第九話 Second days
第九話 Second days
二日目が始まった。
朝十時が過ぎて入場ゲートから来園者が次々と園内に入場してくる。ショウタとエミとレイはその来園者達に紛れるようにして『スケアリー・ロッジ』から屋外に忍び出た。
「ほらっ! 早よこっちに来んしゃい、ショウタ!」
「……ああ」
半分エミに引っ張られるようにしてショウタは園内を移動する。夜の間全く睡眠を取っていなかったこともあり、ショウタは憔悴しきっていた。自分が人の命を奪ってしまった罪悪感に一晩中苛まれていたのだ。そして能力の連続使用による疲労感もそれに拍車をかけていた。その覚束ない足取りにエミは憤然と振り返る。
「もう! いい加減にしぃと! お荷物の一気に二人分に増えた気分っちゃ!」
あからさまにお荷物呼ばわりされたにも関わらず、レイはきょとんとした表情でエミを見つめている。一方ショウタはそんなことを言われても奮いたつ気力も無かった。
いっそのことこのまま他の誰かに殺された方が楽で良いのかもしれない――
「そげなこと考えなかと!」
突然、大声で怒鳴られて、ショウタは思わずエミの顔を見返す。近くを歩いていたカップルや家族連れの視線を集めた。その様子を見てエミは恥ずかしくなったのか、はたまた注目を浴びるのは危険だと感じたのか、
「こっちに来んしゃい!」
と苛立ちの目立つ表情を隠そうともせずに、ショウタとエミをとある方向へ引きずっていく。レイはもとよりショウタは唖然として、エミになすがままにされていた。
連れて行かれた先は『エンドレス・ワールド ショッピングセンター』。つまり土産物屋だ。
「……こんなところ、俺たちには用はないだろ」
「良かと!」
ショウタの反論を歯牙にもかけずにエミは迷いのない足取りでショップ内に侵入し、並んでいる品物を適当に物色していく。
「うーん、こっちん方が可愛いかも。あ! これ絶対レイに似合う!」
そう言って取り上げたのは『エンドレス・ワールド』内の猫のキャラクターであるファニー・メオが頭に付けているのと同じディテイールのネコミミカチューシャ。エミはそれをレイの三つ編みの根本にそっと当ててみた。
「ほらやっぱり似合っちる! 可愛い!」
そう言われて自分でも鏡を見てみるレイ。その表情を見る限り、まんざらでもないようだ。
「あんたには、ほら、これ」
エミはそう言って土産物の定番であるキャラクターを象ったクッキーの大箱を放り投げてきた。咄嗟にそれに反応して受け取ったは良いが、ショウタは露骨に迷惑そうな表情をエミに向ける。
「だから、こんなの買ったって、持って帰らないって言ってんだよ」
そう言うショウタに対して、エミは腰に手を当てて大きくため息を吐いた。そしてびしっと人差し指をショウタに向かって突きだす。
「察しん悪かあんたに細かく説明しちゃるね。これはあんたの食料。昨晩は能力ば使いまくっち今腹ぺこなんやろ? こん時間、まだレストラン開いておらんけんね」
「あ」
そういう意味だったのか。ぞんざいに受け取った手元のクッキーをしっかりと抱え直す。
「そんでからもって付け加えてゆうっち、今買っているネコミミとか土産物は、いかにも遊びに来ていますよー的な演出ばするためんアイテムっちゃ。どげん? 理解しとってくれたっちゃ?」
「……理解した」
ショウタは自分の自分の至らなさを恥じて下を向いた。自分が人を殺した罪悪感に苛まれている時に、もうどうにでもなれと投げやりになってしまった時に、エミは生き抜くための方法を知恵を絞って探していたのだ。ショウタは素直に尊敬と感謝の念を抱いた。
「……や、やだなあ。そげなんじゃなかと。もう、さっさと買いに来るっちゃ! ほらレイ? 買い放題なんやから、せっかくのこん機会に好いとうもん買っておかんと損するっちゃ!」
ほんの少し頬を赤らめたエミは傍らのレイを引きずってレジの方に向かっていく。一人売り場にぽつんと残されたショウタはクッキーの箱を手にしたまま、小さくくすりと笑った。
少し気分が楽になった。たぶん、自分一人だけだったら、あの幻覚能力を持つ男を殺した段階で終わっていただろうと思う。投げやりになったところで、他のプレイヤーに殺されていたことだろう。だが、エミやレイという仲間がいてくれたおかげで、心を持ち直すことが出来た。立ち直ることが出来た。
仲間? ……エミは仲間、なのか?
アキミツは言っていた。エミはショウタを最後の最後で裏切るつもりだ、と。今となってはその言葉も信用して良いものなのかどうなのかも分からない。ひょっとするとショウタとエミを仲違いさせるためのアキミツの策略だったのかも知れない。だが、心の挫けかけたこの自分をなんとか支えてくれようとしたエミは信用しても良いと思う。ショウタは小走りでレジに向かったエミとレイに追いつくため、一歩を踏み出した。
いややな、調子の狂うっちゃ。
レジで精算を済ませながら、エミは俯いたままショウタと目を合わせないように気をつけていた。目を合わせたが最後、心の中に溜まっているこの得体の知れない物がわき出してしまいそうに感じられたからだ。ショウタの考えていることは逐一、伝わってきた。精神感応能力はひたすらショウタの考えていることだけを読み取ることに使われている。
アキミツが妙な助言をしていた、ということが気になったが、それでもショウタは自分を信用してくれようとしているのだ。エミは心が沸き立つような気持ちになるのを感じていた。
ウチも……ショウタを信用しても……良かかも。
このまま最後までショウタと組んでも良いかも知れないと思い始めていた。ショウタの獲得ポイントは現時点で四ポイント。もともとショウタの持っていたポイントを合わせれば五ポイントだ。最後に裏切ってショウタを殺害すればそれでエミは五千万円を獲得し、計一億円を稼ぎ出すことに成功する。横領した一億円の補填にジャストという計算になる――だが、ショウタを殺すという選択肢はすでに頭の中から消えていた。エミ自身気付いてはいなかったが、明らかにショウタの心と同調させすぎた影響が出ている。表面だけの接触ではなく、心を読む、という深い接触のため、愛着を覚えてしまったのだ。
ショウタはショウタでもともと、裏表のない性格であったのと、エミに心を読まれるという前提条件があったので、考えたことをストレートに表現していた。そこもエミに好印象を与えた要因の一つといえる。
会計を終えて、レイを引き連れてショップから外に出ると、後ろからショウタに肩を叩かれた。
「な、なんなん!」
必要以上に反応してしまった。顔を真っ赤にして振り返ると、不思議そうな表情でショウタは、手元に持っていたクッキーの袋をエミに差しだしていた。
「あ、ああ……ありがと」
同じくレイもクッキーを受け取り嬉しそうに微笑んでいる。
なんだ、レイにもか……。
考えれば当たり前の事だが、ついそんなことを思ってしまう。ふと心の中を読んでしまうが、ショウタに他意はないようだ。落胆して、エミは時折、ショウタの心の中のイメージに紛れる一人の女性のことを考える。色白で儚げで相当な美人だ。彼女のイメージがショウタの心の中に去来するときはいつも病室や白衣のイメージも一緒に見え隠れした。きっと病床にある人なのだろう。そしてこの『エンドレス・ワールド』で一緒に遊んでいるイメージも時折、挿入される。エミの心がずきりと痛んだ。
こん女性はなんなんやろう。心ん中でショウタは『ユメ』っち呼んどる。ショウタん彼女なんやろうか。でもあまり深い付き合いじゃなさそうっちゃ。微笑ましいくらいの健全なデート、手ば繋ぐくらいんイメージしか伝わってこんかった。そこにはウチが割って入る余地はありそうっちゃ――
って、ウチ、一体なんば考えとると!
自分で自分の思考がよく分からなくなり。エミは頬を押さえた。自らの両頬はまるでカイロのように熱い。恐らく端から見ると相当真っ赤になっていることだろう。
「エミ?」
「ひやあっ!」
ショウタの呼びかけに、エミはとてつもなくへんてこな悲鳴を上げた。
「な、なんなんだよ!」
「……いや、別に」
エミは極力ショウタと目を合わせないようにして、そう嘯く。レイは相変わらず、何のことなのか分からないように二人のことを交互に見上げている。
「この後、どうするんだ? 出来ればどこかで睡眠を取りたい。腹に食べ物を入れたら、急に眠くなってきた」
「あ、ああ、そうね」
エミは宙に視線を漂わせて内心の動揺をごまかした。
「そ、そんなら『エルドリッジ号』に行きましょう。あんなら約一時間船に揺られっぱなしやから」
エミの勧める『エルドリッジ号』は『エンドレス・ワールド』内に縦横無尽に巡らされた運河を遊覧する船のツアーである。中型船に乗り込みゆったりと園内風景を楽しむのだ。もちろん船目線からでないと楽しめないショーも要所要所に仕込まれていたりする、どちらかというとカップル向けのアトラクションだ。
「一時間かあ」
ショウタはその時間の短さに少々不満のようだ。確かに一時間では、満足の行く睡眠は取れない。だが、それ以上の長居が出来るアトラクションが他にはないのも事実だ。あとは園内のところどころに設置されているベンチで仮眠を取るしかない。だが、命が狙われているという状況で、そんな無防備なところで誰が仮眠を取れるというのか。
「ほらほら、もうすぐ乗船時間ちゃ! 早よ行かんち入れなくなっちゃうちゃ!」
ショウタの心の中の算段などに配慮することもなく、エミはショウタの手を取って走り出した。レイもそれに合わせて小走りに進み始めた。渋々ショウタはその彼女らの行動に合わせることにする。
調子の狂いっぱなしのエミだった。今もショウタの腕を握ってしまったことで心臓が激しく脈を打って張り裂けそうだった。自分の能力が、相手の心を読むことのみの能力であることに感謝したかった。これが自分の心も伝えることが出来る能力だったら、どれだけ恥ずかしい状況になっていただろうか。……いや、それでも構わないかも知れない。腹立たしいのは、ショウタの心の中が寝ることしか考えていないことだ。
船に乗ったらもうちっと胸元ば開けようかな? 丁度陽射しも照っていて良か陽気やし。そうしたらショウタももうちっとウチんこと気に掛けてくれるかな?
乗船場では係員の「早くして下さい」と乗船を促す声が聞こえてきて、笛の音が高らかに響いてくる。あわてて乗船しようとする客が殺到する。その拍子でエミはショウタの腕を手放してしまった。対してレイは逆に離ればなれになることを恐怖してか、咄嗟にショウタの腕に絡みつく。その様子にわずかに胸を痛めたエミだった。
先にショウタとレイ。その後にエミが続く形と成った。この状態でさらにショウタの腕を掴んだら、不自然だ。エミは諦めて、乗船するために最後尾を歩く。
その時、エミは何か空気を薙ぐような不吉な音を聞いた。
なんだろう?
不審に思ったエミは辺りを見回そうとしたが、首が思うように動かないことに気付く。捻ることが出来るのだが、思い通りの角度で止まってくれないのだ。その内に喉に唾が大量に流れ込んできた。とたん、息が出来なくなる。噎せる、噎せる。
立っていることも出来なくなってくる。ぐらり、と視界が揺れる。ずれる。ずれる。
その時になってようやくこれは、自分が他のプレイヤーからの攻撃を受けたのだと言うことを理解した。もはや首を動かすことはできないが、自分が見ることが出来る視界の範疇でプレイヤーを探す。
誰やか? こいつ? それともこん人?
次第に横倒しに倒れそうになる体勢にも構わずに、エミは能力を使って片っ端からサーチした。そしてその内の最後の一人がヒットする。その人間の心の中がなだれのようにエミの頭の中に流れ込んできた。
『切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切』
こいつだ!
エミは霞んでいく思考と視界の中で、ショウタに向かって叫んでいた。
「ショウタぁ! 気ばつけて! こいつ能力者っちゃ!」
だが、その言葉は、ごぶりという血の吐き出る音に変換されて、日本語になることはなかった。
激しい水音が背後から聞こえてきた。同時に耳をつんざくような女性の悲鳴と張り詰めたような空気が伝わってきた。反応が早かったのはレイだった。絶えず肉食動物の標的となる小動物は危険を察知するのが早いという。レイはまさしくその様相を見せていた。振り返った先に見えた光景は実に信じがたい光景だった。
桟橋一面が血で真っ赤に染められていた。そして橋桁の一部が破壊されており、人々の視線はその先に集中していた。そしてその視線の先には水面にぷかぷかと浮いている人の姿――
その姿、その服装は覚えている。血で水面はどす黒く汚れており、その頭も無くなっていたが、それが誰だかは分かる。
がたがたと身体が震える。まさか、と思う。頭が現実を認識してくれない。頭の一部はそれが誰であり、恐らくこのような状況を経過し、そして結果こういうことだと、演算を終了しているのだが、心がそれを強硬に否定している。それを認めてしまったら、せっかく立ち直った心が今度こそ粉々に砕けてしまいような気がしたのだ。だが現実はショウタのそんな動揺も頓着せずに、無情にそして着実にストーリーを進めていた。
桟橋の上に居る人間で明らかに周囲からその存在が浮いている人間が一人いた。男だった。茶色がかった髪の毛を振り乱しながら、にやけた笑みををその口元に浮かべていた。
誰もが恐怖に顔を歪めている中、一人だけ、笑っているのだ。それもエクスタシーでも感じているかのように。
「美しいではありませんか。少女が恋を成就させることもなく、その命を散らせる。花の命は短いとは誰の言葉でしたでしょうか。彼女も美しい時期にその命を終えて本望でありましょう」
何を言っている、こいつは。気が狂っているのか。正気か。いや、正気の訳がない。まともな考えの持ち主であれば、こんな真っ昼間から、しかも公衆の面前で攻撃を仕掛けてきやしない。
『キリヒト』
彼は快楽殺人者だ。五年前の渋谷の道玄坂で十余名を殺傷した連続殺人事件の犯人であるが、実はそれ以前にも余罪がいくつもある。目下、警察は時間を遡って捜査中だ。彼の殺人は一種美学があり、殺される対象に矛盾に満ちた心理がないと行動に起こさない。それ以外には彼の中にはタブーというものはなく、例え衆目の面前であろうとも、一般人に被害が及ぼうともそんなことは彼自身全く興味がない。今回『数学者の銀槌』サイドから死刑恩赦の打診があり、刑務所の中で出場を決意した。
男は悪びれた様子もなく、一歩一歩着実に間合いを詰めてくる。ショウタとレイの能力を把握しているはずもないのに、何の躊躇もなく間合いを詰めてくる。ショウタたちはじりじりと後ずさりするしか方法がなかった。レイは絡みついている腕にぎゅっと力を込める。
と次の瞬間、明らかに周囲の空気が変化したのを感じた。男の方から一陣の風が吹きすさんだかと思うと、同時にショウタとレイの首の高さにあった『エルドリッジ号』の看板が、すっぱり切り落とされていたのだ。水面にあっけなく落ちて行くその看板を見てショウタの頭と身体は全覚醒した。
やばい! こいつはやばい!
だがショウタがそう怯えるのにも、何の意識を払わず、男は切断された看板を見て小さく首を傾げていた。
「ふむ。こういうことがあるから、『能力』なんてものは当てにならない。やはり人を殺すにはずっしりとした手応えのある刃物でないと」
そう言って男はポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとしたが、すぐに顔を顰めてその腕の動きを止めた。
「あー、はい。了解した。分かりました。能力だけしか使いません。仕方がないですね」
そう言って男はショウタとレイに向かって一歩踏み出した。恐らくナビゲーターと会話を交わしたのだろう。
ショウタは男がナビゲーターと会話を終了させるかさせないかの段階で、能力を発動させた。男の攻撃態勢が整うまで、待つほどバカじゃない。
だが――能力は発動しない。
「ど」
自然と顔が引きつった。
「どうなっているんだよ!」
思わず声に出ていた。レイが不思議そうな表情でショウタを見上げている。男が余裕の表情でさらに一歩足を踏み出した。
「くそっ! くそっ!」
恐怖にかられて何度も跳ぶことを念じる。だが、能力は発動しない。どうしたのだろうか。気持ちが動転して、精神が集中できていないのだろうか。いや、そんなことはない。それならあの幻覚遣いとの時の方が今よりももっと動転していた。
正直、ショウタの余裕はその能力に裏打ちされていた。危機的状況に陥っても、一瞬で脱出出来る、という確信があるから、心に余裕が生まれていたのだ。だが、その確証が今消え失せた。
ぶわりと全身から汗が引き出す。今までも死に直面していると思っていたが、それは自分の思い違いだったということに気が付いた。目の前にはエミを殺したプレイヤー。そして今自分は能力を使えない。傍らには何の力も持たない、レイが心細そうにしがみついている。この状況、確実に、詰み、だ。
男がもう一歩足を踏み出す。背筋に電流が走る。直感で分かった。次の瞬間、男はもう一度能力を発動させようと念じるに違いない。ダメだとは思ってはいた。だが本能がショウタに能力を使え、と言っていた。ショウタは最後にもう一度だけ、念じる。
跳べ、と――
「お?」
最後に聞こえたのは男の素っ頓狂な声。次の瞬間にはショウタとレイは運河の向こう側の木陰に不時着していた。
無様なほどに尻餅をついて、ショウタとレイは呆けた表情で対岸の様子を見ていた。そこでは男が二人を見失って途方に暮れている様子が見て取れた。一人被害者が出ているせいで、騒ぎは大きくなっていた。やがて救急隊員も駆けつけていた。だが恐らく『数学者の銀槌』のスタッフのものだろうとは思われるが。
それにしても、日中にしかも衆目が集まるど真ん中で攻撃を仕掛けてくるヤツがいるとは思いも寄らなかった。ショウタを包み込んでいた眠気などはとうの昔に覚めていた。
『あいつは危険ネ。エミの殺され方を見た感じでは、直接的な攻撃能力を持っているようネ』
ゼツボウの声が聞こえてきた。
そう言えば久しぶりにゼツボウの声を聞いた気がする。ゼツボウがショウタとのコミュニケーションの間を空けたことは何か理由があるのだろうか。前回、ショウタにショックを与えてしまったので、ゼツボウなりに気を遣っていたのだろうか。それとも何か別の意味があるのだろうか。だがショウタはゼツボウのその言葉に返事をする気もなかった。エミの死をそんなに軽々しく表現しては欲しくないと思ったのだ。
『そしてショウタへの近づき方を見ると、ある程度の範囲内でないと能力は使えないようネ。だから極端な接近だけ気をつければ対処は可能だと思うネ』
「……」
『ショウタ?』
「……な、よ」
『え? なに?』
「……簡単に言うなよ」
『どういうこと?』
「だから、そんなこと簡単に言うなって言ってんだよ!」
突然激高したショウタに傍らに居たレイはびくっと身体を震わせた。
「『極端な接近だけ気をつければ』? 『対処は可能』? 言うのは簡単だって言うんだよ! その『接近』に気をつけるだけで、こっちはどれほど神経をすり減らして、怯えなければいけないんだよ! 『対処』? 発動するかどうか、分からない能力。得体の知れない相手の能力。一瞬の判断を間違えると文字通りの命取り。毎回、毎回綱渡りなんだよ! 今までだってどの場面で死んでもおかしくなかったんだよ! それなのに、そんな単純な言葉に一括りにしないでくれよ!」
『……ショウタ』
一度、感情の高まってしまったショウタは止めることが出来なくなってしまった。いや、このほとばしりを吐き出してしまわないとどうにかなってしまいそうだったのだ。
「てめえなんか、安全な場所であーだこーだ指示出しているだけじゃねえか! こっちは命をさらしてんだよ! 上から目線で口出すんじゃねえよ!」
『……』
ショウタは肩で息をしていた。余程興奮していたのか、荒くなった息はその後、数分経っても落ち着く様子を見せない。そんなショウタに怯えてしまってレイは距離を取っている。更に数分が過ぎて、呼吸が落ち着いてくるとショウタは激しい自己嫌悪に襲われた。
怒りにまかせて、あんなことを口走ってしまうなんて。
いや、口に出した事は間違っているとは思わない。総じてナビゲーターのゼツボウは死に直面しているショウタたちのことを深刻に感じていない節がある。ショウタたちが感じている皮膚がひりつくような緊張感をゼツボウは共有していない。それはゲーム開始時から感じていたことではあったが、この何人もの人の生き死にを見て、その蓄積が吹き出してしまった。ゼツボウに対してこの気持ちを伝えたことは後悔していない。
ショウタが反省しているのは、怒りにまかせて一方的に言い放ってしまったことだ。同じ事を主張するにせよ、もう少し穏やかな言い方もあったはずだ。
「……ゼツボウ?」
ショウタは問いかけた。だが、ゼツボウが返事することはなかった。ショウタはわずかな後悔で下唇を強く噛みしめた。