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第三話 Navigator   

第三話 Navigator   


 きらびやかな音。行き交う笑い声。頬を撫でる涼風――。

 ゆっくりと開かれる瞼に差し込んでくるのは、昼間の旺盛な太陽の光。

 「!」

 驚いて飛び起きた。端から見て、相当に挙動不審だったのだろうか。目の前を通り過ぎるカップルが自分の方を見てくすくす笑っている。

 ここは、どこだ……。

 目覚めたばかりの頭でショウタは辺りを見回した。まるでおとぎ話の中から出てきたような中世ヨーロッパ風の建物がファンタジックな色彩で彩られている。

 見渡すと、結構な人混みだ。カップル、家族連れ、恐らく学生だと思われるグループ。皆、一様に楽しそうな表情を浮かべている。人ごみに混ざって、ファンシーな着ぐるみも闊歩している。彼らは辺りに愛想を振りまいていた。

 そしてショウタはどこに居たかというと、そんな雑踏の中の傍らのベンチに腰掛けていた。ベンチ自体もカラフルな塗装がなされており、周囲の雰囲気に合っていた。

 ここは……。

 ショウタは奇妙なデジャヴを感じていた。

 以前来たことがある……?

 ゆっくりと立ち上がって、今度は周囲を念入りに観察する。あの建物は『フライング・モンキー』。猿が主人公のアニメ映画をモチーフにした、アトラクションだ。そしてその左側に見えるのは『スケアリー・ロッジ』。あまり怖くない子ども向けのお化け屋敷。そしてその奥の中央に威風堂々とそびえ立つのが、この施設の中心的存在であり、ランドマークである『スパイラル・キャッスル』だ。

 知っている。そのどれもが見たことがあり、楽しんだことがある。ここは国内最大級の遊園地、『エンドレス・ワールド』だ! 

 そしてこんな場所に男一人では来ない。そのどの思い出もユメと一緒の思い出だ。思い出の中のユメの笑顔を、思いだし、ショウタはわずかな感傷に耽った。

 ユメ――?

 その瞬間、ショウタの頭の中で何かが繋がり、そして自分が置かれている立場に思い当たった。

 そうだ! 俺はそのユメを助ける為に、治療費を得る為に、命をやりとりするゲームに参加したんだ。……でも、なぜ、俺は『エンドレス・ワールド』に居るんだ?

 と、その時、ショウタはポケットの中から小刻みな振動を感じとった。

 バイブ……?

 怪訝な表情でポケットに手を突っ込み、そして震えているその物体を取りだした。それはスマートフォンだった。だが、ショウタ自身のスマートフォンではない。見たことのないデザインのスマートフォンだ。胡乱な表情のまま画面にタッチをして、振動を止めると、急にぱっと画面が切り替わる。

『ああ、グート。良かった。ようやく目が覚めたみたいネ』

 画面には可愛らしい金髪碧眼の女の子のアバターが口をぱくぱくと動かしている。

『グーテンターク……じゃなかった。ええと、ハジメマシテ。あなたがショウタ、ネ』

 流暢ではあるが、どこか発音が不自然な日本語が聞こえてくる。これを話しているのは外国人なのか。言葉の端々に混ざる異言語から推理するにドイツ人であろうか。

『私が今回のベラータ……じゃなかったナビゲーターネ。ええと、日本語にすると助言者? 案内人? まあ、ともかく、よろしくネ』

 ナビゲーター? なんだそれは? それにこのスマホは一体?

 スマホの画面をぼおっと眺めながら、ショウタの頭の中は疑問符だらけになっていった。ふと思い、もう一度ポケットに手をやる。自分が本来持っていたスマホやサイフなどは無かった。代わりに小型のイヤホンとマイクらしきものが入っている。

『ちょっとショウタ! しっかりして? もうゲームは始まっているネ? 自分の立場が分かっている? この段階でいかに自分の置かれている状態を理解出来るかが、生死を分けるネ! ボケっとしていると殺されるネ!』

『殺される』!

 ショウタの脳はその一語で一気に覚醒した。そしてフル回転で現状の解析を始める。

 ここ『エンドレス・ワールド』は恐らく例のゲームの『フィールド』なのだ。そう言えば眠らされる前にディスプレイの中の美女も言っていた。『フィールドには一般人も居る』と。そして、このスマホは恐らくゲームの運営陣から支給されたものなのだろう。そして『ナビゲーター』というのはこのゲームについての助言をしてくれる存在なのだ。そしてその殺し合いのゲームはすでに始まっている。スマホ画面の上部には数字のカウントダウンが始まっており、現在『四十七時間三十八分』となっていた。

 もう二十二分も過ぎているのか。

 殺し合いのフィールドでのんきに二十分以上も眠り込んでいたというわけだ。怖気が立った。ショウタは素早くベンチから立ち上がり、きょろきょろと周囲に注意を払う。

『ああ、そんなに緊張しないで、落ち着いてネ。逆に目立ってしまうネ。とりあえず、このスマホを表に出していると目立ってしまうからポケットの中にしまって。その代わりにコードレスのイヤホンと小型マイクがポケットの中に入っているからそれを出して。ああ、小型マイクは歯ぐきの裏に挟むネ』

 さっきポケットに手を入れたときに見つけたのは、このスマホ用の器具だったのか。ショウタはとりあえず、言われた通りにした。イヤホンは超小型で耳栓と言われても分からないくらいだ。これならぱっと見て、イヤホンを付けているとは思われない。歯ぐきの裏に挟め、と指示された小型マイクだが、これも実際挟んでみるとあまり違和感がなかった。

『どう? 聞こえる? 聞こえるのならOK。いろいろ説明しなければならないのだけれど、こんな道の真ん中じゃ、落ち着かないネ。早速目立たないところに移動しましょう。トイレの個室なんか、どうネ?』

 それは同感だった。さっきからこの雑踏の中に居るのは怖くて仕方がなかったのだ。道行く人々全て、自分を殺しに来たかのように見えてしまう。覚束ない足取りでショウタは男子トイレに向かった。幸い食事時ではないので、個室はいくつか空いている。周りに不審な人物がいないかを確認してからドアを開け、そして中に入った。鍵はしっかりと掛けた。洋式便器にふたをかぶせたまま座り、ショウタは小声で声を出す。

「トイレの個室に入った」

『OK』

 ナビゲーターはのんびりとした口調でそう言う。

『じゃあ、始めるネ。私たちが『ナビゲーター』と呼称されるように、あなたがたは『プレイヤー』と呼ばれるネ。すでに説明を受けたとは思うけど、このゲームのプレイヤーはあなたを含めて十名。どんな容姿なのか、何という名前なのかは公表されていないけど、男女の数だけはこちらに伝わっているネ。今回の参加者は男性六名、女性四名ネ』

 ……ということは、男性の残り五名の内の一人がコウジというわけだ。ショウタはそう納得して、ナビゲーターの次の言葉を待つ。

『知っての通り、おのおのがスランバーを体内に取り込んでいるので、それぞれ何かしらの特殊能力を発現させていることになるネ。残念ながらその情報はこちらでも分からないネ』

「……ってことは、俺も能力を?」

『そう。それがどんな能力なのか、そしてそれをいち早く使いこなせるようになるかが、生死の境目となるネ』

「……でも、どうやって」

 あの得体の知れない卵を飲み込めば、超能力が操れるようになるという。だが、それをどうやって発生させて、さらにどう操ったらよいのか、全く分からない。それについてナビゲーターは簡単に疑問について答えてくれた。

『体内に取り込まれたスランバーの卵は胃の中で孵化するネ。そしてわずか数時間で成体となったスランバーは胃壁から人間の身体と同化を始める』

 ショウタは思わず胃の辺りに手をやった。ただ大きめの薬を飲み込んだイメージだけだったのだが、生き物だったのか。とたんに不快感がショウタを襲ったが、嘔吐感は訪れなかった。

『気持ち悪くなった? でもスランバーは特殊な体液を出して宿主から吐き出されないように工夫しているネ。そして更にその特殊な体液を血管を通して宿主の全身に流すネ。これが特殊能力を発生させる原理のようネ。だから、スランバーが取り付いていると思われる胃の上部辺りに意識を集中してみると良いと思うネ』

 理性ではなんとなく理解したが、感情が体内に侵入したという異物の存在を拒否している。だが、数分掛けてようやく感情に折り合いをつけ、胃の上部の辺りに意識を集中させた。するとその辺りがなんだか暖かくなってくるのを感じた。

『意識出来た? なら次は何かを強く念じるネ。……そう。今回アナタは何らかの理由でこのゲームに参加したのネ? なら、そのことを念じてみてはどうネ』

 何らかの理由――それはユメのことだけだ。ユメを救いたい。あの笑顔をもう一度見たい。その一念だけでこのゲームに参加したのだ。ショウタは胃の上部に意識を集中したままユメの事を想った。

 ユメ、ユメ、ユメユメユメユメユメユメユメ――――――

 とたん、自分の身体に異変が起きたのを感じた。ふわりとした浮遊感とともに、心に重力がかかったような圧迫を感じたのだ。それは一種の手応えとも言い換えることが出来よう。次の瞬間、ショウタは広々とした空間に無様に尻餅をついていた。

 「え?」と思わず間抜けな声を漏らしてしまう。今まで存在した畳一畳ほどの狭いスペースではない。同じ壁の色、同じタイルだったが、個室の中ではなかった。

 個室から外に出てしまったのか?

 ショウタは自分の置かれた状態に唖然としながらもそう推理した。だが、数瞬後、その推理が微妙に間違っていたことに気づくのだ。

「ひっ」

 ショウタを見てトイレに入ってきた女性が驚いたように声を上げた。そう、『女性』が入ってきたのだ。ということは……。

 ショウタは素早く辺りに目を走らす。トイレと言っても自分が入った男子トイレとレイアウトが異なる。そう言えば小便器が見当たらない。ショウタはあわてて立ち上がって「すみません! 間違えました!」と声を上げ、未だ入り口で立ちすくんでいる女性の脇をすり抜けて表へ出た。表へ出てみて改めて見返してみると、やはり自分が出てきたところは女子トイレだ。『なるほど、興味深いネ。さっきの男子トイレの個室に戻るネ』

 ナビゲーターに促されるまでもなく、もとよりそのつもりだった。男子トイレに入り直してみると、さきほど自分の入った個室は鍵が掛かっていた。ノックを何度かしてみるが、どうやら誰かが入っている様子もない。間違いない。ここはさっき自分が入って内側から鍵を閉めた個室なのだ。

『ショウタ。隣の個室に入ってみるネ。そして今度は行き先を強く念じるネ。行き先は隣の個室、つまり始めに入った個室ネ』

 ショウタは頷いた。ナビゲーターが言わんとしていることが分かったのだ。鍵が閉まってしまった隣の個室に入り、やはり便座のフタを締めたまま座った。今度は鍵を掛けなかった。そして胃の上部の辺りに意識を集中したまま、ショウタは念じる。

 隣の個室へ!

 とたん、浮遊感と圧迫感が再び襲ってきた。そしてショウタは自分が異なる場所に移動したことを知った。目の前にある扉に手をやる。

 鍵が閉まっている――。

 ショウタは確信した。もう間違いがない。自分の能力は――

『瞬間移動能力ネ』

 ナビゲーターが確認するように言った。ショウタは頷く。

 念じたとたん、タイムラグなしで別の場所に移動する能力だ。異動先をイメージすれば、その場所にピンポイントで到達することも出来るようだ。しかし、なぜ、自分にこんな能力が。ショウタはディスプレイの中の美女がこう説明していたことを思い出す。

『能力の発現の仕方は、人によって異なります。だいたいはその人が今一番願っているような、またはその人の個性を表すような能力を発現することになります』

 なぜ、自分がこんな能力を発現するに至ったか、それがなんとなく分かった。その時の自分は、恐らくこの現状から逃げたいと思っていたのだ。この殺し合いのゲームから逃げたいと。一番願っていること――ユメの回復のことなど、全く考えずに。

 そのせいでこの逃走に特化した能力を手に入れてしまったんだ……。

 ショウタは自分で自分を恥じた。だがナビゲーターの反応はそれとは異なっていた。

『これは便利な能力を手に入れたネ。攻守どちらにも応用が利くネ』

 その声は若干興奮気味だ。確かに言われてみれば汎用性に富んでいる気はする。それに、この能力なら『逃げ回る』という選択肢も現実味帯びてきたとも言える。

『とりあえず、この能力の有効性を知る為に、そして慣れる為に何回か実験をしてみるネ。場所は……やはりトイレの個室が一番相応しいのかナ?』

 ナビゲーターのその言葉にショウタは苦笑しながら頷いた。こんな能力を試せるところはトイレ以外なさそうだ。アトラクションの裏手にある木陰という手もあるが、人目に付く怖れがある。さっきみたいに個室から個室のジャンプを繰り返すのが得策のようだ。

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