第五話 Contact
第五話 Contact
『能力を使いこなすためにもう少し練習というか、実験をしてみたいところネ。ジャンプ出来る距離や、他の物体をジャンプさせることは分かったけど、まだまだ可能性がありそうな気がするネ』
ショウタはレストランでハンバーガーを頬張りながらそれを聞いていた。今は昼時でこのレストランも家族連れやカップルでほぼ満席状態だ。同じプレイヤーの索敵を避けるには一般来場者に混ざるのが得策というゼツボウの説明を受けてのことだった。そしてちょうど腹は極端に減っていた。普段少食のショウタにしては珍しいことだった。
『恐らく、能力を使ったことと、寄生しているスランバーのせいだと思うネ』
というゼツボウの説明に至極納得が行った。さきほどスマホの画面を見たら残り時間は『四十三時間八分』となっていた。どうやら午前十時がゲームスタート時間と設定されているらしい。
『どのくらいの重さものまでジャンプ出来るのかも知りたいし、また別の物体をジャンプさせる場合、どれくらいまで離れたものに影響を及ぼせるかも知りたいネ。でもそれもあまりおおげさにはダメ』
「なんでだよ」
ハンバーガーを一つ食べ終わったショウタは、次にパスタに取りかかる。実は頼んだのはそれだけではない。サラダ、パン、サンドイッチは、もうすでに食べ終わっていた。それくらい腹が減っていた。給仕のウエイトレスは連れがいるのかと思って対面の座席に皿を置いたくらいだ。それだけ頼んでもスマホを翳せば食事代金はタダだ。こんな状況下に置かれているのにも拘わらず、少し得した気分になる。
『能力の発現の仕方は個人によってまちまちだ、と言ったネ。人によっては探索能力を発現したものもいるはずネ。ゲーム初期段階に於いて探索系能力を持ったプレイヤーが圧倒的に有利となるわけネ』
「それだけに目立った行動はしてはいけないということだな」
『そういうことネ。理解が早くて助かるネ』
幸か不幸かショウタはすでに一ポイントを得ている。これで同じくこのゲームに参加しているはずのコウジが一ポイントを獲得してくれれば、ユメの治療費のノルマは達成したことになる。これでゲーム終了まで逃げ切ればハッピーエンドだ。
……というところまで考えて、ショウタは自分を恥じた。コウジが一ポイントを獲得する、ということは誰か一人死んだ、ということである。
何がハッピーエンドだ。誰かの死の上に成り立つ幸福なんてあり得ない。
ただ、どちらにしろ、コウジとどこかで合流しなくてはならない。どうやってコウジを見つけたら良いのだろう。ショウタはちらとスマホに目を落とした。どうやらナビゲーター側にもプレイヤーがどこにいるかという情報は分からないらしい。自分のスマホは取り上げられているから連絡の取りようがない。そしてこの支給されたスマホは特定の電波しか送受信できないようになっているらしく、やはりコウジに電話をかけることはできない。そもそもコウジもこのゲームに参加しているのだから、コウジに電話で連絡を取ることは不可能だと言える。
ショウタは頭を抱えた。結論としては現時点に於いて他のプレイヤーと連絡を取る方法は存在しない、ということだ。もともとこのゲームが誰がプレイヤーであるか分からないところに、ゲームの面白さを設定しているようなところがある。そのような性質のゲームの為、極力他プレイヤーの存在を知ることの出来る情報は提供されないようにされているようだ。
「……っていうかさ、この一日来場者数何万人というこの『エンドレス・ワールド』でたった九人のプレイヤー同士が遭遇することなんてあるのか? 結局殺し合いなんかせずにゲーム終了時間を迎えてしまうんじゃないのか?」
『違うネ、ショウタ。ゲームが進むにつれて分かることだけれど、どうしてもプレイヤー同士だけが鉢合わせすることになるネ。それは――』
と、ゼツボウが説明を始めかけた、その時だ。ショウタの背中に固く、何か尖った金属製の物が突きつけられたのは。
「あら、早よからポイントばゲットしたのはあんたと? 怖ずかねー」
背後からそんな声が聞こえてくる。だが背中に当てられた鋭利な金属が気になって振り向くことが出来ない。
『……やられた』
ゼツボウが呻いた。悠長なことだが、ショウタはその時になってようやく自分が他のプレイヤーに発見されたのだ、ということに気が付いた。だが――
なぜ、見つかった? ゼツボウとの会話も小声で話していた。端から見るとただハンバーガーを食べていたとしか見えないはずだ。
殺し合いのゲームに身を投じるという状況が何か自分でも気付かないような緊張感でも発散させていたのだろうか。それともこの背後の女はさきほどゼツボウが言ったように探索系の能力の持ち主なんだろうか。もしそうだとしたら隠れる術はない。
だが、自分の能力は瞬間移動だ。この危機的状況を一瞬で打開することが出来る。
ショウタはそう考え、精神を集中させようとした。が――
「へえ、あんたの能力は瞬間移動なん? ああ、いかんとよ。どげさ跳ぼうとしているかも分かるっちゃね。ウチ、すぐに対処できるっちゃ」
「!」
女のその言葉で、跳ぶことに集中し掛けた精神が心の中で粉々に霧散する。
……なぜ? どうして俺の能力が分かった。
このゲームに於いて、自分の能力が相手に知られるということは致命的である。事前に能力のタイプが分かっていれば、それに対する対応策を考えることが出来るからだ。それだけにこの状況は最悪だった。他のプレイヤーに自分の存在を発見された挙げ句、背後を取られ、能力まで露見した。すでにチェックメイトだ。
死。
ショウタは心のどこかでその言葉を覚悟した。
だが、悔恨と驚愕で表情を歪ませるショウタの心情など知るよしもなく、背後の女はあっけらかんと話を進める。
「早とちりは困るっちゃね。ウチは別にあんたと殺し合いに来たんじゃなかとね」
「え?」
背中に突きつけていた金属――それはレストランで使われているナイフだった――の力を緩め、ゆっくりとショウタの正面に移動して椅子に座ったのは、猫のような茶目っ気のある笑顔が特徴的な女性だった。その若さからショウタと同い年くらいかと思われる。頬杖を突いて楽しそうにショウタの顔を覗き込んでいる。わずかに前屈みになったその胸元からは魅力的な深い谷間が見え隠れした。思わずそちらに目が行ってしまう。そんなショウタの視線も気が付いた上で女は「うふふ」といたずらっこを見つけたような目で覗き込んだ。
「良かったらさ、ウチと手ば組むってのはどうやろか? ショウタくん?」
俺の名前まで……。
疑問符が頭の中を飛び交い困惑の表情を浮かべるショウタを余所に、その女はまるで彼氏とデートにでも来ているかのように、楽しそうに微笑んでいた。
その時、ふいに今まで沈黙を保っていたゼツボウが口を開いた。
『……ショウタ、たぶん、この女の能力は精神感応能力ネ。俗に言うテレパシーというヤツだと思うネ』
「そん通りっちゃね」
ショウタが何も口に出していないのに、ゼツボウの言葉に間髪入れずに女は返答した。
ゼツボウの言う通りだ。この女の能力がテレパシーなのは間違いがない。心で考えていることが筒抜けだ。なにより、決して外には聞こえないゼツボウの言葉に対してそのまま返事したことがその証左となる。
「ウチの名前はエミば言うけん。よろしくね。で、あんたの名前はショウタ。そしてあんたのナビゲーターの名前はゼツボウば言うとね。面白か名前」
『互いのナビゲーターのことを話すのは禁則事項よっ!』
ゼツボウは声を荒らげた。心を読み取られること前提で言ったのだろう。どうやらエミの方でも自分のナビゲーターにそれを注意されたようで、耳を押さえて顔を顰めている。
「……はい、はい。分かった、分かりましたー。もう、ほんま、しゃあしかねー」
エミは可愛らしく舌を出して、肩を竦める。こんな状況下でなければ、これほどの可愛い子とレストランで相席となったら、心が躍ることだろう。それほどにエミは愛嬌のある顔立ちで、スタイルも良い。だが、今は殺し合いの時間帯であり、領域内だ。いくらショウタでもその辺をはき違えることはない。油断なくエミを観察し、そして身体はいつでも動けるように絶えず意識を配っていた。
『エミ』
東京出身の高校三年生である。彼女の能力はテレパシー。彼女が念じると思念が猫のような形態を取り、対象の身体の中に飛び込む。大の猫好きであるので、能力もそのような形態を取るのであろうか。とある暴力団の金一億円の運び屋をすることになったがふとした出来心でそれを横領してしまった。期限までその金を元に戻さないとエミは死より悲惨な目に合わされることになる。その為にこのゲームに参加した。インチキ博多弁は昔付き合っていた彼氏の影響だ。口癖を真似ている内に彼女自身の癖になってしまったようだ。
「そやけん、ショウタみたいな能力を持っとるプレイヤーば見つけられて嬉かねー。ウチと同じようなタイプの能力者やったらお互い何の役にもたたん」
「どういうことだ?」
ショウタはエミの目を覗き込む。エミは猫のように眼を細めるとにっこりと笑った。
「あ、やっと、喋った。さっきからウチしか喋っていなか、ちょこっとしゃばかなってきたとこだったっちゃ」
それは、お前が心を読むせいだろ、と思ったが口には出さなかった。いや、口に出さなかったところでエミにはすでにこのことは筒抜けなのだ。どうにもやりにくい。
「こん通り、ウチの能力は心ば読むことしかできん。何の攻撃もできんし、まして武器ば持って人を殺すことなんてこともできん。そやけんショウタみたいな能力ば持ったプレイヤーと手ば組みたいと思ったっちゃ」
それを聞いてショウタは舌打ちをする。自分では人を殺せない。だから俺に人を殺させようと言うのか。なんてムシの良い話だ。
ショウタは怒りに満ちた瞳でエミを睨み付ける。そしてこの感情はすでにエミに伝わっているだろう。だがエミは相変わらずあっけらかんとした表情でショウタの怒りを受け流している。どうせ心を読まれて伝わっていることだと思ったが、ショウタは敢えて口にすることにした。
「残念だけど、ポイントを一つ獲得しているが、それは俺が殺して獲得したものじゃない。俺の目の前でプレイヤーが勝手に死んだだけなんだ。それに俺はこのままゲーム終了まで逃げ切るつもりだよ。もし、あんたが俺と同じ考えなら協力するけど、俺の力を使って他のプレイヤーを殺したいって言うのなら、お断りする」
「あららー」
エミは珍しい物でも見るように目を眇めてショウタを見つめた。と、その時だ。
『逃げ回る!?』
ゼツボウの金切り声がショウタの右耳を貫いた。
『何を考えているネ! 誰かを、他のプレイヤーを殺さないとポイントが手に入らないネ! 勝てないネ!』
顔を顰めて右耳を押さえる。ショウタはゼツボウが言い終わるのを待って口を開いた。
「ルール上は四十八時間を切り抜ければ、生還出来るんだろ? 無理して他のプレイヤーと争う必要もない。おまけに俺は運良く獲得したポイントを一つ持っている。なら何の問題もないじゃないか。何をそんなに興奮しているんだよ」
『……くっ』
イヤホンの向こうからは荒々しい息づかいが聞こえてくる。やがて何を思ったのか、ふいにゼツボウは口を開いた。
『この女と共闘するネ』
落ち着きを取り戻したようなゼツボウの冷徹な声にショウタはわずかに戸惑う。リアルタイムでショウタの心を読んでいるエミはそのゼツボウのセリフに満足そうに頷く。
「良かね」
「な、なんでだよ」
ショウタの疑問にゼツボウは即座に答えた。
『この女を完全に信用するわけにはいかないけど、仲間としてテレパシーの能力者がいるというのは相当なアドバンテージネ。仮にこの先ショウタが他のプレイヤーと遭遇したときに、心の読める彼女の存在は有利に働くネ。また百歩譲ってショウタのプランのようにひたすら逃げ回ることにしたとしても彼女の能力は、有効ネ』
言われてみればもっとものことだった。この目の前にいるエミというテレパスを信じるか信じないかは関係ない。上手く利用してやれ。ゼツボウはそう言っているのだ。
一方、エミも自分のナビゲーターとなにやら相談していたようだ。当然のことながらその話は聞くことが出来ない。こちらの会話が筒抜けで、向こうの会話は知ることが出来ないというのは不利だとは思ったが、これも能力上のことなので仕方がないことだった。やがて相談が終わったのか、エミはあの特徴的な猫のような愛嬌のある笑顔でショウタに向き直った。
「ショウタのこん先、二日間逃げ回るというそんプラン、協力する。一人で逃げ回るより、二人で協力しながら逃げ回った方がどんだけ有利か分からんっちゃ」
ショウタはエミを睨み付ける。
「何を企んでいるんだよ」
「何も? ウチだって命は惜しいと。敵から攻撃ば受けたときに、瞬間移動の能力ば持っているショウタの力は有効だと判断しただけ。自分以外の物体も飛ばすことが出来るんでしょ?」
自信満々にそう語りかけるエミにショウタは顔を顰めた。そこまで心を読んでいるのか、と。もうこの女に隠し事は出来ない。
「まあ、お互い生き抜っくっちゃね?」
元気よく突きだされたその右手をショウタはつかみ返すしかなかった。
「ひゃ、ひゃあーっ!」
ショウタとエミは同時にとあるアトラクションの建物内に出現した。そこは『エレメンタル・シアター』。ホログラフで施設内の至る所に精霊のキャラクターを現出させ、物語を繰り広げるという立体的な映画館である。二人はその上映中の施設内に瞬間移動したのだ。ちょうど無数の妖精たちが乱舞しているシーンだったせいか、その隅の方でショウタとエミが現れたことに誰も注意を払わなかったようだ。そんな中ショウタとエミはフロアに尻餅をつけて軟着陸していた。
「はあ、はあ、はあ、け、結構どきどきして楽しいかね、これ!」
エミはショウタの腰に手を回して抱きついたまま、そう言った。
「あ、ああ」
ショウタは無愛想にエミの言葉に応えた。これは一つの実験だった。自分以外の物を瞬間移動出来ることは確認出来ていたが、自分と他人を同時にジャンプ出来るかどうかがまだ分からなかった。今回はエミという運命共同体が出現したので、それを確認する必要性が生まれたのだ。
結果、それは可能だった。その距離は一人でジャンプするときと同じくらいの五メートル。二人分のジャンプだったが、ショウタの精神的な負担は全く無かった。もっと圧迫感がかかるかと思ったが、なんということはなかった。どうやら瞬間移動に距離的な制限はあっても、重量的な制限はないのかも知れない。
ただ、そんなことは果てしなくどうでも良かった。今、ショウタの心の九十パーセントを占めているのは、ぷんと香ってくる甘い匂いと、自分の背中に密着している柔らかい二つのものだった。それがショウタを無愛想にしている最大の理由だ。
次の瞬間ショウタは、はっと我に返る。
エミはテレパス。ってことはこの思考も読まれている……?
あわてて後ろを振り返ると、いたずらっ子のようにきらきらした目でこちらを覗き込んでいるエミがいた。エミはショウタの腰に回していた腕を急に引き離した。そして一定の距離を取り、視線をわずかに逸らすと「エッチ」とぼそりと呟く。
「いや、これは、そのちょっと」
弁解をしようと試みるが、全てが事実、そして心の中を直に読まれているだけあって、手の施しようがない。開き直ることにした。
「しょうがないだろ! 女の子に抱きつかれれば男はみんなどきどきするんだから!」
「ふうん、こぎゃん状況下でもそうなんねー。男ってややねー」
「くっ!」
為す術がない。仕方が無くショウタはごまかすように「行こうぜ!」と先を促した。『エレメンツ・シアター』は洞窟状のアトラクションになっている。その行く先々でホログラフの映像が浮かび上がり飽きさせない展開を提供し続けるようになっている。妖精の群舞のシーンにジャンプをしようと言ったのはエミだった。前に一度、このアトラクションに入ったことがあるらしい。一般客に混じりながらアトラクションを出口に向かって進んでいるとふいにエミが口を開いた。
「さっきから他の人間ば一人一人チェックをしとるけど、なかなか見つからなかねー。ウチたち以外のプレイヤー。そろそろきつかー」
ショウタの耳元のイヤホンでゼツボウが囁く。
『ショウタ、今の意味、分かるよネ』
「ああ」
ショウタは即座にそう答えた。
エミは「他の人間を一人一人チェック」と言った。ということはエミのテレパシー能力は全方位ではなく、指向性を持っているということだ。自分が意識した相手でないと心を読むことが出来ないということだ。これには二つの意味がある。エミが自分を見つけたのは、ただの偶然だったと言うこと。そして、他人の思考を読んでいるときは別の人間の思考を読めない、ということだ。
「手ば組んだ今となっては、今更隠す必要もなかし、別によかよ。一日何万人もん来場者がある『エンドレス・ワールド』やもん。あんだば見つけられたんは、ラッキーやったね」
その思考を読んだのだろう。エミはさして動揺もせずに淡々とそう語った。確かに、手を組んだ今となってはそんなエミの能力の特徴を知ったところで、あまり有効ではない。
やがてエントランスに差し掛かり、二人は『エレメンツ・シアター』の外に出た。外に出ると日はとっぷりと暮れかけており、夕日の橙色が夜の群青に駆逐されようとしている。辺りのアトラクションの電飾も次々と点灯を始めていた。
「ちょこっと休もうっちゃ」
エミはそう言って手近なベンチを指差した。ショウタは頷き、エミと共にそこに腰掛ける。エミは親指と人差し指で頭のこめかみ部分をもんでいた。能力を使いすぎたのだろう。ショウタは近くにあった自動販売機でお茶を買って、エミに手渡す。
「サンキュ」
それだけ言ってエミはそのペットボトルを受け取ると、そのまま盆の窪の辺りに当てた。
日が暮れてから行われるパレードがまもなく行われるらしい。客の流れがパレードコースに向かっている。そしてそれとは逆に出口に向かい帰ろうとしている客。それらを見ながら、ショウタは自分が相当に空腹を覚えていることに気付いた。昼食であれだけ食べたのにもう消化がされているとは。スランバーに栄養として取られたり、能力発動時に相当のカロリーを消費しているというのは本当のことらしい。恐らく隣のエミも同じ状況のはずだ。
「エミ、何かメシ食いに行こうぜ。早くしないと閉まっちゃうかもしれないし」
「うん、賛成ー。何にしよっと。バーベキュー屋はどげん?」
「賛成」
そう言ってからショウタはエミを促して園内を移動しようとした。エミの言うバーベキューレストランの場所は知っている。少々値段が高いので、ユメと来園した時は使わなかったが、今回は金は使い放題だ。いくらでもぜいたくが出来るというものだ。そう考えてエミを振り返るとエミは顔を真っ青にさせて、ショウタを見つめていた。いつもポジティブな笑顔を浮かべているエミにしてはその表情は珍しい。
「ショウタ。今ショウタは『早くしないと閉まっちゃう』と言ったっちゃね?」
「ああ」
「でも、ウチらの戦いは四十八時間ちゃね」
「……」
「『エンドレス・ワールド』の閉園時間は午後九時ちゃね。……ちゅーこつはそん九時以降ってどげんなると?」
「あ」
『エンドレス・ワールド』の閉園時間は夜の九時。だが『数学者の銀槌』は四十八時間。そして領域の外には出られない。ということは……。
『……いまさら、そんなことに気が付いたカ? そう、夜は全ての来場者は退場し、スタッフも帰宅するネ。残っているのはこのゲームの参加者の九名しかいない。昼間と違って人混みに紛れることも出来ないネ。前に一度訊かれたネ、ショウタ。「来場者数何万人というこの『エンドレス・ワールド』でプレイヤー同士が遭遇することなんてあるのか?」って』
ショウタとエミの背中にぞくりと冷たい物が走るのを感じた。
『そう。夜こそ本当の殺し合いが始まる時間帯ネ』