0022 夷茸 #01
「数年前にヘルフス村に寄った、他の『知識の魔女』の記憶を分けてもらったのよ。あたしたちは知識の記憶を共有する能力もあるの」
自分の能力の話をする時のレグは、やはり誇らしげだ。
「へえ? それは、なんというか……面白いな」
サーバにデータを置き、各自必要な情報をダウンロードする――晴佳はそのように想像した。
――そんな能力があったら、いつも満点を取れるんじゃね?
「共有能力は儀式を受けないと授からないし、儀式を受けるためには知識の能力が優れていないといけないの。試験があるのよ。だから当時三歳で儀式を受けたあたしは、とても誇らしかったわ。歴代二番目の若さだったもの」
えっへん、というオノマトペをつけたくなるような表情で、レグは胸を張る。
――先にテストがあるのか。まぁそうだよな……誰でもそんな能力が使えるんなら苦労はないもんな。
自分が試験を受けるわけでもないのに、晴佳は何故かがっくりしてしまう。
しかしその一方、幼少期のお受験など自分ならいやだろうな、とも考えていた。
――そもそも三歳で試験だろ? 何歳から勉強してんだよ。
晴佳の場合、毎日幼稚園で転げ回っていた年頃である。知識――勉学といっても、せいぜいひらがなを覚え始めたという頃合いだろう。
そんな年齢で知識の能力とやらの優劣を決めたり、特殊な儀式を受け、そのことを誇らしく思えるなど、晴佳には考えられなかった。
レグたちのような特殊な能力を持つ者たちの特性なのかも知れない。
「いやぁ、俺には全然無理だなぁ」
ついつぶやくと、ジェラーノとロードが不思議そうな表情で晴佳を見た。
「ハルは緑の魔女になりたいのか?」
ロードは興味深そうな表情だ。
「え? そういうわけじゃないけど。ってか男だから魔女にはなれないだろうし……ただ、知識の共有ってすげーなぁ、そんな能力が俺にもあったら、この世界のこともすぐわかるのになぁ、って」
「なんだ。別にそんな能力がなくても、自分で覚えて行けばいいだけだろう」
ロードは呆れ顔になった。
「レグの知識は自分が生きるために必要なこと以上の量になる。普通の人間にはそんな膨大な知識があっても持て余してしまうだけだろう? 無理に知識を詰め込もうとしても、他のことができなくなるだけじゃないか」
「そう言われると、まぁそうなんですけど」
ズルをしようと思っていた手前、正論に対しては何も言えない晴佳である。
「あぁ、知識を売る能力というのもあるけど――残念ながら、あたしはまだ教えてもらってなくて。ごめんね?」
「いや、いいんだよ別に。っていうか、知識を売るって? へえ……それもすごいなぁ。どんな感じなんだろうな」
「こう……ピッてやってピッて渡す感じ?」
レグは指を二本立てて自分の額に当て、指先に付いた何かを前に飛ばすような勢いで手首を回した。
「なんかそれ、テレビ観たことあるようなポーズだな……」
困惑しながら晴佳がつぶやくと、それを聞いていたジェラーノとロードも困惑したような表情になってしまった。
* * *
ほんの少し、太陽の色がオレンジ掛かったように感じ、晴佳は空を見上げた。
「もうそろそろ夕方かなぁ?」
「あぁ、わかるようになったのか?」とロードが問う。
「いや、わからないけど……いつの間にか色が変わったように見えて――あれ、なんだろう。あの黒いの」
空を見上げたついでに周囲を見回していると、少し離れた窪地に焦げ跡のような一画があった。
その周囲には水が撒かれている。
「そういえば黒黴病が出たと言っていたな」
ロードの声色が急に険しくなる。一行は立ち止まってその焦げ跡を眺めた。
「ペスト?」
その病名は、晴佳が知っているペストと同じかどうかはわからないが、先程レグがワクチンがあるかどうかと訊ねていた病気だ。
「風はどちらから吹いている?」
「あっちね」とレグが指したのは窪地の反対側、進行方向だった。
「じゃあ少なくともアレは風下だ。とりあえず進もう」
ロードは先頭のサパーを促す。
「ペストって、俺らの世界では致死率の高い病気だったんだけど……」
「罹患すると高熱に激しい下痢や嘔吐で脱水症状も恐ろしいが、人間なら死ぬほどの病気ではない。ただ、ワクチンの摂取が間に合わないと、身体のどこかに煤けたような痣が残ったりするが」
「そうなんだ」
死ぬことはないにしても、こっちのペストもかなり厄介な病気らしい。
「だが問題はそこではないのだ。人間じゃない場合は、最悪死に至る――先ほどの焦げ跡を見ただろう。あれはペストの患者を焼いた跡だ」
ロードの表情は厳しいままだった。
「ええっと……?」
――聞き違いかな? 患者を、焼く?
「助からない患者はその身体ごと焼却するしかないの。そのままだと、遺体を菌床としてペスト菌が急激に繁殖するから危険なのよ」とレグ。
「菌床? 繁殖? ペスト菌ってそんな話しだったっ――あ、違う。黒死病じゃなくて『黒黴病』? 別の病気なんだ」
晴佳がぶつぶつとつぶやいているのをロードが聞き咎めた。
「何を言っている? ペストは特殊な黒黴が引き起こす病気のことだぞ?」
「うーん。俺がいたところでも同じような病気があったんだよ。黒死病とも言われてて。いや、今でもあるのかな。だから病名が同じように聞こえるのに違う病気なんだ、って――とにかく、ええっと、こっちのペストは同じ菌でも黴の病気なんだな」
「そういうことだ。その黒黴病菌が特に繁殖した部分の皮膚に、黒い痣が残ってしまう」
そう話しながら進んでいるうちに、黒い焼け焦げはひとつ、またひとつと視界に入って来る。
「あの、なんかこの辺りって」晴佳はそのひとつひとつが元はなんだったのかを想像して震えがきた。
「困ったわね。集落からは離れているようだけど、わざわざこんなところにまで持って来て焼いたということは、相当ね」
「相当って?」
「下手すれば、集落がひとつ壊滅状態に近いかも知れないってことよ。多分これ以上進むともっとアレが増えるわ」
レグの眉間に皺が寄っている。
「それは困ったな。このままじゃここを通り抜けられない」
「そうね。少し早いけど、ここで野営の支度をすることにしましょう」
ロードとレグが決定したことは絶対らしい。早速テラーが野営に適していそうな場所を探して来た。
彼らはまずそこに荷物を下ろし、ロードの指示でテントを張ることになった。
「とりあえずここで一晩過ごし、明日になったら往来する行商人にでも様子を訊いてみよう」
ロードは少し緊張した面持ちでそうつぶやいた。
「なぁ、何故進めないんだ?」
「ワクチンがないからよ」とレグは素っ気ない返答だ。
「ふぅんそんなに感染力が強いのか。まぁ治っても痣が残るんじゃ困るよな」
「そういう理由じゃないけど――いえ、ある意味ではそうね。感染力は強いかも知れない」
晴佳は急に不安になる。いつもしつこいくらい説明するレグの口数も少ない。
何かを隠そうとしているような気がしてならなかった。




