表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

第六話 Killing Time

第六話 Killing Time


 がらがらと門が閉められる。出入り口には鍵が閉められ、残業で残っていたスタッフたちも帰り出す。電飾だけが怪しく明滅を繰り返している。『エンドレス・ワールド』の周りにあるホテル群からは、観光客がこの夜景を楽しんでいるのだろう。その中ではこれから凄惨な殺し合いが始まるというのに。

 ショウタとエミは橋の下に隠れることにした。園内には擬似的な川や池が多数点在する。その要所要所に橋が架けられているのだが、その橋の下を根城とすることにしたのだ。屋内に隠れるというアイデアもあったのだが、それだと近づいてくる人間を警戒出来ないということと、相手の能力次第では袋のネズミになってしまうということで却下にした。そう言うわけで二人は今ここに居る。

 ショウタは必要以上に周囲に警戒していた。何事か音がすればおののき、動いている物があれば緊張した。音は風で揺れる看板の音であったし、動いている物は風で飛ばされたゴミだった。その都度、胸の鼓動が高鳴り、そしてその都度安堵する。一瞬も気の休まるときがなかった。

 今晩は徹夜する覚悟だった。この『エンドレス・ワールド』閉園時間に油断をしていたら間違いなく死を招く。なんと言ったって、この時間帯にこの園内にいるのは、プレイヤー九人しかいないのだ。近づく人間は即、敵だ。そんな状況下で油断しているわけにはいかない。寝るのは何万人と来場する昼間で十分だ。今晩、そして明日の夜を逃げ切れば、生還出来るのだから。

「う、うーん。さすがに夜になると寒かね」

 エミが囁くように呟いて、近くに寄りそってきた。両手で腕を抱きかかえるようにしている。が、エミにそのポーズは危険すぎた。なぜならそのたわわなバストが必要以上に強調されるからだ。それを目撃したショウタは一瞬にしてその考えを排除した。そして必要以上に外部からの接近者がいないかどうか気を配る。

「どげん? なんか動きはあったん?」

 エミはそう言って外を見るため、ショウタの身体にぴったりと身を寄せて来た。

 ぐ。こいつはわざとやっているのか。

 ひたすら頭の中で乗算を繰り返し、精神を集中させた。そんなショウタの心の様子に気が付いたのか、エミは目を丸くしてころころと笑う。

「なん? ショウタ。なしてこぎゃんところで算数ばしよるん?」

 うるさい。お前のせいだろ。

 と毒づきかけて。すんでのところで押し止まるが、エミにはそれはすでに手遅れなのだ。

「なして、ウチんせいなん? ねえ、なして?」

 ああ、ダイレクトに心を読まれている……。

『……男ってイヤネ』

 ゼツボウまで不機嫌そうにそんなことを言い出す始末。ショウタは天を仰いだ。

 ショウタがある意味、幸せな苦悩に満ち満ちていたその時。その遙か前方三百メートルのジェットコースター『サイド・ワインダー』の上に一人の女性が緊張の面持ちで直立していた。そしておもむろに大きく左手を突きだしたかと思うと右手は顔の側に配し、力強く肘を張る。そしてその視線の先にはショウタとエミ。彼女の名はキョウコと言う。


 『キョウコ』

 その猛禽類のような鋭い目つきは、スポーツ好きの人ならどこかで見たことがあるだろう。彼女は元アーチェリーオリンピック代表候補だったこともある、有力選手だったのだ。だが、交通事故で右手に怪我を負い、再起不能となった。エリートアスリートの道をひたすらに突き進んでいた彼女にとって、この怪我は死活問題だった。その人生の全てをアーチェリーに注ぎ込んでいた彼女には今更他の仕事をするようなノウハウは全く持っていなかったのだ。いくつかの仕事に就くが、何をやっても上手く行かず、そして起業しようと会社を始めるが、そのどれもが失敗。彼女の借金は雪だるま式に増えていってしまった。恐らく彼女のエリートアスリートとしてのプライドが社会を渡っていく上で、邪魔をしているのだろう。そんな彼女の借金は一億四千万円。この『数学者の銀槌』で優勝すれば獲得出来る金額だ。彼女はこのゲームに参加することを決意した。


 ぎりぎりと彼女は何もない空間を右手で掴み思い切り引き絞った。交通事故の後遺症で右手は昔ほど自由には動かないが、今回はさほど右手の筋力、精緻さは求められない。なぜなら能力による補正があるからだ。

 スランバーにより発現した彼女の能力は『見えない矢を打ち出す能力』。彼女の特性を活かした能力が具現化したようだ。この力については昼間、ナビゲーターの指示に従って、飛来するユリカモメを数羽打ち抜いて確認した。射程、殺傷力、正確さ、そのどれもが、実際のアーチェリーの技量を凌駕した。他のプレイヤーと一線を画するのはその射程だ。優に一キロは離れていても、目標を視野に捉えていれば打ち抜くことが出来る。遠距離攻撃型のこの能力は圧倒的に有利だ。だが――

 問題は実際に人を殺せるのか、というところである。キョウコは一度二人から視線を外して大きく息を吐いた。躊躇いがある。さすがに自分の手を汚して、人を殺すというのは、道徳心というより自分の中の大事な物をなくしてしまいそうな気がする。しかし――

『キョウコ。気持ちは分かるがここで躊躇してはダメだ。キミはプレイヤーを全員狩るためにここに来たのだろう。最高賞金を獲得するつもりなのだろう? それなら決断しなければダメだ』

 ナビゲーターが再三再四そうけしかけてくる。正直、うるさい、と思う。だが、ナビゲーターは間違ったことは言ってはいない。自分はここで一億四千万円を獲得するつもりで参加したのだ。そして自分がここで頑張らなくては、家に残された幼い子どもたちが路頭に迷ってしまう。もし獲得出来なければ、あの子たちはどこかに売られてしまうのかもしれない。考えたくはないが、最悪の場合は身体を切り刻まれて、パーツごとに売られてしまうのかも知れない。あいつらならやりそうなことだ。そう。自分はどうなっても構わないのだ。可愛いあの子たちを不幸な目に会わさなければ。

 キョウコの精神は急速に澄み渡っていった。そしてそれと同時にその鋭い目からは迷いが一切消え失せる。固く口を結び、そしてその視点はショウタに標準を定めた。

『目標の男はすでに一人殺している。ヤツを倒せば二ポイントゲットしたことになる』

 ナビゲーターの語るそんな雑音もすでに耳の中に入って行かなかった。キョウコの周りには自分だけのフィールドが構築されており、そしてその中にはただ一人、キョウコだけが存在していた。意識が最大限に集中して、その右手に万能感が宿る。イケる。

 今だ!

 と、能力を放ちかけたその瞬間、キョウコの視界が四十五度縦方向に移動した。今までショウタを見つめていた視線が今では星空が輝く宙空を見つめている。

 バカな。私は、一度狙いを定めたら外すことなど、決していない。ましてや今は最高のコンセントレイションだった。あの状況で外す方が異常事態だ。

 そう考えている間も視界は次々に変化していく。星空は縦方向に移動して行く。自分の身に何が起こったのか、全く理解が出来ない。

 ……どういう、……こと?

 視界は更に変わる。星空を眺めていたはずの自分の視線は百八十度逆さになって自分の背後に向けられていた。そこには、今まさに落下しつつある自分の顔を、興奮して血走った目で食い入るように見ている男の顔があった。愉悦に耐えきれないかのような歪んだ笑みを浮かべて。

 そしてその時になってようやくキョウコは気が付いた。ああ、自分はこの男に殺されたんだ、と。

 ごめんね、アイコ。テツヤ。

 ひたすら落下していくキョウコの頭は、その思考を最後に、次第に考えることをやめた。

 

 ヤバイ。あいつはヤバイ。

 その様子をつぶさに見ていたミカは『スパイラル・キャッスル』の上でぶるぶると震えていた。ミカはその男の顔を知っている。半年前に渋谷の道玄坂で十四人を殺傷した通り魔殺人犯だ。男の名前は確か江上キリヒト。なんのこだわりか知らないが、その時の凶器は鉈だったという。被害者の身体のパーツがばらばらになるほどに切断した残虐極まりない犯行だったそうだ。印象深い事件だったので、ミカは良く覚えていた。今、その殺人犯は鉈は持っていないが、同じように女の首を切断して殺害した。恐らくそれが殺人犯の能力なんだろう。だけど、その殺人犯がなぜ、このゲームに……。

 そんなことはいくら考えても分からないことだ。空中浮遊能力を発現したミカはなるべく、他の能力者に見つからないように『エンドレス・ワールド』で最も高い『スパイラル・キャッスル』の最頂部に陣取っていた。ここには園内を見回る監視カメラ以外何も存在せず、普段はスタッフも来ないところだ。ここに隠れていれば、誰にも見つからず四十八時間やり過ごすことが出来る。少々肌寒いのが難点ではあるが。


 『ミカ』

 茶髪で巻き髪、そして今時メイクのミカはいわゆるキャバ嬢だ。それなりの収入がある彼女ではあったが、支出が圧倒的に上回っていた。その理由はミカの良く行くホストクラブに在籍するシンジの存在である。心が弱っているときに絶妙のタイミングで甘い言葉をかけてくれるシンジに、それが手だとは分かっていてもハマってしまったのである。気が付けば、気の遠くなるほどに借金を重ねてしまい、勤めていたクラブもシンジが在籍するホストクラブの系列店に移籍。そこで稼いだ金は即、シンジのホストクラブに消えていく悪循環だった。そしてクラブのとある顔役に促され、このゲームに参加することになったのだ。


 怖い、怖い、怖い、怖い! もう、やだあ!

 彼女は『スパイラル・キャッスル』のてっぺんで震えているだけで、ぴくりとも動くこともしない。彼女のナビゲーターは何度も動くように呼びかけていたが、今ではかける言葉もなくなってしまったのか、沈黙を保っている。しかし、他のプレイヤーと比べると、彼女は四十八時間を逃げ切る可能性が比較的に高い。なぜなら彼女の能力は空中浮遊能力。誰も手の届かないところにその身体を配することが出来るのだから。しばらくしてようやく落ち着いてきた彼女はその絶対的な有利に気が付いた。そしてようやく『エンドレス・ワールド』園内を見渡す余裕が出てくる。

 ……なんだ。意外とたいしたことないんじゃない? このまま残り三十六時間浮いたままってのは無理だと思うけど、それにしたって危なくなったら空に逃げれば良いんだから。

 そう思って心を緩めかけたその時、彼女の視界が一気に変貌した。まるで自分の周りの壁紙だけを一瞬にして取り替えられたかのような違和感。『スパイラル・キャッスル』の頂上にいるはずの彼女が、キャッスル前の石畳の上にいたのだ。

 なに、これ。どういうこと?

 突然の出来事に警戒を強めた彼女ではあったが、それよりも無防備な路上に自分が存在すると言うことの方が彼女にとって不安だった。

 いやっ! 早くこの場所から移動しないと!

 このまま浮遊能力で上昇すると、あまりにも目立ちすぎる。建物の陰に隠れながら上昇した方が良い。短い間のゲーム時間で彼女はそれだけのノウハウは得ていた。そして場所を移動するために彼女が一歩を踏み出そうとすると――

 落下した。

「ええっ?」

 悲鳴を上げることも出来なかった。それほどに自分の身に何が起こっているのか理解できなかったのだ。一秒後、彼女の身体は石畳に激しく叩きつけられていた。

 強烈な痛みが彼女の身体を襲った。特に先に地面に激突した両足からは激痛が走った。気をしっかり持って良く観察してみれば、両足はあらぬ方向に折れ曲がっていた。その光景を見てミカは声を上げかけたが、すんでのところで押しとどめる。この殺し屋どもが徘徊しているこのフィールドで悲鳴なんか上げられるわけがない。それだけの気丈さは持ち合わせていた。だが、それも限界に近い。彼女は痛みと、得体の知れない状況に置かれていることの恐怖で号泣していた。涙と鼻水で、顔はぐしゃぐしゃで化粧も落ちかけていた。

 どういうことなのよお!

 怨嗟の声をあげようとした時、ミカは何かを感じ取る。自分のすぐ近くに誰かが居る、ということに。素早く周囲に視線を走らすが誰も居ない。だが気配を感じる。気配といってもそんなにたいそうな物ではない。人が発する呼吸音、衣擦れの音、存在するだけで発する体温。そんな有象無象のものが、どこかに感じるのだ。

「おっ。まだ生きているのですな。これで終わりだと思ったのに、やっぱり生身の人間だと計算通り行かないものですな」

「ひいっ!」

 自分の耳元で男の声が囁かれたのだ。恐怖のあまり、ミカは自分の能力を一気に解放した。急速に上昇し、その場からの離脱を計ろうとする。だが、その判断は一呼吸遅かった。すでに見えない男に足首をしっかりと握られた後だったのだ。

「きゃあああああああああああああああああ!」

 絶叫した。足は骨折しており、激しい痛みを感じていたが、恐怖がそれを凌駕した。その時には見えない男はその姿をあらわにしていた。ミカは泣きじゃくりながらその男を見る。特徴的な野球帽を被った少しやせぎすな男だった。瞳が必要以上にきらきらと輝いていて、そこにミカは恐怖を感じた。

「くっ!」

 自らの全てをかけて空中浮遊能力を発動させる。

「おおっ!」

 ミカの右足首を握りしめていた男の身体がわずかに浮いた。そして少しずつ靴底と石畳の間は離れつつある。浮かび上がる速度は一人の時よりもスピードが遅かった。

「ぬぬっ!」

 ミカの右足を補足していた男は、あわてたように残った左手で自分の懐に手を入れる。そこから取り出されたのは、黒光りのする重々しい拳銃だった。ミカはそれを見て驚愕した。そして何かを嫌がるかのように小刻みに首を横に振り、顔を引きつらせた。

「いや、いや、いや……」

 男は取りだした拳銃の引き金を片手で引くと、ゆっくりとその銃口をミカに合わせる。射線が次第に自分の額に合わされて行くことを、まるで人ごとのように見つめていたミカはもう能力を発動させることも、身体を動かすことも止めてしまった。その自分に向けられた銃口が次の瞬間にはどうなっているかを、見つめることしか出来なかった。

 そして、引き金がゆっくりと引かれた――


 ――『スパイラル・キャッスル』の前の石畳の前で、白目を出して倒れているミカを見下ろしながら、男、ケイゴは困ったように頭を掻いていた。

「うむ。意外な結末でしたな。ですが、なかなかハラハラしましたぞ」

 ミカの身体に銃痕などはない。だがその心臓は停止していた。そう、彼女の死因はショック死だった。ケイゴの持っていた拳銃に撃たれたのだと思ったのだろう。彼女の精神と心臓は限界値を超えてしまったのだ。

「だが、これで一ポイントゲットってことですな」

 手にしていた拳銃はケイゴの手の上で、その姿を一瞬で消した。彼の能力は拳銃を自由に出し入れ出来る能力でも、物を消し去る能力でもない。


『ケンゴ』

 その能力は、対象の人間にだけ効果を及ぼす視覚の幻覚能力である。だが対象から遠く離れると能力の効果は薄れ、その範囲はだいたい半径十メートルくらいである。ケンゴはもともとアニメやゲームなどが趣味でネットゲームのヘビーユーザーだった。だから、この『数学者の銀槌』のシステムにも違和感なく溶け込むことが出来た。彼にとってはいつもやっているオンラインゲームの単なる延長線上なのだ。彼のこのゲームに参加に至った経緯は珍しい。ネット上の掲示板に都市伝説のスレッドがあり、そこでこの『数学者の銀槌』についての記述を見つけたのだ。それに対して非常に興味を覚えた彼は様々なネット上のつてを使って、連絡を取れる人間を捜し出し、そして参加を自ら申請したのだ。

 

 その都度その都度、ショウタのスマホが振動した。時同じくしてエミも自分のスマホを凝視していたので、ほぼ同じ時期にスマホが振動したかと思われる。そしてその画面を見たショウタはそこに表示されている意味を知って、身体を硬直させる。

「……ねえ、これって……」

 自分のスマホをしっかりと覗き込んでいるエミの呟くような声にショウタも頷いた。

 スマホ画面の左下部には人の形をしたマークが九個白く表示されていたのだが、その内二つが新たに黒く反転していた。それはつまり二人が死亡したことを意味していた。

「こんな短時間にいきなり……」

 背筋に冷たい物を感じながらショウタは呻くようにそう言う。閉園時間になったとたんにいきなり二人も殺されるなんて。

 これにはとある意味が隠されている。そう、自分らのように逃げ回ることを選択したプレイヤーばかりではない、ということだ。少なくともこの二件の殺人を行ったのは積極的にゲームに参加しているようだ。

 そしてショウタは別の意味でも、この知らせは気が気ではなかった。まさか、この殺された二人の中にコウジがいるのではないか、と考えたからだ。フィールド内で一度も再会することもなく、最悪の結果を迎えてしまったのではないだろうか。ショウタの頭の中に悪い展開ばかりが浮かんでは消える。その時、ゼツボウの言葉が耳に入ってきた。

『今、殺されたのは二人とも女性ネ。残りの男女比率は男が五人、女が二人ネ』

 ほっとした。ということはコウジは生きている。いや、人が殺されているのにほっとしてしまうのはいけないことだろう。それでも友人が生存していることがなによりも嬉しかった。ショウタは心の中で話しかける。

 コウジ。このまま最後まで生き抜くぞ。目標金額に到達しなくてもいい。お互い笑ってこのゲームから抜け出よう。

 そんなショウタを横目で見ながら「ふーん?」とエミが考え深げな表情を浮かべる。

 心を読まれた。

 一瞬、「しまった」と思ったが、考えたら運命共同体のエミにコウジの存在が知られたところで何の問題もないことに気が付いた。それより知って貰った方がいろいろと有利なのかも知れない。……という思考まで読んだのか、エミはおもむろに自分のスマホに問いかけていた。

「ねえ? 残りんプレイヤーん名前は分からんの? 性別だけやなくて」

 なにやら訊いていたかと思うと、すかさずショウタに向き直って肩を竦める。

「プレイヤーん名前と能力は公表されんけんみたいね。性別だけみたい」

「でも、それだけでも分かることはあるよ。男残り五名の内二人は俺とコウジってことになって、女はエミがいるから他には一人だってことだ」

「あたりまえのことじゃない」

「あたりまえのことだけど、それを気にしているか、そうでないかでは大違いだよ。俺たちが知らないプレイヤーはあと四人だけってことだよ。それを知っているだけでも気の持ちようがだいぶ違うだろ」

「……言われてみればそうやね。警戒する対象がぐっと減ったかと思うと気の楽ね」

「まあ、油断は出来ないけどな」

 ショウタがそう言うとエミは小さく頷いた。そしてショウタはふと手元にあるスマホに目を落とす。そこにはゼツボウのアバターがにこやかに微笑んでいる。

 ……ところで、ナビゲーターって一体何のために存在するんだろう。

 ショウタはそんなことを考えた。確かに、この『数学者の銀槌』には説明不足のことが多いので、その都度アドバイスをくれるナビゲーターという存在はありがたい。しかし深く考えてみると理屈に合わないことも多い。エミの言動からも分かることだが、どうやらプレイヤー一人につき一人ずつ付いているようだ。単にプレイヤー十人にルールのアドバイスを送るだけなら、一人のナビゲーターが十人全てを担当したところでもおかしくはないと思う。それにプレイヤーに与えられるのとは異なる情報も得ているようだ。プレイヤーの男女比などはスマホ画面からの情報にはない。だとするとナビゲーターとは一体……


 ジェットコースター上のバトル、そして『スパイラル・キャッスル』前でのバトルの二件のバトルをつぶさに観察したその男は、物陰から物陰へと音もなく移動した。決してあわてることなく、そして目立つことなく。まるで夜の闇の静けさに同化したしたかのように、ゆったりと彼は移動していた。その足取りは、突然の攻撃にもすぐさまに応対できるような足取りだった。恐らく、何らか専門の訓練を受けた人間であることは間違いがない。

 とあるアトラクションの背後にある木立の陰に身を潜めた瞬間、彼のスマホが振動した。彼はあたりに人の気配がないことを確認すると、一言簡略に「はい」と応答した。

 彼のナビゲーターからの連絡だった。

『状況はどうだ』

 男は油断無く辺りを見回したまま、口を開く。

「残り六名の存在は全て確認致しました。その内の二名は能力も確認。一人は恐らく切断能力。もう一人は幻覚能力かと思われます」

『分かっているな。お前の目的は最終的な勝利だ。この段階の戦闘に口を挟むな』

「理解しております」

 男はナビゲーターが見ていないのにも拘わらず、小さく低頭した。

『それで、目標はまだ特定できないか?』

「申し訳ございません」

 男は言い訳も挟まず率直にそう謝罪した。そんな男にナビゲーターはどうやら好感を持っているようだ。

『良い。ゲーム終了間際までに見つけ出せば済むことだ。逆に終了直前まで特定出来なかった場合は……分かっているな?』

「はい。全員始末させて頂きます」

 男はこともなげにそう言い切る。その能面のような表情からはなにも読み取れない。だが、それが当たり前の事のように、まるで朝起きて目覚まし時計を止めることのように、言い切るのだ。ナビゲーターは男に全幅の信頼を置いているようだ。

『ところで目標の情報が一つ入手出来た。捜索の一助にして貰いたい。今、データーを送る』

「はい」

 彼はスマホを懐から取りだした。周囲から目立たないようにバックライトの光を遮断したのは当然の処置だ。男は目を眇めてそれを読むと復唱した。

「目標――最優先で殺害するプレイヤーの名前は――」

 床は一呼吸置いて再び口を開いた。能面のような表情はそのままに。

「ショウタ、というのですね。了解致しました。このプレイヤーの殺害を最優先事項に致します」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ