見つけた光
取りあえず、ラストです。
里笹 雅彦。
お楽しみいただけたらと思います。
「身が入っていないぞ。そんなことではやっていけないだろう・・しっかりしろ」
「・・・申し訳ありません」
「今日は終いだ。頭を冷やせ」
「はい」
深くため息をつき、頭を下げた俺を残して兄は舞台から降りて行った。そんな兄の後ろを、俺を気にしながらついていくのは門下生を始め裏方も全員だ。
「・・・」
襖が閉められる音が聞こえ俺はゆっくり頭を上げる。思うはただの悔しさと、何の気もしない遣る瀬無さ・・・。一体どうしたんだろう。
「ハァ・・」
父は日本舞踊の家元で母は華道の家元。そんな両親を持つ兄はなんでもそつなくこなす稀代の天才で、中等科の時にはもう華道・茶道を始めとして日本舞踊も師範代の肩書を持っている。日本舞踊は数多くの流派があるが、我が家はそのうちの半数近い流派の大元とも言われており、歌舞伎界とも親交が深い。
兄は俺と違って中性的な顔立ちで、男舞は勿論女舞まで何やっても見るものすべてを引き込む。誰からも期待される才能を持っている――・・そんな兄への嫉妬心が全くないと言えば嘘になるだろう。だが、そんなものを持ったところで何にもならないのは誰にでも分かる事だ。
『なぜこんなこともできない?!お前は家元から何を習った?』
『おにぃさんが特別なんでしょ~ぅ?まさくんは普通からみたらすごいよぉ~』
『・・・幼少のころに舞台に上がった俺と違って、お前には猶予を与えただろう。その上でお前は自身で決めたのではなかったのか』
『みさから見たらぁ~まさくんはすっっごく特別な人だよぉ』
『何度言えば分る!男舞はもっと力強さを出せと、そう言っただろう!舞台の日は待ってはくれんぞ』
『まさくんすっごいかっこいぃ!んっと、んっと・・力ずよくってぇ、見てて引き込まれるのぉ~』
兄さんの言っている事はもっともすぎて、自分自身の不甲斐なさが心に少しずつ突き刺さり傷をつける。それでも俺は努力をしてきたつもりだった、弓道や柔道の練習に参加させてもらい精神を鍛える事もやっていた。毎日毎日欠かさず舞い、少しでも兄に近づけるようにと・・・。
兄程の天才は居ないにしろ、それでもこの道を選んだのは自身だ。4つ違ういつも俺の眼には輝いて見えていた兄に追いつきたくて、兄の厳しい教えを乞うたのも己自身だったというのもある。
しかし、いつからだろうか・・・小さな傷が広がっていき、深く深く侵食していった。そして俺はただ楽な方へと逃げてしまっただけだ。
「ま・さ・く・ん!」
最近身の入らない事は自覚していて、スランプなどと言う言葉では片付けたくなかった。そう中庭で落ち込んでいた俺に、明るくやわらかな声を掛けてくれたのは最近よく話をするようになった美咲だ。
異性と・・いや、人見知りがあると言うのだろうか。他人と話などをするのも苦手で、いつしか寡黙と言われる俺に話しかけてくる物好きはそういない。
『将彦・・最近疲れているよね?根を詰め過ぎるのは悪い癖だと思うよ~』と、そう言って幼馴染の明斗が誘うから行ったその場所で出会った女の子だ。
俺に話しかける異性は一様に俺を怖がって震えていたり、目も合わせずに用件のみだけ伝えてくるような者しかいなかった。そんな中で出会ったのが小柄で、ふわふわとしてまさしく幼いころ読んだ絵本に出ていた妖精やお姫様ではないかと思う子だった。
「・・・みさ?」
「えっへへぇ~!どぉしたのぉ?元気ないねぇ?」
ふにゃりと微笑む・・・俺に向けた笑顔。強張った心にじんわりと暖かさが広がっていくのが分かる。あれだけ必死にしがみついていたモノがどうでもよくなる自分に、“それはいけない!”と言う必死な声と“彼女の言うとおりだ!”とささやく声が混ざり合う。
「そうそう、将彦は少し力抜くべきでっしょ~」
「おぅ、何だよ。いつにもまして暗いなぁ、また梁雅に怒られたのか?」
「・・・昔からため込むな、お前」
いけない事は分かりつつ、俺は自分の楽な方へと逃げてしまうんだ。ここには彼女だけではなく、俺のことを心配してくれる人がいてくれたから。
ここで一息ついて、またすぐに戻るつもりだったのに・・・気が付いた時は、もうすべて終わってしまっていたんだ。
舞いを、舞いたくなかった訳ではないんだ・・・幼いころからかかわっていたこともあって、俺はこの世界が――――古来、神事でもあった日本舞踊が好きだ。
父を裏切りたかったわけではない、母を泣かせたかったわけではない、兄に・・・兄にあんな失望の眼で見られたかったわけじゃ、ないんだ!!
+++
「・・・10年・・か」
澄んだ青空を見上げ、俺は遠い異国の地で高等科のときの事を思い出す。
日本とは似ても似つかない雄大な山々と目の前に360度広がる雄大な自然の中に立っていると・・些細な悩みなど吹っ飛び、俺は自分がいかに小さい存在か実感することが出来る。
『将彦・・君の身を、預かろう』
『・・あなたは・・』
里笹の家からは縁を切られ、すべてを無くした俺に・・・あの人がそっと手を差し伸べてくださった。
『君はただ純粋なだけだからね・・・どうする?手を取るか取らないかは君の自由だよ』
そんな言葉と共に差し出されたあの人の手を、俺は戸惑いながらもとることを決めた。
『安心しなよ。手を取ったからには、君には幸せになってもらうよ』
『・・・え?』
婚約者も決められ、近くにあった公演の舞台は日本古来の舞踊界に新しい風をコンセプトにしたこともあってメディアにも取り上げられ、とても騒がれていた話だけあって父の怒りは心頭のモノだった。
父は、俺を勘当した上で無一文で海外に捨てるとまで言っていたらしい。
でも、そこはあの厳しくも優しかった兄が裏から手を回し、あの人に話を通して助けてくれたのはとても嬉しくもあり、そんな兄を裏切ってしまった罪悪感を俺は一生抱えて生きていくだろう。
「マサヒコ~!こんなトコにイルとカゼひくわヨ」
「わよ~」
思考深くに沈んでいた俺の意識を戻したのは、淡い栗色の長い髪と宝石の様な緑色の瞳をした女性の声だった。スレンダーで凛とした可愛いよりは綺麗が似合う女性と、その女性に似た顔立ちの小さな人形の様な少女の存在だった。
「リディー?ジェンも、どうして・・?」
俺が体ごと彼女たちの方へ向くと、一層笑みを深めた2人が手をつないで小走りで俺の方へやってくる。
――――――あぁ・・後悔ばかりを胸に抱いて生きていくとばかり思っていたのに。
「なんて・・幸せなんだろう」
良く表情がないと言われる俺だけど、自分でも分かるくらい今の俺の表情は緩んでいる事だろう。
この地に保護してもらい、後悔と言う名の自分の殻に籠っていた俺を助けてくれたのが、今まであったこともない心も見た目も美しいリディーだ。日本語は全く話せなかったはずなのに、俺の為に少しずつ練習してくれて、いつも俺の為と言って花の様な笑顔を浮かべる彼女と一緒になってもう6年と少し。
「マサヒコ、もぉジュンビしな~いとニホンにイケなくなるヨ。わた~しもマサヒコのためね、ガンバってコトバおぼえた!セッカクのショータイなノに」
「うん・・そうだね」
俺より少し年上の彼女の、俺にだけ見せてくれる表情が好きだ。「もぅ」と頬を膨らませるしぐさが癖なのはあの少女と同じなのに・・・。あの時の困った気持ちではなく、今目の前に居る彼女がそれをすると、とても愛おしい気持ちになるのはどうしてだろう。
「もーっ!トツゼンふら~っといなくなる、ヨクナイ!」
「ごめん、ありがとうリディー」
「No Probrem!ツギはないネ」
心配かけて悪かったことと探しに来てくれた事へお礼を言えば、彼女は花の様な笑顔を浮かべて俺を見上げた。
彼女から下に視線を逸らせば、不安そうに顔を歪めた彼女によく似た顔立ちで、俺の色彩を受け継いだ我が子の姿。
「心配かけてごめん・・・おいで、ジェン」
「だっこ、パパ!」
俺を見上げる娘に屈んで両手を広げてあげると、嬉しそうな笑みを浮かべて腕の中に飛び込んでくる姿がとても愛おしい。そんな感情は、親になって分かった事だと思う。
「良い子にしていたか?」
「ジェンいいこよ~。ママのかわりにスイとリューをネンネできた!」
「良いお姉ちゃんだね」
そんな俺達はあと数時間したら日本へ向けて飛び立つ飛行機に乗る予定になっている。
許されないと思っていたのに、許されることなんてあるはずないと思っていたのに・・。
それでも、里笹の家は招いてくれたんだ。
海外のメディアにも大々的に報じられている里笹家若き当主の披露に、俺を弟として―――里笹家の次男として。
一番幸せなラストなんじゃないだろうかと、思わなくもない……かな?
とはいっても、日舞や華道の家元がどんなものかとかは全く知らないので何とも言えないんですけど・・・言いたいことあるかもしれませんが、そこは見逃してください。
攻略対象視点・・・一応、ちゃんと登場した人たちでした。
次話も考え中であります。もうしばらくお待ち下さいませ。