表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神の篩

作者: 宮間

 いつからだろうか。

 アタシが生まれた時には、すでにこういう世界になっていた。

――“神の篩”。

 アタシ達はそう呼んでいるけれど、政府や科学者は断固としてそれを認めようとしない。先例のない異常現象であると、異変の解明に、一般人には到底想像もできないような大金をつぎ込んでいる。当然、社会は衰退の道を足早に進んで――いや、もう殆どが機能しなくなっていた。

 国の首都である東京は、昔は疲れるほど賑やかな都市であったと聞く。けれどそれも今となっては、冷たいコンクリートの塊が立ち並ぶのみ。人口の減少がつくり出した荒廃の二文字は、いつしか人間を追い出し、更に荒廃を生み出す連鎖を繰り返していた。

 色を忘れ、ただただ広がり続く……。アタシの知っている世界(けしき)は、どこまでも灰色だった。


 不可視の吐息が、白くその姿を主張する。

 けれどそれよりもずっと確かな白が、(そら)から落ちてはコンクリートを濡らしていた。

 何年も何年も、途絶えることなく降り続ける――雪。

 一体どのような循環をしているのかは分からないが、雪は積もることを知らず、地面を薄く覆うだけ。まるで、その景色の中に閉じ込められてしまったかのように。

 そしてこの柔らかな白こそが、“神の篩”そのものなのだ。

 科学者が認めない超常現象の正体、それは、人を殺す雪(・・・・・)

 原因は不明。雪の何が害になるのかも、不明。だから“神の篩”と呼ばれている。

――ガッ、ザザッ。

 耳に直接響くラジオのノイズ。片耳だけつけたイヤホンに指をあて、アタシは、地上の音を吸い込んでしまう鉛の空を見上げた。ラジオの充電はすでに三分の一。あと少しで、アタシは情報からも切り離されて、完全に独りになる。

“篩”にかけられて死んでいった家族の顔を思い出して、またひとつ、大きく息を吐いた。

 雪だけではない。雪が降るこの大気でさえも、人の味方はしないのだ。

 国という形だけでも守ろうと、政府は一部の国民に、雪と大気から身を守る防護服を配布したらしい。本当かどうかなんて、アタシが知る筈もないけれど。

――ザ……ザザ、ザッ。

 また、耳元でノイズ。

――ザザザッ……によりますと、ザッ。……の生存者は確認できず。ザーーッザまたひとつ、国が減りまザザザァアッ。

 音が酷く荒れて、断片的にしか聞き取れなかったが、どこかの国の人口がゼロになったらしい。こうして日毎に大量の人間が死に、国が消えていく。無差別、言ってしまえば公平に。

 バサバサッと羽音のした方に目をやると、鴉が一羽、カアと鳴いた。どこかで犬の遠吠えも聞こえる。人間以外の動物は、この通り死なない。宗教団体は、人間の傲慢が神の怒りに触れたのだと言うが、アタシはそうは思わなかった。神は、単に増えすぎた種族を減らしているだけで、人間の傲慢ごとき小さいものなど、歯牙にもかけないに違いない。まして彼らが人間を見守っているなど、幻想だ。

 頬にあたっては溶ける雪。人の気配など、どこにも無い。だからアタシは立ち止まった。視線を逸らした一瞬に、目の前に現れた人影に対して。

 肩口までの真珠色の髪を雪に晒して、女か男か判別のつかない中性的な顔は、アタシと同じ無表情。前髪から覗く双眸は、何故か虹色に輝いていた。

「アンタ、もうじき死んじゃうよ」

 見るからに育ちの良さそうな雰囲気だったから、アタシは防護服のことを仄めかした。

 すると真珠の髪は、ゆっくりと横に揺れる。

(えん)は死にません」

「そっか、じゃあアンタは神様だ」

()も死んでいないでしょう」

「そうだね、アタシは死んでない。今の所」

「では、愚も神でありましょう」

『グ』というのはアタシのことなのだろう。

「神はアタシじゃない、アンタだよ」

 心の深い深い場所が、目の前の人物が神であると訴えてきた。

「愚は、この雪をどう思いますか」

「神が、地球のバランスを保とうとしているんじゃない?」

「では、なぜ不均衡だと思うのです」

「さぁ……アタシがそう感じたから」

「愚は、この世界を不均衡だと思うのですか」

「そうだね。でも何が歪んでバランスが悪くなったのかは、全然分からないけど」

 歪みと歪みが繋がって円をつくり、根本にある解れを誰も見つけることができなくなっている。それでも何となく、この世界は不均衡なのだと全身が感じ取っている。

 ふわり、ふわり。灰色の景色(せかい)に雪が降る。

 静寂に気に入られたこの世界で。

――ザーザザーッ。

 ひとつ、またひとつ、確実に消えていく。

 寒さに噛まれた身体(からだ)の末端は、いつの間にか感覚を失っていた。

「縁もそう思います。だから――」

 膝に、コンクリートとの衝撃。それから順に、肘、肩、頬。ああ、倒れたんだと気付いたのは、五秒あと。

 鉛色でも良かった。アタシは、空を見たくて上半身を必死に動かし、仰向けになる。

「だから、縁はリセットを選択したのです」

 けれど残念なことに、アタシの両目は何も映してはくれなかった。

 眼前に広がった暗闇に、一点の、白。

 きっと、雪だ。

「あっは!」

 溢れ出た笑い声。アタシの耳は、もう殆ど音を拾ってはくれない。

――ガガッ……ザザアッ。

 鼓膜を震わす“神の声(ノイズ)”がある。

――ザッ……ザザ……生存反応無し、またひザザザッ……えました。

 それが、アタシの聞いた、最期の音だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ