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十二:ギルド『澄ノ江』へようこそ

 病院に到着してすぐ、暦と璃桜は医師たちに迎え入れられた。璃桜だけは手術室へ運ばれ、暦はというとその部屋の前で待っていた。

 手術は思った以上にすぐ終わり、一時間もかからず医師から命の別状はないと告げてもらった。

(あんなに深手を負ってたのに?)

 不安だった暦は寝台車で病室へと運ばれていく璃桜を目で追った。目は覚ましていないが、顔色は良くなっている。本当に助かったのだ。

「ありがとうございます、先生」

「いえ、応急処置がきちんとされておりましたし、傷もさほど深くはありませんでしたからね。大手術というより、子供の怪我の手当てのようなものでした」

「傷が浅かったんですか……?」

「ええ、服についた血の量から、出血多量かと思ったのですが、いざ傷を確認したら縫う程でもなかったのですよ」

 医師はなんてこともないように言う。暦は首をかしげるしかなかった。旧式ロボの攻撃により、瀕死になったというのに。

「ま、何にせよ、助かってよかったですね。お嬢さんもお疲れでしょう、ベッドを一台用意しますから、休んだ方がいい」

「すいません、お言葉に甘えます……。あの、それで、あの人の部屋はどこですっけ?」

「この階段をあがってすぐの右側の部屋ですよ。案内しましょう」

 暦は医師のあとをついていく。


 病院のベッドで穏やかに眠る璃桜をちゃんと見ることができた。自分を庇って死にかけたのを目の当たりにしたせいで、本当にもう安心できるのか確かめたかったのだ。

 璃桜は静かに寝息を立てて眠っている。血まみれのコートとマフラーは、ナースが持って行ってしまった。医師に聞いたら洗濯しているということだった。


 璃桜の命が保証されたのを見届け――――


 暦は璃桜に覆いかぶさるように、倒れ込んだ。




 暦が次に目を覚ましたのは、病室ではなかった。

 はっと瞼を開くと、見覚えのない天井が広がっていた。質素で少し堅いベッドに横になっており、毛布は薄くて少し涼しい。

(ここは……)

 そっと上半身を起こすと、見慣れない部屋が広がっていた。全体的に茶色のこの部屋は、いつも学校で使っていた白い部屋とまるで違って異質である。


 壁に制服がきちんとかけられている。あれだけ派手に暴れまわったというのに、汚れ一つ見当たらなかった。

 古びた棚にはいくつもの書籍が並ぶ。図書館でしかお目にかかれない実物が、こんなところにあるなんて。


 チョコレートのような扉から、ノックの音が聞こえた。暦はそれに答えた。


「目を覚ましたか」

 トレイにグラスとボトルを乗せて運ぶ璃桜が、入室してきた。


「……あ、怪我は!?」

「幸運にもきみはかすり傷だけで助かっているよ」

「私じゃなくて、あなたの方!」

「ふさがった。あいにくと体だけは丈夫でな」

「うそ……! だってあの時、すごく血が流れてたのに?」

「きみの処置が適切だったんだろう。命拾いした、助かったよ。礼を言う」

「いや、お礼を言われるほどじゃ……。っていうか、私が足を引っ張ったのに」

「とんでもない。むしろあんな強敵を前に、きみはよく私を見捨てず切り抜けたものだ。魔窟へ長くもぐっている熟練者でも、あんな奇襲を犠牲ゼロで生還するのはきみの父親くらいのものだ」

 飴色のテーブルにトレイが置かれた。その中身は冷えた紅茶らしい。グラスに注がれたそれから、ほのかに甘い匂いがした。

「これを。三日間眠りっぱなしだったのだ、いきなり食い物では胃がもたれるだろうよ」

 受け取ったグラスを落としそうになって、暦は焦る。

「み、三日……!?」

「うむ。病院側は目が覚めるまでベッドを使っていてもいいと言ってくれたのだがね。こちらとしては人目のつきやすいところに長居するわけにもいかなかった。寝てるきみを車でここまでつれてきた」

「病院に長くいられないって、どうして?」

「この三日できみの話は業界内に広く知れ渡ってしまった。きみが要の代理として依頼を引き受けたことと、きみが旧式ロボを実質一人で破壊したことがな。


 これは衝撃的なニュースだ。一介の少女に過ぎないきみは、ギルドの世界で一躍有名人になった。よかったな」

「よく、ない!」

 冗談だ、と璃桜はしれっと答えた。


「そして、きみのような強者を欲する人間が現れ始めた。正当な手順を踏んでの接触を試みるものもいるが……まあ、ほとんどは無理やりきみを手に入れようとするものたちだな。

 きみが倒れたのと入れ違いに私は目を覚ましたのだが、病室の窓からこっそりうかがったところ、すでに嗅ぎつけられていた。彼らの目を盗んで病院を抜け出してきたというわけだ」

「そ、そう……。それで、ここはどこなの?」

「要の家であり、彼のギルド『澄ノ(すみのえ)』の事務所でもある」

「すみのえ……。それが、父様と貴方のギルドなんだね」

「そう。……ギルド名、言ってなかったな」

「教えてくれてありがとう。

 ……そっか、ここが父様の家だったんだ」

 改めて部屋を見まわしてみると、昔懐かしい雰囲気漂う場所だった。実物の書籍や艶やかな木製テーブル、空色のカーテンにふかふかのベッド。簡易的に整えられた学校の部屋とはまるで違う。


 物思いにふけっていると、璃桜が暦の髪を一房つまんだ。それはするすると璃桜の指をすり抜けて落ちる。

「……髪」

「え?」

「切ってしまったのか」

「あ、ああ……。ロボに掴まれちゃってさ、ナイフでざっくり」

「きれいな髪だったのに……。いや、私がそうしたようなものか」

 璃桜は暦の頭を撫でる。おそるおそる気をつけながら、割れ物を扱うかのような手つきで。

「別に、あなたが気にすることじゃないよ。髪なんてこれからいくらでも伸ばせばいい。……そうだ、せめて整えなきゃね」

「自分では難しいだろう、私がしてあげよう」

「そう? じゃあ、お願いしようかな」

 暦はベッドからはい出た。今更、自分が病院の検査着だということに気づいた。



 ニス塗りの椅子に座り、首にタオルとビニールのシートを璃桜に巻いて貰う。

 優しい手つきで髪を撫でられ、丁寧にゆっくりと、毛先をちゃきちゃき切られていく。

「こうして髪を切るのはきみで二人目だ」

「一人目は父様?」

「そう。美容院より私の方が上手く切ると言ってな。もっとも、単に髪を切りに行くのが面倒だっただけだろうがね」

「そんなことない。あなたの切りかた、とっても安心する」

「……それはどうも」

 終わりだ、と璃桜が鋏を置いた。タオルとシートを外した暦は鏡で自分の顔を除いてみた。


 長かった髪はばっさりと切れた。肩に届くか届かないかくらいの短さになっていた。

 何年もかけて伸ばした髪だったが、不思議と未練はない。むしろこちらの方が似合っている気がした。


 横髪を指で撫でつける。耳を優しく撫でていった。



「さて、これから仕事の話をしよう」

 璃桜の冷たい声が暦を我に返らせる。

「うん……そうだったね。でもさ、その前にさ」

 なにか、と璃桜が首をかしげる。暦は照れくさそうに笑った。


「何か……着替えない? 制服以外で」


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