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序:少女と男とふるいロボが対峙する真夜中の魔窟

 せっかくの満月が黒雲に隠れてしまった深夜二十三時。場所は捨て置かれた工場。そこには異臭を放つ機材やそれらにまとわりつく藤の葉が蔓延っていた。


 偶然見つけた岩陰に身をひそめる。体をかがめれば、人二人分くらいは余裕で隠せるだろう。そう、少女と男、その二人くらいなら、ゆうに。


 春の季節なのに触れる空気は刺すほど冷たい。今の時間帯が深夜だからなのもあろうが、大きな原因は、今ここにいる場所が特殊であるからに違いない。

 ここは魔窟。古代の魔物や近代のロボットたちが好き放題に暴れまわる、とてつもなく危険な場所だ。現在ここには大型ロボット一体を確認している。たった一体。だがその一体は人間なんてその手で握りつぶすことなどたやすいし、熱線で真っ二つにすることも感電で焦がすことだってできる。


 彼女はそれを破壊しなければならない。右手に握った即席拳銃が、ひんやり冷たい。心臓の鼓動が、露骨によく聞こえてきた。足が少し竦んだようだ。頭が恐ろしいほどに冷え切っている。


 影からロボットを伺う。相手はこちらに気づいていない。規則的に通路を滑っている点と、角の丸まった立方体の頭が左右を絶えず見回している点を見ると、警備用に造られたロボットだったんだろう、と推測した。


 警備用だからといって油断はできない。いや警備用のロボだったからこそ、用心しなければならないのだ。事前の情報によると、相手は眼球ととれるパーツから熱線を吐き出せるということだった。それに一発でもあたったらまず負ける。


「……ねえ、璃桜(りおう)

 彼女は隣の男を呼ぶ。

「どうした」

「あいつ……やれるかな」

「やれるかやれないかじゃない。やるしかないのだ。それがきみの自論だろう」

「いや、まあ、そうだけどさ……」

 淡泊な低い声。感情がまるでこもっていない、頼もしい相棒の声。自分の問いに明確な答えは期待していない。欲しいのは、其処にあなたがいるという、安心感。

「じゃあ、行くよ。作戦はいつも通り」

「了解。ただし欲張り過ぎるなよ。危険だと感じたら、絶対に退け、いいな?」

「わかってるさ」

「始めるぞ、(こよみ)

 拳銃を構え――霧島暦(きりしまこよみ)は、陰から踊り出た。



 目標はこちらにまだ気づいていない。狙うは後頭部に埋め込まれた『核』だ。人間でいうところの心臓。それを破壊すればロボットの活動は完全に停止する。


 ロボットの目線が前方に向いている今が絶好のチャンスだった。暦はロボットの背後を取った。相手がこちらへ視線を百八十度回転する前に、一発で終わらせる。


「ここだ……」

 暦は自分を鼓舞して引き金を引く。反動はまるで感じられない。紺碧色のその拳銃は、中が透き通っている。弾丸も同じく紺碧。ただその威力だけが現実の弾丸と同じである。


 弾丸はロボットの後頭部に見事命中した。びしッ! と被弾した部位にひびが入っていく。

 暦は銃をおろさず、注意深くロボットの動向を見守っていた。


 乳白色でところどころ錆びている機械の動きはぎしぎしと強張っていく。頭部を後ろへ回そうとして、頭がそのままもげて地面に落ちた。頭と胴体を繋ぐケーブルの切れた先から火花が迸っている。暦の足下まで転がった頭部は、虚ろな目で彼女を見上げていた。

 暦は後ろへ一歩下がって、銃口を、ロボットのもげた頭に向ける。じりじりと後ずさりながら、過剰なまでにロボットの末路を見守る。


 がちゃん……、と頭は動かなくなる。置いてけぼりの胴体は、立ったまま生命活動を停止した。

 暦はしゃがんで、ロボットの錆びた頭に触れる。持っていた拳銃がしゅっとその形状を消し、数秒後にはナイフに変わっていた。

 ナイフを頭部に何度も突き立てる。深く刺し続けて、目的のものを抉り出した。


 紅に輝くひび割れた宝石――ロボットの心臓部分である『核』だ。

 これを回収して、『依頼主』に届けるまでが仕事だ。

 毒々しく輝く宝石を、雲に隠れた月に翳してみる。「……きれい」と呟く。


「暦」

 背後から声がした。適当にゆったぼさぼさの髪に青色のマフラーと漆黒のコート。何より、暦が手にした宝石と同じ色の瞳は、見る者を惹きつける。

「……ぁ、璃桜」

 暦は璃桜の頭一つ小さい。枯色の髪は短く切られ、袖を通したパンツスーツはややくたびれている。

「回収できたか」

「うん。この通りだよ」

 暦は核を璃桜に見せる。一通り眺めた璃桜は、満足そうにうなずいた。

「上出来だ」

 そうして暦の頭を撫でる。

「……私、そこまでしてもらうほど子供じゃない」

「私にしてみれば十五歳は充分子供だ」

「でもこの空間に子供って言い訳は通用しない」

「知ってる。……ほら、帰ろう」

 暦の精いっぱいの背伸びも、璃桜にしてみれば子供のひねくれにしか見えてこない。

 その証拠に、一歩前へ出て、「ほら」と自然に手を差し伸べる。この仕草は、まだ暦を子供だと認識しているからできるのだ。

 だがその手を嬉しく思ってしまうのもまた事実。唇を尖らせながらも、暦は結局いつも、その手をとって終わるのだ。


「……わかってるよ」

 暦がいつもと同じように、慈愛に満ちた璃桜と手を繋ごうとした時――。


 背後から、爆音が響いた。


「何、乱入か!?」

「どうやらそのようだ」

 暦の表情が引き締まる。赤の宝石を上着のポケットにしまい、即席で拳銃を創り出す。

 璃桜は暦を庇うように前へ出て、爆風で散った煙が晴れるのをじっと待っていた。


 その影から出てきたのは、地を這う巨大な蛇だった。濁った緑色のそれはざっと三メートル、暦どころか璃桜が両手で抱え込んでも足りぬほどに胴は太い。

 ぎらつく眼差しは明らかに暦と璃桜を見おろし、舌を出しては威嚇する。


「うわ……、こんなところで異形か……!」

「音を聞きつけてきたようだ」

「まいったな、なるべく静かに終わらせたつもりだったのに」

「わずかな音でもすぐに気づくらしい。……暦、走れるか」

「当然」

 暦は間髪入れず、蛇に向けて発砲した。

 蛇はそれを顔で受け止めてやり過ごした。だが暦にはそれで充分だった。


 その弾丸に威力はない。かわりに被弾したら、大量の煙をまき散らす発煙弾だった。

 蛇の視界を遮り、相手がうろたえている間にこちらはさっさと逃げる。あんな化け物を相手にするなんて冗談じゃない。

「もう……っ、蛇は、苦手、だってのに……っ!」

「喋りながら走ると舌を噛むぞ」

「わかってるってば!」

 とにかく二人は、全力で走る。それ以外に選択肢はない。



 煙が晴れる頃には、二人とも逃走に成功していた。

 走るたびにかつかつと無機質な音を立てる地を駆け、暦は璃桜の後についていく。目指すは朱色に染まった大鳥居。

 鉄くずや瓦礫、ぶつ切りのコードにショートした小型機械、あちこちにちらばるロボットの残骸に人ひとり入れるほどのカプセルや割れた試験管……そういったもので埋め尽くされたこの空間に、朱色の鳥居は浮いている。

 

 大鳥居を潜り抜けた先は、整備が行き届いていない地面が広がっていた。路傍の石はそのままに、雑草が伸び放題、きっと狸も住んでいるんじゃないだろうか。暦はそんなことをふと考えた。

 鳥居をくぐればひとまず安心だ。そして目の前に見慣れた黒塗りの車が停まっている。鳥居の『向こう側』に行くまでの足として使っている車だ。運転は璃桜がしてくれる。

 暦はその車のボンネットに倒れ込む。向こう側から抜け出したことに安堵して、一気に緩んだ。

「はあぁ……助かった……」

 今さらのように、全身から汗が噴き出す。足がふらついて真っ直ぐ歩けない。体が鉛並に重くなった。

「……大丈夫か、暦」

「だいじょうぶ、……じゃ、ない」

「家まで一時間だ。それまで車で寝ているといい。ほら」

 璃桜の慣れた手つきで暦がボンネットからはがされる。助手席に投げ込まれシートベルトまで装着してもらい、あろうことかリクライニングシートを下げて、自分の上着を毛布代わりに暦にかける徹底ぶりである。

 そこまでして璃桜は運転席に乗り込み、さっさと車を動かした。


「…………」

 暦が何かつぶやく。璃桜は一瞥してすぐ前方に視線を意識する。見慣れた深夜の道路。ガソリンスタンドやコンビニの明かり、深夜まで営業している飲食店のぼんやりした電気に、ぽつぽつ現れる外灯。この時間の道路は、車がまばらにはしっている。混雑はさほどでもないようだ。

「どうした」

「いや、……父様だったら、こんなぐったりして帰らないよな、って」

「……」

 璃桜は答えない。


 霧島暦、十五歳。

 その身に背負った仕事の数――――およそ二百。

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