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まじましゅ! ~ さながら見果てぬ夢の夢 ~  作者: 楪羽 聡
第一章 転移 - 茸採師見習いと魔道師見習い
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0012 宿屋 #03

 レグは男が感心する様子にはこたえず、だが得意気な表情で最後に紐を放り込んでから荷物の口を閉じる。


「でもこれじゃハルは運べないわよね」



 困った、という表情を見て、受付けの男が身を乗り出した。


「うちの若いのをやりますよ。腕っぷしには自信があるんだ。おい、カゼナ!」




 受付けの奥に向かって怒鳴るように呼びかけると間もなく宿の入口が開き、(はる)()より一回り身長も体つきも大きい青年がのそりと入って来る。



 青銀の髪の毛を無造作に伸ばしっぱなしという感じで、毛先は肩の辺りではねている。前髪も同様で、邪魔になるのかカチューシャのようなもので上げていた。


 顔つきは地味だが悪くはない。薄汚れて襟元がほつれているTシャツのような服装でなければ、晴佳とはあまり縁のなさそうな、多少チャラいリア充系のにーちゃんにも見えなくはない。




ミュ()フラ()・フローエンのお荷物を運んで差し上げろ。奥の部屋だ。壊すなよ?」



「う……」


 短くうなるように返事をして、カゼナは俵をひょいと担いだ。そして案内するように先頭に立って歩き始めた。




「どうしてこう、あっちにもこっちにもイケメンばっかりいやがるんだ」

 晴佳はぼそりと愚痴る。



「どうしてって……逆だろ。見栄えがいいからそういう仕事をしているんだ」


 ロードはまた、当たり前だという口調だ。



 晴佳も過去には――ほんの短期間だったが――彼女がいたこともあるので、決してブサイクではないだろう、という自負だけはある。


 だが門の所にいたナンパ男といい、通りで呼び込みをしていた男たちといい、そしてこのカゼナという青年も、晴佳が太刀打ちできないような魅力があるのだ。





「うちのカゼナをお気に入りで? ()()()……ええと」


 男は媚びるような愛想笑いでロードに話し掛けた。



 途端にロードの表情が険しくなる。

「失敬なことを言うな。私にあのような(やから)が必要だと思うのか!」



「え、いえ、そういう意味じゃ……ご、御用がございましたらいつでもお呼びつけくださいませ()()()。やつはその、力自慢だけじゃなく、この辺りの地理にも詳しく、また手先も器用でして――」



「何してるの? 行くわよロード」


 カゼナについて四畳半から出て行ったはずのレグが戻って来た。受付けの男はほっとした表情になる。




「行くぞ、ハル」


 晴佳はロードに従い、二階へと続く階段を上った。



 * * *



 合宿所などによくある、二段ベッドが並んでいるような部屋を想像していた晴佳だったが、案内された部屋はそれよりずっと広かった。

 部屋の奥の窓際には、キングサイズと呼んでいい大きさのベッドが二台並べて据えられているが、それでも部屋の奥行きの半分も使われていない。



 宿の前面の部屋らしく、歩いて来た通りや村中央の広場が見下ろせる。




「うわ……」

 晴佳はまっすぐ窓に駆け寄り、外を眺める。広場には屋台らしきものが点在していた。


 学校のグラウンドや(まち)(なか)にあるような小規模の公園と同じくらいの広さかと思っていたが、オレンジ色の灯りがいくつも見えている様子をこうして眺めてみると、結構な広さがあるようだ。


 日本人の血なのか、まだ子どもなのか、お祭りの出店のようにも見える風景を見ると、晴佳は浮かれてしまうのだった。




「あれって、なんか売ってるとこ?」

 屋台を指差しながら振り返る。


「お酒と一緒にちょっとした焼き物や揚げ物を売ってるお店よ。ハルにはまだ早いんじゃない?」というレグの声が、部屋の対角線方向から聞こえた。



「そうなんだ――って、うわちょっと何やってんだよっ?」


 声の方を改めて視線で追うと、薄手で短いタンクトップのようなものと、下はどう見てもぱんつであろう半裸姿のレグの背中が見え、晴佳は慌てた。

 ウィーテに至っては全裸だったが、髪が足元近くまで長く、かろうじてぎりぎりセーフかも知れない姿である。



「なにって、お風呂だけど?」



 廊下側の奥が水場になっているようだが、仕切りのひとつもない造りらしい。




「あ、そっか――じゃない。そうじゃなくて、そのかっこでこっち見んな! なんでカーテンとか間仕切りとかしないんだよ。と、年頃の娘が、恥ずかしくないのかよっ」


 気が動転して、母親が娘を叱るようなことを口にする晴佳だったが、内心、水音が立つたびに気になってしょうがない。



「恥ずかしいってなにが? ちょっとウィーテ、遊んでないでよ。ほら、ジェラーノもちゃんと洗ってあげて。これじゃいつまで経ってもごはん食べに行けないじゃない」




「なにがって……羞恥の基準も違うのかよ……」



 幼少時は妹と一緒に風呂に入ったこともあるので、幼女ならなんとも思わないが、中学生以降の年齢に見えるジェラーノやレグには――例え本人たちが平気だとしても――さすがに動揺する。


 ウィーテの楽しそうな声と水音が続いているが、一度意識してしまうとそれ以上の想像を止められなくなりそうだった。晴佳は思わずしゃがみ込んだ。




「あ、そう。ハルが恥ずかしいのね? じゃあ(つい)(たて)があるからちょっと待って――」


 レグの声と同時に、ぱしゃん、ぱしゃん、とバスタブから出た水音がする。そのまま続けて、ぺたぺたと部屋の中を歩き回っている足音も聞こえた。




 これ以上色々想像してしまわないように、晴佳は慌てて耳を塞ぐ。


 うっかり何かやらかして、またもや電撃を喰らうような事態になることだけは、なんとしても避けたかったのである。






 ともあれ、風呂を使った三人と一匹は、いい匂いをさせてご機嫌になった。



 晴佳も使うように勧められたが、衝立の一、二枚では心もとなく、「寝る前に入るから」と言い訳して、その場は顔や手などを洗うにとどめた。

 ロードやテラーにいたっては、入らないのが当然という様子である。


 レグたちも勧めたりしなかったのが、晴佳には少し不思議だった。


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