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第十一話 reunion

第十一話 reunion


 午後十時を過ぎた。園内は閉園時間となり、人通りは消え失せる。イルミネーションが煌々と点灯するアトラクションだけが闇の中でひたすら動き続けている。

 ショウタとレイはその闇の中を密かに徘徊し、昼間見つけておいた『インポッシブル・ロック』の壁面を根城に決めるとその外壁のくぼみに身を寄せた。昨夜の反省を活かした選択だった。やはり屋内深く入り込むことは敵の接近を察知できない。敵との遭遇は大前提と考え、敢えて、屋外での待機を選択した。昼間接触した敵の能力なら、接近さえ気を付ければ、ショウタの能力で逃れることが出来る。背後はコンクリートで出来た強固な壁。これなら背後から不意を突かれることもない。傍らには閉園前に買い込んだ、ドリンクや食べ物が山のように置かれている。能力の連続使用によるガス欠を危惧してのことだ。季節は六月とは言え、さすがに夜になると肌寒い。隣に居たレイはぶるっと身体を震わせて両の腕で自らの身体を掻き抱いた。そんなレイを見て、ショウタは傍らの買い物袋から一着のスエットを取りだした。それはこの『エンドレス・ワールド』のキャラクターをあしらった可愛らしい上着だ。こういう場面を想定して、ショウタは昼間にショッピングモールで洋服も買い込んでおいたのだ。 

 と、その時、耳元にノイズが走った。

『……ショウタ?』

 久しぶりにその声を聞いた。ゼツボウだ。実質、半日ぶりの会話と言って良い。だが、そんなに長い間、話をしていないという気はしなかった。つい数時間前に話をしたような感覚だ。

「なんだよ」

 ショウタ自身、ゼツボウに対して、辛らつな言葉が吐けなくなっているのを感じていた。

「……」

 以前のような会話が交わせなくなっている。居心地が悪い。ショウタがそう感じてまごついていると、ゼツボウの方から会話の口火を切った。

『ショウタ。プレイヤーが近づいてくるネ』

「え? そんなこと分かるのか?」

『うん。プレイヤーには小型カメラが装着されていて、ナビゲーターはプレイヤーのカメラ画像は全て見ることが出来るネ。もちろん、誰の画像だかわからないけど。その内の一人が、この辺りの風景に近づいているネ』

 プレイヤー一人一人にカメラが仕掛けられている。そしてその画像はナビゲーターには見ることが出来るらしい。今まで知らされていない情報だ。

「そんな大事なことどうして今まで言わなかったんだよ。その情報があれば、最初エミと会った時、背後を取られることもなかったし、あの幻覚遣いの接近を許すこともなかったし、あの殺人鬼にエミを殺されることもなかったんだ」

 ゼツボウは一瞬言い淀んだ後、『ごめん』と付け加え、そして更に言葉を続けた。

『一応理由はあるネ。最初のエミの時はプレイヤーが多すぎて画面のチェックが追いつかなかったネ。幻覚遣いの時は察知はしていたんだけど、そもそもあの『スケアリー・ロッジ』の電波障害で伝えることが出来なかったのネ。エミの最後の時は、四人がみんな同じ向きの映像だったんで、咄嗟に判断が付かなかったネ』

 確かにもっともらしい理由だった。だが、とってつけたような言い訳にも聞こえる。しかしショウタは以前のようにゼツボウを疑うという考えはきっぱり捨てていた。それはなぜなのか自分でも理由が分からなかった。いや、本当は分かっている。あの昼間の少女――

『ショウタ! ボケっとしちゃダメ! もうすぐ接触するネ!』

 はっと我に返った。

 何をやっているんだ、俺は。今はナビゲーターのことを気にしている場合ではない。今差し迫っている生命の危険、つまり接近者について最大の注意を払うべきなのだ。

 力が入ってしまっているのか、必要以上に背中を後方のコンクリートに押しつけた。そして傍らのレイの腕をぎゅっと握る。いざというときにジャンプして逃走するためだ。レイの耳にも恐らく自分のナビゲーターから情報を受けていると思うのだが、彼女はきょとんとした顔でショウタを見上げているばかりだ。

『ショウタの左からくるネ』

 ぼそりとゼツボウが囁いた。意識を左に集中させる。確かにそちらから足音が聞こえてくる。

 足音と共に歌声が聞こえてきた。ショウタも知っている今流行の日本のポップスの曲だ。そしてその歌声は女性だった。ということは昼間のあの切断能力を持つプレイヤーではないのだろうか。

 それにしてもこの不用心さは、なんなのだろうか。油断しているのか。それとも罠なのか?

 ショウタの左側は岩石を模したコンクリートがせり出していて、接近してきているはずのプレイヤーの姿をまだ確認出来ない。こつこつと石畳を踏む音が着実に近づいてくる。音の感覚から言ってあと三、四歩だ。それで敵プレイヤーの姿を拝むことが出来るし、敵も自分の姿を確認するはずだ。

 あと二歩。

 ショウタは意識を集中させた。そしていつでもジャンプ出来るように身構える。

 そして、あと一歩。

 岩肌の陰から次第にその姿を現したのは、一人の女性だった。

「あ」

 ショウタは絶句した。

 その女性がまるで女神のように見えたからだ。彼女は降り注ぐ月光をその両手を広げて一身に受けていた。まるで生を享受していることが楽しくて仕方がないと、全身でそう叫んでいるかのように見えた。そこから放たれる歌声は鳥のさえずりのように、辺りを様々な色で彩った。

 直線距離にして一メートルも離れていないというのに向こうはこちらに気が付いていないようだ。彼女の意識は完全に歌うことと楽しむことに向けられていた。罠でもなんでもない。完全なる無防備だ。この女性が約三十六時間を生き抜いてきたのは、奇跡と言えよう。恐らくなんらかの偶然が幾重にも重なったのだろう。運命の女神はまさしく女神を体現する者に宿ったのか。

 うん?

 ショウタは目を眇めた。女性の顔に見覚えがあることに気が付いたのだ。そしてその声も。

 目の前で楽しそうに歩いているこの女性はまさか、まさか、まさか――

「ユメ!」

「ほえ?」

 女性はショウタの声に反応し歩みを止めた。そしてその特徴的な目でまじまじとショウタを見つけるとぱあっと顔を綻ばせた。

「ショウタだあ! どうして? なんで? ここにいるのぉ?」

 間違いがない! ユメだ!

 ショウタは自らの目を疑った。その流れるような黒髪、性格を如実に現している垂れ目、透き通るような白い肌はまさしくユメだ。だが、だけど、しかし!

「な、なんで……」

 頭の中で様々な言葉が洪水のようにあふれ出てしまい、そこから先の言葉が口から出ていかない。だが、ユメはそれを察したかのようににっこりと笑い、くるりとその身を翻した。

「どうです? ショウタ。すごいでしょお? 私、二本足でちゃんと立てるんだよお? 両手で物も掴めるんだよお?」

 子供のように何度も地団駄を踏み、そしてわきわきと両手を開いたり閉じたりする。その子供じみた行動。まさしくユメだった。

 ユメと再会して感情のメーターが振り切れたのか、その後の言葉は身体の中から何も出ていかなかった。心の中は何か暖かい物で満たされ、今まで極度に緊張していた身体は端から弛緩していく。だが、それと同時に頭の片隅に灰色の雲のようなものが、湧き上がってくる。

 ユメと再会出来たことは素直に嬉しい。だが、なぜ、ユメがここに居る? そしてなぜ、四肢を動かすことの出来ないはずのユメが元気に動いている? 

 その理由は明白だ。だが、ショウタの思考はその寸前でストップしていた。考えたくなかったのだ。現実を直視したくなかったのだ。

「うんうん。ショウタの訊きたいこと分かるよお。なんで私がここに居るかってことだよねえ。……あのね? 私、もう一度大空の下で歩いてみたかったんだ」

 ユメはそう言って星空が広がる遙か宙空に視線を向けた。

「自分の身体で外を歩いてみたいって。自分の力で歩いてみたいって。ずうっとそう思っていたんだぁ。そうしたら、ある日、顔の曲がった変な男の人が病室を訪ねてきてねぇ。たった二日間だけど願いを叶えることが出来るって言うんだよねぇ。神様のような力が二日間だけ授かるって言うんだよねぇ。しかもお金もくれるっていうじゃん? だから私そっこーでこのゲームの参加を希望しちゃったんだぁ」

 あいつだ。押切の野郎だ。あの野郎、俺やコウジだけでなくユメにまで声を掛けていたんだ。詐欺みたいなもんじゃねえか。救うはずの対象までこの命の掛かっている『数学者の銀槌』に放り込むなんて!

 激しい憎悪で身体が焼かれそうだった。だが、ユメはそんなショウタを見守りつつも、優しく話を続ける。

「あのね? ショウタ。私たった二日間でも自分の身体がもう一度動かせれば、それで良いと思っていたんだぁ。ほら、私の治療費用、高額じゃん? たぶん、一億二千万円なんて貯まらないよぉ。それに治っても治療は続けなくちゃいけないんだよぉ? 実際はもっとお金がかかるんだよねぇ。だから私、治療の方はもう諦めていたの」

「……そんな」

 強硬に否定しようと発したその声は弱々しく、まるでユメの発言を肯定するかのように響いた。ショウタは首を激しく横に振る。

「このゲームに参加出来て良かった。ほら、見てショウタ。こんなに自由に手足が動くんだよぉ。こんな風に踊ることも出来るんだぁ。私の授かった能力はナビちゃんが言うには、身体能力を十倍にする能力らしいよぉ。元々の力がゼロに等しかったから、ようやく普通の人並みの力しか出せないけどねぇ。もう一度歩きたいよぉ! っていう私のお願いに相応しい能力だよねぇ」

 ショウタはゆっくりと顔を上げる。見上げた先にあるユメの表情はここ最近見たことのないくらいに晴れやかなものだった。そしてユメはにっこりとショウタに微笑み掛ける。それを見ただけでショウタは救われた気がする。だが、その反面、誰も救われていないことは理解している。四肢の力が回復したとはいえ、それはたった二日間限定なのだ。しかもその二日間は絶えず死の恐怖にさらされている。そしてやっとの思いで死のゲームから生還したところで、今度は元の病人に逆戻りだ。

 そしてこの段階に至ってショウタはあるひとつのことに気が付いた。現時点で生き残っている人間は総勢四名。それはショウタ、ユメ、レイ、そしてあの殺人鬼の四名だ。ということはコウジはすでに生きていない、ということになる。

 コウジ……。

 心の中にぽっかりと大きな穴の開いた思いになる。今までコウジと遊んだ思い出が瞬時に心の中に去来した。思い出がたくさんあるだけに、失った物の大きさが計りかねる。それでもショウタが落ち込まないでいられたのは、目の前のユメの存在にある。心の中に於けるコウジの大きさとほぼ等価、いやそれ以上を占めているのが、ユメだったからだ。もう二度と見ることが出来ないと思っていた、元気な姿のユメが目の前に居る。しかもこのデスゲームのさなかで、だ。

 そして、ふと考えた。もしこのまま自分とユメの二人で生還すればどうなる?

 自分とユメはすでに参加しただけで五千万円を取得しているので、現時点で一億円は確定だ。そして自分は幸か不幸かすでに四ポイントを獲得している。これで計一億四千万円。このまま残り時間を二人で逃げ切れば、ユメの治療代を確実に得ることが出来る。

 そのことに気付いた瞬間、ショウタの身体の中のどこかに熾火のようなものが燃え出したのを感じた。それはちろちろと周りの有象無象な物に侵略し、次第に大きな炎と化していく。今まで逃げ回ることしか考えていなかったショウタの心に初めて、ポジティブな思考が芽生えたのだ。それはユメと二人でこの地獄から生還する、ということ。身体のどこからか湧き上がった炎はやがて身体全体に広がり、そしてそれはショウタに力を与えてくれた。生きていく力を、そしてユメを絶対に守り抜く、という誓いを。

「ところでショウタ? そっちの女の子は?」

 ユメはショウタの隣に視線を移して訊いた。その質問でようやく傍らにレイが居たことを思い出す。レイは胡乱な表情でユメを見返し、そしてショウタの腕にぎゅっと抱きついたままだ。

「あ、この娘はやっぱり俺らと同じプレイヤーらしいんだけど、ショックで言葉も喋れないし能力も使えないみたいなんだ」

 言い訳がましく、そんなことを早口で説明する。ユメの反応が気になって、その表情をちらちらと盗み見る。だが、そんなショウタの心配も余所にユメは穏やかな笑みをその口元に浮かべてこくりと頷いたのだった。

「そう。仲間が増えて嬉しいなあ。じゃあ、一緒に行動しましょうよぉ」

 真底、嬉しそうに両の手を合わせてそう喜ぶユメ。こんな凄惨なゲームの最中だというのに。ショウタはユメの天真爛漫さに自分自身も救われた気がした。レイも最初、不審げにユメを見上げているだけだったが、心の壁の作り方が今までの人間とは異なるような気がした。いつもは見知らぬ人間を見るとぎゅっとショウタの腕を握りしめるのだが、今はシャツの端を掴んでいるだけだったからだ。

 この三人で最後まで逃げ切る。そして生き残る。

 何の根拠もなく、ショウタは乗り越えられそうな気がしていた。それは体内から湧き上がっている無意味な万能感に由来するに他ならないが、ショウタはその万能感に身を委ねることにした。少なくとも、敵の襲撃にびくびくして待機しているよりは、精神衛生上良いと考えたのだ。

『……ショウタ? そのプレイヤーは一体なんなのネ? 知り合いカ?』

 唐突にショウタの耳にゼツボウの声が届いてきた。いつになく、冷たい声だった。まるで背中から氷の棒で突き刺された感じがした。

「あ、いや、その……」

『……ずいぶんと仲が良いようネ』

「あ、ユメとは同じ学校の同級生で」

 とショウタが言いかけたところで「ぶつん」と接続が切れる音がした。

「おい! ゼツボウ! どうしたんだよ! おい!」

 スマホをポケットから取り出すが、ナビゲーターとの接続が途切れたことを示すメッセージが画面上に表示されているだけ。

「……なんなんだよ」

 スマホを片手に途方に暮れるショウタではあったが、ふと視線を横にずらすと満面の笑みでそのショウタを眺めているユメがいる。

 まあ、いいか。

 スマホを再びポケットに仕舞うとそんな風に思ってしまっている自分に気が付いていた。


 三人で行動するとなると、今までレイと二人で隠れていた『インポッシブル・ロック』の窪みでは手狭になったので、ショウタたちは場所を移動することになった。あの殺人鬼と遭遇しないように慎重に行動したつもりだが、ユメと一緒ということで心が少し沸き立っていた。手頃な場所を物色していながら歩いているとふとユメが口を開く。

「あそこはどうかなぁ?」

 指差した所は巨大な池。筏が浮かび、そしてその中央部には少し大きめの島がある。島には丸太やコンクリートで作られた造形物が林の中に点在し、水車がゆっくりと回転していた。

 良いかも知れない。ショウタはユメの提案に賛同した。

 島ということで水によって他のフィールドからは隔離されている。そして林や障害物があるので、身を隠しやすい。また水車という動いている物体があるというのは、同じく身体を動かして潜むことになるショウタたちにとって格好の目眩ましになる。静かなところで人が動くと目立ってしまうが、もともと動いている物体の側で何かが動いたところで、注目を浴びることはない。

「でも、どうやって渡ろうかぁ……」

 中央の島には橋は架かっていない。その島に渡るには通常、筏を使うしかないのだ。昨晩も経験したが、このゲームの開催時間帯は夜間の閉園後もアトラクションは自動で運行されているようだ。だから筏を利用して島へ移動することも出来るはず。だが、敵の目もある。あまり目立ったこともしたくない。

 途方に暮れているユメの肩をとんと叩きショウタはにっこりと微笑んだ。

「ユメ、俺の腕に捕まって」

「え?」

 いきなりのことで戸惑っているユメの腕を強引に握りしめる。一方レイはすでにショウタのしようとしていることを理解したようで、勝手にもう片方の腕に抱きついてきた。

 両手に花状態にわずかに顔を綻ばせて、ショウタは心を集中させた。

「じゃあ、俺が一二の三、と言ったら四でみんなジャンプしてくれ。分かるな?」

「え? え?」

 と目を白黒させるユメを余所にショウタは唱える。

「一、二の三、はい!」

 ショウタとレイは思い切りジャンプした。そしてワンテンポ遅れてユメも戸惑うように飛び上がる。その瞬間ショウタは心の中で念じた。「跳べ!」と。

 一瞬にして三人の身体は池のど真ん中に放り出される。水面から数十センチしか離れていない。

「きゃっ!」

 ショウタの瞬間移動、初体験のユメはその衝撃に思わず声を上げた。ショウタは間髪入れずもう一度心の中で念じた。

 着水する直前に三人の姿はかき消えていた。そして次の瞬間、陸地に三人は放り出されていた。二回連続ジャンプで三人は無事に島に到着した。これで移動系の能力を持っていないあのプレイヤーは泳いでくるか、筏を使用しないとここまでやってくることが出来ない。

「さ、どこか腰を下ろせるところに行こう」

 一番最初に立ち上がって、レイとユメをそう促す。レイは表情も変えずに、すくっと起き上がったが、ユメは放心状態で口をぽかんと半開きにして、尻餅をついたままだ。

「ユメ?」

 と再度促すが、それでも動く様子がない。仕方がないので呆けている彼女の腕を強引に引き上げる。すると、

「ひゃ、」

「ひゃ?」

「ひゃあああああああああああ!」

 突然雄叫びを上げたので、思わず身体をびくつかせるショウタ。小心者のレイに至っては飛び上がらんばかりに驚いていた。そんなユメに対してショウタは人差し指を縦にして口の前に待っていく。

「ユメ、静かにしろっ! 見つかっちまう!」

 だが、そんなショウタの諌言の甲斐もなくユメは瞳を輝かせて興奮気味に声を上げた。

「凄い! 凄いねぇショウタ! あっという間にぴゅん! だよぉ! ぴゅん! もぎゅ」

 後半は無理矢理ユメの口を押さえた。大勢の客で喧噪のさなかの昼間と違い、夜の園内はプレイヤーしかいないのだ。そんな状況下で人の話し声が聞こえたら、それだけでも目立つ。ユメの口を押さえたまま、ショウタは声を潜めて、しばらく辺りの様子を伺った。夜の『エンドレス・ワールド』は気味悪いほど、しんとしている。ときおり、風で揺れた木々の音が聞こえてくるくらいだ。

 あいつが近くに居なければ良いのだけど。

 そう思い、ユメも落ち着いてきたのを確認したショウタはようやく手を離した。

「いいなあ、ショウタの能力。私の能力なんてプラスマイナスゼロだもん」

 そんなことをひたすら口走り興奮冷めやらぬユメを促し、レイと共にショウタは島内の中央部にある岩石のオブジェの陰に移動した。ここなら外から見えない上に背後のガードも可能だ。風も遮られるので、それほど寒くもない。ショウタは昼間に買いあさった食料を広げると、ユメとレイに促した。

「腹ごしらえでもしよう。特にユメ。能力を使いっぱなしだから相当カロリーを消耗しているはずだろ?」

 そう問いかけると「そう、実はねぇ。えへへ」と言って広げられた食べ物に勢いよく手を伸ばす。レイもそれに続いて口いっぱいに頬張り出す。自らも食べ始めながら、ショウタは改めてユメを見返した。嬉しそうに、そして楽しそうに食べ物を頬張るユメ。こんな元気なユメを見るのは二年ぶりだ。動けなくなったのは今年に入ってからだが、調子が悪くなり始めたのは二年前。その頃から元々元気いっぱいのはずのユメの表情に憂いが帯びるようになっていったのだ。その憂いの陰を見つける度にショウタは胸が苦しくなるのを感じていたのだ。だからこんなに何の陰りもないユメを見るのはショウタにとっても嬉しいことだった。ユメは一つ願いが叶ったと言っていたが、ショウタにとっても願いが叶ったと言っても良い。ただ、その願いはあと半日ほどで終わってしまうつかの間の夢ではあるが。

「?」

 ショウタの視線に気が付いたのか、ユメは顔を上げた。そしてにっこり笑ってショウタの顔を覗き込む。目と目が合った。視線が絡み合う。そんな状況が恥ずかしくなってショウタはあわてて視線をそらせてしまう。

「えへへぇ。睨めっこ、私の勝ちぃ、だね」

 ユメはガッツポーズをしてショウタを挑発した。

 そう。こんな風に活発な娘だったんだよな、ユメは。

 ショウタは二年前のことを思い出して、ふと感傷に耽った。その当時のユメの姿と今のユメの姿とがダブり、妙な感慨に襲われる。当時と違うことは今のユメは少し背が伸びているということだ。そして身体つきも女性っぽくなった。思春期の二年間はそれほどに大きいということだ。あと、今の方が痩せている……。

 一年近く入院しているのだからそれは仕方がないことだろうが、改めてその現実を突きつけられるとショウタはまた悲しくなった。

 ショウタの目が少し潤んだ。それを気づかれないようにショウタは視線を落とし、さりげなく目を拭う。

「……ショウタ?」

 そんなショウタにユメが話しかけてきた。

「……私、このゲームに参加して夢が一つ叶ったけど、実はもう一つの夢が叶いそうなんだけど訊いてくれるかなぁ」

「え?」

「私ね。もう一度、ショウタと『エンドレス・ワールド』でデートしたかったの。初めてショウタとデートしたこの遊園地で。だからゲームの舞台が偶然この『エンドレス・ワールド』で、それでもって、偶然ショウタもプレイヤーとして参加していて。だからこれは神様が私に最後のプレゼントをくれたような気がするんだぁ」

 最後って、なんだよ……

 即座にそう言い返そうとしたショウタだったが、その言葉は身体の中から出ていかなかった。そんなショウタを優しい眼差しで見つめながらユメはその桜貝色の唇をゆっくりと動かした。

「ショウタ、私ともう一度、デートしてくれますか?」

 そう言って右手をゆっくりと差しだすユメ。どくん、とショウタはなんだか分からない感情に突き動かされる。そしてその右手を受けようとして途中でその腕を止めた。理性が感情を制したのだ。

 いいのか? 殺し合いのゲームをしている真っ最中なんだぞ? あの殺人鬼がいつ攻撃をしかけてくるか分からないのに、デートだなんてそんなのんきなことが許されるのか?

「無理だ」

 と言いかけたが、それは言葉には出さなかった。いや、出せなかった。

 そんなことはユメだって重々承知なんだ。ユメにとってあと十二時間が自由に動き回れるというラストチャンスなんだ。これは死を賭したユメの覚悟なんだ。

 ごくり、と唾を飲み込んだ。そしてユメのその右手をしっかりと握りしめた。ユメの体温が感じられる。

 ショウタも覚悟した。もとよりユメを助ける為に参加したこのデスゲームだ。このデートに命を賭けることに何の違いがあるのだろう。

「行こう、ユメ」

 ゆっくりと立ち上がりユメを促した。ユメはにっこりと微笑んだ。月光に照らされたそれは、ショウタの心を暖かくさせた。今までの人生で見た最高の微笑みだった。



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