第二話 Guidance
第二話Guidance
思い出した。
全て思い出した。
あの後、俺は押切から「お友達はすでに決めましたよ」との言葉を訊き、このゲームの参加を決めたんだった。
ショウタは次第に霧が晴れてくるように明確になってくる頭を振って自分の記憶を再確認した。その後、ショウタは契約書を書かされ、参加時に得ることの出来る五千万円の受取人を決めた。その受取人は当然、如月ユメ。
これでユメが助かるのかも知れない。そう思うとわずかではあるが、心の底の方で黒々と蟠っているものが、薄れていくのを感じた。その後、押切に睡眠薬を飲まされ、気が付いてみるとこの殺風景な一室に居たというわけだ。
「さて、そろそろ説明を初めても良いかしら?」
ディスプレイの中の美女はそう言って足を組み替えた。優雅で艶やかなその動作に思わず見とれるショウタに美女はにやりとほくそ笑む。ショウタはがくがくとみっともないほど動揺して首を縦に振った。
「それではルールを説明します」
艶やかな笑みを口元に残したまま、美女は高らかにそう宣言した。
「このゲーム『数学者の銀槌』の制限時間は四十八時間です。その四十八時間以内にいかにポイントを獲得出来るかを競い合うことになります。参加人数はあなたを含めて十名。自分以外の誰かを倒すと一ポイント得ることが出来ます。すでにポイントを持っている人間を倒すとその人間の持っていたポイントもまとめて獲得出来ます。四十八時間後にそのポイントを最も多く持っていた人間が優勝者となります。一ポイントは一千万円に換算され、ゲーム終了後に支払われることになります。さて、ここまででなにか疑問点はありますか?」
「……例えば何のポイントも獲得していない状態で四十八時間が経過したらどうなるんだ?」
久しぶりに声を出した。そのせいか、自分の声が奇妙に感じる。
「その場合、獲得ポイント無しで、生還となります。あなたがこのゲームで得たお金は参加時に支払われた五千万円のみ、となります」
それだけでも充分だ。ショウタは思った。だが、ユメに治療費に到達させるには少なくともコウジとショウタで他の誰かを一人ずつ殺さなくてはいけない……。
「説明を続けますね。参加する十名は特定のフィールドで闘ってもらうことになります。四十八時間中はそのフィールドから出ることは出来ません。ちなみにフィールドには一般人もおります。誤って一般人に危害を加えた場合は罰則が与えられます」
「……罰則って?」
「もしポイントを得ていたのでしたら一般人一人の殺傷に付き一ポイントのマイナスとなります。またもしポイントを得ていないのであれば、マイナス一ポイント換算となります。マイナス状態のままゲームが終了した場合、ゲーム終了後、マイナス一ポイントごとに一千万円お支払い頂く形になります」
……金を稼ごうと考えている人間にとっては、今語られたのは重要なルールだとは思うが、とにかく、極力人を殺さない方向でいようと考えている自分にとって、このルールはあまり必要のないものだ。一般人にしろ参加者にしろ、殺したくはない……。
とショウタはそこまで考えてはたと思った。
「……一般人と参加者はどうやって見分けるんだ?」
「良い質問です」
女はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「参加者――このゲームではプレイヤーと呼称されておりますが――と一般人の見分け方はありません。ただゲームを進行して行く内に次第にプレイヤーが誰なのかは分かってくると思います。人を殺そうとしている人間、また逆に人殺しから逃げようとする人間の行動なんて、およそ一般人とかけ離れた行動になるからです。それだけにこのゲームの醍醐味の一つはここにあるのかも知れません。誰が自分と同じプレイヤーであるかを推理するという」
人殺しゲームに醍醐味なんて片腹痛い。
……ところで、俺たちはどうやって他のプレイヤーと闘わなくてはならないのだろう? 何か武器みたいのが支給されるのだろうか。ショウタがそう考えたとき、まるでその疑問を読み取ったかのように、ディスプレイの中の美女は口を開いた。
「十名のプレイヤーにはとある『能力』が与えられます。この『能力』を駆使して他のプレイヤーを倒して下さい」
「『能力』?」
「はい。『能力』です。このディスプレイの前に机があります。そこに何かが載っているのが分かりますか?」
薄暗いせいで今まで気づかなかったが、確かにディスプレイの少し下に机がある。ちょうど液晶から漏れる光の影になっていたので気が付かなかったようだ。ソファから身体を浮かせてその上をじっと凝視する。そこには小さい皿があった。そしてその上には卵が載せられていた。
卵?
ショウタはソファから立ち上がって、それに近づいた。至近距離で見てみると卵はうずらの卵大の大きさだ。薄暗いので良く分からないが、卵は黄色、いや金色のまだら模様をしている。
「その『卵』は『スランバー』と言います。それを飲み込んで頂きますと、あなたは何らかの『能力』を四十八時間限定で使用出来るようになります。『能力』で分かり難ければ、ちょっと陳腐な言い方ですが『超能力』と言い換えても良いかもしれません」
超能力。ちょっと待て。いよいよ現実離れがして来た。その予想外の言葉に虚を突かれたように呆然としているショウタを余所に画面の中の美女は、そのことがさも常識かのように淡々と説明を続ける。
「能力の発現の仕方は、人によって異なります。だいたいはその人が今一番願っているような、またはその人の個性を表すような能力を発現することになります」
よどみなく説明されるそのどこにも『冗談』のニュアンスは見受けられない。呆然としたままショウタは視線を画面からその卵に再び移した。
これが超能力を授けてくれる『卵』? これを飲み込むだって?
その禍々しい模様のそれを飲み込むことは躊躇われた。どう見ても体内に入れて良いもののようには見えない。そして『飲み込む』には大きすぎる。せめて薬の錠剤レベルであれば――
「さあ、その卵、『スランバー』を手にとって飲み込んで下さい。この『スランバー』による能力なしでは、あなたはこれから行われる『数学者の銀槌』を生き抜くことは出来ません。それは百パーセントです。『スランバー』は思っているほど固くはないので、意外に飲み込みやすいですよ」
ショウタは卵を手に取った。確かに固い殻だと思われたのは意外にぐんにゃりとしている。だが、それが逆に気持ち悪さを増幅させた。そして『スランバー』を飲み込むことを躊躇している理由はもう一つある。
それは、これを飲んだら間違いなく、引き返せない領域に踏み込んでしまうということ――。
と、その時、画面の右上にいきなり数字が表示された。それは『六十』と表示され、そして次の瞬間、それはどんどん数を減らしていく。
「制限時間を設けました。残り時間は一分です。この数字のカウントが終わる前に『スランバー』を飲み込んで下さい。もしタイムアウトしてしまうようですと、あなたは『スランバー』の能力なしの徒手空拳で殺し合いの場に放り出されることになります」
そんな、いきなり!
ショウタは焦燥感に襲われる。画面のカウントと自分の手のひらの上の『スランバー』との間を素早く視線を往復させる。
これを飲み込まないと、俺は確実に死ぬ。
そうこうしている内にカウントは残り十秒を切った。分かりやすく数字が赤色で表示される。ショウタは覚悟を決めた。どちらにしろもう後戻りは出来ないのだ。自分はユメの病気を治すためにここに来た。そしてコウジとの約束もある。自分がここで逃げ出すことは出来ない。
ショウタは一度大きく唾を飲み込んでから、思い切り口を開けた。そして『スランバー』を口の中に放り込む。飲み込む物体が大きいせいか、それが喉に引っかかってショウタは激しく嘔吐いた。だが、『スランバー』は吐き出されることなく、まるでそれ自体が意志でも持っているかのように、次第に喉の奥に潜り込み、食道を通過し、胃へと落ちた。
異物が身体の中に侵入した感触があり、嘔吐感は消えることがない。腹を押さえて座り込み掛けたショウタは急激な睡魔が襲いかかってきたのを感じる。これほどの睡魔を感じたことは未だかってなかった。目の前が真っ白になり、心地よい微睡みがショウタの心を平穏にさせて行く。薄れゆく意識の中でショウタは画面の中の美女が最後に何かを言っているのを感じた。
「さて、あなたはどんな能力を発現することになるのでしょうか。楽しみですね。ではここから先は『ナビゲーター』のナビゲートにてゲームをお楽しみ下さい」