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第四話 Practice

第四話 Practice


『じゃあ、今度は一つ飛ばして二つ先の個室へジャンプしてみるネ』

「OK」

 ナビゲーターの声に軽く応えてショウタは意識を集中させた。二つ右隣の個室へ……。

 瞬間、今まで居た個室と同じデザインの別の部屋に到着する。さっきまでの個室と異なると言うことはトイレットペーパーの残量や、微妙な汚れ方などの細かいデティールで判断出来た。

『では、今度は三つ先には?』

「やってみる」

 ショウタは意識を集中させる。さすがに何度もジャンプして来たせいか、能力の発動のコツはだいたい体得してきた。今では発動させるまで一秒もかからない。

 次の瞬間、再びショウタは別の個室に現れた。今度は自分がどこの個室に跳んだのか分からないので、一度表に出てみることにする。確認してみると自分は元の個室に戻ってきただけだった。ということは三つ先のジャンプは出来なかったようだ。

『ジャンプは約五メートルが限界のようネ。それに障害物があった時は、本能的にそれを避けて着地するみたいネ』

 ナビゲーターは冷静にデーターを蓄積させて行く。その時ショウタはふと思った。

「自分以外の物体をジャンプさせることは出来るのかな?」

『興味深いネ。やってみて?』

 ショウタは即座に頷いた。個室に入り直して、備え付けてあったトイレットペーパーを手に持つ。そして軽く念じる。とたん、手が軽くなった。持っていたトイレットペーパーは消えて無くなっていたのだ。すぐさま個室から出て隣の個室へ赴く。

 そこの床には今までショウタの持っていたトイレットペーパーが転がっていたのだ。

『ヴァンダーバール! いよいよ汎用性が高い能力ネ。いろんなことが出来そうネ』

 能力を使うことに少し楽しくなってきた自分に気が付いていた。もう少しいろいろ試してみたかったが、昼食時に差し掛かってきたせいか、次第にトイレ内の人の行き来が激しくなってきた。今までのように個室も同時にいくつも空いているという状況が少なくなってきた。

『……ここでの練習も限界ネ。仕方がないネ。表に出て食事でもしながら今後のプランを検討する、というのはどうネ』

 それには同感だ。実際ショウタの腹は異様に空いていた。ひょっとするとスランバーという余計な生物を体内に飼っているせいなのかも知れない。だが……。

 ショウタは先ほど自分のポケットを探った時のことを思った。自分のポケットにはこのゲーム用に支給されたスマホとその周辺機器しか入っていなかった。自分が初めから持っていたはずのスマホ、サイフ、自宅の鍵などは全て持っていない。恐らく眠らされている間にゲームの運営側に奪われたのだろう。理屈は分かる。この殺し合いのゲームをしている間に外部に連絡を取れないようにするためだ。恐らくゲーム終了後に返却はされるものと推理出来るが、そうだとすると今ここで食事を摂るなんてことは出来そうにない。金がないからだ。

 ショウタがその旨をナビゲーターに伝えると『それなら大丈夫』と実に軽い声が返ってきた。

『お店の精算の時にこのスマホをレジでかざすネ。それで支払いは完了ネ』

「え? いくら使っても良いのか? 上限とかは?」

『上限はないネ。制限時間中だったら使い放題ネ。そんなに使う機会もないとは思うけど』

 言われてみればそうだった。自分はここに遊びに来ているわけではないので、土産などを買う必要はない。そうすると食費だけの勘定となるが、それだって所詮食べられる量は限られている。

 上手くできているってわけか。

 そう心の中で納得し、理解したショウタはトイレから出て、レストランへと向かった。ここは昔ユメと何度か遊びに来た遊園地だ。敷地内のどこに何があるかは、ある程度把握している。確固たる足取りでショウタは目的のレストランへ向かった。それはメインエントランスに併設されているレストラン。ユメと一緒に行ったことのあるレストランだ。

『……ちょっとショウタ。一応説明しておくけど、この敷地の外に出てはダメネ?』

 ナビゲーターの不安げな声が聞こえてきた。その言葉の意味が分からず、怪訝な表情で首を傾げたショウタだったが、すぐにナビゲーターの意図を理解した。自分の足がエントランスに向かっているから、敷地の外に出ようとしているのではないかと、危惧したのだ。

 「そんなことはしないよ」と言いかけたが、出入り口を目前にすると、心がぐらついている自分に気が付く。

 このまま、ここに居ても殺し合いをするだけだ。もしくは、命の恐怖に怯えながら九名の殺人鬼から逃げ惑うだけ。でも――ここから外に出てしまえば、その地獄からは解放される。自分はすでに園内に入っている。退出することにはなんのチェックもなされていない。このまま数十メートル真っ直ぐ歩けば、自分はもうこの殺し合いのゲームとは無関係の人間となる。

 それは大きな誘惑だった。ショウタの足は自然と早まった。どんどんとエントランスに近づいていく。その方向はレストランではない。

『ショウタ! 何考えているネっ!』

 あと十メートル。あと八メートル。それで俺はこの奇妙なゲームの緊張から解放される。ユメの治療費? 大丈夫、きっとコウジが頑張ってくれるさ……。

『ショウタッ!』

 ナビゲーターの絶叫が耳につんざいた、その時。

 ショウタの進行方向を遮るように割って入った男が居た。男は三十代くらいだろうか。無精ひげをその顎にはやしていて、目は血走っている。そしてその目は真っ直ぐにエントランスに向かっている。

「糞が、糞が、糞がっ! こんなことやってられっかよ!」

 そう言って男は早足のまま、何かを地面に叩きつけた。からからとショウタの足下まで転がってきたそれには見覚えがある。

 ……スマホ?

 それを手に取ってみた。衝撃のためすでに液晶は割れてしまい。動作すら出来ない状態だが、そのスマホのデザインは今、ショウタがナビゲーターと連絡を取るために使っているスマホと同じ物だ。ということは……?

 プレイヤーだ!

 ショウタの身体は一瞬にして緊張し、歩を完全に止めた。そして歩み去ろうとしている男を凝視する。だが、男はショウタに注意を払うこともなく、そのままエントランスを走り抜けていった。

「あ」 

 ショウタはそんな間抜けな声を漏らしていた。他のプレイヤーとの最初のコンタクトが何ということもなく終わったせいだった。そしてその男はエントランスの外で戸惑ったように自分の身体を見回すと、重責から逃れたかのように晴れ晴れとした表情をその顔、満面に浮かべる。

 なんだ、外に出ても大丈夫なんじゃないか。

 そう安堵したその時、園外に出た男に異変が起こった。男は急に、全身を硬直させて苦悶の表情を浮かべる。そして両手で腹を押さえると、まるで冗談のように口から血を吹き出し、その場で崩れ落ちたのだ。

 エントランス周辺に居た人々から悲鳴があがる。一斉に人がその周囲から引いた。だが、次の瞬間今度は逆に人垣が出来る。そしてしばらくしてからおずおずと「大丈夫ですか!」と声を掛け近づく人も現れだした。その時、

 「はい、下がって下さい!」と有無を言わさぬ声で割って入ってくる二人の男がいた。男たちはヘルメットを被っており、オレンジ色を基調とした制服を身に纏っている。二人は担架を抱えていた。救急隊員だ。救急隊員の登場に周りに居た人々は安堵し、散らばり始めた。だが、

 早すぎる。

 ショウタはそう感じていた。救急隊員の登場が早すぎるのだ。男が倒れてから救急隊員の登場まで一分もかかっていない。その間、誰かが通報した気配も見受けられない。こうなることを想定して、救急隊員が待機していたとしか思えない。ショウタの背筋にぞくりと冷たい物が走るのを感じた。

 スタッフだ。この救急隊員は恐らく『数学者の銀槌』側のスタッフなのだろう。この人殺しゲームの為に、『エンドレス・ワールド』の至る所に控えているのに違いない。

 急にショウタの足ががくがくと震えてきた。『数学者の銀槌』の運営側の本気を知ったことと、人が死んだことを目の当たりにしたためだ。足は震えてまるで大地に縫い付けられたように動かない。目は瞬きもせず、倒れた男を凝視している。

 その時とあることに気が付いた。救急隊員は上手く身体や担架で人目からカバーしていたが、ショウタの方向からちょうどそれが目に入ってしまった。倒れた男の口から血まみれの爬虫類のようなものがなめくじのように這い出してきたのだ。全長十センチはあろうか。太さは女性の腕くらいはあった。救急隊員は何食わぬ顔で手早くそれを回収し、黒い袋の中に包み込んでしまった。ショウタは怖気立った。そしてそれが何なのか直感した。

 スランバーだ。

 あれがきっと体内で孵化して成体となったスランバーなんだ。思わず自分の腹を押さえる。あんなものが俺の腹の中に……。

 急激な不快感が襲ってくるが不思議と吐き気は催してこない。さっきナビゲイターが説明をしていた。スランバーのせいだ。吐き出されたくないから、そのような効能の体液を分泌しているからだ。

 と、その時だ。右ポケットに入れておいたスマホが小刻みに振動したのに気が付いた。はっとショウタは我に返る。それと同時にイヤホンからナビゲーターの声が響いてきた。

『ショウタ、スマホ画面を確認してみるネ』

 言われた通り、ポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。そしてその液晶を覗き込んでみると、画面に変化があったことに気が付いた。画面いっぱいに広がっているのはナビゲーターと思しき可愛らしい女の子のアバターであるのは、以前見た時と変わらない。変わっていたのは画面の上部と下部だった。

 右上部には金色の星のマークが点滅していた。そして画面左下部には人の形をしたマークが十個白く表示されており、その内一つが黒く反転している。ナビゲーターの説明を受ける前から、それらのマークの意味するところがショウタにはなんとなく分かった。

『左下の人型のマークはショウタたちプレイヤーを現しているネ。そして色が反転しているのは、デッド・アウトしたプレイヤーネ。今し方、禁忌を犯して亡くなった男性のことネ』

「……なんで表に出ただけで、死んじまうんだよ」

『スランバーという生物はまだ実験体ネ。保護されたエリア内でしか生きながらえることが出来ないネ。この施設『エンドレス・ワールド』のエリア内にはスランバーの生息することが出来る電波を放出させているネ。なので、エリア外に出てしまうとスランバーがショック死してしまうわけネ。制限時間中は、スランバーと宿主は強く融合しているので、スランバーが死んでしまうと宿主も死んでしまうわけネ』

「……そういうのは始めに説明しておくべきだろ」

 ショウタは吐き捨てるように言った。

『あまり多くの情報量を提供するのは、混乱の元になるネ。だけど最初に言っておいたネ。フィールドの外に出てはいけないと』

「それは……」

 それは確かに訊いた。ナビゲーターからも再三外に出るなと注意を受けた。だが、まさか死ぬことになろうとは。きっと死んだ男もこの説明は受けていなかったはずだ。受けていたら外に出ようなんて思わなかったはずだ。……いや、考え方が甘いのは自分の方なのか。そもそも殺し合いが前提のこのゲームでの罰則が『死』であるというのは容易に考えつきそうなものじゃないか。いや、恐らく心の底ではそれを理解していたのだと思う。だが、頭のどこかで楽観的観測を望む思考があったのだ。

『……説明を続けるネ。右上に点滅で表示されたマークはゲットしたポイントを現してるネ』

 ゲットしたポイント? それってつまり人を殺した人数ってことだろ? それでどうして、俺がポイントをゲットしたことになるんだ?

 ショウタがそう質問しようとするとそれを察したようにナビゲーターは言葉を続けた。

『今回のように不慮の事故でプレイヤーが死亡した場合、最も直近に居たプレイヤーにポイントが加算されるネ』

「……それも最初に言っておけよ」

『こんなことはイレギュラーな事故ネ。説明する情報の優先順位としては下位の方に当たるネ。それよりショウタに伝えなくてはいけないのは生き延びるための技術ネ』

 ナビゲーターの言うことは最もだった。とりあえず、今まで説明してくれた情報で無駄な情報は何一つない。

『それにしてもラッキーネ、ショウタ。手を汚さずにポイントゲットネ』

 画面にはアバターが満面の笑みを浮かべていた。ショウタはそれを見て嘔吐感がこみ上げてくるのを感じていた。

 狂っている。このゲームは狂っている。人が死んだことを悼むことなく、それをラッキーだと喜ぶこの神経が。自分はこの狂気の空気の中にこれから四十八時間も浸っていなければいけないのだろうか。仮にゲームのラストまで生き延びたとしても自分の精神は壊れてしまうんじゃないだろうか。

 そんなことを考えて、目の前がぐらつくのを感じていた。もうすでに、壊れかけているのかもしれないな。ショウタは正気を取り戻すかのように頭を一度小さく振った。

『ショウタ? どうしたネ?』

 画面のアバターは心配そうな表情に変化している。実に良くできたアバターで微妙な変化を上手く表現出来ている。だが、このアバターの裏にいる人間は果たしてそんなことを考えているのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。今、自分のすることはこのナビゲーターから出来る限りの情報を引き出して、この死のゲームを生き延びることだけだ。

 すうっと大きく息を吐いて、ショウタは画面のアバターに話しかけた。

「いや、なんでもない。それよりこれからゲーム終了まで改めてよろしく頼む。さっきみたいな説明不足はなし、だ」

『分かったネ。まかせるネ。出来る限りフォローするネ。ようやくショウタもこの現状を理解してくれたようネ。こちらこそよろしくお願いシマス』

 アバターはぺこりと頭を下げた。

「あと……名前を教えてくれないか? 実はさっきから呼びかけ辛くてしょうがないんだ」

「え? 私カ?」

 ナビゲーターは一瞬驚いたような声を上げた。そしてしばらく言い淀んだような時間が過ぎたかと思うと、やがて切れ切れに言葉が聞こえてきた。

「……私の名前カ? ……私の名前は」

 その時、画面上のアバターの表情が一瞬歪んだかのように見えた。


『ゼツボウ、というネ』


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