0020 知識 #02
「そういえばさっきの人、カゼナって人のお父さんみたいな様子だったなぁ」
村の出口近くまで来て、晴佳はひとりごちる。
受付けの男とカゼナの様子を見ていてそう感じたのだった。
時には自慢し、時には少し卑下する。そして土産をもらった時の、なんとも言えない慈愛に満ちた表情……彼らが仮に他人同士だとすると親密な恋人意外の関係を探すのに苦労するだろうが、彼らが親子だとすると非常にしっくり来るのだ。
「そうだな、父かも知れんな」
晴佳のすぐ前を歩いていたロードも同意する。
「ってことは、あの宿で一緒に働いているのか、あのおじさんが宿屋の主人だったんだろうか?」
晴佳の素朴な疑問に対し、ロードは首を横に振った。
「主人は受付けなんぞしないし、そもそも男だろう?」
また『男』だから、という言葉が出て来た。
晴佳にはその理由がまだわからない。男だからなんだというのだろう。
「えっと、旅館みたいに女将ってことかな……」
試されているのだろうか、と思いながら晴佳は考える。眉間に皺が寄った。
ロードは晴佳の様子を見てくすっと笑い、それには答えない。
「領都に行けば少しはわかるかも知れないな……いや、どうだろう。ここは特殊だったろうか」
独り言のようにつぶやいてから「まぁ、先は長いんだ。焦ってもしょうがないさ」と晴佳に笑顔を向けた。
疑われているから教えてもらえないのだ、と昨日は考えていたが、ひょっとしたらロードは必要最低限の情報だけを与えて、あとは実戦で覚えさせるタイプなのかも知れない。
――だとしたら随分なスパルタ教育だなぁ。
晴佳はため息をついた。
「あの、俺がうっかり変なこと言ったら、ロードはフォローしてくれますか?」
確認のため訊いてみると、
「今までもそうしていたつもりだが?」というこたえが返って来た。『相変わらず当然なことを訊くやつだな』と言いたげな表情をしている。
「ですよね……ありがとうございます……」
やはり、なんだかんだいってもロードは面倒見がいいらしい。
ひとまずそれだけでも、晴佳は安堵した。
* * *
次の目的地はいきなり領都のトルケイトという街だという。
「なるほどね、領地の首都だから『領都』か」
謎の翻訳力のお陰で言葉からのイメージが伝わりやすい。その辺りは助かるのだが、こちらの世界の常識は未だにわからない点が多い。
どうせなら知識としてそこまでオマケしてくれれば助かるのに――と、晴佳はこの身の運命に愚痴を投げた。
村を出てからも道のりは平坦で固く、そこそこ歩きやすかった。多少土埃が立つが、馬車が往来するために自然と踏み固められているのだろう。
すれ違う人や、晴佳たちを追い越して行く人。行商なのか大きな葛籠のような物を背負った数人のグループや、リヤカーを引いている人々。
門に入る前よりも、ヘルフス村に向かうまでの道よりも、領都へ向かうこの道は人通りが多かった。
「こんなに人通りがあるものなんだね」
ガシャガシャと賑やかな音を立てて脇を通り過ぎて行ったリヤカー二台を見送りながら、晴佳は感想を述べる。
「昼間はね。陽が消える前には閑散とするわよ……野営をする人は少ないから」
大人の歩みであるなら、陽が消えるまでに宿が建ち並んでいる一帯に辿り着けるのだという。
村と呼べるほどの規模ではない集落だが、他に泊まれるような施設がないため多少遅くなっても客を迎え入れてくれるらしい。
そういう宿は質素な食事に簡素な寝床、出遅れれば床に雑魚寝の場合もあるらしいが、野宿をするよりは何十倍もマシということだ。
野営をするのは狩猟を生業にしている者や、そういった旅に慣れている者、もしくは身分を明かせない者など。もちろん自分たちの身は自分たちで守らなければいけないため準備も欠かせないし、一行の中にそれなりに腕の立つ者がいる前提で、ということだった。
「領都までは馬車なら半日ちょっとで着く距離なのだけど、徒歩となると早くても二日、あたしたちはその倍の四日と見積もっているのよ。だからどうしても野営が必要になるの」
「やっぱりその、盗賊とか出たりするのかな……」
危険だと聞いて晴佳は不安に思う。
「あぁん? 怖いのか?」と後ろから茶化すような声が掛かる。こういう時だけはテラーの反応が早い。
だが晴佳は正直に打ち明けた。
「そりゃ怖いですよ。俺のいたところではそうそう盗賊なんて出なかったんだから。もっとも、強盗とか通り魔とか似たような犯罪者はいたけど、それも身近な話じゃなかったし」
「随分平和な世界なんだな」
ロードが感心したように言う。
平和と言われればそうなのかも知れない。
もっとも、世界規模ではなく『日本』という国が、ではあるが。
たまに社会を巻き込むような大きな事件などが起きるが、それ以外は多くの人々にとっては『他人事』だ。
だから誰もが、自分の身の上に事件が降り掛かるなど露ほども思っていないのだ――ついこの間までの晴佳のように。
「平和ボケ、なんて言葉もありますけどね」と晴佳は自嘲的につぶやいた。
その言葉に反応するように、ラフィが振り向いた。フードを少し持ち上げ冷たい視線でじっと見つめ、またふいっと前を向く。
「俺、なんかラフィに嫌われるようなことしたっけかなぁ……あれかな、やっぱローブの件?」
「なに、ラフィは元々主人にしか懐かない生き物だというだけだ」
ロードはくくっと笑う。
「もう三年も一緒にいるというのに、私には未だに文句しか返って来ないぞ」
「えー……三年経っても駄目なんだ。主人って、ウィーテ?」
「まぁ、そのようなものだ」と、ロードは苦笑する。
「あたしはねぇ、侍女仲間だと思われてるみたいで」
ジェラーノも困ったような表情をした。
「ふぅん……じゃあ俺なんかまだまだだなぁ」
ウィーテとそっくりな外見なのだから、笑うとさぞかし可愛らしいだろうと晴佳は思う。だがその笑顔は今のところ、ウィーテにしか向けられないようだ。
晴佳には未だに冷たい視線とへの字口しか見せてもらえない。
ふと、ラフィの服装が気になった。
晴佳は新品のローブを羽織り、ラフィは人型のまま灰色のローブを着ている。
そのローブを晴佳が借りていた時は、晴佳の足元までしっかり隠れるくらいの長さだったはずだった。
だがせいぜい一三〇センチ前後しかなさそうなラフィが来ても、やはり足首付近までの長さしかない。
「ひょっとして、ローブって体型に合わせて勝手に形が変わるんですか?」
思いっきり首を傾げながらロードに訊いてみると、「当たり前だろう?」という返答だった。
――うん、なんとなくそう言われる気がしていたけどさ。でも全然当たり前じゃないって……少なくとも、俺のいた地球にはそんな便利な服はなかったぞ。
魔法の類が存在する世界なのだ。道具にもそういう物があるのだから、衣服にも魔法が掛けられているのは当然なのかも知れない。
晴佳はむりやり自分を納得させる。
つまり、便利な物なら便利なように使えるのが一番問題はないのだ、と。




