0023 夷茸 #02
テントはドーム型のものを二張り分繋げたようなかまぼこ型だった。
骨組みは金属ではなさそうだが、しなやかさと強靱さを持ち合わせている素材だ。布地はとても薄く軽いのに、ピンと張っても破れそうにない強さがある。
キャンプの経験は数回しかない 晴佳だったが、このテントは軽さもあってか非常に張りやすい。
「これも特別な布地だったりするの?」
晴佳はロードに訊いてみたが、「さぁ、多分そうなんじゃないか。お館さまから賜ったものだから」と首を傾げられた。
レグもテントの素材は知らないという。
ジェラーノとラフィは周囲の林の散策を兼ね、食べられそうな植物や木の実を探しに出掛けている。ウィーテはサパーと一緒に留守番だ。テラーはいつの間にかまたいない。
「あいつのことは放っておけ」とロードは素っ気ない。
テントを張り終えたロードは、手際よく竃をこしらえると、ラフィの荷物から調理器具や毛布を取り出していく。
「ハルはこの中で寝ろ」毛布を渡された時ロードにそう言われたが、晴佳は戸惑った。
「で、でもほら、レグとかサパーとかジェラーノとか……俺が入るような隙間はさすがにないんじゃ」
「あたしは外でいいわ。でもハルは野営に慣れていないでしょ? ラフィやウィーテと一緒にテントの中で寝て。お願いだから」
レグがすかさずそう言い足したので、晴佳には反論できない。
「なんでそんな。俺って子ども扱い?」
テントの中に毛布を運び終わった晴佳は少し拗ねた。
――盗賊が怖いとか言ったからかなぁ。
「そうじゃなくて……」とレグはまた言い淀む。
「レグ、やはり説明しておいた方がいいと思うんだが」
「何かあるの?」
晴佳が訊ねると、レグは「黒黴病よ」とため息をつきながら答えた。
「でもそれは、人間が死ぬような病気じゃないんだろう?」
「まぁ、人間はね――今朝、特殊な茸があるって話はしたわよね?」
「あ、あぁ」
「その魔法茸の中でも、特に珍重されている茸があるの。茸採師はもちろん一般的な茸も採るけど、一番重要な仕事であり一番の稼ぎネタは、その特別な茸なのよ」
「うん?」
「――実際見てもらった方が早いかもね。ちょっと待って」
レグは晴佳に座るように示してから、ラフィのバッグをごそごそと探り、やがてバスケットボール大の巾着袋を取り出した。
袋の布地は、ヘルフス村で出会ったソノップのローブと同じような黒薔薇色で、柔らかそうなベルベット製だった。
その袋を開けると、また中に黒い布地の袋が入っていた。
「非常にデリケートな茸だからこうやって何重にも包んであるのよ。この布は強力な浄化の呪文が織り込んであって周囲に虫も黴も寄せ付けないの。第一の領地の巫女に献上する品なんだけど、特別に見せてあげるわ」
そう言いながら何重もの袋を開く。五、六回繰り返してようやく、袋ではなく白いベルベット生地に包まれた何かが出て来た。
レグは厳かにその布を開く。
「これがその特別な茸、『夷茸』よ」
「へぇ……って、え――? ちょっと、いや、その」
晴佳はソレを目にした次の瞬間、非常に困惑してしまった。
白い布に載せられている夷茸はまず、レグの手には少し余るくらいの長さである。目測で二十四、五センチといったところだろうか。
形状は――晴佳の世界の茸で例えるなら――大きめの松茸に似ていた。松茸の軸の部分をもう少し、いやかなり伸ばして、でも傘はまだそれほど育っていないような若いものに。
そしてその色合いは――晴佳にはどうしても、つやつやとした肌色にしか見えないのだ。
「あの、それは――モザイク必要なんじゃない?」
「もざいくって何?」
レグは右手に夷茸を持ったまま首を傾げる。
「でね、これは夷茸の中でも特に立派に育ったもので、普通はもう少し――」
珍重される貴重なものなのだ、と自慢げに言われても、晴佳はそれをまじまじと見つめていられなかった。何故だか非常にいたたまれなくなって来る。レグが喜々として説明している言葉もまったく頭に入らない。
「あの、もうわかったから、それ貴重なんだろ? その、もうしまっていいから――っていうか、もうしまって下さいお願いしますごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「いやなんとなく……上手く説明できないけど、そんな風に捧げ持たれるのもなんか、すげー困る」
火を起こしながら会話を聞いていたロードが、耐え切れなくなったように噴き出した。晴佳が何を言いたいのか、ロードには何故か伝わったらしい。
自分が辱められているような気分になり、この場にジェラーノやサパーがいなくてよかった、と晴佳は心の底から思った。
レグはまた首を傾げながら、夷茸をまた丁寧に布で包んでから袋にしまう。
晴佳はため息をつく。
――ほんとに、レグは『知識』だけはあるんだろうけど。
「……すまんな、ハル」
ロードが晴佳に謝罪する。顔を紅潮させているのは、どうやら笑いをこらえているせいらしい。レグの代わりにということなのだろうが、話が通じたら通じたで晴佳には微妙に屈辱的だ。
「よくわからないけど、まあいいわ。それでね、あの迷森は、夷茸の産地のひとつでもあるの。そのせいで時々、ハルみたいな人が出て来ちゃうのよね」
ベルベットの巾着をきゅっと閉じながら、レグは説明を再開する。
「ん? どういう意味だ?」
「この夷茸はね。人の姿を写し取ることができるのよ」
「写し取る? って?」
晴佳の頭の中に浮かんだのは木彫りの民芸品だった。
「例えばあたしが一定の条件下で夷茸を使うと、ここにもうひとりのレグノが出現するの。分化っていう、こう、育って人の形になって行く工程を経てね。夷茸が良質であればあるほど、細部が欠如することなく本人に近付く。姿かたちだけではなくその能力も、という意味で。つまり、その人が丸ごともう一人できるって寸法ね」
「あ~……へぇ、そうなんだ」
――クローンみたいなものかな。でも映すってことはニセモノだから、全身義体とかサイボーグとか考えればいいんだろうか。でも一番近いイメージは、青い猫型ロボットが出してくれる便利道具のコピー……
そこまで考えて、晴佳はふと疑問に思う。
「えっと、じゃあコピーされた方の人はどうなるんだ? 自分が二人いることになるよな?」
「ううん、意識ごとその夷茸に移るの。だから元の身体はいわば抜け殻。でも身体も生きているから、放っておけば衰弱してしまうし最悪の場合は死んでしまう。そうならないためには、抜け殻の身体を世話する者をつけるか、魔法で身体の時間を止めておくしかないわ」
「え、それってじゃあ、誰でも手軽に使えるもんじゃないってことだよな?」
「そうよ。当然夷茸自体が貴重な茸だし。まぁ、天然物を使おうというのは、領主かそれに近い権力や財力を持った商人、あとは神官や巫女が重い病に罹った時などしかないわね」
どうやら鼻を押してできあがり、ではないらしい。




