狂った心
4人目は、伏見 大稀 です。
俺が最初に彼女に感じた印象は、ただの勉強熱心な一生徒ってだけだった。
「せんせぇ、ここのぶんぽぉ分からなくて・・おしえてくださぁい」
俺が教えてやると、彼女は真剣な顔で俺の声を聴き、少し眉を寄せて教科書と向き合う。
「あ、わかりましたぁ!せんせぇのせつめ~すんごく分かりやすいですぅ」
そして、解け終った時のあの花がパッと咲くような輝く笑顔が眩しかった。
「だ~いきセンセ!」
「センセーいい点とったらデートして~」
「はぁ?」
俺が受け持つ1年のホームルーム終了後の教室で、出て行こうとした俺をクラスでも目立つ女生徒が数人俺を取り囲んでそんなことを言いやがった。
「見返り求めずにテストくらい受けろ、お前ら」
ファイルを肩に担ぐようにして持ち、呆れたように見下していても・・・その女生徒から始まった騒ぎはクラス中に広がっていく。
「私ケーキバイキングいきた~い」
「女ばっかしずりーぞ!」
「大稀センセ―俺達焼肉がいいっす!」
「まったくお前ら・・・」
やれ食い放題だ。やれ遊びに連れて行け・・・生徒に好かれているのは良い事だが、そういうご褒美など無しに頑張ってくれりゃいいんだがなぁ。
「いいかぁ?良い点っていうのは赤点より上って意味じぇねーぞ。満点を取ってから言え。クラス全員が全教科満点とって俺の評価上げてくれたらクラス全員俺のポケットマネーでケーキだろうと焼肉だろうと連れて行ってやる」
「ぅっわ、それ酷いよ~」
「ムリムリムリ~!あたしらの成績じゃ80点もむり~~っ!!」
「てか、全教科って鬼だよ!」
ため息交じりに俺が宣言してやれば、頭を抱えて喚いたりお手上げとばかりに机に倒れ込むやつと色々な顔が見受けられる。
が、全員が笑顔で笑っている。そんな平和でこいつらが笑顔で楽しめる学校生活を送ってくれたら・・・じっさまの理想の学校が出来るだろう。
「だったら、諦めろ」
「「「「「ぎゃぁぁ~~~~」」」」」
まぁ、新米教師もいいとこの俺は、今はまだ年が近い事もあって生徒達とは教師と生徒と言うよりは友達感覚で接せられることが多い。それが駄目かと言われれば、話しやすいという事で信頼関係も生みやすいと言うのはメリットだろうし、やる事さえやってくれりゃ俺はそこまで厳しく言うつもりもない。
「赤点とったら満点取るまで補習だからな。ま、頑張れよ」
そう言ってさっさと教室を出てやれば、残った生徒達が爆発するように騒ぎ出す。しょうがねぇなぁとは思いつつ、もう少し真面目にやって欲しいと思うのは贅沢なことだろうか。
溜息をつきそうになりつつも、『センセーさよなら~』『大稀センセバイバーイ』という声に笑顔で返す。
「お~、お前ら寄り道せず帰れよ!」
「え~センセーだって高校生の頃寄り道したでしょ~」
「ざ~んねんだったな。俺は寄り道した事ねーよ」
「うっそだぁ!」
昔から自慢じゃなかったけど俺は女によくモテた。家から学校も遊びも送り迎えが付くくらいで、自分の顔立ちが少し派手で普通よりは良い事は自覚していた。
「ハハ、嘘ついてどーすんだ」
「え~!なにそれぇ」
「センセってお坊ちゃん?!まじでぇ」
「あ、そういえば大稀センセぇって“伏見”だったっけ?」
「え、理事長一族?!」
周りの期待に思い込み、それに合わせるように基本おどけて接しているが、本当の俺は違うんだ。
それに、別に好きでこんな顔に生まれたわけじゃなかったし、ワザとダサい恰好をしようとしたが・・・身内からストップがかかったのでそこは諦めた。
「どーかなぁ?伏見ってそう珍しい名前じゃねーだろぅ?」
俺の実家の伏見家は新家と呼ばれている分家筋。本家に限りなく近い血筋であって、その筋をたどれば戦国時代前から続く武家の家系だ。
その為、『今時?』と思われるかもしれないが伏見家の長子嫡男にはそれ相応の家から相手が選ばれる。俺の婚約者に選ばれたのは伏見家よりは新しいがそれ相応の武家の筋である高崎家の末娘。
『大稀さん』
見目が派手な感じだがその微笑は控えめで、由香利は心優しく大人しい女性だ。家同士が決めた相手でも彼女なら互いに尊敬しあえ、愛しみあえると思っていた。
『何だい、由香利嬢』
俺が中学生の時に話が出て、高校生の時に正式に婚約者となった。見た目だけだとしたら今時の少女のように見えるのに、外見とは真逆でいつも一歩引いた姿勢にとても好感が持てたんだ。
『よろしく、お願い致します』
ふわっと微笑むその表情に、俺も自然と笑みを浮かべることが出来たのを覚えている。彼女なら、同じ境遇の彼女なら・・分かち合えるかもしれない。本当の俺を見てくれるかもしれない――――そう思ったから。
彼女と初めて出会ってから十年以上・・・順調に信頼関係を築き、絆を深めて来られたと思っていた。
互いを認めあえ、信頼関係を築くには時が必要だと思っていた。彼女となら、お互いを支え合って高め合っていけると思っていた。
―――――なのに・・・。
彼女との婚姻はすでに秒読みも同じだった。彼女の大学卒業と同時に結婚式を行う手筈はすでに準備されていた・・・―――それなのに、そんな俺の視界に入ってくる少女が居た。
始めこそはただ勉強熱心で気にかけてあげなくてはいけない一生徒と言うだけだった。小柄でちょこちょこ動く様子に、全身で喜びを表してころころ変わる表情は様子は見て居てとても微笑ましく、昔飼っていた大切だった猫にそっくりだった。
とても無邪気で可愛らしく・・・守ってあげたくなる少女。か弱く儚げで守ってあげないと生きてはいけないような少女。
互いの背を預けられるような強い由香利ではなく俺を頼り、手を伸ばす小さく弱い美咲。
「由香利・・・君は強い。君は1人でも―――生きていけるだろう?」
「え・・・だい、きさ・・ん?」
俺の心に居るのはあの少女だけ・・・でも、彼女の周りにはだくさんのライバルがいる。
唯でさえ俺と彼女の立場は――――――――教師と生徒。
この世界に俺と彼女だけならよかったのに、彼女を閉じ込めて俺だけしか見無くなればいいのに・・。
「そう・・・俺だけが彼女の目に映ればいい」
+++
「伏見先生・・・・いや、大稀。私が君を呼んだ理由は、分かるかい?」
午前中のあの騒ぎの後で、俺は理事長直々に呼び出された。
呼ばれた理由?俺が一体何をしたと言うんだ。
「いいえ、伯父さん。俺に何の不手際が?今朝の騒ぎの中心人物はあの“斎賀兄妹”だと言う記憶しかありませんが・・・」
今朝のあの騒ぎはそう、あの斎賀兄妹のせいで大切な大切な美咲が傷つき涙を流した。
彼女にした仕打ちが許せない、伯父さんに呼び出されてしまった為に今彼女は明斗と共にいる。
俺が美咲の側に居たいのに、何故俺は離れなければならないのに明斗は美咲の隣に居るのだろう―――――――これが立場という事なのか。
「・・・大稀・・」
「・・・」
溜息をつく伯父さんが分からない。頭を抱えて呻く父さん、泣き崩れて座り込む母さん。
そして、俺を軽蔑の眼差しで睨みつけている昂柳が分からない。
昂柳はあんな目――――していたっけか?
「お前は・・自分が何を言っているのかわかっているのか・・?!」
顔色を変えて立ち上がった伯父さんを見ても、俺は何も感じないし思わない。唯一頭に浮かぶのは、あの愛らしく愛おしい美咲の姿だけ。
「ちょ・・だいっ」
「え・・せんせぇ?」
美咲、君は“リセット”して欲しいって願っていたね。俺も君と一緒だよ・・・こんなごちゃごちゃした鬱陶しい世界なんてなくして、俺と美咲二人だけの世界で過ごそう。
「大稀センセぇぇーーーーー!どこ行くんだよ!学校は?!仕事は?!」
明斗が何かを叫んでいるが、学校?仕事?・・・どうだっていいだろそんな事。
「だ、だいき・・せんせぇ・・・うそでしょ・・・これって・・」
「みさ。俺のみさ」
彼女の手を取り微笑めば、みさは涙を浮かべて俺を見つめる。
「まって・・まって、せんせっ・・・み、みさは・・・あ、あたしは・・」
「どうしたんだ?こんなに震えて・・・寒いのかい?」
少し顔を青くするみさに眉をしかめるが、思い当たることは1つだけ。あぁ、すべてを捨てていくことが心配なんだね。大丈夫、俺が付いている。
「ち・・ちがう・・こんな“ストーリー”を望んでたんじゃっ・・」
「みさ」
「あ、あ、愛され・・たかった・・だけなの、にっ・・はなして、イヤ・・イヤよ、ヤンデレ、ルートなんて行きたくないっ!」
あぁ、俺が君を愛しているよ。そう、俺だけが君を愛してるんだ。
「まってぇ・・まってっ、せんせぇ!離してぇ、た・・たすけ・・助けて、誰か・・明斗!将彦!晴久!鷹彰!“エド様”!!」
「ねぇ、みさ・・・何で俺は“先生”なの?名前で呼んで――――――ねぇ、大稀って呼んで」
「ひ、ひぃぃっ!!!」
顔を引きつらせる君も、なんてかわいいんだ。
今後の生活に恐怖し後ずさる君を安心させるために笑みを浮かべているのに、なぜ君は距離を取ろうとするんだい?大丈夫、俺の貯金は一生裕福に暮らせるだけあるから安心して。
「せんせ・・・っ―――だ、だぃき止めて」
「何だい、みさ」
「やめて、おねがぃ・・そのルートはイヤ・・そんなの、望んでない・・」
彼女の瞳に映るのは俺だけ。彼女の隣に居るのは俺だけ、彼女の世界に居るのは俺だけ。あぁ、みさ・・・俺も嬉しいよ。
「あ、あたしは・・・」
あぁ、みさ・・君を惑わす男はすべて排除してやりたいよ。でも、そんなことをしたら優しい君は悲しむよね?
だから、俺だけを見て・・・さぁ、リセットしよう全てを。これからは世界に二人だけだ。
「あたしはただエド様と恋がしたかっただけなのにぃぃーーーーっ!!!」
題名通り『狂って』しまいました。
最後の最後まで明斗と大稀どっちにしようか、いっそ二人ともって悩みましたが・・ぶっちゃけ自分は逆ハーが好きじゃないので1人にしました。
”生徒に近いフレンドリーなとても良い先生”だったのにね・・。
うん、ごめんよ!大稀!!