0025 野営 #01
晴佳たち『第十二の領主の騎士団』の野営の準備は滞りなく行われた。
決まりがあるのか自然に分担するようになったのか、それぞれが役目を持っているようだ。
赤のローブを着たロードは、テントの設営、竃の準備、その他にも周囲の草や枝を払ったり、程よい枝に布を掛けて簡易屋根を作ったりする。新入りである晴佳は主にロードの手伝いだ。
晴佳も一応元いた世界ではキャンプの経験があるとはいえ、そのほとんどが小学生の頃だ。そのため本格的なサバイバル知識もなく、単純作業でしか役に立たない自分を情けなく思う。
おまけに「ハルは茸体だから黒黴病の予防のため優先的にテントに入るように」と指示されてしまい、すっかりお荷物という気分になっていた。
「お? いつもより早いじゃないか。俺が戻って来る前に終わってるなんて……珍しいな」
テント設営も終わりひと息ついた頃、枝をパキリと踏み折って黒のローブのテラーが戻って来た。
野営を張った山裾の道から山の方へ行っていたらしく、ひと抱えの枝と、大きめのエコバッグサイズの網に木の実や果物らしき物を入れている。
その声に振り向いた晴佳は目を丸くした。
「え、テラー? だよね? 双子とかでなく?」
「はぁ? 何言ってんだお前……あぁ、この姿か」
晴佳に対し不審げな表情を一度は向けたテラーだったが、すぐ思い直したようにうなずく。
道中は必ずローブのフードを目深に被っているテラーだが今はフードが下ろされており、晴佳が見慣れていたテラーの容姿――とはいえ、まだたった一泊二日分の記憶だったが――の黒いショートヘアに切れ長の黒い瞳ではなく、銀色のロングヘアと鈍色の瞳になっていた。
「変装、なのかな? それとも黒髪の方がカツラ?」
ついコスプレを思い浮かべてそのような疑問を口にする晴佳。テラーはそれを聞いてフン、と鼻で笑った。
「変装っちゃ変装だけどな。いうなればどっち――」
「テラー!」
テラーが得意気に語り始めたのをロードが制する。テラーは面白くない様子で舌打ちをし、晴佳はビクリと身震いをした。
「あの、今の質問ってNGだった?」
恐る恐る晴佳が問うとロードは一瞬きょとんとした。だがすぐに苦笑の表情になる。
「いや、まだ陣が敷かれていないからな。ハルに聞かせるのがよくないのではなく、どこで誰が聞き耳を立てているかわからない場所でする話ではない――せめてレグが戻って来るまでは控えた方がいい」
「陣?」
晴佳の耳には、『魔法陣』のような意味に聞こえた。
「あたしがなぁに?」
そう言って、テラーが出て来たのとは逆の沢の方からレグが現れる。
「団長さんの作業がトロいとよ」と、荷物を置きながら憎まれ口を叩くテラーにレグは一瞬鋭い視線を投げるが、何も言わずそのままロードに向き直る。
「半径五十メイタ程度の陣を張って来たわ。ただしあの焼け跡がその中にいくつか入ってしまうので、そこには障壁を作っておいた。その付近には強力な浄化を掛けておいたから多分大丈夫だと思うけど、足が重く感じたらそれより先には進まないようにね――ハルは特に」
後半の言葉は晴佳の方を向いて、真剣な表情をするレグ。黒黴病の件だろうと晴佳も理解し、無言でうなずく。
「あと、誰が仕掛けたのかわからないけど、通り沿いに『耳茸』がいくつかあったわ。古くて効力が切れているものもあるけど、まだ新しく仕掛けたばかりのものもあったので、『傍受』を阻害して『受信』と『送信』のみにする符を上から仕掛けておいたわ」
何故かレグはテラーに向かって勝ち誇ったような表情をする。
テラーは鼻を鳴らすと「じゃあこれで領主サマの悪口も言い放題だな」などと言い返す。
「耳茸って?」
「ハルのフードにも貼ったものよ。ひとつの耳茸を裂いてそれをどこかに貼ると、お互いに音声をやりとりできるの」
晴佳はフードに貼られた、半透明で薄っぺらいプルプルの何かを思い出す。レグが貼った直後に布地に沁み込むように溶けて消えたのだが、それでもしっかり効力はあるらしい。
「そういえばあれの元は、やたらでかいマイタケのようなキクラゲのような形してたっけな……遠くの人と話せるって、電話のようなものかな?」
「デンワは知らないけど、ある程度の距離でも会話ができるのよ。良質の物や魔法で性能を上げればかなり遠い距離でもやりとりが可能なんだけど、さすがに街や村を挟んでの距離は無理だから、途中にこう、飛び石のように中継所を作って行くんだけど――」
――つまり、携帯電話のアンテナ基地のようなものか。
晴佳は自己流で解釈し、うんうんと納得する。
「あ、でも……傍受とか受信とか、どう違うの?」
「傍受は傍受よ。そのままの意味。周囲の音を拾って、送信するの。受信はどこかから来た音声を受けることよ」
「あー……ただの電話やアンテナだけじゃなく、盗聴器のようにもできるってことか。そうかそれで」
晴佳やようやく、先ほどのロードたちの会話の意味を理解した。
そしてレグが何故テラーに勝ち誇ってみせたのかも――レグはフードを被っていたため、ロードたちの会話が聞こえていたのだろう。
「まぁ、テラーもハルに対する親切心だったのだから、あまりいじめるな……ところでテラー、状況は?」
ロードがとりなすと、まるでにらめっこをしているかのように変顔で睨み合っていたテラーとレグが一瞬で真顔に戻る。
「この辺りには大型の動物はいなさそうだ。もっとも、奴ら危機探知にだけは長けてるから、この辺がやべぇと思って逃げ出したのかも知れないけどな……あと、上空から確認した限りでは、周囲に野営、もしくは潜伏の様子は見当たらなかった。まぁ、よほど高位の陣でも敷いて潜伏してるんでもなきゃ、だけどな」
「この辺りでそんなことする物好きはいないと思うわ。領都周辺ならともかく」
「だよな。だからこの辺りに陣を張ったのはある意味正解だってとこだ――ところでお嬢ちゃん、新しい耳茸にこちら側の傍受符は?」
ふいに、テラーがニヤリとしてレグに問う。レグは首を傾げた。
「そんな盗み聞きの必要があるかしら? ここは第十二の領地とも離れてるし……」
「これだから教科書通りはよ……」と、テラーは肩をすくめて大袈裟に首を振る。
レグがムッとするのを満足気に見やってからテラーは「今の状況考えろ。この通りで一番情報を必要としてんのは、どの職業の奴らだよ?」と低い声で言い足す。
「職業……? 今はペストが――あっ」
レグは目を丸くした。テラーはにんまりとして満足げにうなずく。
「――だろ? 絶対魔法茸屋のギルドの連中に違いない。それを傍受してりゃ、手っ取り早くワクチンも手に入れられるってことで」
「……悔しいけどその通りだわ。違ったとしても――いえ、すぐに符を貼り替えて来る。その……テラー、助かったわ」
最後のひと言を無理矢理絞り出すような声で言い終えた途端に、レグはどこかへ駆けて行く。
残された晴佳は茫然として見送るが、テラーはニヤニヤしており、ロードはため息をついた。




