0019 知識 #01
「でしたら、お詫びに特別珍しい茸をお見せしますよ。先日ようやく手に入れたもので、多少値が張りますが――」
そう言いながら早速、魔法茸屋のソノップは大きなトランクのような箱を漁り出した。
「今はいいわ。また縁があったらね。あなた、魔法茸以外は扱ってないの?」
すげなく断るレグの口調に晴佳はハラハラしたがソノップは動じない。
「よくご存じで。多少ですが、薬草なども」
レグは当然だというようにうなずき、「じゃあ解毒と黒黴病のワクチンをいくつかちょうだい」と注文した。
しかしソノップは注文を聞くとため息をついた。
「解毒はご用意できますが、ワクチンは切らしておりまして――近くの集落で最近黒黴病が出ましてね。どうやら結構な規模らしいのですよ。本日中にギルドから追加が届く予定ですが」
「じゃあ解毒と熱冷ましだけでいいわ。魔法茸は今のところ不足がないの」
レグは肩をすくめる。すると、ソノップのフードが戸惑うように揺れた。
「それにしては軽装に見えますね――解毒と熱冷ましの粉末、一日分で五〇ギルダになります」
「さてね――あら、店で買うより少し安いのね。四日分お願い」
「はい、それぞれですと二十七ギルダですが、合わせて買っていただく場合は少々お安くしておりまして――」
黒薔薇色のフードが小さく左右に揺れる。その様子は、褒められて喜んでいるようにも見える。
「失礼ですがミュフラ、御一行に四日分で足りますか? 馬車などをお持ちで?」
ソノップはよく喋るが、その間も手を動かしていた。
小分けにされている薬包をいくつか取り出し、その表面にペンで何か書きつける。薬包は薄い紙状の物でできているらしい。
五角形に折られているそれは、実物を見たことがない世代の晴佳にも懐かしさを感じさせる、昔ながらの形だった。
「徒歩よ――でも大丈夫。野営には慣れているし、荷役もいるから」
レグはソノップの手の動きを観察しているようだった。
「ほぉ……荷役が。しかし野営になれておられるとは――」
ソノップとレグの会話の様子は、宿屋の受付けで交わしたものよりもずっとシビアにみえた。商人は会話の中で旅人の身なりや持ち物をさり気なく聞き出し、その内容によって相手を値踏みしているらしい、と晴佳は考える。
――荷物を宿に置いて行くように言ったロードたちの助言は正解だったかも知れないな。
「ありがとうございます。二リンゲルになります。これはおまけで、石鹸草。上級品でございますよ。四つつけておきますね」
にっこりと――フードに隠れて口元しか見えないが――愛想笑いをしたソノップは、薬を包んだ小さな袋に乾燥した植物を滑り込ませたた。
聞こえた言葉から連想すると、晴佳も風呂で使ったあの植物を乾燥させたものらしい。
「へえ、あなた面白い商売の仕方をするのね。覚えておくわ」
レグの声がわかりやすく上機嫌になる。
「ご縁がありましたらまた我をご贔屓にお願いいたします。お嬢さま――それから、旦那さま」
深々と頭を下げたソノップに、晴佳は思わず会釈を返す。
だが晴佳以外の一行は、その黒薔薇色のローブを一瞥しただけで店を後にした。
「さっきのって、何が面白かったんだ?」
店を充分離れてから晴佳はロードにそっと訊ねてみる。
だがロードは首を傾げた。
「さっきのとは?」
「えっと、代金を払って……いや違う。商品を渡された時だ。石鹸草をおまけしますってソノップが言ったら、レグが『面白い』って言ってた」
「あぁ……」
ロードはまたしても『何当然なことを訊いているんだ?』という顔になったが、説明してくれた。
「安く売る商人は安いこと自体で客を掴みやすいのだから、既に他の商人より一歩秀でている。安くても利益が出るようなルートを持っている、という理由においてもな。なのに更におまけをつけるなど、割に合わない商売をする莫迦はそうそういない」
そんな簡単なことで上得意を掴めるなら、すぐにでも真似する商人が出そうなものだが。どうやらここの人たちはそういった考えではないらしい。
「そうなんだ……俺のいたとこでは結構よくある方法だったけどな。『損して得取れ』っていう言葉もあるし。おまけしてもらうと、またあそこで買おう、って考えになったりするじゃん?」
晴佳にとっては当たり前のサービスだったのだが、こちらの世界では価格がそのままサービスに繋がるらしい。ということは、一応定価のようなものがあるのかも知れない。
「ほう。じゃああの魔法茸屋は、ハルの世界のような考え方の持ち主なのかも知れんな。ふぅん……」
ロードは興味深そうな声を出し、にやりとした。
* * *
宿へ戻り、改めて荷造りをして精算を済ませる。
テラーがあまりにうるさいものだから、果実酒も三本買ってある。「たった三本かよ」と不満を述べているが、レグは気にしない。
カゼナも小遣いで買った果実酒を、受付けの男に土産として買っていた。
彼は帰りの道すがら、これから部屋の清掃の仕事があるのだと拙い言葉で自慢した。その笑顔はまるで小さな子どものように見えた。
仕事をすることが誇らしくてしょうがない様子である。
「良い旅を!」と、宿の戸口でカゼナが見送りながら手を振る。
晴佳もウィーテやジェラーノたちと一緒に手を振り返して出立した。
村の出口まではまた市の立つ道を歩く。今度は旅人らしい装いをしているため、左右から盛んに声が掛かった。
中には子どもを使って客引きをしている父親らしき商人までいる。
――なるほど、先に買い物を済ませておいたのは確かに正解だな。
「これからどこへ向かうんだ?」と、晴佳は客引きの手を払いながらジェラーノに問う。
「トルキノールの領都に」
ジェラーノはにっこりして答えた。
ジェラーノの両手、それから宿を出る時に何故か手にしていた空のバスケットには、ほんの数十メートル歩く間に焼き菓子やら果物やら何か小さな陶器の瓶詰めやらが山盛りになっていた。
これらは買った物ではなく、沿道の商人があれやこれや言いながらカゴに入れたものだった。
「これは、さっきのオマケ付きの販売方法と違うのかな?」と、晴佳は籠の中を覗き込む。なかなかの大漁だった。ジェラーノたちのおやつには丁度いいだろう。
ジェラーノは首を横に振る。
「こういうのは失敗した物だったり、もう日持ちがしないものだったりするから。さっきのはきちんと使える商品だったもの」
どちらも晴佳には似たような方法に見える。だが言われてみれば、焼き菓子は砕けていたり焦げている物で、果物もひと房を小分けにしていたが、傷み掛けている実が付いていた。
そんな物でも、小さなカードがちゃっかりとそれぞれに付けられている。いわゆるショップカードらしい。
「ひょっとして、これをもらうためにカゴを?」と晴佳が訊くと、ジェラーノはえへへ、と小さく舌を出して笑ってみせた。




