0021 知識 #03
ラフィは晴佳が背負っている俵型のバッグに似た、しかし二回りほど小さい物をリュックのように背負っていた。
その中に軽く数十キロ分はありそうな荷物が入っているなどと、誰が予想できるだろう。
晴佳が試しに持ち上げようとしてもびくともせず、ジェラーノは両手で持ち上げた。だがラフィは片手で軽々と持ち上げ、遠足のリュックでも背負っているかのように涼しい顔で歩いている。
これもまた、魔法の道具の一種なのだ。中がどのような仕組みになっているのか晴佳にはまったく想像できなかった。
「そ、そういえば、レグたちってここじゃない国……じゃなくて、領地? から旅して来たんだよね? 出身はバラバラなの?」
黙々と歩くこの行程は相変わらず慣れないため、話題を無理矢理振ってみる。
この程度の質問なら、深く突っ込んだことにもならないだろうし、少なくとも当たり障りのない返答が返って来るだろう、と晴佳は予想した。
「騎士団が召集、結成されたのは第十二の領地だけど、出身地は結構バラバラよね。あたしは第八領地出身だし、ロードとテラーは元々はぐれ騎士だったわ」
レグはほんの少し上を見上げながら答えた。
どうやらNGの質問ではなかったようだ、と晴佳はほっとする。
サパーもちらりと振り返った。
「あたくしも第四の領地出身なので、第十二の領地に向かう際にこの道を通ったことはありますのよ。もっとも、とても小さな頃の話で、しかも途中は馬車でしたので記憶はほとんどありませんけど」
「そうなんだ……」
相槌は打ったものの、領地の位置関係がまったくわからない。領地がいくつあるかも知らないままだった。
いつか地図を手に入れられたらもう一度訊いてみよう、と晴佳は考える。
サパーとは二メートルほど離れているのに、すぐそばで話をしているかのように聞こえる。晴佳が新しいローブを着る前に、レグがフードの内側に何かを貼り付けていた、その効果らしい。
――そういえば、昨日ロードも『前を向いたままで聞こえる』って言ってたっけ。
「サパー、それじゃあなた、騎士団のために領地を渡ったみたいに聞こえるわよ?」とレグが首を傾げた。
「あたしが聞いた話ではそうじゃなかったような」
確かに、先ほどのサパーの言い方をそのまま受け取ると、小さい頃に騎士団として召集されたということになる。
「えぇ、そうですわね……言い方がよくありませんでしたわ。でも小さい頃に第十二の領地に入ったのは合ってましてよ」
ふふ、と困ったような笑い声が聞こえた。
――あぁ、騎士団とはか別の理由があるのか。
晴佳がそれで一旦納得しようとしていた矢先に、レグがまた口を開いた。
「そうよね、だってサパーは紫の魔女だということがわかったから、親に売られたんだったわよね?」
「レ――」
「レグっ!」
思わず、晴佳は叫んだ。
晴佳より先に声を発していたロードが、驚いたように振り返る。
彼女だけではなく、レグもジェラーノもラフィも――そして先頭を歩いていたサパーも、一斉に晴佳に向き直る。
「どうしたの?」
レグは突然呼ばれたことにきょとんとしている。
「ど、どうって……いや、そりゃあ俺はナカの世界の常識は知らないけどさ、でもそんな……お、親にうら、売られ――とにかく! なんかこう、簡単に言っちゃいけないことってあるんじゃないか?」
晴佳は勢い込んで呼び止めたものの、なんと言っていいのかわからず混乱したまま、どうにか自分の意見を述べる。だが混乱と緊張で心臓は激しく打ち、頬が紅潮していた。
これもまた「別に当たり前だろ」で済まされてしまうのかも知れないが……だが晴佳の常識では、そういうことを他人が軽々しく口にしていいとは思えなかったのだ。
「まぁ、ハル――旦那さま。あたくしなんかのために」
サパーが感激したように目を潤ませる。
「いや、そうじゃないよ。そんなんじゃない……ただ俺が嫌なだけだ」
――偽善的な正義感だ。
晴佳が後悔し始めた時、「確かに――」とロードがため息をついた。
「さっきのはレグが失礼だった。大丈夫だ、ハルは間違っていないぞ。私もレグにひと言注意しようとしたところだったからな」
「え、そうなんですか?」
晴佳はまだ動悸が治まらない。
「そうね、あたしが悪かったわ。確かに言葉がよくないのかも。サパーは物じゃないんだからね」
ふぅ、とレグも息を吐く。
「いや、その……」
そういう意味ともちょっと違うんだけど……と晴佳は思うが、さすがにそこまでは指摘できなかった。
「まぁ、あたしと同じ境遇だし、っていう親近感を込めたつもりだったんだけど、普通はこういうことを言っちゃ駄目なのね。どうしてもそういう、機微を察するという細やかな配慮があたしには欠けているらしくて。サパー、ごめんね?」
「いいえ――事実ですもの。気にしないでくださいなレグ」
だが晴佳はサパーの声を聞いて胸が苦しくなった。
他人の空似と思えないほど、知人に――秘かに憧れていた女性に似ているせいなのかも知れない。
「それも『知識の魔女』の特性だから、しょうがないのもわかるのだがな……それらも含めての『見聞』だろう?」
ロードは肩をすくめた。
「知識?」
「レグのような『緑の魔女』は、知識に特化した能力を持っているため『知識の魔女』とも呼ばれているんだ。この世のありとあらゆることを知る特別な樹木がこの世のどこかにあり、それを守るように緑の魔女たちが集う『図書館』と名付けられた建物があるらしい」
「『らしい』じゃなくて事実よ。あたしもそこで儀式を受けたもの」
レグがロードの説明を訂正する。
「でもやっぱり知識は知識でしかないわよね。知っていても、それを生かせるかどうかは個々の能力と性格によるし、この世のことは常に新しく変わって行くわ。だからあたしのように、領地を離れて見聞を広める役目が必要なのよ」
そう言うレグは少し誇らしげだった。
「あたしはそういう理由があったから、その……図書館に呼ばれたことも、よその領地に向かうこともむしろ――」
「うん、わかったよ。突然怒鳴ったりしてごめんな」
晴佳は心の中がぽぉっと温かくなった。
レグなりに気にしてくれたらしい。知識はあっても、やはりまだ見た目通りの少女なのだ。
「別に……あたしも悪かったし」
レグはちらりと晴佳を見やるが、また前を向いてしまう。
「でもそうか、それでレグは『知ってる』って言葉をよく使うんだな。ふぅん。それにしても、宿の料金とか他の世界の知識とか、その特別な樹木ってのはすげえんだな……まるでゲームか神話に出て来る世界樹みたいだ」
「あら、ハルこそよく知ってるわね。そうよ。世界樹っていうの」
少し目を丸くしてレグが振り返る。
「えー……そうなんだ?」
神話だと思っていたが、本当にそういう物が存在するのだろうか。もしくはたまたま、そのような名称なのかも知れない。
「でも宿の料金はさすがに世界樹でも知らないわ」と、レグはくすくす笑った。




