギがいたのモリネズミがいたのオオカケスがいたのと報告している。
報告というより、子どもが珍しいものを見つけてなんでも親に伝えたくてしょうがない、というような様子にも見える。
ラフィだけは無言で、早速ウィーテの手や顔をきれいに洗い、拭いていた。
晴佳は訊きたいことがあり過ぎてうずうずしていたが、大人しくする。
話を聞いているだけでも知らないことが多過ぎるのだ。この世界について、ひとつひとつの知識を積み重ねるにはかなり時間が掛かりそうだと感じていた。
やがてレグも戻り、晴佳はジェラーノを手伝ってパンを作り、干し肉入りのスープの下ごしらえをする。
調理方法にはあまり違いはないようだ。パン生地は小麦粉か何かと水と塩、そしてふくらし粉のような物を混ぜて捏ねる。
ジェラーノが怪力の持ち主なのは周知のことだが、パンを作る時には力加減が難しいらしく、苦手なのだという。
「あたしが捏ねると、ガッチガチのパンができちゃったりしてね……」と、小さく舌を出して苦笑するジェラーノ。
どうやら本人には力を込めているつもりがないらしい。
生地に木の実を混ぜ、発酵させている間にスープを煮込む。
パンはダッチオーブンのようなどっしりとした鍋で焼くらしい。
竃がひとつしかない場合、茸を使わない料理を先に作るのが作法だということも教わった。
晴佳には作法よりも、やはりアレルギー対策のような気がして来る。
パンが焼き上がり、サラダも準備されてからサパーが茸のステーキを作った。野営の場合は簡単に食べられるよう、あらかじめサイコロ状に切ってから焼くらしい。
味付けは塩と、多分コショウに似た香辛料。調理をする時はシンプルにして、それぞれで好きなソースを使うのだという。合理的な考え方だ。
ウィーテとラフィは果実を絞ってジュースを作っていた。
とはいえ、働いていたのはほぼラフィだけで、ウィーテは果物をつまみ食いしたり絞ったジュースを味見したり、相変わらずフリーダムな幼女である。
彼女が十三歳だとは、まだ晴佳には信じがたい。
食事ができ上がる頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
晴佳は暗くなる瞬間を見ようと考えていたのだが、調理の手伝いをするので精一杯だったため見逃してしまった。
――まぁいっか。二度と見られないようなもんでもないし。
太陽があった天頂を見上げ、晴佳は息をつく。
地球ならばこんな時は星空を楽しむのだろうが、この世界は惑星の内側に存在しているらしいので星空がないのだ。それが少し残念に思われる。
「夜空を見上げても真っ暗な――ん? あれ? 星があるじゃないか」
腰を伸ばすついでに空を見上げた晴佳は、上空に小さな灯りを見つけた。まばらだが、あちらこちらにぽつぽつと光がまたたいている。
「星って、確かとってもに大きなものなんだよね? ここにはそんなものは入らないわよ?」
晴佳の隣にジェラーノがやって来る。
「でもほら、あの辺とか明るくなってる……あ、なんだろ、あそこはすごく明るくて、まるで……」
「ああ、あれは街の灯よ。点在する大きめの街があんな風に見えるの。あれが星に似ているの? ここから見えるのあの明るいのは多分、第六か第七の領都の灯りじゃないかしら」
ジェラーノは腕を伸ばし、灯りを指さす。
「……そうなんだ」
晴佳は茫然とする。
夜間の飛行機から観た街灯りなら晴佳にも憶えがある。だがこれは飛行機よりももっと遠い――例えば人工衛星くらいの――距離から観た夜景になりそうだ。
――どうして太陽も人も街も『落ちて』しまわないんだろう?
そんな疑問が頭をよぎり、晴佳は身震いする。
そもそもどこへ落ちるのかも想像がつかない。太陽が落ちるならば地面だ。しかし人が落ちるならこの惑星の中心部……そういうことなのだろうか。
「寒いの? ハル」
ジェラーノが心配そうに見上げる。
「いや、なんか怖い考えになっちゃっただけ」と晴佳は苦笑する。
「怖いことなんて何もないわ」
ジェラーノはそう言って微笑んだ。




