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第十話 Princess

第十話 Princess


 ショウタとレイは辺りに気を配りつつ、慎重に移動した。敵の顔は分かっている。あの茶髪の男を気をつければ良いのだ。正面から接近されれば察知することが出来る。つまり背後からの接近のみを気をつければ良い。皮肉にもゼツボウのアドバイスは的確だったというわけだ。だが、そのゼツボウともう連絡を取ることは出来ない。ショウタは小さく舌打ちをした。残りの時間、ナビゲーターなしでこのゲームをくぐり抜けるのは果たして可能か。

 背後をガードしつつ、前方を見渡せるポイントをショウタとレイは探した。屋内にあるアトラクションはダメだ。遮蔽物が多すぎて、敵の接近に気付かない恐れがある。屋内はもう『スケアリー・ロッジ』でこりごりだ。では屋外ならどこが良いのか。それは『インポッシブル・ロック』しかないだろうと、思われた。『インポッシブル・ロック』は巨大でごつごつとした岩山を模したコンクリートの建造物だ。メインアトラクションはその山肌を駆け巡る『ロックンロール・サーカス』だが、今回ショウタたちにとってそちらは興味がない。ショウタたちの目に止まったのは。その山肌だ。岩山を模しているだけあって、コンクリートの仕上げはごつごつと粗くなっている。つまりでこぼこが多いと言うことだ。ショウタたちはその岩肌のへこんだところに陣取ろうと考えたのだ。これなら背後はコンクリートの壁、正面は開けているので、プレイヤーの接近を受けても対処が出来る。

 そこに腰を落ち着けて、ようやくほっと安堵の息を漏らす。傍らのレイにも周囲への注意を怠らないようにと、伝えようと振り向くといつにない緊張の面持ちのレイがそこにいた。さすがに今まで保護者的な役割を果たしていたアキミツ、エミと立て続けに亡くし、自分の置かれている境遇といういものを実感してきたのかと思いきや、レイは顔を顰めて下半身を押さえるのだった。そして全身を小刻みに震わせる。

 ……また、トイレか。

 がっくりと全身から力が抜けるのを感じた。やっぱりレイはレイだった。

「行っておいで」

 言葉が通じているのか分からないが、一応、そう口に出して言うと、レイは顔を綻ばして、足早に去っていく。幸い、この場所は視界の範疇にトイレもカフェもある。敵を警戒しつつ用を足すことも食事を取ることも出来る。つくづくここはベストな場所だと思った。と、その時だ。

 一人の少女と目が合ったのは。

 年の頃は小学生高学年くらいだろうか。十代前半なのは間違いないかと思われた。白磁のような白い肌と流れるような黒髪、そして人形のような碧い瞳が印象的な少女だった。彼女は清楚な白いワンピースを身に纏っており、瀟洒な暖色系の日傘を頭上に掲げていた。

 美少女と断言して良い。アジア系とヨーロッパ系との混血のような彼女は、エキゾチックな美しさを醸し出していた。

 彼女はふと立ち止まり。そして真っ直ぐにこちらを見ていた。ショウタは不思議に思い、自分の背後を振り向く。当然のことながら背後は壁だ。見るべきものは何一つない。改めて少女の視線の方向を確認すると、その視線は確実にショウタを射貫いている。

 俺? 知り合い? 何のようだ?

 いくつかの疑問が胸の中を通り過ぎ、やがて、一番先に思い浮かべなくてはならないことが抜け落ちていたことに気付き、とたんに身体中が緊張した。そう、それはこの少女がプレイヤーである可能性――。

 ショウタは腰を浮かし気味にして、臨戦態勢を取る。能力もすぐさま発動出来るような心構えで少女を凝視する。彼女は相変わらずショウタの目を見つめたまま視線すら逸らそうとしない。

 これはいよいよこの少女はプレイヤーだ。ひょっとすると能力発動はもう始まっているのかも知れない。ジャンプするか?

 そう考えたが、脳裏にレイの姿がかすめる。あの無防備な娘を一人残していくわけにもいかない。では、どうする――

 じっとりと額に汗がにじみ始めた時、目の前の少女はふっとその表情を緩め、そしてショウタに向かって口を開いた。そして可愛らしく小首を傾げると、こう言ったのだ。

「お兄ちゃん、お腹すいた。何かおごって?」

 と。


「は?」

 と間抜けな声を出して、少女をまじまじと見つめ返した。彼女はその相好を崩して、ショウタににっこりと微笑み掛けている。天使の微笑みとはこのことを言うのだろう。ショウタはその笑みを見ただけで、この少女を信じようという気になっている自分に気が付いて、愕然としていた。

「お、お父さんやお母さんはどうしたの? はぐれちゃったの?」

 緊張しながらもやっとの思いで、それだけの言葉を紡ぎ出す。日本語は通じるのだろうか、という一抹の不安はあったが、そもそもはっきりと「お腹すいた」などという言葉を吐いているのである。それなりに喋れるのだろう。

 ショウタの問いかけに彼女は首を大きく横に振った。そして天使の微笑みを保ったまま、こう言った。

「ううん、二人とも死んだ」

「え?」

 そのあまりに場違いな言葉に、何かの言葉と聞き間違えたのではないかと思った。そのセリフはその天使の微笑みに相応しくない。だが、こんな単純な単語聞き間違える可能性は少ない。

「二人とも一年前に交通事故で死んだの。ここには私一人で来たの」

「あ、そうなんだ……」

 ようやく納得の行く説明を少女の口から訊き、ショウタは安堵した。そしてそれと同時に反省の念が心の奥から湧いてくる。

「ごめんね、変な事訊いて」

 その言葉に少女は驚いたように大きく目を見開いた。そしてその直後再び、あの天使の笑顔を満面に浮かべ、首を小さく横に振る。

「ううん。なんとも思っていないよ」

 その時になってレイが戻って来た。レイはハンカチで手を拭きながら少女のことを「?」と不思議そうに見つめている。

「あ、レイ。この子は……えーと……」

 説明しようと思ったが、言葉が全く出てこない。それもそのはず、ショウタは少女の名前も、なぜここに一人で居るのかの理由も知らないのだ。そうやって途方に暮れていると、少女はにこやかに口を開いたのだった。

「私の名前はケイティっていいます。よろしくね? お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 元々人見知りの激しいレイはケイティと名乗った少女のそんな人懐っこい自己紹介にも一定の距離を取っていた。だが、今までレイに感じられていた極度の不信感はケイティに対しては向けられてはいないようだ。その様子になぜだか、ショウタはほっとする。そして、緊張が解けたせいなのか、辺りを憚ることなく、大きな腹の音を響かせたのだった。ケイティとレイはその大きな音に驚いたように固まる。だが、その一瞬後、その表情を緩ませて、小さく吹き出し、そして二人は顔を見合わせて笑った。


 目の前にそっと置かれた特大のチョコレートパフェにケイティ、そしてレイも大きく目を見開いた。そして居合いの達人よろしく、流れるようにスプーンを抜き取るとその巨大な敵に完全と挑み掛かる。このレストランはさっきまでショウタたちが待機していた広場の真向かいにあったレストランだ。半オープンカフェ状になっており、見通しは良い。ショウタはその中でも最も奥の壁際の席を選んだ。とにかく背後を取られないようにするためだ。今までは真っ昼間はプレイヤーは攻撃を仕掛けてこないという認識があったが、あの男に関してはそんな常識は捨てて考えた方が良い。ケイティたちのパフェから遅れること約五分、ショウタの頼んだリブステーキセットとビーフストロガノフが到着した。少し多すぎるだろうか、と注文する時は心配したが、能力使用時の極端なカロリー消費の影響でショウタは倒れそうなくらいに空腹だった。

 恐らく、これでも足らないんだろうな。

 ショウタはそう思いながらフォークを取る。

 ショウタが食べ始める頃にはケイティもレイもチョコレートパフェを食べ終わっていた。その食欲に若干、驚く。別に能力を使ってカロリーを消費しているわけでもないのに、しかも二人ともあんなに小さい身体なのに、今食べた生クリームやフルーツはどこに消えてしまうのだろうか。

 食べ終わってしまうと、レイの方はうつらうつらと船を漕ぎ出した。それは無理もないと思われた。こんなか弱い少女が一晩中眠ることも出来ず、恐怖に怯えていたのだ。腹に食物が入ったことと、安堵のために眠ってしまったのだろう。ショウタは敢えてレイを起こすことはせず、そのままにさせておいた。

 一方、ケイティはというと上品にナプキンで唇を拭うとにっこりと、ショウタに微笑み掛けた。元が超絶な美少女のせいか、その微笑みはとても絵になる。わずかにどぎまぎして不自然に目を逸らして、手元のステーキに真剣に取り込むフリをする。

 何あわてているんだ、俺。こんな小さい女の子相手に。

 そんなショウタを見て、小さくくすりと笑うと、ケイティはその可愛らしい口をゆっくりと開いた。

「私のお父さんはドイツ人、お母さんは日本人なの」

「え?」

 ショウタの反応を確認するまでもなく、何の脈絡もなく、ケイティはそう言葉を紡ぎ出す。

「お父さんは大きな会社の社長さんだったの。お家は大きなお屋敷で、庭はとても広くて、自分で門まで歩いたことはなかったわ。だいたい車が玄関まで来てくれたからそのまま外出していた。運転手の他に、メイド、コック、執事がいたわ。みんな親切で私をかわいがってくれた。特に執事はとても私にやさしくて良くしてくれた」

 ケイティは懐かしむように視線を宙空に漂わせた。そしていつの間にか頼んでいたのか、ウエイトレスが持ってきた紅茶に対して鷹揚に頷いてそれを受け取る。

「優しいお父さんとお母さん。とても幸せな毎日を送っていた。でもそれはある日をもって突然終わった。それはお父さんとお母さんが交通事故で亡くなった日」

 ケイティは優雅に紅茶を一口啜った。そして視線を紅茶の水面に落としながら訥々と話し続ける。

「ウチの会社は代々血縁者が継ぐことになっている同族会社なの。だからお父さんが亡くなって、本来なら私が社長を継ぐわけなんだけど、まだ子どもの私がそんなこと出来るわけがないよね。出来るわけがないし、やりたいとも思わなかった。それで叔父のキースが会社を継ぐことになったの。キースはお父さんが社長だったときからの片腕の一人で、良く仕事が出来る人だったらしいわ。社長交代という緊急事態だというのに、彼はそれを無難に乗り越えた。それどころか以前より業績を好転させたらしいわ。彼は全てに於いて良くやってくれた。でも、ただ一つキースについて思い違いをしていたことがあったの。それは――」

 ケイティは言い淀むかのように一度言葉を切る。そしてしばらく心の中で何かを整理していたのだろうか。再び顔を上げたときには真っ直ぐな視線をショウタに向けていた。

「彼が激しい人種差別主義者だったということよ。彼は同族の中に自国人以外の血が混ざるのを激しく嫌っていたの。だから彼は表面には出さなかったけど、私のお母さんを嫌っていた。そして私も。お父さんとお母さんが亡くなったことを幸いにと、彼は私の家の改革をどんどん推し進めていったの。いつの間にか私は私の物だったはずの会社の権利を一切持たないことにされてしまったわ。そして会社の相続権利もなくなった。親しかったメイドやコックは解雇や配置換えをさせられ、私の家からどんどんと去ったわ。会社のことではないとはいえ、このことについて、彼に異論を唱える人は何人か居たわ。でも彼はそんな異を唱える人間をどんどん排除して行ったの。おかげでお父さんが生きていた頃から居た重臣はほとんでいなくなっちゃったわ。最終的に私は屋敷の離れで住まわせて貰っているという、何の権限もない女の子になってしまったの。私に残されたのは、離れの家と、唯一残ってくれた執事、そして一千万円の両親の遺産だったわ。キースは仕事でお金を稼ぐことには興味があるけど、棚からぼた餅的なお金には全く興味を示さない人だったわ。だから私には一応、しばらくの間は裕福に暮らせるだけの蓄えがあったということね。そんなある時、私に付き添ってくれている執事がこんなアドバイスをくれたの。『お嬢様、朗報でございますよ。キースめのヤツ腹に一矢報いる方法がございます』だって。それは、とあるゲームに参加することだったの」

 ゲーム? ショウタはその言葉に嫌な予感を抱く。

「そのゲームはセレブ中のセレブしか参加することの出来ない、特殊なゲームなのね。参加費が一千万円かかるというからそれは当然の話ね。そのゲームにキースが参加するというの。そして執事は私にそのゲームに参加するべきです、というの。『そしてお嬢様、あなたはこう高らかに宣言するのです。私と勝負しなさい! そしてもし私に負けたらこの会社から立ち去るのです、と』。それは物凄い良いアイデアに思えたわ。そのゲームは世界中のセレブが注目しているゲーム。だからその席上で約束したことを違えるのは、世界的な信用をなくすことと同じ意味なのね。私は早速、遺産の一千万円を支払いそのゲームにエントリーしたわ。そしてオープニングパーティーの壇上で私はキースに対して宣言したわ。すると彼は私のその宣言を拍子抜けするくらいに簡単に受け入れたわ。そしてその表情を変えることなく、こう付け加えたの。『よろしい。私が負けたら会社から立ち去ることにしましょう。ではあなたが負けたらどうなさいますか? 私だけ負けた時の条件があるというのは不公平でしょう?』そう言って余裕の表情を私に見せたわ。結局彼は『もしあなたが負けたら、あなたの身柄は私の自由にさせて貰います』と宣言した。私はそれを受けざるを得なかったわ。だってそうでしょう。私の方から一方的に提示した提案を向こうは無条件に受け入れたんだもの。私の方が拒否することは出来ないよね。それに彼の出した条件は世間的に見れば、私を保護すること、と受け取れないこともなかったもの。でも私は二つ目の勘違いをしていたの。それはね――」

 ケイティは、小さくため息を吐いた。そしてその端整な顔立ちをわずかに歪めてこう言ったのだ。

「彼、キースは最悪な趣味の持ち主だったのよ。少女を切り刻んで苦しむのを見て喜ぶという、最悪のね。全てを奪われかけた私が、とりあえず、キースを対等の立場まで引きずり出すことに成功したわ。でも私は思ったの。ひょっとしたら罠にはめられたのは私の方じゃないかな? って」

 そこまで話してケイティは手元にある紅茶を全て飲み干した。ショウタはそのカップを置く音ではっと我に返った。今のは一体、何の物語だったのだろう。気まぐれ少女の作り話だったのだろうか。はたまた、どこかネットで流布している都市伝説のたぐいなのであろうか。それとも――

 そんな思考の堂々巡りをしているショウタに注意を払うこともなく、ケイティは突然立ち上がった。そしてにっこりと天使の微笑みをその口元に浮かべ去り際にこう言ったのだ。

「パフェごちそうさま、ありがとうショウタお兄ちゃん」

 彼女は踵を返して、かつかつと硬質の靴音だけを残して去っていった。後には呆然としているショウタと相変わらず眠りこけているレイだけが残されていた。

 

 現在二十八時間三十五分経過。生存人数残り四人――


「ケイティをフィールドで発見しただと!」

『……間違いありません。恐らく接触していたのは自らのプレイヤーだと思われます』

 その報告を聞きながらキースはキーボードの上を慌ただしく指を走らせた。重要な会議のため、二時間ほど目を離した隙にこれだ。キースは舌打ちすると同時にエンターキーを激しく叩く。

 画面上ではウインドウがいくつかに別れ、その内の一つにキースが中座した間の録画画像が流れる。カメラはプレイヤーの服の前面に取り付けられているために、画像は上下動が激しく安定していない。だが、そこに映し出されている黒髪碧眼の少女は見紛うことなくケイティだ。キースは自らの目を疑った。ケイティはここまでバカなのか。さすが半分は我が民族以外の血が混ざっていることはある。自ら死地へ赴くなどとてもではないが、信じられることではない。

『……いかが致しますか? ゲームのルールに抵触している可能性ございます。報告なさいますか?』

「それはこちらで判断することだ。お前が口を出すことではない」

『失礼致しました』

 キースは僭越な態度に出たプレイヤーに対して怒りを抱いた。

 プレイヤーふぜいが、ゲームの手駒ごときが、異民族が、この私に、指図するとは差し出がましいにもほどがある。

 だが、今はそんなことに憤っている場合ではない。現状を把握することだ。

 ケイティとそのプレイヤーの接触場面を可能な限り再生する限り、どうやらプレイヤーに有利なること、または自分がそのナビゲーターであることは話していないようだ。これならぎりぎりルール以内であるという言い逃れは可能だ。それに――

 キースの口元は嫌らしくつり上がる。

 こんなことでケイティを反則負けさせるのは勿体ない。ケイテイは真正面から叩きのめす。そして、その心も、身体も完全に屈服させるのだ。

「くくっ」

 キースの口から忍び笑いがこぼれる。自分の感情が理性でコントロール出来なかったことに少々驚く。それほどの愉悦が身体の中から湧き上がってきたというのか。

 キースはほくそ笑んだまま、口を開いた。

「とにかく、ケイティの操るプレイヤーのショウタは誰であるか確定した。瞬間移動能力者で現時点で五ポイント保有のトップのヤツだ。だが、まだ手を出すな。最後の最後で良い。今は引き続きショウタの監視を続けろ。良いな」

 「承知致しました」

 プレイヤーは同時に頭を下げたのか、画面が大きく傾いだ。その様子を漠然と眺めながらキースはいつになく自分の精神が沸き立っていることに気が付くのであった。



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